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2010年11月15日 (月)

ど素人 平曲考(7) 三重

(1)入口(2)曲節概観(3)琵琶の手(4)平曲の構成(5)口説(6)初重(7)三重(8)中音(9)拾等(10)折声、差声、歌


金田一春彦氏によると、「平曲」のなかで出てくる頻度が高い曲節は、最多の口説(803例)から次位の下ゲ(442例)までに比べ、他は大きく水があきますが、これは口説がいわば「平家」の地を語るものであり、下ゲはさまざまな曲節に附属する推移の役割を担うものであるからであろうかと思います(口説には、(5)で見ました通り、「シオリ下ゲ」というものが続きますし、初重はそれ自体が「下ゲ」的な性質を併せ持っています)。その他の曲節が、「平家」を語る際の音楽的性格をより強く特徴づける、と見るべきでありましょうし、実際、今回見ようとする「三重」は、歌い語りをもっとも劇的に演出する曲節としての役割を、「拾」と二分していると思います。

今井検校CDの薦田さんの解説では、分かりやすさのために、三重の音程に関しては、その基礎音が「初重」のオクターヴ上である(ミ'シミ'シ)であることのみを記しています。が、ここで藤井制心氏の採譜に戻って観察しますと、さらに高音のラ'やシ’が当たり前に登場するのがはっきりわかります。さらに、かなりの低音まで(名古屋系では「み’」までと)音域が広いのが三重の特徴です。
「三重」については、従って「基礎音はミ'・シ」というこだわりで眺めてしまうと、曲節の最大の特徴を見失ってしまいはしないだろうか、と感じます。
(いちおう、平曲文字譜上はミ'を中心とする部分は「甲」、シを中心とする部分は「上」と記され、「甲」・「上」・「甲」・「上」という順に並んでいるのが普通だそうです【金田一『平曲考』、以下にも使用】。)
「甲」の部分が三重の第1部に当たり、「上」の部分が第2部に当たるそうですが、「上」はさらにシを中心とする前半部、中心音がミに下がる後半部から成立している由。
先ほどの最高音が登場するのは「甲」の部分です。
なお、金田一著は「甲」の部分は上行が律音階で下行が都節音階、「上」の前半部は古今調音階だと述べていますが、これはもう少ししてから再検討しますけれども、私はそうした複合的な旋法が三重のなかに入り交じっているとは感じておりません。
また、これまでに出てくる「基礎音」という用語も用心すべきもので、「平家」に耳を傾けてみると、これは(「三重」に限らないのですが)あくまで吟唱される際の中心音(西欧の聖歌で吟唱音corda di recitaと呼ばれるもの)であり、終止音ではないのです。「三重」は、後述のように「下リ」という曲節を後に伴うのが一般的であるため、「三重」で完結することがない(「三重」は割り当てられるのが七五調の美文のところであって、文の始まり~終わりと曲節の始まり~終わりがきっちり一致するため、部分としての「三重」には<終わり>はハッキリ存在するのですが・・・)ので、その点が見失われている気がしてなりません。その点では、平曲の曲節を音階で枠組もうとした金田一さんのやり方のほうが、まだ正解に近いと言えるかもしれません。とりあえずは「気がする」ということだけで、断定しないでおきます。「下リ」は、いちおう「し」で終止するので、吟唱音・終止音の関係、さらにもっと大きく、三重と下リの関係を整理し直さないと、明確なことは言えないと思うからです。

三重は「平曲の花」と言われ、「天空を舞うが如し」と形容される、ともあります(金田一著73頁)。

もともと、「初重」とか「三重」という呼び名は聲明の理論の音域の定義に基づくもので、それが天台か真言かで差異があるのかどうかまでは私は確認していませんが、真言聲明の方の『よくわかる声明入門』(大栗道榮、国書刊行会、平成13)には初重=低音(どれみそら)で人が歌えるのは「そ」から上、二重(にじゅう、「平家」では中音が対応する)は基礎音のドレミソラ(初重のオクターヴ上)、三重=高音(ド’レ’ミ’ソ’ラ’)で人が歌えるのはソ’まで(35頁)と説明されています。
(なお、ドレミソラの音名は聲明のみならず古来の理論では宮商角徴羽と呼び、実際には半音下がったり上がったりします・・・お詳しい方はご存知でしょうし、今はそれ以上は立ち入りません。)
してみると、初重にしても三重にしても、「平家」でその呼称を用いる場合は、聲明のように音域そのものを指すのではなく、節回しの性格をも併せて示しているのが明らかだと言えるでしょう。

後日みます「拾」が主に陣立てや合戦を表わす景観劇の詠唱とでも言うべきものであるのに対し、「三重」は情動の激しい起伏を表わす心理劇の詠唱の役割を果たしています。

「三重」には「下リ」と呼ばれる曲節が後接するのが一般的で、まだ採り上げていない「中音」と似たものであり、金田一氏は(おそらく館山甲午氏から)「下リというのは『下リ中音』の略だ」と聞いた、としています(金田一著85頁)。「中音」との違いは「一ノ声」があらわれない点だとのこと。この「一ノ声」や、「下リ」で使われる「二ノ声」(文字譜で<引つ>【類似文字使用】と記される)については、「中音」を観察する際に触れることにします。ただし、金田一氏はまた、「中音」の「二ノ声」と「下リ」は別物のようだ、と述べています。

長い曲節ですので、<鱸>からのみ例を採り上げます。(今井勉さん)

・三重(区切りに関して注記すべきですが、余力なく、とりあえずお許し下さい。)
 太政大臣は(だいじょおだいじんな)、一人(いちじん)に、師範として、四海に儀刑せり、
 国を、治め、道を論じ、陰陽を、和らげ、治む

・下リ(上の「三重」に直結します)
 その人にあらずは、即ち闕かよといへり、されば、則闕の官とも、名付けられたり、
 その人ならでは、汚すまじき官なれども、入道相国、一天四海を、掌のうちに、握り給ひし、
 上は、子細に、及ばず

音声の引用は、今井勉氏「琵琶法師の世界 平家物語」Ebisu EBISU-13~19からさせて頂きました。

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