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2010年10月 9日 (土)

面白かった無伴奏バロックヴァイオリンリサイタル:阿部千春さん

2010年10月8日、東京:新高円寺のスタジオ SKにて、ドイツでご活躍のヴァイオリン奏者、阿部千春さんのリサイタルを「拝見」して参りました。

そんなに広い会場ではないとはいえ、ぎりぎりいっぱいの70〜80席が用意してありましたが、それが満席、付け足しがされる盛況でした。

阿部さんは専門家中の専門家ですので、演目によって楽器のタイプを変えるのですが・・・といって、ヴァイオリンの外面そのものはストラディヴァリやグァルネリ以降変更がありませんので、楽器内部の状態が違うものを使います・・・8日に使用したものはいわゆるバロックヴァイオリン、すなわち18世紀初頭くらいの内部構造の楽器です。残響のない環境では、現代のヴァイオリンを聴き慣れた耳には音がくすんでのみ聞こえます。そこへ加えて、裸のガット弦、すなわち普通は表面を何かで巻いて保護されたものが日本では「ガット弦」と称して出回っているのですけれど、そういう付随的な加工を一切行なっていないものを使います。この弦は湿気の影響をたいへんデリケートに受けます。
秋だから空気がさわやかで、こんな状態でも心配ないのでは? と思いがちですけれど、そのまえにいくら除湿をしっかりしておいても、これだけのお客さんが一気に入場すると、日本の場合はとたんにもうダメです。人自体が外気の湿気を帯びて集まってくるところへ、建物の構造にエアコン調整以外の湿気の逃げ場がありません。
そういう環境下で、すべてのプログラムをさらりと弾きこなした度量は、さすが百戦錬磨であったと思います。バロック音楽というと、日本では一般にはおだやかなイメージがあるらしく、お客さんは、阿部さんの演奏曲目がかなりの細やかさで装飾をなされたり音が跳躍したりするのに驚いていました。湿気による弓の引っかかりを、演奏者本人はたぶん相当気遣っていたはずですが、曲の激しさが気遣いによる停滞を許しませんので、とにかく彼女の持ち味の、ダイナミックながら柔軟なボウイング(右手による弓のコントロール)によって相当カヴァーしているのが窺われました。

バロックヴァイオリンの音色や、過剰なヴィブラートを廃した奏法に馴染みの無い方には、せめて、残響の豊かなホールでお聴かせしたかったくらいでした。ただしそのへんは、細かい動きの中からくっきり浮かび上がってくるポリフォニックな音の線(これは有名演奏家でもなかなか聴けません)、長くのばされる終了音の清らかさで、充分この楽器・奏法の良い特質を聴衆に印象づけ得たのではないかと思います。

バッハのパルティータ第1番、有名なシャコンヌの他は、ヴィルスマイア(こちらを参照下さい)の2作を演奏したのですが、これが思いのほかに名曲で、知られていないのが勿体なくなりました。
最初に弾いたヴィルスマイアのパルティータ第1番でも
「おお、なかなかハデハデな技巧を書き込んである作品だなあ」
と感じていたところに、後半最初に弾いた第5番は冒頭のプレリュードからたいへんに響きの美しいもので、作品のつくりがどうのこうの、と小理屈を頭のなかでひねりながら聴くなどというゆとりは与えてくれず、ただひたすら無心に耳を傾けさせられました。

第5番は1番線をd"に調弦する(通常の調弦はe")のですが、演奏前に主催者のリクエストで簡単な説明が阿部さんからされた後、実際にチューニングする音を聴いて、お客さんからは歓声が漏れました。これも面白い経験でした。

バッハは従来のヴァイオリニストよりテンポがかなり速めであることに驚いたかたも多かったのではないかと察しております。
目立つところではクイケン以降、なのでしょうか、テンポが速まった演奏がされるようになりましたが、これはパルティータ各章が本来舞曲であり、舞曲の原点に返ったテンポ作りをしよう、との動きが出てきたのですけれど、バッハ再発見以降のロマン派的な緩めのテンポの旧演奏が録音され続けているため、まだまだ一般化していません。私は、今回の阿部さんのテンポで演奏されるべきだと思っております。同時に、アルペジョ部分もロマン派の解釈譜よりシンプルに演奏されるのですが、そのことによってバッハが書いた音の線が、バッハの鍵盤作品と同様の明瞭さを取り戻しますので、この奏法の方が音楽解釈としては正である、と確言できるはずです。

・・・と、音の話を綴りましたが、お客さんの感想を聞いて回りますと、やはりいちばんインパクトがあったのは、阿部さんのヴァイオリン奏法でした。

「顎に挟まないで、しかもあんなに細やかに弾くなんて、どういう弾き方なんだろう、って、ついしげしげ見つめちゃいました」

そう仰るかたが何人もいらっしゃったのが印象深く思われました。

この奏法を「見る」ために、わざわざ遠方から足を運んだかたが何人かいらっしゃったようです。

阿部さんのような「ホンモノの奏法」によるバロックヴァイオリンコンサートがもっともっと身近になり、バロックヴァイオリンの本領が発揮できる会場が日本にも整っていってくれることを、切に祈ります。

アンコールはビーバー(ヴィルスマイヤの師)のパッサカリア(で合ってるかな?)。彼女の十八番です。日本人はすぐバッハと対比してバッハ優位を唱えて譲りませんが、ヴァイオリンという楽器に自然な音で書かれた作品がどちらか、となると、やはりビーバーなのでして、そのへんは聴き手には「似非精神論」に走ってほしくないなあ、と思っておりますが、阿部さんによるビーバー演奏は、この点非常に規範的であることを申し添えておきます。



阿部さんは来週10月13日(木)に大井浩明さんとフォルテピアノを共演しモーツァルトの「クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ」作品2を、(この作品の演奏には不思議なことに非情に稀である)出版時の曲順で演奏なさいます。


バロックから現代音楽まで公汎に追求し続けている大井浩明さんは、その3日後の10月16日に第2回《Portraits of Composers(POC)》で、20世紀をフルに生きた松平頼則と、新世紀のいま、音とは何かを模索し続ける山本裕之の作品を採り上げます。

・・・本記事は当ブログ606番目となりました。(蛇足)

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