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2010年12月 6日 (月)

ど素人 平曲考(11)本文から曲節を想像する

大井浩明さんの第4回Portraits of Composers「平義久×杉山洋一」2010年12月15日(水)19:00開演(開場18:30)門仲天井ホールにて。

関連放送はラヂオつくば:FM 84.2 MHzで12/6(月) 18:00~18:30、再放送12/8(水) 24:00~24:30に聴けます。同時間帯に、インターネットのサイマル放送でも聴けます。聴取方法については下記の杉山作品解説記事リンクをご覧下さい。

杉山洋一さんの作品解説・プロフィールは大井さんのブログに掲載されました。たいへん心魅かれる解説文です。ぜひお読み下さい。

http://ooipiano.exblog.jp/15549738/

 

杉山作品が聴けるサイトへのリンクは、こちら。

http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-6321-1.html


(1)入口(2)曲節概観(3)琵琶の手(4)平曲の構成(5)口説(6)初重(7)三重(8)中音(9)拾等(10)折声、差声、歌(11)本文から想像する曲節


きわめて大雑把でしたが、これまでみてきたことを簡単にまとめてみましょう。

・平曲すなわち「平家」は、<一部平家>〜<巻(12巻+灌頂巻)>〜<句(199伝来)>〜<段>〜<曲節>というふうに成り立っており、このうち1曲1曲にあたるものは「句」である(5)。

・句は「曲節」と呼ばれるものの集合からなっている。曲節はある程度決まったパターンを持つ。「琵琶の手」の最後の音から、次にくる曲節はある程度推測できる(3)が、なによりも曲節そのもののパターンや音域で班別し得る(2)。曲節の名称は聲明にその由来を求められるのではないかと思われる。(各曲節の文)

「曲節」からは、口説・初重・中音・三重・拾・折声・差声・上歌・下歌のみをみてまいりました。その組み合わせについては、名古屋系に現存し今井勉さんが録音されているものに限ってパターンを見て来ました。
それによると・・・

<句>

・「句」は一般には「口説(くどき)」をもって始められる(特殊例もあり、述べてきませんでしたが「素声(しらこえ)」という朗読調で始まるものもあります)と推測される。

・また、「句」は一般には「初重」または「中音」で閉じられると推測される(6)。

・合戦を語る句は「拾」を含み、その前半部は単純にみたときには「口説〜拾〜口説〜強声〜素声」等の組み合わせで構成されている(4)。これに含まれる「口説」は「強(こわ)リ下ゲ」で「拾」や「強声(こうのこえ)」に続く(5)。

・物語的(叙情的)な句は骨組みとして「〜折声・差声〜 三重〜初重〜」を持っている。これに含まれる「口説」は「(シヲリ)下ゲ」で次の曲節に続く(5)。

・記録的な句は構成に自由度が高く、合戦ものではなくとも「拾」を含む場合がある(「鱸」)。

<曲節>

・激しい情動(詠嘆・批判いずれも)を表わす部分では「三重」が用いられる。三重が用いられる部分は韻文が主であり、曲節と文(段落)の区切りが一致している(7)。

・「中音」は独立しても現れるが、他の曲節に接続して収束に向かわせる役割もある。三重に続く場合は「下リ」、初重に続く場合は「初重中音」と呼ばれる。「下リ」の場合は、中音の曲節の後半部のみとなる。中音の旋法は、中世まで一般的に好まれた「黄鐘(おうしき)調」によると考えられる(8)。

・「強声」と「拾」はふつう連繋して現れ、順は異動することがあるが、基本的には「(強声〜)素声〜口説〜拾」の順番で組み合わされている。「拾」の最終部分だけが用いられる曲節を「上音」と称する。「下音」は、曲節全体が「拾」で通すことに馴染まないと判断された場合、「上音」の前に持って来られた曲節であると見受ける(9)。

・「差声(さしこえ)」は「歌」の前に現れることの多い曲節で、七五調や五七調ではない語りの部分で、初重に代わって用いられるものと推測される(10)。

・「折声(おりこえ)」は仏典・漢籍あるいはそれらに関わる信仰的/道徳的なものを述べる部分で用いられる(10)。

・「歌」は一首だけの場合「上歌」、二首目が続く場合それは低音域の「下歌」、さらに稀だが三首目がある場合には「曲歌(きょくうた)」の曲節が用いられる。

くらいが、まとめられるところでしょうか?


