« モーツァルト:ソプラノのためのアリア K.119,K.383,K.440 | トップページ | 音楽とどのように出会うか »

2011年2月23日 (水)

シューベルトの交響曲(4)終楽章のもつ傾向

面白そう!<落語で観るオペレッタ「メリー・ウィドー」>は、2月27日(日)


ハイドン コレギウム第2回演奏会は3月6日(日)
ハイドンの交響曲第2番、10番、ヴァイオリン協奏曲第1番など。貴重な演奏会です。


(1)(2)(3)(4)(5)

 


シューベルトの交響曲群の中で、もっとも「歌謡」的でないのは、最終楽章でしょう。第3楽章も器楽的ですが、第4を除けば、彼には珍しく、メロ ディラインを描くことに没頭するよりは、あるモチーフを展開させることのほうに興味のウェイトがあるようです。とはいえ、その展開のさせかたが「歌曲」的 な場合があり(第5が典型)、ここでも彼の発想が「ベートーヴェン的」ではなかったこと、それは《グレート》のフィナーレについても同様にいえることが、 明瞭に聴き取れるはずです。

また某書に感じるひっかかりの話になるので恐縮ですが、

《グレート》全曲の重心は明らかに第1楽章にある。《第九》のように、フィナーレがすべての結論であるような曲ではない。つまり《グレート》は交響曲の古典に立ち還ったといえるだろう。

と、常に《グレート》をベートーヴェンの《第九》と対比したがる視座には疑問と不快を覚えざるを得ません。
ベートーヴェンの交響曲の中でも《第九》は極端に特異な例なのであり、それはやはりフィナーレを派手に飾ってきた《第3(エロイカ)》・《第5》 なる特殊作を創作した経験がもたらした、ベートーヴェンなりの帰結なのであって、少なくともその評価が確立していなかった同時代人の創作をベートーヴェン と対比すること自体が第1に間違っているはずです。第2には、ベートーヴェン自身の交響曲でフィナーレにウェイトのかかった(しかしながら、理屈としての 「結論」めいたものが明確だと断言できるのは《第九》以外には《第5》しか該当がない)作例は、上記2つに次ぐのは《第6》だけであって、都合4作。残り 5作はハイドンやモーツァルト、シューベルトの作例と意味が異ならないフィナーレを持っています。
だいたい、交響曲が19世紀初頭には既にストーリー性を持った創作だった、と言わんばかりの「結論」なる語彙の持ち出し自体が、「市ヶ谷の切腹 事件」をスタートラインにしか三島由紀夫文学を論じないのと同じようなナンセンスさがありますし、さらには個人ではなく時代を主体としてみなし得るメリッ トが潜在している音楽作品について横並びに見るとき、この時期に明確な「ストーリー」性をもって「交響曲」と題した作品を書いたのは、ひとり、フランスの ベルリオーズだけだった(それも1930年になってから《幻想交響曲》をものにしたのが最初であり、他に同様の試みをしているものの、成功したのは《幻想》一作だけだった)・・・ベートーヴェンにとってもシューベルトにとっても他国人だった、なる点を、同書はフランス革命期のメユールからベートーヴェン が受けた感銘や、ひるがえってベルリオーズが、他国ではまだ認められていない時期に自国のアブネックの指揮で演奏されたベートーヴェンを高評価したこと (入手が大変ですがベルリオーズ自身が『回想録』で語っています)などからの背景をきちんと追求せず、ベルリオーズが《幻想》を創作できたのは

フランスだからこそ可能だったのかも知れない

とお茶を濁しているのが笑止でなりません。
こういう人が大学の、しかも「音楽学」の教授なんですか?・・・とは、ちと私も興奮しすぎかも知れませんし、話もだいぶ脱線してしまいました。

ベルリオーズは、いまは関係ないのでした。

が、ストーリー的な「結論」が、19世紀初頭にあってもなお交響曲のフィナーレに望まれるものでは決して無かったことは、その後のメンデルスゾーンやシューマンという、一般的に聴ける範囲の作例だけからでも十分に伺われます。
では、たとえばメンデルスゾーンが《イタリア》で書いたフィナーレのサルタレッロが、フィナーレの意味にふさわしい「大団円」に聞こえないか、と いったら、そんなことはないでしょう? ハイドンの一連のパリシンフォニーあたりまでは、重いフィナーレに慣れた耳には軽く聞こえすぎるかも知れません。 70年代までの録音は、現にそういう演奏がほとんどを占めるのではないかと思います。・・・であれば、ハイドンについては、なるべくいわゆる「古楽」オー ケストラによる演奏でお聴き直しいただければよろしいでしょう。そこから聞き取れる、
「ああ!今日はいっしょに楽しんでくれてありがとう!」
ムードを、解釈をみなおした演奏で、どんなかたがどのように受け止めるか、は、私にとって甚だ興味深いことですが、クラシックで有意な統計がなしうるアンケート出来るくらいのサンプリングは大変に難しいかも知れませんね。

で、これも言葉でこう言っただけでは無責任なのですが、シューベルトのフィナーレは、基本的に、ハイドンに聴き取れるような
「楽しかったね、さあ、これでオシマイだ! 最後まで楽しんでくれ!」
的なポップなニュアンスをふんだんに持っています。

