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2010年12月 2日 (木)

ど素人 平曲考(10) 折声、差声、歌

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大井浩明さんの第4回Portraits of Composers「平義久×杉山洋一」2010年12月15日(水)19:00開演(開場18:30)門仲天井ホールにて。

杉山作品が聴けるサイトへのリンクは、こちら。
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-6321-1.html


(1)入口(2)曲節概観(3)琵琶の手(4)平曲の構成(5)口説(6)初重(7)三重(8)中音(9)拾等(10)折声、差声、歌



平曲の曲節は専門的に細々立ち入るとまだあるのですが、素人の手に負えるものは「折声(おりこえ)」・「差声(指声・刺声、さしこえ)」・「(上【かみ】・下【しも】)歌」くらいかなあ、と思います。

これは「卒塔婆流」の中でまとめて聴けますので、その音声を挙げておきましょう。

(今井勉検校「卒塔婆流」から)

[差声]康頼入道故郷の恋しさのあまりに千本の卒塔婆(そとわ)をつくり阿字の梵字年号月日(つきひ)仮名(けみょお)実名二首の歌をぞ書き付けける、
[上歌]薩摩潟、沖の小島に、我ありと、親には告げよ、八重の潮風
[下歌]思ひやれ、しばしと思ふ、旅だにも、なほふるさとは、恋しきものをと、
[下ゲ]これを浦に持つて出てて、
[折声]南無帰名頂礼、梵天帝釈四大天王、堅牢地神王城の鎮守諸大明神別しては熊野の権現、安芸の厳島の大明神、せめては一本なりとも、都へ伝へて、たべとて、・・・

経過的な[下ゲ]をも含め、各曲節の特徴が、ことばを記す文字面にも良く現れているのではないでしょうか?

差声と折声はよく似て聞こえるのですが、内容の点で異なる、と、金田一春彦『平曲考』に述べられています。・・・ただ、差声は本来、三重、もしくは音域の似ている初重との対比で捉えた方が良いのではないか、と、私には感じられます。

[差声]は折声の前後、歌物の前後に現れることが多い、とのことです。「卒塔婆流」の例では「歌」の前に来ています。
この、言葉に着目しますと、そのリズムが七五調になっていないことが分かります。
能の謡(うたい)にサシノリというものがありますが(「謡」については別途勉強したいと考え中です)、これは拍子不合(ひょうしあわず)の謡のほうでは、七五調・五七調のような定型に当てはめられる詠ノリ(えいのり)に対比されるもので、拍節感がぼかされる部分に使われます(三浦裕子『能・狂言の音楽入門』48頁参照、音楽之友社 1889)。謡のサシノリよりは平曲の「差声」のほうが音楽的な演出効果を大きく期待される部分に用いられていますけれど、「差声」という名前の由来については、言葉もリズムとの相似性から言うと、同根なのではないかと推測しております。
金田一さんが館山甲午氏からの伝授を踏まえて書いているところによりますと、この曲節は次のようなものです。
「差声はテンポの速い近代的な曲節である。不思議なことに、この曲節では途中で琵琶を弾かない。息を切るところはあるが、そこも声を長く引くことがないなどの点で異色がある。」(『平曲考』242頁)
音域は初重と重複し、さらに低音までを含みます。動きは初重のようなゆったり感はないものの、口説とは違って朗詠されたものとして聞き取り得ます。

[折声]について先に述べますと、譜の上では「上」の字と「中」の字が交互に現れるのが特徴的です(金田一著96頁の譜例等)。同書の説明によると、このうち「上」(1点ハ)のほうに装飾をつけて唱えるのが「折声」と称される由来だそうですが、この発声法は聲明の「折捨(おりすて)」や「折上(おりあげ)」との関連が聞き取れ(大栗道榮『よくわかる声明入門』付録CD・・・もし「折下」なる唱え方があるのであれば、それがもっともそぐうのですが! 加えられる装飾音は1点ホなのです)、名前の発祥を聲明に求めて間違いなかろうと思います。
折声は神仏に関する文章、中国に関する文章に用いられるそうですから、「卒塔婆流」の例はまさにこれに合致することが明確です。「横笛」の冒頭口説に続く折声もそうしたものです。(ただし、秘事である「祇園精舎」では、こんにち耳に出来る部分は中音で歌い語りされています。あとに続くのも(今日では一般に耳に出来ませんが)初重です。
文字譜のありようから推測できる通り、先に「差声に似ている」とされていながら、「折声」は差声よりも音の上下運動が激しく、音楽的な振幅が大きいと言えると思います。金田一氏の推測では、「覚一検校以来特に尊重されて伝えて来た曲節と考えられる」(『平曲考』247頁)とのことです。
なお、折声は音域も差声より高く、中音(聲明の「二重」に相当)とほぼ同じで、それより上下1半音ないし1全音分狭い程度です。

残る「歌」ですが、これは現在、宮中の歌会始などに伝えられている和歌の詠み方とはだいぶ趣を異にしています。

例をお聴き下さい。以下の詠じ方は、甲調は聲明(とくに真言聲明)に伝えられているところの呂旋、乙調は律旋であるようです。(この音声をCD付録に持つ書籍の、本文の説明では、残念ながら私のアホ頭には分かりませんでした。)

宮内卿
[甲調]花さそふ比良の山風吹きにけり 漕ぎゆく舟の跡見ゆるまで(宮内卿)

伊勢大輔
[乙調]いにしへのならの都の八重桜 今日九重ににほいぬるかな(伊勢大輔)

(財団法人日本文化財団 編『和歌を歌う』笠間書院 2005)

歌が一首だけあらわれるときは「上歌」、ふたつめが「下歌」で歌われます。
「上歌」は上二句までがロ音と1点ホ音を軸とした上行音型、三句目がホ音を軸にした下降音型うたわれたあと、あとの七七の部分は前半が下のホ音を軸としてやや落ち着いた趣となり、最後の句は「下ゲ」にかかります。
「下歌」はそれに対し、初句をホ音中心の下降音型、二句目を同じ軸の上行音型とし、三句目は
重心を後半ろ音に落とす下降音型、四句目はハ・ろ音を中心とした比較的動きの少ない音型で収め、「上歌」よりも地味にして対比感を出しています。
稀に歌が三つ続く例があり、このときは三つ目の歌を「曲歌(きょくうた)」と称して「上歌」に近い節でうたうようですが(金田一著422-423頁、歌い語りの例は鈴木まどか『「平家物語」名場面』付録CDに宇佐行幸の部分の例が入れられています)、動きが「上歌」と逆転するのが特徴なのかと思われます。

なお、歌会での詠じられ方との違いの理由については、いまのところ思い当たることがありません。
もう少し考えてみたいところです。

「平家」の音声の引用は、今井勉氏「琵琶法師の世界 平家物語」Ebisu EBISU-13~19からさせて頂きました。

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