さて、では、たったこれだけのことで、文学として読まれている『平家物語』(覚一本を前提とします)から「句」の曲節を再現・構成出来るのかどうか、まだまだ、さまざま不足があるのは承知の上で、ゲームのつもりでちょっと試してみましょう。

なお、ついでながら、平曲の「曲節」は能でいう「小段」に相当するのでしょうけれども、能の小段は、たとえば最初のワキの登場部では「次第〜名乗り〜道行(上歌【あげうた】)〜着キゼリフ」のようにある程度の規則性が見られるそうですが(三浦裕子『能・狂言の音楽入門』165頁 音楽之友社 1998)、これは能の方はしかるべき定型にそった戯曲(台本)があるため可能になっているのではないかと思います。
今回のお遊びは、『平家物語』のほうに、果たして、そうした戯曲性があるのかどうか、のお試しでもあります。

正式に聴ける8句その他以外のものでも、譜本があれば正解が分かるはずなのです。が、(高価なのと目を通すゆとりがいまないのとで)手元に用意がありませんので、鈴木まどか『「平家物語」名場面集』(講談社 2004)所載の文を題材にし、まず正解を参照せずに覚一本の本文(講談社学術文庫の杉本圭三郎訳註のもの)を抜き出し、次に素人としての推測を加え、最後に正解を参照してみます。・・・正解は予めにはまったく記憶をしていません。


「鵼(ぬえ)」の最後の部分(杉本訳注本四 271-2頁)

去(さんぬ)る応保(おうほう)のころほひ、二条院御在位の時、鵼(ぬえ)という化鳥(けてう)、禁中にないて、しばしば宸襟をなやます事ありき。先例をも(ッ)て頼政を召されけり。此(ころ)は五月廿日(さつきはつか)あまりの、まだよひの事なるに、鵼(ぬえ)ただ一声おとづれて、二声ともなかざりけり。目ざすとも知らぬ闇ではあり、すがたかたちもみえざりければ、矢つぼをいづくともさだめがたし。頼政はかりことに、まづ大鏑をと(ッ)ってつがひ、鵼の声しつる内裏のうへへぞ射あげたる。鵼、鏑のおとにおどろいて、虚空にしばしひひめいたり。二の矢に小鏑と(ッ)ってつがひ、ひいふつと射き(ッ)て、鵼と鏑とならべて前にぞ落としたる。禁中ざざめきあい、御感なのめならず、御衣をかづけさせ給ひけるに、其時は大炊御門の右大臣公能公これを給はりついで、頼政にかづけ給ふとて、「昔の養由は、雲の外の雁を射き。今の頼政は、雨の中に鵼を射たり」とぞ感じられける。五月闇名をあらはせるこよひかな と仰せられかけたりければ、頼政、たそかれ時も過ぎぬと思ふに と仕り、御衣を肩にかけて、退出す。其後伊豆国給はり、子息仲綱、受領になし、我身三位して、丹波五ヶ庄、若狭のとう宮河知行して、さておはすべかりし人の、よしなき謀叛おこいて、宮をもうしなひ参らせ、我身もほろびぬるこそうたてけれ


さて、上の本文をどう段落に分けるのかが難しいですね・・・適当にやって、それに既知の曲節を割り振ってみましょう。正解とどれだけずれるか、がお楽しみです。よろしければ、下をお読みになる前に、テキストエディタにでも本文を貼付けてお試し下さい。

私のへぼい答案を、先ず!・・・全然自信がありません。

[口説]去(さんぬ)る応保(おうほう)のころほひ、二条院御在位の時、鵼(ぬえ)という化鳥(けてう)、禁中にないて、しばしば宸襟をなやます事ありき。先例をも(ッ)て頼政を召されけり。

[差声]此(ころ)は五月廿日(さつきはつか)あまりの、まだよひの事なるに、鵼(ぬえ)ただ一声おとづれて、二声ともなかざりけり。

[口説]目ざすとも知らぬ闇ではあり、すがたかたちもみえざりければ、矢つぼをいづくともさだめがたし。

[拾]頼政はかりことに、まづ大鏑をと(ッ)ってつがひ、鵼の声しつる内裏のうへへぞ射あげたる。鵼、鏑のおとにおどろいて、虚空にしばしひひめいたり。二の矢に小鏑と(ッ)ってつがひ、ひいふつと射き(ッ)て、鵼と鏑とならべて前にぞ落としたる。

[口説]禁中ざざめきあい、御感なのめならず、御衣をかづけさせ給ひけるに、其時は大炊御門の右大臣公能公これを給はりついで、頼政にかづけ給ふとて、

[折声]「昔の養由は、雲の外の雁を射き。今の頼政は、雨の中に鵼を射たり」とぞ感じられける。

[上歌(前半)]五月闇名をあらはせるこよひかな 

[口説(?)]と仰せられかけたりければ、頼政、

[上歌(後半)]たそかれ時も過ぎぬと思ふに 

[口説]と仕り、御衣を肩にかけて、退出す。

[口説]其後伊豆国給はり、子息仲綱、受領になし、我身三位して、丹波五ヶ庄、若狭のとう宮河知行して、さておはすべかりし人の、

[中音]よしなき謀叛おこいて、宮をもうしなひ参らせ、我身もほろびぬるこそうたてけれ

(・・・だめです、センスがないなあ。惨敗の予感。)


