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2010年11月19日 (金)

ど素人 平曲考(8) 中音

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(1)入口(2)曲節概観(3)琵琶の手(4)平曲の構成(5)口説(6)初重(7)三重(8)中音(9)拾等(10)折声、差声、歌

「平家」琵琶の曲節で、いわゆる地を語る「口説」以外でもっとも多く現れるのが「中音」です。

もっとも多く現れる曲節であるが故に、それをどうまとめるのかは、少々混み入ります。お許し下さい。

「中音」の呼び名の由来は、手持ちの貧弱な資料では分かりませんでした。ただ、前回見ましたように、「初重」・「三重」はそれぞれ聲明の低音域・高音域を指す用語に由来することが分かりますから、「中音」はその中間の音域の呼称に由来するのではないかとの推測は容易に出来ます。
今井検校CDの薦田解説では、実際、「中音」は聲明の「二重」すなわち中音域(聲明の音域の中で唯一すべての構成音が人声で歌えるとされている)に由来することがほのめかされています。中国から伝来して日本化した五調のうちイ音を主音とする黄鐘調(おうしきちょう)を用いた曲のみが、他の四つの調のものが呂律いずれかに属するのに対し「中曲」と位置づけられていますから、これもなにか呼称の由来に関係があるかもしれませんね。真言聲明の方の例でしか私は把握できませんでしたが、理趣経を唱えるときに「中曲」が用いられています。
(なお、「黄鐘」を「おうしき」と読むか「こうしょう」と読むかで言葉の持つ意味が変わってしまい、後者は笛の調律を指す用語となるようなのですが、詳しくは私は理解しておりません。また勉強してみます。)

なお、呂・律・中曲の旋法の違いは、おおむね次のようなものです。(壱・平・双・黄・盤各調には移動ドで当てはめる。増本喜久子『雅楽』132頁【7音音階で記述してある】と天納傳中『天台声明』巻末【伝統音名で五音音階を基本に記してある】、金田一春彦『平曲考』26頁【律旋のみ西洋階名で律音階として例示してある】を参考に整理しました。誤りある場合はご教示頂ければ有り難く存じます)

呂 :ソ・ラ・シ・レ・ミ
律 :ソ・ラ・ド・レ・ミ
中曲:ソ・ラ・シb・シ・レ・ミ・ファ

中曲の旋法のみが、複雑な音要素からなっていることが分かります。

ここで、藤井制心氏が採譜からまとめた「中音」曲節の基本形を再度参照し、音要素だけを音高順に拾いますと、

ミ・ファ・ファ#・ラ・シ(絶対音高)

となっており、これは移動ドで

ラ・シb・シ・レ・ミ

に読み替えが可能ですから、「平家」の「中音」は旋法の上で「中曲」を採用しているのではないかと推測することが可能になるのではないかと思います。
(箏の調弦と近代の旋法呼称の対比をした東川清一『旋法論』中の記事も参考にしたかったのですが、まだ消化しきれておりませんので、差し控えます。)
こうした音の要素と調子の関係をもう少し整理する必要があるのですが、調子そのものが、そもそも雅楽において中国本来のものから日本的なものへ変化する際に呂旋が律旋化していった、などの話が絡んできます(増本伎共子【喜久子さんが字をお変えになった】『雅楽入門』旧版36頁参照)ので、黄鐘調(律旋、理論上は固定ドで「ラ・シ・ド・レ・ミ・ファ#・ソ」)が素直に中曲の旋法に読み替えが出来ません。藤井氏採譜の「ファ・ファ#」が、単なる「呂旋の律旋化」にとどまらない、日本の音感覚の変位の複雑さを象徴しているかのように感じられます。

いま仮に、「中音」について無理矢理まとめますと、

・鎌倉期以前の黄鐘調が聲明で用いられる中曲旋法で歌い語りされ、その音高要素が他よりも多いために、多様な詠唱に対応できるものとして、平曲の中で最も便利に利用された曲節

