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2010年9月14日 (火)

西アジアポップス2005年:曲解音楽史74

日本人作曲家の作品を集中的に紹介する大井浩明さん《Portraits of Composers》(POC)、第1回2010年9月23日(祝)が近づきました。以降、2010年10月16日(土)、010年11月13日(土)、2010年12月15日(水)、2011年1月23日(土)です。1回券はローチケ(ローソンチケット)で(入手法まとめました)・3回パスポート・5回パスポートはopus55にて入手出来ます。当日演奏される野村誠さん作品の解説こちら



ヨーロッパ在住の非常に優れた古楽奏者阿部千春さん(Vn.コンチェルト・ケルン等で活躍)による「バロックヴァイオリンコンサート」は10月8日(金)新高円寺のスタジオSKで。

上記の阿部千春さん・大井浩明さんによる「モーツァルト:作品2」昨年大好評の作品1に続きより充実の響きです。10月13日。(リンクでは大井さんの師カニーノとアッカルドの演奏引用で曲のサワリをご承知頂けます。)

その他、10月のコンサートは日が近づいたらまたご紹介します。

過去の音楽史関連記事はこちらの「曲解音楽史:総合リスト」からご覧頂けましたら幸いです。

バルカン~コーカサスときましたので、東回りに行きたいと思います。
ただ、トルコはまた事情が異なりますので、あとにします(理解できれば)。

Nowarabia20世紀がふっとんじゃうのでどうしようかなぁ・・・とも思いました。
インドと一緒にしちゃってもいいかな~・・・とも思いました。
が、5年前のものとはいえ、タイトルのようなCD(「NOWアラビア」東芝EMI TOCP-67848)が目に入りましたので、素材はこれでよかろう、ということにしました。ベリーダンスの音楽あたりを持ってきても日本人の耳にもなじんでいますし、それは視覚的にはちょうど日本なら日舞の歌謡曲版を見るのと似たり寄ったりということになります。念のためですが、軽んじたくてそう言っているのではありません。今の私では舞踊までは扱えないから、との側面もあります。

余談が先に来てしまいますが、ドイツのリヒャルト・シュトラウスが遭遇した、リヒャルト・シュトラウスにとっての音楽の終焉について、緻密で優れたご研究をなさり、本にまとめられた方がいらっしゃいます。私は非常に感動して、それが大きな賞をとったとかなんとかいうことに関係なく、ご研究の成果をまとめた書籍を拝読したものでした。
ところが、同じご研究者が、ごく最近『「クラシック音楽」はいつ終わったのか?』なる本を共著のかたちでお出しになり・・・中身はともかく、タイトルにいささか失望をしております。

ジャンルというものは商流ベースで後から考え出されたものであり、いま「クラシック」として聴かれているものは、主としてヨーロッパ、およびその創作方法に影響を受けた地域で作られたもので、それが作られたり歌われたりした当初には、あるいはサロン音楽であり、あるいはステージミュージックであり、あるいは信仰のさまざまな場面に即した音楽であり、あるいは巷間の大衆音楽だったもののアレンジであって、過去の遺産を一緒くたに混ぜ合わせたものをベースにしています。で、その上に、これまた主として「現在の大衆音楽」に含めきれない「ままっこ扱いのアカデミックミュージック」その他を乗っけた・・・悪く言えば、キメラのような<ジャンル>です。
このブログのタイトルも「クラシック」を冠しているのですが、それは私自身の音楽の興味が、ちょうどこんな「キメラ」的なものとかさなるから重宝して用いているのでして、そこへ「クラシックはいつ終わったか」なんて言われちゃうと、
「え? クラシックって、決まりきった何かのかたちがあったの?」
と戸惑わざるを得ません。

ある様式に終焉が訪れることはあるかもしれません。
しかしながら、それは生命体とは異なり、創作者や享受者の心の隅っこに受け継がれてある以上は、ゆるゆるとしか終焉に向かわないものです。時代が激変しても、これは同じでしょう。恐竜でさえも、いまでは「一気に絶滅したものではないうえに、もしかしたら鳥類がその後裔かもしれない」とみなされるようになっています。
「いつ終わったか」
を論じるのは、それが「様式」の終焉を捉えるという範囲でしか有効ではないはずです。
では、「クラシック」という「様式」は、果たして過去に存在したのでしょうか?
その根本議論が出来ない限り・・・出来ないでしょうけれど・・・、「終わり」の話は不可能なのではなかろうか、と思います。

で、クラシック云々はともかく、アラブポップスは、「新旧の混在」を観察する上で、興味深い材料のひとつになるのではないか、と、無理やりそういうふうにもっていってまいります。

さて、イスラム国家かどうか、独立を認知されているか、ということは度外視して、地域的に「アラブ」を捉えるならば、パレスチナ・レバノン・ヨルダン・イラク・エジプト・クウェート・サウジアラビア・ドバイ・イラン・・・といった具合になるかと思います(網羅はしていません、すみません)。
政争が顕著にニュースに取り上げられるパレスチナやイラクについては、さまざま本も出ています。方針で政治系にはストレートに触れませんので、具体的な政情にご関心のあるかたは、そうした書籍をご覧下さい。

