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2010年11月 2日 (火)

ど素人 平曲考(4) 「平曲」の構成

(1)入口(2)曲節概観(3)琵琶の手(4)平曲の構成(5)口説(6)初重(7)三重(8)中音(9)拾等(10)折声、差声、歌



曲節の特色、それぞれの曲節が登場する際に前奏として用いられる琵琶の手について記してきましたので、次は「平曲」の構成を眺めておきます。名古屋に残っている8曲(今井勉検校が録音しているもののうち「祇園精舎」・「吾身栄花」を除きます)につき、詞を捨象したとき、曲がどのような順番で曲節を組み合わせているか、を、今井さんのCDについたリーフレット(武蔵野音楽大学教授:薦田治子氏 解説)にある詞章の註から抜き出してみます。(字はこれまで綴ったところに合わせて変更しておきます。また、「下ゲ」や「ハヅミ」といった、次へのつなぎの部分については、重要な要素ではあるのですが、まずは煩雑さを避けるために省略をしています。「平家物語」の対応する巻は、一般的な古典集成や文庫本で入手出来る覚一本のものです。)

《鱸》(「平家物語」巻一から)
口説~上歌~差声~口説~上歌~初重~素声~口説~拾~三重~下リ~素声~口説~初重

《卒塔婆流》(「平家物語」巻二から)
口説~中音~折声~素声~口説~上歌~差声~上歌~下歌~折声~初重~中音~口説~折声~差声~中音~素声~口説~初重~口説~三重〜下リ〜初重

《紅葉》(「平家物語」巻六から)
口説~中音~口説~折声~初重~初重中音~差声~三重~下リ〜素声~口説~折声~差声~口説~峰声~中音

《竹生島詣》
口説~三重~下リ〜初重~初重中音~差声~折声~口説~中音~差声~上歌~初重~初重中音

《生食》(「平家物語」巻九から)
口説~拾~口説~強声~素声~口説~拾上音~(呂)~下音~上音~素声~口説〜初重

《宇治川》(「平家物語」巻九から)
口説~拾~(呂)~下音~初重~三重~下リ〜初重~口説~強声~素声~口説~拾(~音曲~拾)~(呂)~初重

《横笛》(「平家物語」巻十から)
口説~折声~差声~中音~口説~三重~下リ~素声~口説~折声~初重~差声~上歌~下歌~中音

《那須与一》(「平家物語」巻十一から)
口説~素声~口説~拾~口説~強声~素声~口説~三重~下リ~(呂)~下音~上音~(呂)~上音~走三重~上音

まとまりとして歌い継がれ生き残ってきたのが何故この8つなのか、という非常に魅惑的な問題もあるのですが、素人推測では与一とは違って扇の的を射止められないかとも思います、それを含め、文学作品としての「平家」については後ろにおいておきます(必要に応じ断片的に深追いすることはあるかもしれません)。

研究的な啓蒙書としては古典になった石母田正『平家物語』(岩波新書 E28、1957)では、「平曲」と接点があると見なせる話題が後半の第三章・第四章で展開されてます。
つっこんだ第四章にはとりあえず立ち入りません。
第三章の方に、示唆的な記述があります。素材は巻六なのですが、この
「巻六のなかに、記録的なもの、説話的なもの、物語(ロマンス)的なもの、合戦的なものというように、性質の違うものが雑多にふくまれている」(128頁)
点の指摘です。そのあとの部分が面白い上に、「平曲」を感じる際のポイントにもなってくるかと思うのですが、それはまた別のかたちで観察したいと思っております。

上のリストに話を戻します。
たった8つの例から・・・しかも、それぞれは実際には『平家物語』(覚一本)というテキストを前にしたとき、テキストの区切りを完全に含まず、一部を歌い語りするに過ぎないのですからなおさら・・・集約するのは本来は論外とすべきであり、きちんと試みるなら『平家正節』に載っているという199曲全部を当たってから結論づけるべきことですが、ここでは興味の方向を見定めていけば良いかと思っておりますので、ちょっと無謀をしておきます。

『平家物語』の構成要素として石母田さんの見いだした「記録・説話・物語(ロマンス)・合戦」のうち、8曲の中に見いだされるのは、
・記録=「鱸」
・物語=「卒塔婆流」「紅葉」「竹生島詣」「横笛」
・合戦=「生食」・「宇治川」・「那須与一」
となろうかと考えます。説話の要素はどの曲にも含まれています。
実は、どの曲が(暫定的であるにせよ)どれに属し、説話の要素がどこに盛り込まれているか、が、それぞれの曲の構成を決めているのではないか、という仮説を呈示しておくことを、今回の目的としておりました。

例えば「祇園精舎」(復元曲、かつ全体の幕開けでもある)特別なものを予め除きましたし、本文でもそのようなものは希少ですので、8つの曲がすべて口説から始まっているのは「平曲」の一般系なのだ、と考えるのは、まず間違ってはいないだろうと思います。

そのあとの続き方に、帰属する暫定分類の特徴が明白に現れているところに着目してみましょう。

「合戦」は、
1)《那須与一》の冒頭部がテキストの都合上延長されている
2)《宇治川》は前半部に説話的要素が長く入っている
のだと了解すれば、その前半部は

・口説~拾~口説~強声~素声(ここで段落)

と続くのがその枠組みであると見なし得ます。
合戦に居並ぶ将兵のリストなり(「鱸」では昇進する役職についてそうしています)、活動的な場面の描写には「拾」が使用されており、長編構造となっている《宇治川》だけが後半でも「拾」が使われますが、原則として「合戦」では早いうちにこの「拾」によるリストアップを行って一気に曲の緊張度を上げています。
後半部は詞章の特徴によって変動しますが、説話的なものを後半においているのだと明示しているかのように、《生食》は「下音~上音(~素声~口説、この部分は後に接続するものがあったことの名残でしょうか?)」《宇治川》は「初重」、《那須与一》は「走三重~上音」と詠唱的な締めくくりをしています。

「物語」は、盛り上がりを早めにもってくる《竹生島詣》(「~三重~初重~初重中音~差声~折声~」)・《横笛》(「~折声~差声~中音~」)と、波を少し遅らせ気味にもってくる《卒塔婆流》(「~中音~折声~」)・《紅葉》(「~中音~」)の2種があり、後者の方が曲のテキストは起伏に富んでいるといえます。いずれにせよ、「物語」については、冒頭部は詞章によって左右されるものの、骨組みは、次のような核に適宜変容を与えて成立しているかに見えます。

・~折声・差声~ 三重~初重~

「記録」に当たるものは《鱸》一例しか見られません。これは『平家物語』の「記録」テキストを洗ってみた上でなければ分かりませんが、《鱸》から推測する限りでは、テキストの構成によってかなり自由に曲節を組み合わせつつ、歌い語りの段落となるところに朗誦(素声【白声】すなわち普通の語りの口調)を挟む際、あるいは曲を締めくくる場合には、必ず最も効果的な曲節を選択しているのではなかろうかと思われます。

以上、はずれでしたらごめんなさい。

今後は、では実際に曲節は種類ごとにどんなニュアンスをもっているのか、を、いったん曲節ごとに見てみたいと思っております。

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