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2010年11月 6日 (土)

ど素人 平曲考(5) 口説

(1)入口(2)曲節概観(3)琵琶の手(4)平曲の構成(5)口説(6)初重(7)三重(8)中音(9)拾等(10)折声、差声、歌



さて、前回見ましたように、いまも歌い語りされている「平家」は、掲載しなかった特殊なものを除いて、すべて「口説」で始まっています。かつ、「口説」(ないし「素声」)で終わっているものはありません。
このように構成がある程度明確に決まっていながら、言葉の方について『平家物語』のテキストと照らし合わせると、物語としては半端なところから始まっています。テキストの問題には触れませんが、これは、今井勉検校の録音「琵琶法師の世界 平家物語」に付けられた薦田治子さんの解説から事情が判明します。

本来、平家物語全編を語ることを「一部平家」と称したのですが、だんだんに区切りのいいところが決まって来て、まとまりとして定着したとのことなのです。このあたりは薦田さんの2003年のご著作に詳しいようですが、いまはネットで探してもそれを入手出来ませんので、上記解説の教えて下さるところに留めて記しておきますと、「平家」の語りは

<一部平家>~<巻(12巻+灌頂巻)>~<句(199伝来)>~<段>~<曲節>

となるそうです。

前回上げたそれぞれのまとまり(仮に「曲」と呼んでいました)は、この構成の中の<句>に相当するのですね。
<段>については、曲節について理解したのちにでなければ何とも言えません。

で、<句>を構成する曲節がどんな調べをもっていて、それはどういう役割を果たしているのか、を見て行くことになります。
かつ、役割の方については、曲節の主なものをひととおり知ってから考えた方がよさそうです。

<句>の最初に置かれる曲節「口説」は、基本として「ミ」と「ラ」だけからなる単純なものですが、二つの特徴があります。

ひとつめは、ある言葉、もっと絞って、その言葉の中のひと文字が「ミ」と「ラ」のいずれをとるかは、(「平家」が語られた当時の京都の)言葉の高低アクセントによって決定され、言葉の抑揚が二音で表わすのでは不足な場合、下は「レ」に向かい、上は「ファ」に向かって、滑り降りたり滑り上がったりすることです。

「ミ」は口説の基本音であるため、「平家」の譜では何も記号が付されず、「ラ」には「上」の字が記されているとのことです(ただし、館山甲午氏が語っていたもの、現在の今井勉検校が語っているものと譜の示しているであろう音高とは必ずしも一致しないようです)。滑り降りる方の記号については私には分かりませんでしたが、滑り上がる方については「上」にカタカナの「コ」が小さくくっついた記号が付せられています。(「祇園精舎」と「延喜聖代」には位口説というのがあって、それは決まり事が少々違うらしいのですが、これは私には分かりません)。

で、「上コ」が「ファ」の音程を示すのかどうか(これから比べてみる歌い語りがそのような譜になっているのかどうかは見ていないのですが)は、随分微妙であるように思います。
「横笛」の最初の口説を井野川幸次さんが語っていたものは、今井勉さんが語っているのと聴き比べるまでは、よく聴かないと「ファ」の存在に気付かないままになります。いまこう綴ってしまうから耳を凝らして「分かるじゃないか」と指摘されてしまうかもしれませんが、何も知らないで聴くと本当に分かりません。

・井野川検校

・今井検校

ここには、井野川さんと今井さんの世代の音程感の違いが反映してはいないだろうか、というのが私の疑問です。
戦後いっそう大量に欧米音楽が流入した中で育った私たちには、戦前の人たちより広めの音程感覚があるように思います。今井さんのほうに「ファ」が明確に聴き取れるのには、そうした時代背景はないでしょうか?

口説のふたつめの特徴は、次の曲節に移る前に「下ゲ」なるものが続くのですが、この続き方が、前回分けてみた「記録・物語」のときと「合戦」の時では異なっているところにあります。

前者は、金田一春彦さんによれば「シヲリ下ゲ」と呼ばれるものだそうですが、譜にはふつうに「下ゲ」と記されています。口説をリタルダンドさせて、次の曲節(口説より高い音で始まる)を効果的に聴かせることに備えて音域を下げていきます。「/シ(本当はスラッシュは逆向きで、「シヅミ」という記号です)」と譜に記されたところでは、かなり極端な低音にまで下がりますので、上手い人の語りでないと、ちょっと聴けたものではないというていたらくになります(そんなに数を聴いていない私の印象ではあります)。通常、「コマハシ」と呼ばれる下向きのへの字のような記号のところから、より長く引き伸ばされた感じになって行きます。

・「横笛」から2例(井野川検校)

後者は「強(こわ)リ下ゲ」と言われて、「拾」や「強ノ声」の曲節につながるものです。そうした性格からでしょうか、「シヲリ下ゲ」が割と単純で、「コマハシ」を境に2部に分かれて聞こえるのとは違い、劇的な抑揚をもって息の長いリタルダンドをして行く印象があります。

・「生食」から(今井検校)

・「那須与一」から(今井検校)


ひとつ申し上げておきたいのは、少なくとも私は、「口説」の背後に基本として4分の4拍子を感じる、という点です。これが言葉の都合で、いままでの記譜を拍子で区切る場合には八分音符一個分の不足や超過があったりするために、拍子を書いていないことを大変遺憾に思います。そのような部分は4分の5なり8分の3なり8分の5なり8分の7の拍子を当てはめなければ、日本語にもある「強勢アクセント」を表現出来ない、したがって楽節の単位を明確にし得ないという課題を残している結果につながっているのではないでしょうか? 但し、本来はもっと単純であるはずの拍子をいたずらに複雑にした戦後の民謡採譜もまた是であるとは思っておりません。余談になりますが、津軽山歌はよく耳を傾ければ5拍子です。テンポに伸縮がある故に、無理な採譜をしようとするとその拍子感を見失います。同じことが平曲の口説にも当てはまるのであって、それは引いてみた録音の音声をお聴き頂いたら是非ご考慮頂きたいことであると感じております。

・・・以上、毎度のお願いですが、誤りについては情報を頂ければ幸いに存じます。

音声の引用は、
・井野川幸次氏のもの:「平家物語の世界」COLUMBIA COCF7889
・今井勉氏のもの  :「琵琶法師の世界 平家物語」Ebisu EBISU-13〜19
からさせて頂きました。

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