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2010年7月12日 (月)

リスト考(10)エチュード・・・ショパンとリストに於ける

上田美佐子さん(中世フィドル・ヴァイオリン)コンサート
・5月30日(日)西荻窪のサンジャック〜終了
・6月16日(水)日本福音ルーテル東京教会〜終了
・7月11日(日)絵本塾(四谷)10日前には売り切れだったそうです!!!
です。ユニークです。是非足を運んでみて下さい。詳細は上記お名前のところにリンクしてあります。



oguraooi.jpg 2台のピアノによる「モーツァルトピアノ協奏曲全曲演奏会」第2回決定しました(京都7月3-4日、東京7月27日)。6月29日に掲載しましたが、バナーに大井さんのブログ記事をリンクしてあります。なお、門仲天井ホールで9月23日に「松下眞一《スペクトラ》全6曲(歿後20周年)+野村誠」演奏会が行われます(確定)。大井さんの新譜(ベートーヴェン:ヴァルトシュタイン・アパッショナータ)、HMVにリンクを貼ってあります。

リスト考 (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)
     (9)(10)


エチュードについて綴ろう、と思って、はた、と止まっておりました。ピアノを弾けない自分は門外漢だ、と気付いた途端、
「ああ、いかん!」

リストとの比較の上でのショパンを主に見ていくのですが、ショパンについては、やはりピアノの門外漢だったベルリオーズも
「彼の音楽は演奏会を離れて傍で聴かなければわからん」
と言ったそうです。

ショパンは生涯に数度しか演奏会を開きませんでしたが、それはたとえば岡田暁生氏が十九世紀欧米のピアノ教育の実態に迫った好著『ピアニストになりたい』(春秋社 2008)でも遺憾ながら誤解して記述なさっているように
「ショパンは音量が小さかったがために演奏会を続けられなかった」
からではなく、ショパンの求めた音楽の伝達が一度に大勢の聴き手には繊細過ぎたから、と、ショパン自身が積極的に選んだ方向性だったのでして、それはエチュードの創作姿勢におけるリストとの相違点からも明らかになることです。

しかしながら、本論に関係しませんので、このことは措きましょう。

先に大きく問題として考えたいのは、リストやショパンにとって、「エチュード」とはどういう位置にあるのか、ということです。
本来はもっと大上段に、エチュードとは全般的にどういう曲種か、との問いを発したいところでしたが、市井人の視野にはいる資料は全体を見渡すためには限定され過ぎます。
ただ、チェルニーなどといっしょくたに「練習曲」と訳されているのは奇妙ではないか、ということだけ、簡単に申し上げておきます。
練習のためといっても、機械的技術の修得を目的とした場合にはメトードmethodの呼称が妥当でしょう。ショパンもまた、草稿で終わったものの、メトードを書きかけていました。メトードの類いについては前掲岡田著が詳しく掲載しています。
では、チェルニーの「練習曲」のようなものはどうか、といいますと、こちらの曲集のタイトルはschuleすなわち「学校」です。(uはウムラオトです。)お弾きになれば直感出来るように、各曲はある決った機械的技術に限定して、そこに音の大小の変化やテンポの変化という、「生理的技術」とでも呼んだらいいようなものを加味しています。・・・チェルニーがそこまで到達したのかどうか分からないところが門外漢の悲しさですが、いわば、完成された音楽を目指す前に、音楽の喋りかたの基本的な約束事・・・文法と修辞法を身に付けることに照準を合わせたものだろうと思います。

さて、リストは14歳で作品1の「エチュード」を出版します。これは日本では全音から発行されていて入手が容易です。中をめくって分かるのは、解説を読むまでもなく、12ある各曲の、その曲の中でのリズムパターンが概ね一定で、チェルニーの「学校」を連想させるところです。
が、幼く初々しい感性が書かせた曲集だからでしょうか、チェルニーでは遭遇しないような破調がどの曲にも必ず含まれ、そのため、チェルニーでは明瞭に把握できる定型的な楽式や和声進行が、リストの作品1では、まず楽譜を厳しく吟味してからとりかかる必要に迫られます。

