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2010年10月 1日 (金)

白銀のうたびと・松平頼則(3)拙い蛇足

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五十の手習いで20世紀後半以降の音楽作品にようやく耳の穴が開き始めたような奴が、時間もおかず、充分にじっくり拝聴する間も持たず、この時期の作曲家について、ひと息に云々する資格は、本来ありはしないのでしょう。とはいえ、そんな未熟さを抱えたままだからこそ接しえた新鮮な喜びくらいは語り得るのではないか、とだけ思って、一連の文を綴ってきています。
先の松下眞一について然り、野村誠について然り、でした。
松下作品は一般人には録音が1種しか入手できない現状でしたが、古書市場のほうに幾つか彼の著書があり、それを元にイメージを推測していきました。
野村作品はCDメディアに依存しなければ、ネットなどにもいくつかのサンプルがあり、面白さを味わうことは出来ます。ただし、動き回ることがそのまま作曲であるこの人の、いちばん活き活きとした部分には事前に触れきれたとは思っておりません。

ともあれ、初めて生演奏・・・音楽が文字通り生きている、録音なる缶詰に閉じ込められていない状態での演奏・・・に触れるに際して、事前にあれこれ推測しておくのは、二つの意味で楽しいことでした。

ひとつは、推測しておくことで自分なりに
「この作曲家の音像(いろやかたち)はこうしたものなのだろうか?」
と、もし私が女性なら、あたかも未だ来ぬ白馬の騎士に想いを巡らすような胸の高鳴りを覚えたこと。

もうひとつは、現れた白馬の騎士が
「えーっ、こんなだったの?」
・・・幸いにして9月23日は「これほどまでに多様だったか!」との大きな付加価値が付いたのでしたし、これからもそうあるだろうと確信していますけれども、ノーブルな白馬の騎士ではなかったとしても
「だからいっそう面白いんじゃん!」
なる、3Dアニメ映画『シュレック』(最初のもの)のような展開で幸せになれるのが分かったこと。

なる次第で、懲りずに触れてみた松平頼則ですが、松下作品とは違い、現在でも4種の録音が容易に手に入り、60年代後半から70年代80年代については抜け落ちるものの、前回のように作風の変遷を辿る事がいくらかかは可能で、事前情報にはまだちょっとは恵まれているわけです。

ただし、ミソは、少なくとも私にとっては、第2回《POC》で演奏されるピアノ曲は音声が入手できない(家庭事情で楽譜は未だ探してみていません)ところにあります。最初の回で触れた石塚潤一さんの文にあったピアノ組曲『美しい日本』とは、いったいどんな魅力を孕んでいるのか?有名作品のようなのですが、私はまったく知りませんし、事前に知る手立てを持ちません。 そこでやっぱり、第1回でとりあげられた作品群と同様、五十の手習いメチャ素人おっさんは、推測でワクワクさせてもらうしかありません。

松平頼則の衝撃は、五十になって作風が大転換する「どんでんがえし人生観」を爽やかに成し遂げている、その生命力です。

大転換は、前回見た(音で聴いた)ように、松平頼則の中でゆっくりゆっくり醸成されたものであり、すでに彼の音楽をご存知の通のかたには、カタストロフを起こしたなる大げさな感じはないのかもしれません。ですが、素人おっさんの耳には、やはり、『左舞』・『右舞』での、銀の雫が飛び散るような音使いから湧き起こる波は、

「これってもう『古今集』で準備されていたんやん?」

と思ってみたところで何の役にも立たないほどの強い塊となって体全体を襲うものです。

しかも、松平はここで姿を誰にでも分かるほど明確に変えて見せることでストップしたのではなく、60年代は楽譜の読みに演奏者の恣意を許す方向をとってみたり、ずっと後に至っても『春鶯囀』にきかれるような、連続する音への回帰なのかと錯覚してしまうような音使いをしてみたり、と、むしろ肉体的に歳をとるほど精神は輝く無垢へと磨き上げられていく凄みが、その音楽に加わっていく魅力があります。

