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2010年11月16日 (火)

ベートーヴェン「第九」ベーレンライター原典版緒言の日本語訳

先日、アカデミア・ミュージックから特価でベートーヴェン「第九」のファクシミリが特価販売されている件をご紹介しました。

http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-68b6.html

それに関連し、こちらは印刷スコアである、ベーレンライター原典版(1996刊行?)の緒言を以前(2004年)アマボケ(ちゃう、アマオケ)仲間向けに抄訳しておりましたので【多分あんまり読んでもらえなかったでしょうが】、参考までに掲載させて頂きます。このスコアには、第九作曲の歴史的経緯とこの版の特徴の概略を述べた序文、校訂情報の要約である緒言(こちらはデル・マーによるもの)があります。序文も実に面白い(過去の読み物と相違点もあり興味深い)のですが、読譜に当たって役立つと思われる緒言のほうを、いらんと決めてかかったところは激しく省略して翻訳してみました。ご参考になれば幸いです。(訳したとき見てもらって指摘されたところは修正してありますが、なお誤訳がある場合はご容赦下さい。)


緒言

<原典>

(註:今回アカデミア・ミュージックから販売されたファクシミリに含まれるのは、以下の記述から、A・J【ファクシミリ版53頁、ベーレンライター原典版スコア39-40頁】であることが分かります。(他に第4楽章にはパリ国立図書館蔵の23段譜3葉6頁も含まれています。)

A)自筆総譜、1823−4年に書かれ、大部分はベルリン国立図書館ープロイセン文化財(音楽分室)所蔵。
自筆のコントラファゴットパート譜も共にある。
2,3の断片、ならびに自筆のトロンボーンパートが、別のさまざまな場所に保存されている。(註:ファクシミリ版425-436頁所収、コントラファゴットパートはベルリン国立図書館蔵、トロンボーンパートはボンのベートーヴェンハウス蔵)

PX)9つの弦パート手写稿で1824年5月7日の初演に使われた最初の物に由来するもの。ウィー
ン楽友協会図書館所蔵。すべてにベートーヴェンの手になる二、三の修正が施されている。

B)写譜師による総譜でベートーヴェンの修正があるもの。1824年12月ロンドンに送られ、ロンドンの英国図書館所蔵。

C)写譜師による総譜で、E、P、V(後述)の版下屋用の写し(版下案)として使われたもの。1825年1月にショット社に送られ、マインツにあるショットミュージックインターナショナルの図書館所蔵。Aを元に複写された最初の総譜であり、ベートーヴェンの改訂、修正が大量に含まれている。数ページが写し直され、C’として参照されているが、こちらのベートーヴェンによる修正はわずかである。

X)もともとCに属していたがC’と取り替えられたページ。最も重要なのは、これにはベルリン市
立図書館プロイセン文化財にある12葉も含まれるという点だが、Xの大部分は散佚してしまっている。

CP)トロンボーンセクションと声楽パートの手写稿、ショットミュージックインターナショナル図書
館蔵。もとはPXの一部。トロンボーンパートにはベートーヴェンによる修正がある。

D)写譜師による総譜、アーヘン市立図書館蔵。最初の3楽章を含む巻はベートーベンの修正が施れ、1825年3月にアーヘンへと贈られた。

DC)写譜師による総譜、アーヘン市立図書館蔵。ベートーヴェンの修正がある。

F)ベルリン国立図書館ープロイセン文化財蔵の、ベートーヴェンの修正がある、写譜師による総譜。贈呈用総譜で、国王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世への献辞が自署されている。1826年9月に、国王に送られた。

J)自筆単葉。ベルリン市立図書館ープロイセン文化財所蔵。Aにはなかった新たな4小節(第1楽章 255ー8)を含む。

K)自筆の修正リスト。1988年にロンドンのSotheby 's社がオークションにかけ、現在個人蔵。

L)Kの修正版。写譜業者の手によるもの。ボンのベートーヴェンハウス蔵。

E,P,V)フルスコア・パート譜・ヴォーカルスコア初版。それぞれ1826年8月にショット社から出
   版された。

これらのスコアについて、およびそれぞれの関係についての詳説は、Critical Commmentary to BA9009を参照のこと。

Bt9<編集上の特殊な問題>(校訂の結果採用した記載上の約束事に関する記述なので、省略)

<装飾音から及び装飾音へのスラーについて>

ベートーヴェンは装飾音と主要音の間にスラーを描くことは決してなかった。しかしながら実演上は変わることなく、こうしたスラーはあってしかるべきだと想定されている。我々校訂者はこうした慣習を保持したが、そのことはop.125(第九)原典すべてが一貫してしたがっていることである。また、トリルに続く後打音についても、同様に取り扱った。第4楽章297−319小節の装飾も、同じ考えに従って(訳者補:スラーなしで)表記している。ここでは後打音は装飾音としては描かれておらず、事実上連桁で結ばれた二つの32分音符(訳註:原文では音符で記されている)なのだが、従来トリルと一連をなす音として理解されており、したがって当然のようにスラーを付けて演奏されているのである。