とでもなるのではないか、と、いちおう考えております。(金田一春彦氏は、「中音」もちいられているのは「古今調音階」・・・金田一氏が「ミ・ファ・ラ・シ・レ」からなる五音音階があると見なして名付けたもの・・・であると主張し、「中曲旋法」の呼称を否定しています。が、「旋法」と呼ぶかどうかまではともかく、「中曲」の音要素は金田一氏の「古今調音階」では全部を含みきれておりませんし、「中音」の呼称と「中曲」んは関連があると考えると無理が生じますから、金田一説は私は妥当ではないと考えます。)

現実に、「初重」が歌い収めに位置することが多いとか、「三重」が心理劇的な詠唱に用いられるとかいうある種特定の傾向を持つのに対し、「中音」は使用される場面がより公汎です。
薦田解説では、「中音」は
「優雅な場面や悲しい場面で広く用いられ」る、としてあります。

なお、これに続いて、薦田解説は
「『三重』の後に続く『中音』を『下リ』、『初重』に続く『中音』を『初重中音』と呼びます。」
と、金田一春彦解説よりも単純化しています。私たちにはこれで充分なのかもしれませんが、「三重」の項で金田一さんの言葉を参照しました通り、「下リ」は厳密には「中音」とは小差がある点は記憶しておきましょうか。

再度「下リ」について振り返りますと、こう述べられていたのでした。

・「中音」との違いは「一ノ声」があらわれない点

この「一ノ声」とか、「下リ」にも共通して登場する「二ノ声」とは、間に挟まれる琵琶の手です。
これは、「下リ」の例と「中音」の例を聴き比べて知るのが、私たちにとっては早道でしょう。

その前に、「中音」の構成がどうなっているかを知っておかなければなりません。

金田一『平曲考』の説明により「中音」をまとめますと、

・三つの’部’からなり、’第1部’は基礎音が「シ」の部分(2つの小部分からなる)、’第2部’は基礎音が「ミ」の部分(これも2つの小部分からなる)、’第3部’は基礎音が「し」の部分

である、ということになります。(なお、金田一説では、第1部と第3部が古今調音階(ただし名古屋系では第3部は4音音階)、第二部のみ律音階、と、音階の転調的なものを想定していますが、この点にも金田一説には少々無理を感じます。)

「下リ」はこうした「中音」の構成中の何を欠いているか、が、「中音」との聞き分けのポイントになってくる訳です。

・前回上げた「下リ(館山氏により下リ中音と説明された曲節)」の例(「鱸」から)
 その人にあらずは、即ち闕かよといへり(ここに「二ノ声」がダブって入る)、
 されば、則闕の官とも、名付けられたり(ここに「二ノ声」がダブって入る)、
 その人ならでは、汚すまじき官なれども、入道相国、一天四海を、掌のうちに、握り給ひし、
 上は、子細に、及ばず

・通常の「中音」の例・・・「紅葉(こおよお)」終結部
 上日(じょおにち)の者を、あまた付けて(「一ノ声」の手)、
 主(しゅう)の女房の、局まで(ここに「二ノ声」がダブって入る)、
 送らせましましけるぞかたじけなき、さればあやしの賤(しず)の男(お)賤(しず)の女(め)に、
 いたるまで(ここに「二ノ声」がダブって入る)、ただこの君、千秋、万歳の、宝算をぞ、祈り、奉る

「一ノ声」の手はアルペジォ奏法を持ちませんが、「二ノ声」の手にはそれがあります。で、実は、「一ノ声」の手は、藤井採譜を参照すると、「三重」が「下リ」に向かう際の、名付けられていない琵琶の手と同一であることが分かります。
ですから、少なくとも「下リ」は「中音」第2部以降が独立した曲節なのだ、あるいは「中音」とは「下リ」の前に特別な曲節が当てはめられない場合に選択される穏当な詠唱部を第1部として付加したものなのだ、と見なしてよいのではないか、という気がします。

今回はこんなところと致します。

音声の引用は、今井勉氏「琵琶法師の世界 平家物語」Ebisu EBISU-13~19からさせて頂きました。

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