では、正解は如何に?・・・本文は語られるものはちょっと変化するのですが、覚一本のままとします。・・・じつは、やったあとで、「曲節」が正解だったところは、答案で赤色を付けたものでした。後で記しますように、段落についてはほぼあっておりました。


[口説]去(さんぬ)る応保(おうほう)のころほひ、二条院御在位の時、鵼(ぬえ)という化鳥(けてう)、禁中にないて、しばしば宸襟をなやます事ありき。先例をも(ッ)て頼政を召されけり。

[三重]此(ころ)は五月廿日(さつきはつか)あまりの、まだよひの事なるに、鵼(ぬえ)ただ一声おとづれて、二声ともなかざりけり。目ざすとも知らぬ闇ではあり、すがたかたちもみえざりければ、矢つぼをいづくともさだめがたし。

[拾]頼政はかりことに、まづ大鏑をと(ッ)ってつがひ、鵼の声しつる内裏のうへへぞ射あげたる。鵼、鏑のおとにおどろいて、虚空にしばしひひめいたり。二の矢に小鏑と(ッ)ってつがひ、ひいふつと射き(ッ)て、鵼と鏑とならべて前にぞ落としたる。

[口説]禁中ざざめきあい、御感なのめならず、御衣をかづけさせ給ひけるに、其時は大炊御門の右大臣公能公これを給はりついで、頼政にかづけ給ふとて、

[折声]「昔の養由は、雲の外の雁を射き。今の頼政は、雨の中に鵼を射たり」とぞ感じられける。

[上歌]五月闇名をあらはせるこよひかな 

[差声]と仰せられかけたりければ、頼政、

[下歌]たそかれ時も過ぎぬと思ふに と

[初重]仕り、御衣を肩にかけて、退出す。

[中音]其後伊豆国給はり、子息仲綱、受領になし、我身三位して、丹波五ヶ庄、若狭のとう宮河知行して、さておはすべかりし人の、よしなき謀叛おこいて、宮をもうしなひ参らせ、我身もほろびぬるこそうたてけれ


「平家正節」では、この句は祝儀に用いられることになっていて、最後の中音の部分の「とう宮河知行して、」のあとは、「御坐(おわしま)しけるとぞ承る」に置き換えることも可能としているそうです。

んでもって採点しましょう!

[口説]で始まるのはよろしかったようですね。

次の部分は段落が区切れるんだろうな、と思った事自体は当たりましたが、次が「拾]のはずなので、迷いつつ差声を持ってきましたら、正解は[三重]でした。そのまま、次に分けてみた[口説]と考えた部分まで、そのまま一気に[三重]でいくのでした。(T_T)

[拾]の部分は、段落の区切りまで含め当たりました。続く[口説]・[折声]の部分も、当たりました。

歌は上の句下の句が別れただけでも[上歌]・[下歌]となり、口説ではなく[差声]で繋がれるのですね。

次は段落分けは合っていたのですが、当てはめるべき曲節を考えつかず、ええい、と安易に口説にしましたら、案の定、違う曲節〜[初重]でした。またも(T_T)

以降はいったん口説がくるのか、と考えましたが、そうではなく、最後まで基本は[中音]でまとめられていました。

正解の段の区切りが10ありますので、区切りが当たったら5点、曲節が当たったら5点、としますと、

1〜10点。2〜5点(いちおう区切りは見当違いじゃなかったという事で【汗】)、3〜10点、4〜10点、5〜5点、6〜10点、7〜5点、8〜5点、9〜5点、10〜大まけして10点、ということで、70点!!!

存外な高得点ではありませぬか!

じつは、答案は黙読で行ないました。[三重]であるべきところの曲節の間違いは、これに起因する気がします。

黙読でも、区切りは結構分かるものだなあ、というのが、実感です。
曲節の正答率は4割ではあったものの、これもけっこう思い浮かぶものですね。

『平家物語』本文を眺めただけでは、もっと難しそうな箇所がわりにある気していました。
それでも、とりかかる前に予想していたよりは、『平家物語』の本文そのものに、充分、台本としての要素を読み取ることが出来るものだ、とも、いまは思っております。

・・・どうぞ、おためしあれ! (^^)

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