・子供さんの演奏。リスト作品1の第1曲(あとの「超絶技巧練習曲」第1曲と比べてみて下さい。

ショパンの最初の「エチュード」は作品10で、創作経験を積んだ上で書かれたものですが、機械的技術の面ではリストの作品1よりもメトード的な狙いが、最後の曲(世人が「革命」と呼ぶことになります)を除いてハッキリ見てとれます。(もっとも、私のような素人は、それを知るためにはコルトーがしてくれたような注釈が必要な上に、コルトーが彼の解釈でショパン本来の狙いを変えている点については別の勉強も必要になります。)
で、ショパンの「エチュード」は、機械的技術を把握した先がクセモノです。
たとえば、有名な第3番(「別れの曲」・・・ショパン自身が「悲しみ」と呼んでいた、との話もありますが、他の11曲同様、楽譜上に標題はありません)については、ショパンは
「僕はいまだかつて、こんなにきれいな音楽は書いたことがない」
と友人に語っています。
すなわち、第3番にかぎらず、ショパンは「エチュード」を弾く際の照準を機械的技術に置いてはいないと思われるのです。
音楽内容重視の傾向は作品25の「エチュード」でいっそう強まる・・・と言ってしまうことは、まだ私の理解の浅薄さを示しているでしょうか?

ショパン:作品10-1(ベレゾフスキ)

翻って、リストの「エチュード」を見ますと、ショパンから作品10を献呈されたこととの関連性もあきらかでなく(作品25の方もリストの愛人、ダグー夫人に献呈されていますね)、作品1の改訂版も目にしていませんが、1851年の「超絶技巧練習曲」(この訳語が正しくない、との話には今回は立ち入りません・・・その類いの記述をご参照頂ければ充分でしょう)を頂点に、もはや何の「練習」なのか、技術的な観点からは全く顕らかにならない、と言うしかないでしょう。前にも申し上げたことがありますとおり、これらの響きは、その気になれば管弦楽に書き換え得るものだと、私は感じます。
それ以前に、さて、ピアノだけに沈潜して考えるならば、練習曲に「演奏会用」とか「大」とか訳せるような修飾語を、果たして冠するような発想をするなんて、あり得るでしょうか?

リスト「超絶技巧練習曲」第1曲 Jenö Jandó(ナクソス)


別に観察すべきかと思いますので詳述しませんが、ショパンにおいては作曲とは「ピアノ」という特定の道具を最大限に活かすための創作であったが故にピアノの語法も大切であって、であるがゆえに、あるときリストがショパンの作品を好き勝手に演奏したと激怒したとのエピソードがありますが(1842年に、かつてリストの弟子であり、この年の訪問以来ショパンの弟子となったレンツがショパンの面前でリストが大幅に装飾をつけたショパンのマズルカ作品7-1を弾いたとき、40年あたりから抱いていたリストへの不信感は頂点に達した模様です・・・「弟子から見たショパン」174頁)、リストはショパンやパガニーニからの衝撃のあとでは、ピアノという道具で出来るもの、出来ないもの、について、心中渦巻くものがあり、まだピアニズムにこだわってみた「パガニーニ練習曲」をも書いたのではないか、しかしながらそれに「大」をつけずにはおれなかったところに、リストのもどかしさの反映があるのではないか、と勘繰りたいのですが、これはまだ観察を残している交響詩との兼ね合いで、改めてみていく所存です。

なお、ショパンの「エチュード」にもなお些末ないくつかを見ておきたく、これもあらためます。

・・・ともあれ、ショパンやリストにとっての「エチュード」は、メトードや学校なる「練習曲」と同等の訳語なのは、ちょっと見なおされなければならないのでないか、というのが、本記事の提起したいところです。

ハンパですみません。

( ̄~ ̄;)


oguraooi.jpg 日本で本場のカンツォーネを聴かせて下さることにかけてこれ以上の方はいらっしゃらない、青木純さんの今後のスケジュールは、こちらをクリックしてご確認下さい。

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