いまになっておたおたと「こんな凄い作曲家がいたのか!」と思い知っている私などとは違って、海外のひとびとからの絶賛については、いまなおはっきりご記憶のかたも多いのでしょう。ですので、そのことについては触れません。(『戦後日本音楽史』なり、松平作品録音のリーフレットなりで存分に知ることが出来ますし。)

『左舞』・『右舞』で確定的となった彼の銀色をさらに磨き上げた名作は、いまたった4枚しか手に入らないCDの中であっても、とりあえずふんだんに味わうことは出来ます。(作曲家を知りたい、という面では網羅的ではないのは、松平作品に限らず悔しいことではあります。)また、松下作品とは異なり、没後も演奏される場面も皆無ではない点、松下眞一より恵まれた条件下にはあるようです。
それでもやはり、このままではこの作曲家もまた、次代の人々からは忘れ去られる危機に瀕しているのでして、集中的に採り上げられ演奏され聴かれることの意義は非常に大きいと言うべきです。

晩年に達した境地を短いものから探すとなると難しいのですが・・・

朧月夜から
(朧月夜)

ぼんやり柔らかい月明かりに、清流から跳ね上がった一尾の魚の白銀の鱗が、一瞬きらりとするのが見えてくるような歌です。(タイトルは言うまでもなく『源氏物語』に由来するのですけれど。)

『美しい日本』は、1970年までのの松平頼則を集約するとともに、1970年以降の松平頼則を切り開くことともなった名品だと承っています。
ピアノ単独では、松平頼則はどんな方法で「銀」の輝きを見せてくれるのか、心から楽しみにしたいと思っています。

なお、大井浩明ファンのかた掲載の情報によると、POC第2回の告知番組が、以下の時間帯に放送されるそうです。
松平頼則《美しい日本》(部分)と、山本裕之《東京コンチェルト》のデモ音源を紹介予定とのこと。

●10/4(月) 18:00~18:30
●10/6(水) 24:00~24:30(再放送)

ラヂオつくば: FM 84.2 MHz
同時間帯に、インターネットのサイマル放送でもお聴きいただけます。
(このサイマル放送には地域制限はありませんので世界中で聴くことができます。)

http://ooipiano.exblog.jp/15209701/


ヨーロッパ在住の非常に優れた古楽奏者阿部千春さん(Vn.コンチェルト・ケルン等で活躍)による「バロックヴァイオリンコンサート」は10月8日(金)新高円寺のスタジオSKで。

日本人作曲家の作品を集中的に紹介する大井浩明さん《Portraits of Composers》(POC)昨日レポートの第1回2010年9月23日(祝)は満員立ち見客ありでした。以降、2010年10月16日(土、松平頼則・山本裕之作品)、010年11月13日(土)、2010年12月15日(水)、2011年1月23日(土)です。1回券はローチケ(ローソンチケット)で(おおむね前々日までの取り扱い、その後は当日券となります。満席にご注意!)・3回パスポート・5回パスポートはopus55にて入手出来ます。当日演奏される野村誠さん作品の解説こちら

ツイッタでの第1回POC関連ツイートのまとめは、http://togetter.com/li/52350http://togetter.com/li/53145

上記の阿部千春さん・大井浩明さんによる「モーツァルト:作品2」昨年大好評の作品1に続きより充実の響きです。10月13日。(リンクでは大井さんの師カニーノとアッカルドの演奏引用で曲のサワリをご承知頂けます。)

野村誠さん・片岡祐介さん「音楽ってどうやるの」「即興演奏ってどうやるの」もっと早く知っていたかった好著でした。ご一読を強くお勧め致します。

oguraooi.jpg 日本で本場のカンツォーネを聴かせて下さることにかけてこれ以上の方はいらっしゃらない、青木純さんの今後のスケジュールは、こちらをクリックしてご確認下さい。

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