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2010年11月27日 (土)

ど素人 平曲考(9) 拾・強(甲)ノ声など

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(1)入口(2)曲節概観(3)琵琶の手(4)平曲の構成(5)口説(6)初重(7)三重(8)中音(9)拾等(10)折声、差声、歌

「しんみり」の多い印象のある平曲の中で、この「拾(ひろい)」は、使用頻度の高い曲節としては非常に活気に溢れたものです。

金田一春彦「平曲考」では、「拾類」として五種の曲節が挙げられています。
・拾
・拾上音(拾下音の後に顔を出す。ただの「拾」とほとんど同じ)
・読物上音(譜面には「上音」とだけ記されているもの)
・ハコビ(読物だけに現れる。名古屋系には伝わっていない)
・音曲(前後は「拾」になっている、一部分の曲節。中音の中に現れる特殊例1例あり)

おなじ金田一さんの説明で、「拾」は次のような性質であると言われています。

「しばしば長大である。スピードあり、強弱の変化あり、勇壮活発(中略)現在、一般人にとって平曲の第一の聞きどころは、三重や中音ではなくて拾だと思うが、昔の人もそうだったようで、上杉謙信や佐野了伯の感動したのは、いずれも拾のある曲だった。/なお、拾は、戦闘の場面、勇者の登場の場面、炎上物【寺の焼き討ちを語るもので、現在手近に録音で聞けるものはありません】の火災の場面、捕物の人名が並ぶ箇所、その他、儀式の説明などにも用いられる。」(88頁)

その構成についての金田一さんの説明は以下の通りです(記譜法略)。

[1]第1次’第1部’ 基礎音ラの部
[2]第1次’第2部’ 基礎音ミの部
[3]第2次’第1部’ 基礎音ラの部。転調譜<下>まで
[4]第2次’第2部’ 基礎音ミの部
[5]第3部     基礎音シの部。最後まで。

妥当かどうかは難しいところで、私には判断できませんが、この構造図式から想像できます通り、「拾」はかなり長大な曲節です。

短めである「鱸」の中の、清盛の昇進の部分
「拾」
[1]次の年、正三位に叙せられ、うち続き宰相衛府督、検非違使別当、
中納言大納言に上がって、[2]あまつさへ、丞相の位に至り、
[3]左右を経ずして内大臣より太政大臣、従一位に至る、
大将にはあらざれど、兵杖を給はって、随人を召し具す、
牛車輦車の宣旨をかうむり、乗りながら、[4]宮中に出入す
ひとへに、[5]執政の臣の、ごとし

(なお、この「鱸」の句の少し前の部分・・・音声としては非掲載・・・は江戸期の譜本では、覚一本のものと変更することがあったのを伝えているそうです。覚一本で忠盛が「五十八にて失せにき」とあるところを、江戸期の譜本は、祝言のときには「世をゆづり給ひしかばトモ」と付記している由。名古屋系では祝儀の曲として大事にされ続けて来たとのことで、このあたり、名古屋で生き延びた「平家」が、なぜ、残った8句を重視して来たのか、につながる興味深いものを持っているかと思われます。山下宏明『平家物語の成立』308頁、今井検校録音の解説14頁等参照)


それにしても、この曲節を、なぜ「拾」と呼ぶのでしょうね?
曲節には名前の由来が聲明と関係のありそうなものが多い中で、「拾」他のいくつかは、察しがつきません。もっと広く聲明について調べられればまた違うのかも知れませんが、いまはご教示を頂けるようでしたらそれを乞うしかありません。
ただし、唱法としての「拾」のなかには、聲明でいう「大ユリ(呂旋で使われる唱法)」や「ユリカケ」に似たものを耳にし得ますので、聲明との関係は反映されているとみるべきです。とはいえ、ユリとなると平曲の中には別に「中ユリ」という(部分的ながら非常に特徴的な)曲節もあります。ユリは、あたかも見栄を切るようなニュアンスを持ちますから、これによって「拾」は大きな起伏を持ち合わせることになります。
その一方で、素人耳には「音の高さを変えた口説」に聞こえる部分も多くあります。
起伏のある詠唱(ユリ唱法部分)が、高揚した語りとバランスよく混淆することで、「拾」は聴き手の胸を激しく揺さぶるに相応しい曲節たり得ているのではないか、と感じます。

なお、素人耳には、「拾」の最初の部分は「強ノ声(甲ノ声)」と非常に似て聞こえます。すっかり同じではないのですが、何故似ているのかは、「強ノ声」に先立つ琵琶の手「甲ノ撥」が、「琵琶の手」のところでは載せませんでしたが、「拾略撥」(拾撥の短縮版)とほとんど同じであることが理由を物語っているのではないかと思います。また、「強ノ声」は、武将の活動場面を描く「拾物」と呼ばれる句にのみ専ら用いられるとのことです。・・・名古屋に残る8句の中でも、「拾」の曲節は含みながら「拾物」ではない「鱸」には、「強ノ声」は現れません。

「強ノ声」と「拾」は、【(4)平曲の構成】を見直しますと、

・(強声~)素声~口説~拾

という順番で使われるのが普通であるようです。「鱸」では最初の「強ノ声」の部分を欠き、「那須与一」では拾が前に来ていて、口説を挟んで、強声~素声~口説~三重、という繋がりになっています。これらは上の基本形が句の性格に合わせて変容しているものと見なし得るでしょう。「生食」では口説の後は今井検校CDの解説では「拾上音」となっていますが、構造的には、金田一さんの説明の通り、「拾」そのものかと思えます(藤井採譜本参照)。

名古屋系に3つ歌い継がれている「拾物」は、どれも幸いにして有名な場面ですが、「那須与一」以外は曲節としての「拾」を序盤とクライマックス部の2ヶ所に持って来ています。
「下音」・「上音」の曲節もまた「拾物」に見える曲節ですが、「上音」の方は、上記の「拾」の構造中、[5]に似ています。「下音」は、長大な曲節である「拾」には共有されるようなフレーズのない音型ですが、上音の前に置かれる時、「拾」として<まとめられた>曲節では表現しきれない、より大きな落差を聴かせてくれ、「拾物」のスペクタクル性を高める働きをしているものと感じられます。

「下音」相当の音型は含まない(と私は思っている)「拾」は、以上から推察できるのは、曲節としては「強ノ声」([1]相当)や「上音」([5]相当)というより細かな曲節を、中間部で巧みに繋いだ、複合的なものであるように思われます。
琵琶法師たちは、場面に応じ、曲節としての「拾」を丸丸持ってくるのが相応しくない場合は、
・「下音」~「上音」と繋いで締めくくり感を出したり、
・「強ノ声」で予告感を醸し出したり、
といった工夫を凝らして来たのでしょうね。

拾物である「生食」・「宇治川」・「那須与一」を通しでお聴きになって、その辺りの機微を体感していただけるようでしたら幸いです。

音声の引用は、今井勉氏「琵琶法師の世界 平家物語」Ebisu EBISU-13~19からさせて頂きました。

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