ただ、フランス革命以降、貨幣と物流の大規模な市場拡大に乗り出したヨーロッパ、それにある意味で便乗したロシア(革命後はソヴェト【ソヴィエト】連邦の主要部)からの、いわゆる「大航海時代」以来、しかももっと大きな圧迫が、トランシルヴァニア~コーカサスを通路として、アラブ世界にも非常な震撼をもたらしたことは、ご承知の通りです。トルコをとりあえず素通りしたのは、トルコだけにはこの時期異色な動きがあったのではないかと私が思っているからでして、このことはオスマントルコという、長期にわたってヨーロッパを震撼させる側であった大帝国をこの地域が形成していたのと関連性が高いと思われます。で、アラブも北部だけ取り出せばトルコとの関わりで把握されるべきことも多いのかもしれませんが、基本的にはオスマントルコ時代でも、アラブの動きはオスマントルコとはまた別のものを持っていたと理解するほうがよさそうで、これも詳述するほど私には能力がありませんので、21世紀研究会編『イスラームの世界地図』(文春新書 2002年)あたりをお読み頂ければよろしかろうと思います。

聖地のひとつに、この領域からは現在外部に存在することになっているエルサレムも加えることが前提となりますが、キリスト教徒の多いレバノンをも包含し、アラブはエルサレムのほか、都市としてはメッカ・メディナに宗教的な求心力があり、それをもって特異な統一性を持つ・・・それぞれはもともと国家というより部族的な境界線による地域分割による「擬似的国境」とでも呼ぶべきものによって区切られているだけで、生活モラル上は(派の問題が大きいものの、いま単純化のために度外視すれば)境界がない・・・地域だったようです。
これがどのようにして変貌していったかの読みやすいテキストは、やはりなかなかないのですけれど、近刊では保坂修司氏『サウジアラビア』(岩波新書 2005年)に、現状に至るまでの動きが活き活きと述べられています。このあたりも書籍に譲ります。ただ、今回取り上げるアラブ・ポップスが、この変貌の中でお聴き頂くような音楽として形成されて行ったのだろうことは、充分に推測されます。
私たちは「民族音楽」なる伝統音楽の後裔の録音でもって世界各地の音楽の<現状>がそうなのだろうと思いがちですが、それは外国人観光客が「ちょんまげ」の絵を依然として載せているガイドブックを持って日本を理解するのと大差ないことです。2005年現在の録音に至って、アラブ世界の音楽シーンには、流通マーケット上は、あたかも和製ポップと期を一にするような、欧米的なものと伝統的なものの混在が聴いて取れる・・・これは、もはやアラブ地域も、そして次に見ていこうと思っているインドあたりにも、貨幣・物流が欧米文化の「様式」が強力に浸透していること、ただし実はそれは未だ、自分たちのアイデンティティがどこにあるかを確認するための何かを模索しているのを推し量らせてくれること、なる意味を持っていはしないのだろうか、と、聴きながら思い悩んでいるところです。

いったい、物流と文化の交流・消化の過程にはどんな関連性があるのだろうか、となりますと、こうした響きは非常な難問を私たちに提起します。(音声はすべて抜粋です。)

・ハイファ(レバノン):Ya Hayat Albi そばに来てくれれば
ハイファ(レバノン):Ya Hayat Albi そばに来てくれれば

・モハメッド・アティーア(エジプト):Ana El Habib 僕は・・・恋人
モハメッド・アティーア(エジプト):Ana El Habib 僕は・・・恋人

・アサーラ(シリア):Meta Shoofak あなたと会うと
アサーラ(シリア):Meta Shoofak あなたと会うと

・ファティマ(クウェート):Hadayak もういいの
ファティマ(クウェート):Hadayak もういいの


イラク戦争後、イラクでどんな就労者がどのように働いているかを扱った安田純平氏『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』(集英社新書 2010年)には、このアラブの、いま生活がとてつもなく困難であろうと勝手に私たちが推し量っている(・・・実際にたいへん困難ではあるのですが・・・)土地に、また別の経済的困難をかかえたネパール人たちがかなりの数に上って「稼ぎ」に行っているという、私たちからは想像もつかない事態が淡々と報告されています。

世界の仕切りは、国境だとか宗教だとか言うことでは、決して簡単に割り切れていない旨申し添えて、今回はここまでとしておきます。


野村誠さん・片岡祐介さん「音楽ってどうやるの」「即興演奏ってどうやるの」もっと早く知っていたかった好著でした。ご一読を強くお勧め致します。

oguraooi.jpg 日本で本場のカンツォーネを聴かせて下さることにかけてこれ以上の方はいらっしゃらない、青木純さんの今後のスケジュールは、こちらをクリックしてご確認下さい。

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