<木管楽器譜の分岐した符尾に付けられたスラーなどについて>

このたびの原典版では、我々校訂者は現代流に従った。上下それぞれの符尾には各々の奏者のために別々のスラーが必要となるのだが、2音に一つだけの符尾が付されている場合は、2奏者には1つのスラーで十分である。スタッカートも同様に扱っているが、ひとつだけ例外がある。2奏者がユニゾンであるとき(第1楽章65小節目のホルンなど)は、2つの符尾を付すことなく一つのスタッカートを付けることで十分だということにした。
 しかしながら、期待されるかも知れない通り、op.125の初期原典では、こうした慣習的なことの扱いについては、よりいっそうルーズな様相を呈している。さらに、AやC文献での分岐した符尾は、セカンド奏者のスラーがどうであるかを曖昧にする原因をなしていたりするのである(第4楽章196小節の2番フルートなど)。(訳注:ここの記述はブライトコップフ系のスコアを参照すると良く分かる。ついでだが、この個所の2番フルートは四分音符4つで、他のパートすべてとリズムが異なっている。)

<ディナミークについて>

言うまでもなく知れわたっていることだが、ベートーヴェンにおいては、f(フォルテ)を続けて幾つも記しているのはアクセントの反復をあらわしており、実際にこうしたケースではfは文字通りsfを速記したものと言ってしまっても、事実上まちがいはない。現実に、ベートーヴェンは(このような記譜をしたところでは)写譜師がfをsfと書いてしまっていても、あるいはその逆の場合でも手直しをしなかったので、これらの違いは些細なこととしてそのままにしておかれるのが当たり前となっている。そうは言っても二者間には気分的な違いがある。そこで我々は、出来るだけ厳密に、この相違点を保持することにつとめた。それでもなおいくつかのパッセージ(第4楽章463-70小節など)では二者のいづれなのか、オリジナルの記譜に一貫性がなく、そうした場合には代わりに論証的な処置を施し、fが一貫性を保っている箇所についてだけ、同様の小節についてsfには変えずにおくようにした。
 ベートーヴェンは時々、音楽理論ではほとんど述べられていないような術語を用いている。cresc...il forteとか、(これまたもっとしばしば)il forte piu forte、ときにはil forte...piu forte...と書かれているのである。我々はベートーヴェンのil forteをfに置き換えたが、この術語の統一は、第2楽章171小節で原典Bではベートーヴェンがヴィオラにfと記しているのがみとめられる一方、A(自筆譜)とCの弦楽器セクションを見るとil forと読みとれることからも確かなものだといえる。
 特別な問題があるのはピチカートの場合である。いくつかの理由から、ピチカートのパッセージはディナミークを要しないものとして、ベートーヴェン(そして一般的に、同時代の作曲家たちも当然同様に、ただしベルリオーズは例外だが)は扱っている。実際、ディナミークの欠如は国際的に顕現していることであり、ベートーヴェンにおいてもp(アルコでの)がpizz.に変えられてしまっている例が多く見られるのである。とはいえフォルテのピチカートの例も、ベートーヴェンにおいてはまれではあるものの、確かにあるのであって、ピチカートにクレッシェンドやディミヌエンドを施す例になると、これはふつうに見いだせる。(op.125すなわち第九では)第2楽章322小節、第4楽章787小節、(原典Cのベートーヴェンの手跡では)第1楽章266小節のコントラバスなどが、その例である。ただ同時に、ベートーヴェンが第3楽章99小節の低弦をsub.p(スビト・ピアノ)としていることは、クレッショエンドの後なのであるから実現が困難なのではないか、という一般的な(しかしそれほど注目されてはいない)疑問もある。第4楽章の238・40小節は原典Aにおいてはもともとfであったのがpizz.に変更されたと読めるのだが(Critical Commmentary to BA9009を参照)、241小節ではpizz.pという記入が残されたままであるので、238・40小節はやや大きめに演奏されることを意図したのであろうと思われる。ベートーヴェンにおける最も難解な箇所は、ふつうにはディナミークがfだと見えながら、ピチカートの方でディナミークの表示を頑固に拒んでいるようなところである(交響曲第5番第2楽章7小節[訳注:ここではアルコの低弦はそれまでのピアノからフォルテになる]や、ピアノ協奏曲第4番第3楽章61小節など)。明らかに、こういう極端なあいまいさは現代の演奏向けの版では受け入れられないので−−−この数十年、もちろんたとえば第3楽章157(最終)小節のピチカートはベートーヴェンはフォルテで演奏されることを意図していたのではないか、などといった論争点もあったのではあるが−−−我々は編集上の追加事項として必要に応じこうしたディナミークを補足した。
 ベートーヴェンのディミヌエンド・ヘアピンは、シューベルトのそれほどではないにせよ、劣らず難解である。シューベルト同様、長く描かれたものもあれば、アクセントと見まごうほどのものも、しばしばある。シューベルト(一般的に音符の上または下の真ん中にヘアピンを置いている)と異なるのは、ベートーヴェンのヘアピンは音符の真下に始点がある傾向にあり、そのためとくにディミヌエンドに似て見える、という点である。こんにちではこうした、本来的に不明瞭な性質を持つ記号について、明瞭に注記する適切な方法がない。前後関係によって、アクセントかディミヌエンドかの相違の度合を示して行くべきなのであろう。我々はこうしたものをアクセントとして扱ったが、強調しておかなければならないのは、かなりしばしば(たとえば第4楽章254,753,810−1、833-4小節 訳注:いずれも声楽パートにおけるものを言っている)こうしたアクセントは本質的にはディミヌエンドの要素を兼ね備えているものと見なしうる、ということである。(Critical Commmentary to BA9009を参照)

