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2010年11月 9日 (火)

モーツァルト:ウィーンで最初のクラヴィア変奏曲群

大井浩明さん《POC第3回》(11月13日開催)の曲目解説 出揃いました。昨日リンクをまとめました。
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-5ea6.html



ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。

人口に膾炙するような「クラシック」は、ここんとこ<モーツァルト>ネタばかりです!
・・・他に(もそっとマイナーでちっこいものも)視野に入れたかったり、こないだ拝聴して来たガブリエリなんかについてもだべってみたいとは思っているのですが、目先の勉強が追いつきません。いずれ時が来るでしょう!(モーツァルトが一段落した暁には、じつは、限られたジャンルではあってもハイドンあたりに取り組んでみたいのですが、こちらは網羅的な楽譜が必ずしも入手できません。ヘンデルも面白いのですが。しかし、人生には限りあり、です!)

で、1781年のアマデウス、です。

歌劇「イドメネオ」は本来この年の最初の作品なのですが、前年に含めて観察してしまいました。
そのあとコロレード卿と決裂してウィーンに本拠を移す決心をしたわけですが、この年は概略で見ましたように、(おそらく「イドメネオ」での縁が主な理由で書かれたものを中心とする)声楽曲の他は、数曲の器楽曲しかない、創作面では雌伏の年となったのでした。

そのなかで、この年以降、推測では1786年を下限とするクラヴィア変奏曲4作が、存在としては地味ながらも、ウィーン初期のモーツァルトの意気込みをよく表わしていると思われますので、これを見ておきます。

4つとは、創作の順番は不明ですが、ケッヘル番号(第3版)の順に列挙しますと、

・ドゥゼードのオペラ「リゾンは森で眠ってた」の主題による4つの変奏曲 ハ長調 K.264
・(通称)きらきら星変奏曲(12の変奏) ハ長調 K.265
・グレトリーのオペラ「サムニウム人の結婚」の合唱曲「愛の神」による8つの変奏曲 ヘ長調 K.352
・「きれいなフランソワーズ」による12の変奏曲 変ホ長調 K353

という具合です。
どれも主題がフランスネタであることから、アルフレート・アインシュタインが名著「モーツァルト その人間と作品」を著した当時(1945年)には、これらはパリで書かれたと信じられていたことは、ご承知の通りです。
しかしながら、今ではこれもご承知の通り、その後の研究成果から、モーツァルトのウィーン時代前期に書かれたと考えられています。

また、アルフレート・アインシュタインは、これら4作のうち「きらきら星変奏曲」がもっとも貴重なものであるとしか語っておらず、変奏曲の中身には全く触れていません。おそらくその後の素晴らしい文献等があるのでしょうが、私は毎度残念ながら、それらを目にするチャンスがありません。

オペラからの主題の提供者であるドゥゼードやグレトリーについては、前者はクロアチア生まれ、後者はベルギー出身の、当時モーツァルトよりはるかに売れっ子だった作曲家だ、という以上には、私は知りません。
「きらきら星」のメロディは、やはり当時のフランスの流行歌(シャンソン、とは呼ばれずに、エールと言われているのですね)、「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」(シュヴァンドルの愛)というもの・・・こちらについては有名ですね・・・、「きれいなフランソワーズ」はやはりフランスで流行ったらしいボードヴィルに由来するものとのことです(『モーツァルト全作品事典』記載)。

が、まず第1には、ウィーンに出たモーツァルトが何故フランスのネタばかりを使ったのか、の背景が重要でしょう。ウィーン宮廷に近しい存在だったと推測されるロシア宮廷が、20世紀初頭の革命までフランス語を会話の中心としていたところはよく知られていますから、まだ最後の繁栄の時にあったウィーン宮廷においても似た事情にあったことは推測されますし、どこかの社会史に載っていた気がするのですが、いま、探し出すゆとりがありません。ウィーンについてはむしろ、以後のモーツァルトが『後宮からの誘拐』と『魔笛』を除きイタリアオペラの作曲に腐心したことを思いあわせ、かつ、その関連の書籍にざっと目を通しますと、イタリア文化に傾斜していたように読めてしまうのですが、マリー=アントワネットがブルボン王家に嫁したこと、モーツァルトが意を注いだオペラ台本が『フィガロの結婚』であったこと、あるいはそれよりいっそう、パリが当時の音楽家たちの名声を確立する上で最も大きな役割を果たしていた状況(使用されている言語がイタリア語ではあっても、グルック・ピッチー二の抗争の主要舞台はパリでしたよね)を考慮しますと、<新人>モーツァルトが、まずはささやかなサロンに食い込んでいくためにも、フランス(パリ)で流行っていた、したがっておそらくウィーンの上流階級にも知られていた素材を用いることは戦略として非常に重要だったのではないかと考えられはしないでしょうか?

