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2010年8月11日 (水)

「普通」を癒す:野村さん片岡さん「音楽ってどうやるの」(1)

大宮光陵高等学校管弦楽団第24回定期演奏会は8月28日(土)です。横山幸雄さんと共演です。



日本人作曲家の作品を集中的に紹介する大井浩明さん《Portraits of Composers》(POC)は、2010年9月23日(祝)、2010年10月16日(土)、010年11月13日(土)、2010年12月15日(水)、2011年1月23日(土)です。

(1)(2)(3)(了)

Sokkyou「音楽療法」なる書棚はあまり見ないので、こんなにいい本を見つけずにいました。

野村誠+片岡祐介『即興演奏ってどうやるの』(あおぞら音楽社 2004)

サブタイトルが「音楽療法のセッション・レシピ集」とあるので、本屋さんが音楽、というだけの書棚よりも医療関係の書棚に置いてしまっていたのでしょうか?

この本は2008年に姉妹編『音楽ってどうするの』が同じお二人によって出されています。
標題にはそちらを持って来たのですが、発行順にご紹介します。

先の『即興演奏ってどうやるの』は、出版されたのが2004年ですから、義務教育の音楽の教員だった私の家内もまだ生きていました。
「音楽って、どうやったら子供たちに楽しんでもらえるんだろうね」
という話を夫婦でしょっちゅうしていましたので、もし発刊当時にこの本の存在を知っていたら、二人で夢中で読んだり、ついているCDを聴いたりしただろうな、と思います。

「音楽療法」を謳ってもいますし、その現場でお仕事をなさった片岡さんの体験が第4章に生き生きと述べられてもいるのです(あとで1例ご紹介します)が、音楽療法の教科書的な所はありません。

本のほうは楽譜もたくさん載っていますから、楽譜が読めない人にはパッと見たときに抵抗があるかもしれません。
で、ご著者のうちの野村さんが、〈即興演奏の核心を、あえてシンプルに----序にかえて〉に、

「CDで感じてほしい」

という一文を、最後に加えています。
こう書かれているのを目にしまして、私はまずCDを聴くほうから始めました。

最初のほうは
「なんちゃって音楽」
なるものの羅列です。
この最初の部分は、なんちゃって民族音楽・なんちゃって大衆音楽・なんちゃって巨匠・・・の3部構成なのですが、
「わお、こんなにテキトーに音を並べて、ほんとうにそれらしく聞こえるんだなあ」
と大笑いしてしまいます。著者二人のアナウンスがお笑いプロフェッショナル口調であれば、吉本興業の芸なのだ、と言ってもたいていの人が騙されるでしょう。だから、アナウンスにどこか照れがあるのがいい(ご本人たちはそうは思っていらっしゃらないかもしれません)。

なんちゃってアニメソング、だけ、サンプルということで引用させて頂きましょう。

もういっこだけ許して頂けるかな・・・


ついでですから、本に戻ってみて、楽譜無しですぐ使えそうなものをちょっと拾ってみましょう。

なんちゃってバルトーク(鍵盤楽器を使う前提です)
  (1)左手で黒鍵を
  (2)右手でドレミソラを適当に弾く。
  そうすると、他に何かの音が鳴っていても合っているように聞こえる。

となりへ和声学[部分引用]
ハーモニーのある音楽だと、デタラメに弾くと、合わないように聞こえる。
しかし、よく考えると、1オクターブに12音しかなくって、その半分くらいは、和声の構成音やテンションだ。
もし、音が外れた場合、となりの鍵盤に移れば、90%の確率で、合っている音が鳴る。
・・・これで、楽譜が読めない初心者でも、音楽になる合奏が出来てしまう、というわけです。(69頁参照)

もっと面白いのがあるのですが、それは是非実際に本書をお手になさってお聴き下さい。私は別に直接のお知り合いではありませんので、なんの儲けもございませんし、こんな拙い分を綴って、むしろ著者に叱られるかも知れない立場であることを申し添えておきます。リンクにアフィリエイトも貼れませんし。。。(T_T)

ともあれ、本書は一事が万事こんな具合でして、とくに「クラシック音楽通」を自認する人を唖然とさせるのは、第3章「即興セッションのためのヒント集」(1)クセナキス〜以下の一連の部分かもしれません。
作曲家の名前としてのクセナキスをご存知だと、ここを素直に読むのはかえって難しい場合もあるかとも思われます。

本書での「クセナキス」とは、

「それぞれの人がバラバラにやっているのに、全体として
 エネルギーのある『音の渦』が出来ている状態」

を指します。
これもサンプルで引用させて頂きましょう。

・・・いかがでしょうか?

要領が悪いので、内容のご紹介だけでこんなに字数を食ってしまいました。
本書を手に取っていちばん感激したことについてまで述べますと冗長になりすぎます。今回はそれはしないでおきます。2冊の本のご紹介が終わってから、あらためて綴りたいと思います。

さて、上のような内容の最後に位置する片岡さんのエピソード(片岡さんが一人で体験を綴るのではなく。そのエピソードをめぐって、なぜ「音楽療法」 の現場で片岡さんが遭遇したようなことが起きたのか、を、野村さん・片岡さんで分かりやすく語り合っているのがポイントです)がくるのですけれど、本文上ではやはりここがクライマックスだと感じました。
しかも、エピソード中のいくつか、ばかりではなく、CDには実際に現場で録られたライブ音も聞くことが出来ます。これがたいへん貴重です。

音になっていないエピソードですが、短いものをひとつ。(115頁)

不謹慎ながら、二日酔いのセッション。
僕の口数が少なかったせいか、周りが自然とにぎやかになった。
どうも僕は、今までしゃべりすぎていたらしい。

片岡:結構、ショックだったんだよね。
野村:どういうところが?
片岡:人に指示を出したり、その場を支配するタイプではないと思っていたのに、実は、知らず知らずのうちに、そうしていたんだ、ということに気付いたから。

エピソードはこんなに短いのはこれだけです。でも、添えられた対話で、味わい深いものになっています。他の、より具体的な場面が書かれたエピソードは推して知るべし、です。

ちょっとぶっきらぼうになりますが、最後に申し上げておきたいことがひとつだけあります。
先にも述べました通り、私は本文を読む前にCDを聴きました。本文の内容は知りませんでした。ただ、録音から、それが障害者のかたやお年寄りの施設で録られたものもあるのは分かりました。・・・だからといってそれに左右されてCDの内容を聴き取ったつもりはありません。むしろ、ああ、そうなの、程度に、居眠りしながら聴いたのでした。
ですのに、最後から二番目に収録されている「参の町交響楽」というライブになったら、急に目が冴えて、さらには涙が浮かんでしまいました。

最初笑って聴き始め、おしまいに近づくと思わずほろっとする・・・理屈は分からないんだけれど、ああ、いいよなあ、って思わせてくれるものを、この本とCDは豊かに持っています。

「音楽療法」とは切り離されて著された姉妹編と併せて、野村さん片岡さんが一貫して述べているところに要諦があると感じているのですが、それもまた先述のように、2冊ともご紹介を終えてから綴るつもりでおります。


oguraooi.jpg 日本で本場のカンツォーネを聴かせて下さることにかけてこれ以上の方はいらっしゃらない、青木純さんの今後のスケジュールは、こちらをクリックしてご確認下さい。

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