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2011年1月15日 (土)

でたとこ能見物(4)能の臍、曲舞【くせまい】

(1)能の大まかな構成(2)小段構成の具体例(3)能の始まりかた(常座・ワキ座・狂言座)(4)能の臍(5)能のクライマックス  


素人なりに、能の進行順に特徴的なところを捉えておけばいいのかな、と思っているのですが、とりあえずいきなり、中間の部分のクライマックスを築く「クセ」に参ります。ここではたいてい、曲舞(クセマイ)が舞われます。勘違いもあるかもしれませんので、そこはお詳しい方には是非ご教示こいたいと存じます。

(1)で触れた世阿弥『能作書(三道)』による構成論を念頭に、能のCDを「見る」と、(個人的には)面白いことに気が付きます。

特別なもの(『能楽囃子大全』など)を別として、謡は、世阿弥が言うところの破の部分にあたるところから取り出したものの割合が高く、囃子は同じく急の部分のものの占める量がおおいのです。もちろん、謡のCDにも急の部分のものが収録されていますし、囃子のCDにも破の部分のものが含まれますけれど、傾向としては、謡は破、囃子は急から場面を選んで収めている。
これは、能の中でのそれぞれの役割が、どの場所にもっともよく現れているかを、そのまま示しているものであるように直感されます。

能に慣れない客で出掛けますと、ほとんどはまず、最初から、そのテンポのあまりにゆっくりなのに面食らうはずです。(3)で聴いてみた「次第」なり「名乗リ笛」なりを仮に聴き覚えて出向いたとしても、いざワキが語り出すと、独特の吟詠調でのんびりしすぎるくらい、1音節に数秒かけるような遅さで発声されることに、現代の普通人は戸惑うはずです。はじめは戸惑わなければウソだ、とも思います。

そのあたりの時間感覚の話はひとまず措きまして(これはこれで、最初のワキの語りでいかに能の時空に引き込まれるかが非常に面白いと感じているのですけれど)、能がお客に向かってどこを聴かせどころとし、どこを見せ場としようとしているか、は、謡や囃子の録音の出されかたに典型的に現れているのではないか、ということを、今回は申し上げておきたいと思います。

世阿弥の『三道』に戻りまして、振り返ってみましても、破の部分は謡い〜問答〜クセ【曲舞(くせまい)】、急は活発な舞で構成されるのが良い、と語られていますし、市販されるアンソロジーでも、能というものがまさに世阿弥の言うように作られてきたものだと判明するのだと言ってもよいのではないでしょうか?

とくに、曲舞の部分は、破から急への大切な繋ぎで、キリ(終結部)の舞が留めにかかるまで囃子のみを背景に舞われるのに対し、謡と交錯するものでもあります。クセの部分が『井筒』のように舞台の床にひざまづいたまま、となると、初心の私たちはまた迷わざるを得なくなるのですが、そうでなくても曲舞はゆったりしたものが多いので、真ん中に舞だけの部分があっても、言葉を聴き取るのが大切になってくるのではなかろうかと感じます。

能の言葉は聴き取りにくい、と言われるのだそうですし、たしかに言い回しが古語ですので、意味を掴もうとすると大変です。ですけれど、キーワードが分かっただけでも、内容はたいそう透明になる気がします。
言葉を聴き取るはじめのポイントになるのが、最初にワキが「次第」で語る中に出てくる「地名」で、この「序」の部分は集中して傾聴する価値がありますし、「ゆっくり」ですから必ず聴き取れるものでもあります。「地名」で、固有名詞ですから、日本語がわからない外国のかたと観にお出掛けになられても、そのかたに、
「どうやらこういう場所が舞台のようだよ」
と、そっと耳打ちすれば
「ふ〜ん、で、どういう場所だい?」
「これこれこういうところで・・・(と、地理や、平安時代あたりの歴史はちょっと勉強がいるかもしれません)」
「なるほど!」
ってな具合になって、あとが楽しめるんではないかと思います。

その後のストーリーは、クセにあたる部分で、それまで正体不明だったシテの素性が明らかになる、という展開ですので、そういうもんだと思ってなにげなく耳を傾けていて、人名が出たら
「ん? これがシテの正体に関係あるのかな?」
と気に留めるくらいで、だいたい分かるんじゃないかと思います。
通常、ここまでが、現代の日本人には非常に緩やかすぎるテンポなので、ここで頑張り過ぎて、見せ場になったら眠ってしまっている、ということも起こり得ます。
じつのところは日本だけでない、アジアの伝統芸能でも、見せ場までの説明にあたる部分に大事に時間を割くのですが(ジャワの影絵芝居など)、その部分は、現代日本人は、あまりに時間感覚が忙しくなり過ぎて、耳を傾けることを忘れてしまったんじゃないかと・・・これは自分自身を省みても・・・思います。

クセの部分は、ほとんどの場合、キリにも繋がる大事な場面描写で、シテを演じる能楽師さんは舞の型を舞うだけなんだそうですけれど、その型が、背景に流れる地謡(じうたい)の言葉や流れと密接に絡み合って、けっこう具体的な場面描写を見せてくれる舞になっています。したがって、クセの部分で、その能の演目の意味合いを舞から見て取っておくと、囃子だけで舞われるキリの部分の、舞の表わしているものが、いっそう明解になるものと思っております。
・・・100%そうだ、という話ではないので、大目に見て下さいね!

