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2010年12月 4日 (土)

【CDご紹介】平義久オーケストラ作品集(POC第4回関連)

大井浩明さんの第4回Portraits of Composers「平義久×杉山洋一」2010年12月15日(水)19:00開演(開場18:30)門仲天井ホールにて。

関連放送はラヂオつくば:FM 84.2 MHzで12/6(月) 18:00~18:30、再放送12/8(水) 24:00~24:30に聴けます。同時間帯に、インターネットのサイマル放送でも聴けます。聴取方法については下記の杉山作品解説記事リンクをご覧下さい。

杉山洋一さんの作品解説・プロフィールは大井さんのブログに掲載されました。たいへん心魅かれる解説文です。ぜひお読み下さい。

http://ooipiano.exblog.jp/15549738/

杉山作品が聴けるサイトへのリンクは、こちら。
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-6321-1.html


大井浩明さんが第4回Portraits of Composersで採り上げる作曲家の、もう一人である平 義久さん(1937〜2005)のCDは、国内盤が一つだけ存在します。

「平 義久 オーケストラ作品集」
ピエール・ストール指揮 フランス国立管弦楽団
ジャック・メルシエ指揮 フランス国立管弦楽団
ドゥニ・コーエン指揮  フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団
fontec FOCD3410

フランスに根拠を置いて活動し続けた平さんのオーケストラ作品は、日本においては以前ご紹介しましたように1980年代以降は稀になってしまっており(同時代の作曲家の作品を正当に評価してくれる聴衆が激減した時期だったのではなかったかと思います)、世紀の変わり目になってようやく本格的に注目を集め始めたところでしたが、そうした矢先にご本人が亡くなり、それきりになってしまった感があります。2002年に水戸で初演された「室内管弦楽のための《彩層》」も、とくにCD化などはされていないようです。これは非常に残念なことです。

上記CDの収録曲も、
・Chromophonie(1973)
・Moksa Vimokusa(1983)
・Polyedre(1987)
と、最晩年作ではありません。

しかしながら、それぞれの作品が、平さんと同時期の管弦楽曲の中では際立ってクリアな・・・美も醜も透明に冷静に描き出す、名人芸的な巧妙さのある・・・音響を形成しており、彼が日本の人たちにもっともっと
「おお、こんな素晴らしい作曲家がいたのだ!」
と感嘆されるべき存在であることを強く認識させてくれるのです。

日本的感性を西洋の手法でのみ表現するのに成功した、と評される平さんですし、とくにChromophonieには「日本伝統音楽の記憶の断片」のようなモチーフも聞き取れるのですが、これらの演奏がフランスのオーケストラによってなされたものであること、しかも作品への理解度がかなり高いものであること、を考慮すると、果たして平義久という人はそのような評価で割り切られてよいのか、と疑われてきます。

フランスのオーケストラで堅実な演奏が実現している、ということは、そこには少なくとも作者のアイデンティティが「日本国」とか「日本人」であることには無かったのではないか、と想像させるに充分です。
日本で生まれ、育ち、勉学の下地を得た平さんが、精神の奥底に「日本」を持っていなかった、とは、これまた絶対言えないことではあるのですが、創作の人としての平さんは、用いた語法はともあれ、「民族として・国家として」の日本ということを念頭に置いていた、とは、全く感じられないのです。
最たる例が"Moksa Vimokusa(モクシャ・ヴィモクシャ【解脱】)"です。
平さん自身の作品解説を、CD掲載の日本語訳(オリジナルはフランス語らしいのですが、CDのリーフレットには英訳が載っており、以下の日本語訳もその英訳に基づいたもののようです)は、このようなものです。

「モクシャ・ヴィモクシャ」というのはサンスクリット語の仏教用語である。
人間のあらゆる苦しみ、悲しみなどから解放された穏やかな精神状態に到達すること、つまり「涅槃」と同義語である。
この作品で、私はこの思想をではなくて、そのような精神状態に到達するまでの過程を表現しようと試みたのである。
このような状態、このような精神世界は私に音響形成を決定させた。

この解説から連想される日本人作曲家の先行作は、あるいは黛敏郎「涅槃交響曲」であり、あるいは松下眞一「シンフォニア・サンガ」ですが、「涅槃交響曲」がむしろ涅槃の釈迦を囲む羅漢の叫びのようなものに終止するのに対し、全く正反対の位置にあるのが平作品です。また、松下「シンフォニア・サンガ」冒頭が成功している、人心の微妙な揺れの表現(固定ピッチが揺らいでいく)とも対照的なアプローチで創作に臨んだであろうことは、平さん自身の作品解説からも明白です。
かつ、この「モクシャ・ヴィモクシャ」には、日本的なイディオムに拘泥した痕跡はまったくありません。もっと汎世界的なアイディアが一貫して音楽を支配している、と思われます。
曲はいきなり、意識の表層に常にわだかまっている煩悩の泡沫がぶつぶつ割れる音で幕を開け、それが、ときおりきらめく閃光と対立を繰り返し、激しく衝突して爆裂する余韻から初めて、人の世の「誇らしげ」な閃光が、じつはもっと柔らかで穏やかな「灯」の明かりなのだ、そうなのではないか? と感じさせる構成をとっています。
思わしげに、完全な結論をもたらさないまま謎掛けのように音楽を閉じるところに、平さんの真骨頂がある気がします。

御一聴頂き、その魅力をたっぷり感じておいて、
「では、オーケストラ作品には無い魅力がピアノからどのように香ってくるか」
を、15日の大井さんの演奏で堪能することは、とても有意義な経験になるはずです。

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