第2には、変奏曲の内容です。
「きらきら星変奏曲」が際立って重要、と言うには、他の変奏曲も、それまでのモーツァルトの同一ジャンルに比べ格段の充実度を持ち、内容としてはいずれ劣らぬものと見なさざるを得ません。で、じつは後述のように、「きらきら星変奏曲」が、いちばん<何の変哲もない>作分でさえあったりします。

変奏曲の構成法そのものは、モーツァルトはその神童時代から一貫して、一連の変奏を主題よりも活気づいたものにしたあと、変奏の最後から2番目にはAdagioを配し、最後の変奏は元のテンポに戻すか早めのテンポにすることで、作品に「緩〜急〜緩〜【場合によって超】急」なるまとまりを与える点で変化はありません。他の作曲家について全く詳しく知りませんので、これはもしかしたら彼に限らない慣習的なものでもあったのかも知れませんが、クラヴィア曲ならぬ管弦楽曲ではあるものの、サリエリの「ラ・フォリア」変奏曲にはそのようなメリハリがない気もしますので、機会を設けてよくよく見直さなければならないとは思っております。
ともあれ、幼時からと同じ手法で、これら4つの変奏曲も仕上げられていることは、念頭に置いておかなければなりません。
ただし、この4作以前に書かれたクラヴィア変奏曲(数は少ない)は、主題の形を壊さないで続けている場合を除き、前の変奏曲と続く変奏曲のあいだには、なんら有機的な関連性がありません。それぞれの変奏は、原則として独立しているといえます。また、Adagioの後の「急」は最初期はTempo I であり、思春期まではさほどスピードアップもしていません。

上記4作は、この2面で様相をがらりと変えます。(もっとも従来型なのが、アインシュタインの特別視した「きらきら星変奏曲」なのは皮肉なことです。)

K264、K265、K.354は第1変奏で右手が奏でた音型を第2変奏が基本的に引き継ぎます。

K.353は異色でして、第1変奏の左手の動機は第3変奏で音価を短縮した形で引き継がれ、さらにそれは第5変奏で右手に移り、さらに第8変奏では頭拍を省略してリズムを際立たせるための小道具となる、という入れ子構造を見せています。その他の変奏曲でも、少なくとも途中に独立性の高い変奏を間奏的に置きながら、その周囲を2ずつの変奏単位にして相互の動機を(右手左手で入れ替えたりして)共有するかたちをとっており、変奏どうしの有機的な連続に意を砕いていることがはっきりと見て取れます。ただし、共有されることになる動機は一つの変奏の中でいつまでも用いられず、だいたいにおいて変奏後半で姿を変えてしまうため、注意深く聞いていないと「あ、前の変奏に出て来た動機じゃないか!」とは気付かれません。このあたりも心憎い工夫です。

また、以前のモーツァルトは変奏の中に違った拍子を組み込むことはありませんでしたのに、K.354は基本が4分の2拍子であるところ、第8変奏をメヌエット風(4分の3拍子)にし、4拍子でプレストの間奏をおいたのちに、彼の短調作品にいつも独特の味わいを添えるシンコペーションを引きずるように聞かせる第9変奏を持ってくる、という劇的技法を用いています。K354は、その途中のドラマチックな経過故に、(譜面上に再度記譜されていはしますが)最後は主題をおだやかにダ・カーポして幕を閉じます。これがまた非常に印象深く感じられます。主題をダ・カーポで終えるのは、K.265以外の他の2作にも共通することですけれど、Adagioからダイレクトにダ・カーポするのはK.354のみであり、この作品の特異さを際立たせています。

K.265(きらきら星、2/4ベース)の最終変奏は4分の3拍子のAllegro、入れ子構造に特徴のあるK.353(6/8ベース)の最終変奏は4分の2拍子のPresto、K.264(2/4ベース)は8分の3のPrestoに、なんと長大なカデンツァをくっつけた上でテーマにダ・カーポするという方法をとっています。

動機の共有のあり方や構成法では共通項のある「きらきら星」が最も従来型であるのは意外に思われるかも知れません。
他の3作のほうが、変奏曲をむしろ、クラヴィーアのより自由な即興曲に向けての志向を強く見せているあたりを・・・以上の拙いご説明でお分かり頂けるかどうか、わたくしの最も憂慮するところであります。

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