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2010年11月10日 (水)

ど素人 平曲考(6) 初重

(1)入口(2)曲節概観(3)琵琶の手(4)平曲の構成(5)口説(6)初重(7)三重(8)中音(9)拾等(10)折声、差声、歌



私たちが一曲一曲として耳にする「平家」は<句>と称するのだ、ということを前回(5)で知りました。

今井勉が録音している伝世の<句>の一般的なもの(8つ)は、(4)を参照して頂ければ分かりますように、次の曲節で終えられています。

初重~《鱸》・《卒塔婆流》・《生食》・《宇治川》
中音~《紅葉》・《横笛》
初重中音(初重に中音が続くこと)~《竹生島詣》
上音~《那須与一》

母数は小さいものの、半数が「初重」、4分の1が「中音」であるところは、現在では語られなくなている「平家」の曲節をも勘案した研究である山下宏明『琵琶法師の「平家物語」と能』(塙書房 2006)の記述と合わせて、注目してよいことのようです。
このうち、まずは、初重(しょじゅう)の方をみておきましょう。

今井勉氏CDに付せられた薦田治子さんの解説では、初重について、

「(仏寺の)講式で地の語りに用いられていた曲節なので、平家の[初重]もいくらかその性質を受け継いでいます。基礎音は『ミし』あるいは『ミ』です。詞章の内容との対応はさまざまで、段の開始や終わりに用いられます。[初重]が二回連続するときは、後の初重を[重初重(かさねしょじゅう)]と呼びます。」(リーフレット84頁・・・寺院の、とくに声明との関係については別途観察をしたいと思っております。)

と説明してあり、これが目にしたうちではもっともきれいにまとまっています。ただ、「段」の始めに位置する初重は、今井録音の8句の中では《宇治川》くらいかと思います(毎度のことですが間違っていたらご教示下さいね)から、これは譜に残っているものから導かれたお話なのかも知れません。(かえすがえす、ご著書を拝読したかったと思います。そのうち市場に出てくるかしらん?)

「初重」の成り立ちについては、山下さん(文学との関連面の大家)薦田さん(音楽面での徹底した観察者)らに先だって、自らも平家琵琶を演奏した金田一春彦氏が「平曲考」のなかでまとめています。

「初重は<ミ>を基礎音とする’第1部’と<し>を基礎音とする’第2部’とで出来ている。この点は’シヲリ下ゲ’と同じであるが、’第1部’は’シヲリ下ゲ’と違い、無譜の音節もいつも<ミ>で、つまり’オモテ’の部分しかない。’第2部’は’シヲリ下ゲ’同様、無譜の音節は<ら(し)>という’ウラ’の部分だけであるのが原則である。ただし、稀に無譜の音節が<し>という’オモテ’だけのものがあり、それは最後の墨譜が(ろ引)ではなく(へ)になっている。』(182頁、ただし音高の表記を変え、墨譜は類似の文字を使いました)

以下にさらに詳しい記述がありますが、鑑賞入門者としては以上で充分でしょう。・・・続く部分では「宇治川」と「横笛」の例から第1部の終わり方のヴァリエーションについて説明してありますが、私たちは実際に聞いてみなければ分かりませんから、音を引いてみましょう。

・《宇治川》(今井勉さん)
 夜はすでに明けゆけど、川霧深く、立ち込めて、馬の毛も、鎧の毛も、定かならず
「馬」の「マ」のところまでが第1部
夜はすでに明けゆけど、川霧深く、立ち込めて、馬の毛も、鎧の毛も、定かならず

・《横笛》(今井勉さん)
 いとま申してとて、嵯峨をば出でて、高野へ上り、清浄院にぞ、居たりける 
「上(のぼ)り」の「ボ」のところまでが第1部
いとま申してとて、嵯峨をば出でて、高野へ上り、清浄院にぞ、居たりける

さらに、第1部だけで終わってしまう初重が《竹生島詣》 などに例がある旨を述べています。
「重初重」は《月見》にその例があるとのことです。(私は譜を持っておらず、確認できていません。)

音声の引用は、今井勉氏「琵琶法師の世界 平家物語」Ebisu EBISU-13〜19からさせて頂きました。

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