『海士』という能について、「クセ」と明記されているわけではないのですが、作りからいうとクセの位置にある舞については、三浦裕子著『能・狂言の音楽入門』(音楽之友社 1998)20-24頁に、仕舞として舞われたものの一連の写真が出ていて、分かりやすく丁寧に解説されています。こうしたものが他にもあるといいのですが、見るほうの立場としては、それでだいたい、他の能の舞であっても「観客から見える」舞による具体的な場面描写は、かなり感得可能になると感じています。野村四郎さんによる『仕舞入門講座』(檜書店)も初心には親切なテキストですが、これは舞を実際に舞う勉強する人のためのものだと思います。DVDも出ているので、もっと知りたいなぁ、というときにはありがたいテキストではあります。が、実技の本であって、鑑賞者向けではありません。で、やはり、舞はきちんと先生について習うもんだなぁ、との思いを強めさせられます。(そのかわり、テキストもDVDも、能をなさるかたの精神の姿勢みたいなものがきちんと伝わってくるところが素晴らしいと思います。)

クセの部分の例で、音で聴けるものを例として掲げて、今回はそこまでにしておきます。

「船弁慶」のような大掛かりな作品ですと、いったんクセの部分にキリにも相当する舞を置いて一区切りさせますので、こうしたものは、ちょっと参考になりません。「羽衣」の場合も、クセとキリがわりと直裁に繋がる特殊例だと言えます。これは通常は五番目物の特徴ではないかと思います。そう思って、観世流の謡本の解説を読みましたら、「羽衣」はやはり三番目物としては変わった作りで、昔から切能としてもちいられもしてきた、と書かれていました。それでも、「羽衣」のほうが原則には当てはまっていますので、「羽衣」のほうをお聴き下さい。このクセのあとで、序ノ舞でキリの幕が開きます。

幸い、良い映像も市販で出ていまして、野口兼資さんのものなのですが、野口さんの謡は初めて聴くにはかなり特徴的なものですから、そこを勘案しながらご覧になられたらよろしいかと存じます。(NHKエンタープライズ NSDS-11014 セット販売の1枚としても、個別でも、いづれでも入手出来ます。)

ここでは観世寿夫さんの残した録音を聴いておきましょう。(地頭は観世静夫【八代目銕之丞】、笛:一噌正之助、小鼓:穂高光晴、太鼓:安福建男、太鼓:金春惣右衛門・・・1969【昭和44】)
Victor VZCG-8430

「羽衣」クセ

観世流の仕舞形付(昭和35年印刷のもの)から抜き書きしておきます。(「舞囃子形付」からやりたかったのですが、高価なので躊躇し手にしていません。)
謡の節付けや謡い出しの間の注記は省き、【】の中に舞の形付を記します。
意味の注記は、いまはしません。

開、ウケ、左右、サシ回シ、打込ミなどは、舞いかたです。これは少しだけ。
拍子は、足を踏みます。
サシ込は、前進するとともに腕を前に水平に上げて行くような動作。
打込は、腕が上から前に打ちおろされる動作。
左右とは、左〜右と向く動作。

正とか大小前といった位置の用語は舞台図などをご覧になればお分かりになるでしょうが、正は能舞台の真ん中(正中)、大小前は後ろに大鼓小鼓がいる場所を指しますので、具体的には正中のすぐ後ろです。角(スミ)は、能舞台の右前の、目付柱あたりのところ。

文中で赤く示した舞の動作は、本来傍注なので、挟む場所が不適切な箇所はご容赦下さい。

謡については、途中、「君が代は のところから次のがあるところまではシテが謡いますが、クセのなかのこうした部分をアゲハといいます。アゲハの前は低く(下音〜中音と呼ばれる音の間を主として)、後は高く(上音と呼ばれる音を中心として)謡われます。

一部、変換困難な漢字、読みの面倒な漢字は仮名にします。「乃」は「の」と、「ハ」は「は」としておきます。読みに注意すべき漢字のあとには()内に読みを仮名で記しておきます。

春霞 【静ニ立】たなびきにけりひさかたの月の桂の花や咲く。げに花かづら色めくは春のしるしかや【左拍子】【右ウケ】面白や天(あめ)ならで。【正ヘ直シ正ヘ出】ここも妙(たえ)なり天(あま)つ風。雲のかよい路【サシ込開キ】吹き閉じよ。【右ウケ】おとめの姿。【二足ツメ】しばし留まりて。【正ヘサシ回シ開】この松原の。【角へ行】春の色を【角トリ】三保が崎。【右ノ上見乍ラ左ヘ回リ】月清見潟富士の雪いづれや【大小前ヨリ正中へ出】春の【サシ込開左右】曙。類ひ波も松風も【打込】のどかなる浦の有様。【右ヘ回リ】その上天地(あめつち)は、何を隔てん玉垣の。【大小前ヨリ正中ヘ出サシ込開】内外(うちと)の神の御裔(みすえ)にて。【左右】月も曇らぬ日の本や「【上扇】君が代は。天(あま)の羽衣稀に来て「【大左右】撫づとも尽きぬ巌(いわお)とぞ【左拍子】。聞くも妙なり東歌(あずまうた)【正先ヘ打込】声添へて【開】数々の。【身ヲ替出開】笙笛琴(しょうちゃくきん)箜篌(くご)孤雲のほかに充ち満ちて。【常座ヨリ正ヘ出】落日のくれなゐは蘇命(そめい)路の山をうつして【サシテ角ヘ行】緑は波に浮島が。【扇下ヨリ上ヘアゲ上ヲ見】拂ふ嵐に【扇カザシ左ヘ回リ】花降りて。げに雪を廻らす【大小前左右打込下居トメ・・・下居は仕舞として舞うときの終わり方です白雲(はくうん)袖ぞ妙なる

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