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2010年10月30日 (土)

ど素人 平曲考(3)琵琶の手

(1)入口(2)曲節概観(3)琵琶の手(4)平曲の構成(5)口説(6)初重(7)三重(8)中音(9)拾等(10)折声、差声、歌



「平曲(平家)」は前回述べましたように、数種の曲節が組み合わされて成り立っているのですが、それぞれの曲節は必ずしも耳にするまで判別出来ないわけではないのですね。

前の曲節と次の曲節が声で連続している場合には聞き慣れないと分からない・・・私は分かっておりませんから正直にそう申し上げておきます・・・のですけれど、各曲節の前には、琵琶で「○○撥」と称される前奏がつくのが殆どで(初重のものは私は見つけられず、下音については性質上存在しないものと思います)、それは原則、これからお聴き頂くような定型的なものになっています。ですから、これを覚えてしまうと、
「あ、次には○○という曲節で歌い語りがされるのだな」
と予め知ることが出来るわけです。
一例ずつしか上げませんが、名古屋に残っている8つの「平家」・・・鱸/吾身栄花/卒塔婆流/紅葉/竹生島詣/生食/宇治川/横笛/那須与一・・・すべてに、これらの定型的な「撥」が登場します。それぞれの曲の特徴から、現れない手もあります。そのあたりは是非、「琵琶法師の世界 平家物語」(今井勉検校、EBISU-13~19)でご確認頂ければと存じます。どんな曲節が現れるか、は、解説中の各曲の台詞中に付記されています。その間で殆どの場合、今回お聴き頂く琵琶の手が使われています。

それぞれの琵琶の手は、曲の緊迫感・場面転換を考慮したと思われる(そしてこちらのほうが古形だとも言われている)合の手もあるのですが、それはだいたいこの基本形(前奏・間奏として用いられる)を覚えてしまうと、類推で聴き取れるようになる気がします。

それぞれの手の後に曲節がどのように続くかをも、聴く時のイメージを作っておけるように、少し付け足してあります。

音声はすべて、「琵琶法師の世界 平家物語」(今井勉検校、EBISU-13~19)から引かせて頂きます。

なお、実際に聴いてみると、これらの手は藤井制心氏が16年の苦心の末に出版した「採譜本 平曲」に書き留めたものと、微妙な、ところによってはかなりの違いがあります。これは、五線譜をもって「平曲」(もしくは他の邦楽、あるいは世界のさまざまな伝統音楽)を書き留めることの限界を示しているのではないかと思われます。
藤井氏の採譜はたいへん良心的なものなのですが、それをもってしても、音程だけでなく、テンポの変化、あるいはオペラのレシタティーヴォ的な無拍子での記譜故に、言葉のまとまりによってもたらされる「拍節感」・・・これは具体的にひとつの曲について突っ込んで行く際に触れたい話題なのですが・・・を捉え損ねています。おそらく藤井氏はそうしたことはご自身痛感していらしたのではないかと思いますし、そうであってほしいとも思います。それでも、この記譜がなければ、こんにちの私たちは「平曲」の輪郭を容易に捉えることが出来なかったのであり、その価値は重んじられるべきかと思います。そう考える理由はまた別の回に申し上げます。なお、五線譜の例は、必要を感じませんので記しませんが、短めのものの代表としての口説撥と、眺めのものの代表として拾撥についてのみ、ニュアンスを併記します(和音は最高音のみ)。きいた感じとの違いを把握して頂ければと思います。(他も載せてしまうとくどくなる気がしたので、やめました。)段落感が実際には耳に出来るのですが、記譜にはないこともお分かりになると思います。)

琵琶の手をお聴き頂く順番は、前回挙げた曲節の順番と致します。サンプルは「宇治川」と「横笛」から採りました。「横笛」については井野川検校の音声も聴いておりますが、やはり藤井記譜と異なっており、今井検校とほとんど変わりません。


<口説(くどき)撥>(「宇治川」冒頭)
口説撥
ラーーーラーーードーーーミミーーそーーーらミーー

<中音撥>(「横笛」)
中音撥

<三重撥>(「宇治川」)
三重撥

<拾撥>(「宇治川」)
拾撥
ラーーーラ・ラーーーラ・ラーーーラーララーーー|ラーラララーラ・ラーラララーララーラーラーラー・ラらーミーらミミーらド#・ララらら(演奏ではド#)・ミラ・らド#・ラシファ#ララーーーラーミラーラーラソ#ラーラソ#ラーラー

<差声(さしこえ)撥>(「横笛」)
差声撥

<折声(おりこえ)撥>(「横笛」)
折声撥

<甲【強、こう】の撥>(「宇治川」)
甲の撥

<歌撥>(「横笛」)
歌撥

金田一著(「平曲考」の中篇には289頁以下に琵琶の手の考証があり、これは藤井著と違いがあるとともに、調号に#二つを使用していますのでC#については合理的に捉えられています。ただし、「平家」の実際の調は、欧風に言えば「ニ長調」と「ニ短調」のあいだを揺れ動くもののようです。いや、ヨーロッパの旋法と対照するなら、「平家」の旋法の基本は教会旋法の「フリギア」に対応するものなのであって、Eを終止音、Aを吟唱音としているものと見なすべきかと思います(デウテルスの第4調の方。・・・ここは邦楽に精通したかたからのご示唆をヒントに綴り改めました)。そう捉えますと、前回、金田一さんが「平曲」から拾い出したさまざまな「音階」については、金田一さんのお考えよりシンプルに、あるいは詠じる中で自然に生じた音程の上り下がりについては・・・洋楽的旋法論によるのではなくて・・・もっと「生理的」に見つめ直す必要があるのかと思われます。
金田一さんは平曲の実践者でもいらっしゃったので、五線譜の他に「チントンシャン」の類いとか
漢数字の「一二三四」を併記しているので、拍節感が把握出来るようになっています。「初重」の手についても記されています。(「平曲」は歌う人の声域で基本ピッチは自由に変更されていて、たとえば井野川検校は今井検校より半音高い基本ピッチになっています。)
ただし、金田一著は藤井著のようにそれぞれの全曲を譜にしたものではありませんから、イメージを掴むのには使えないということになります。読むために、予め邦楽の実践的な知識もないと、やはりどうしても分からないところがあります。索引が親切なところが非常に助かるのですが。

金田一著で、該当の詳説ではなく、琵琶の手についての概論とでも言うべきものが、先立つ上篇の117-120頁に記載されていますので、そこから「前奏の手」について述べた部分を合わせて引用しておきます。上例と合わせて参考になると思います。
これは、それぞれの琵琶の手で最後に何の音で終わるかによってまとめたものですが、館山甲午氏の演奏をもとにしてあり、名古屋系とは差がある点をあとで注記していますけれど、名古屋系ではこうだ、というものについては断らずに変更を加えておきます。

・ミ’を最後に弾くもの:三重・折声・峰声・上歌・走り三重
・シを最後に弾くもの:中音・下り・初重中音・中ユリ・強ノ声
・ラを最後に弾くもの:拾・曲歌
・ミを最後に弾くもの:口説・初重・下歌・散ラシ
・ドを最後に弾くもの:呂
・ラを最後に弾くもの:素声・差声(館山氏の演奏では「拾・曲歌」とは別の種類になっている)

金田一さんのこの、それぞれの手における最後の音についての記載は、「固定ド」としてのものになっていますので留意が必要です。

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