<点とダッシュ>

ベートーヴェンは、(訳者補:スタカートを示す)点とダッシュの違いについて厳密だった(Nottebohm,op. cit.,pp.107-25参照)と言われてきたが、その証拠としては1825年8月のカール・ホルツ宛書簡(Emily Anderson, The letters of Beethoven(1961),No.1421:訳者コメント−邦訳の書簡選集では該当の書簡は発見できませんでした)の中でベートーヴェンが「四分音符の下にダッシュを記したもの(訳注:原文は音符表示)と点を記したもの(訳注:原文は音符表示)は同じではない」と明確に教示していることが引き合いに出されている。しかし、こんにち一般的に賛同されているところでは、ベートーヴェンの原典にある二者間の相違はあまりに偶発的であって、同一視しうるという以外にどんな論理性や蓋然性をもってしても新版に反映し得ないのである。これには例外が一つある。ポルタートは当然つねに点を伴わなければならないわけだが、しかるにポルタートを出た箇所では、ベートーヴェンのスタッカート表現はいつもダッシュであり、しかもこのことは第7交響曲(作品92)の初演パート譜への彼のおびただしい修正(Nottebohm, op. cit. pp.107から9にもまた引用されている)によって間違いなく確かめうる。すなわち、第2楽章のテーマの、2,3番目の八分音符はスタカートのダッシュが、その後の二つの四分音符にはポルタートとしてのスラーと点が記されている、といった類である(訳注:原文は音符で表記)。

<フィナーレ固有の問題:シラーのテキストの綴りと句法について>
(テキスト的な校訂問題なので省略)

<声楽パートのスラーについて>

ベートーヴェンが声楽部分に付けたスラーは、シラブル(訳注:語彙の音節)の変化にいつも一致するなどということは決してないばかりか、より短いことがしばしばである。実際には(これらのスラーは)フレージングを考慮するためには重要なのであって、結果的に(通常の慣習とは相反するが)背景(訳注:シラブルなどのこと)とは別個のものだと見なす必要がある。ひとつの典型例は、(訳者補:終楽章の)895−8小節である。しかるに、大変わずかだが、彼のスラーがシラブルより長いという例もあるにはあって、これらはすべて実質的に誤りであるとしてしりぞけてよいものである。これらはふつうは、言葉が(訳者補:器楽よりも)後から入ってくる場合に起こっている。もちろん、(訳者補:こうしたミスの)ほとんどはA(訳注:自筆スコア)にのみ現れるのであって、X(訳注:写譜師の手になるスコアから校正の結果取り除かれた稿)において除去されたのだろうと思われる。ところが、本当に1箇所だけ、実際的な目的があり、かつ除去されずにある長いスラーがある。それは840小節である(ソプラノソロ:訳注 sanfterのterまでスラーがかかっていることを指す。ブライトコップフ版ではこのスラーは除去されている。日本の出版社が出しているヴォーカルスコアも同様のようである)。

<声楽パートのディナミークについて>

A(訳注:自筆スコア)では、ベートーヴェンはしばしば、ソプラノの段にだけディナミークを記入している。それで全声部のディナミークとするのだと意図していたことは、はっきりしている。しかも、彼はほとんどいつも、C(訳注:写譜師の手になるスコア)での声楽パートのディナミーク省略を手直ししていた(たとえば282小節)。とはいえ、たまに彼は修正を失念している(たとえば280小節)のだが、我々はこうした明白な場合には注記することなく修正するという原則を許容した。しかしながら、798-800小節(ソプラノソロ)には明示的に、この原則を採用しなかった。また、疑わしい場合(すなわち797小節や742小節などのような箇所)には、厳しく原典に依拠することにこだわった。(訳注:文中の個所ではソプラノソロにfやsfが記入されているが、それらを他のパートにまで敷延させることはさけており、「厳しく原典に依拠する」とはそのようなことを指して言っている。)

<練習記号について>(使用の便宜を図り従来普及通りとした、という記述なので、省略)

謝辞(省略)

(ジョナサン・デル・マー筆)

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