「楽式」を重視するかたが、シューベルトの交響曲たちのフィナーレをどう「分析」なさるのかは分かりませんが、耳に聞こえるものを追いかけていく と、彼は現在の「クラシック音楽分析ご担当学者様各位」が仰るもののなかでは「ロンド・ソナタ形式」的な音楽を一貫して書き続けていることがはっきりして いると感じるほかはありません。そういう意味で、また引用しますが、

シューベルトは自分の記念碑的な交響曲に、ベートーヴェンの名を刻 んでおきたかったのだろう。これが「(第九の歓喜の歌の主題の)引用」につながった。そうすることで、《第九》への思いを吐露し、ベートーヴェンへの深い 感謝の念を表明しておきたかったのだろう。なぜなら《第九》は交響曲と音楽がもつ可能性の啓示であり、シューベルトにとっての交響曲のあり方を示す指標で あり、目標となっただろうからである。

は、タイムマシンでも発明なさってシューベルトの書斎でシューベルトの苦悶を覗いてきた人でなければ仰れない「素晴らしすぎる」ご発言であり、そ んな超常的手段をあわせもたない凡庸以下で卑俗な私などは平伏するしかないほどキラキラ輝くありがたい言葉だと申し上げざるを得ません。

まず、「引用」とされる旋律は、聴く人すべてが「ああ、似てるねぇ」と思うものではありますが、そのすべての人が理解しているとおり、「でも、同 じじゃないねぇ」というものです。かつ、旋律としては断片的なものに過ぎず、すぐに転調して簡単な展開を行い、あまりたたないうちに、トロンボーンが主体 の勇壮な、別のモチーフ(既に先に現れている第二主題)に席を譲ります。
かつ、この部分が《グレート》既存の主題を使っていないために、よく第3主題扱いされるのですけれど、上記のような推移からすると、「ソナタ形 式の中の一主題」とはとうてい言い切れないことは明白でしょう。これについてはベートーヴェンの《エロイカ》第1楽章の展開部にある新主題についても同様 に言えるかと思いますが、ではこれがベートーヴェンやシューベルトの新機軸か、というと、むしろハイドンやモーツァルトにときおりみられる教科書的な「ソ ナタ形式」が成立する以前のエマヌエル・バッハ、クリスチャン・バッハ兄弟らのシンフォニーには常態的に採られていた手法であって、とくにエマヌエル・ バッハはベートーヴェンはよく研究していましたので、そのあたりの影響関係を慎重に調べなければならないという課題が横たわっています。
また、シューベルトの方の「歓喜の歌」類似モチーフ(もう、旋律とは言いません)が「引用」だと言うのなら、彼の第1交響曲の第2楽章はモー ツァルトの《ハフナー》第2楽章の引用、第2交響曲の冒頭は同じく《第39番》冒頭あたりの引用、だという牽強付会も成り立ちます。どうぞ、該当作を一度お耳に なさってみて下さい。

《グレート》のフィナーレが、分析者の言う「第3主題」だの「第2展開部」だのを持つように「聞こえる」のは、彼自身の交響曲との対比で見るなら ば、シューベルトはフィナーレを「ロンド」的感覚で、しかもおのれに可能な限り(それは作曲家全てにとっての良心であるはずですが)堅牢に書き上げたいと の意識で創作したことが、結果的に直近の、なんでも「形式」でものをまとめたほうがいいと考えた学者からみて「ソナタ形式」と「ロンド形式」の折衷、ある いは「それ以上に両者が緊密に融合して発展的なソナタ形式に集約された新形式・・・でも呼び名がないから、やっぱりソナタ形式!」に当てはまって聞こえ た、というだけの「からくり」である気がしてなりません。

《グレート》フィナーレの、とくに最初の主題のリズムと上昇、分析上で言う「第2展開部」の原型は《第3》フィナーレに存在しています。主題が多 様に入れ替わるのは《第5》フィナーレにもっともよく聴き取れるかと思います。《第1》・《第2》・《第6》は、結尾に向かっての高揚を意識的に設計して いるもので、これは先輩たちのオーソドックスな手本に倣っていると言えるでしょうが、後ろに行けば行くほど「形式」としてととのっていきます。面白いこと に、《第1》のフィナーレが、その点では最も「天国的な長さ」を感じさせます。ある意味では、後ろに行くほど、技術が短期にものすごい勢いいで成熟した 分、創作したいというだけの純粋な心理から遠ざかるのも早かった印象があります。(第1は16歳の1813年に書き上げ、以降、第6まで書くのに5年間し かかかっていません。)それは、シューベルトにしては珍しく「旋律的につながっている」《第4》のフィナーレについても言えることで、それが、両端楽章だ け短調であることから付けられた第4のニックネームである《悲劇的》を、あまり悲劇的ではないものにしています。
なお、《第2》だけは、第1楽章もシューベルトにしては動機労作的だったことを前に申し上げましたが、フィナーレもまた同じような性質が強く、 シューベルトの交響曲の中では唯一、ベートーヴェン的な色合いを持っている(それも奇しくもベートーヴェンの《第2》に似ている)ように思いますが、これ はいまのところ主観です。

フィナーレ、というものの輪郭を喋るにしては、ちょっと風呂敷を広げすぎたかも知れません。

・・・反省。

|

« モーツァルト:ソプラノのためのアリア K.119,K.383,K.440 | トップページ | 音楽とどのように出会うか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: シューベルトの交響曲(4)終楽章のもつ傾向:

« モーツァルト:ソプラノのためのアリア K.119,K.383,K.440 | トップページ | 音楽とどのように出会うか »