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2010年6月18日 (金)

佐藤俊介さん:パガニーニ

アマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会は6月19日(土)浅草公会堂にて。モーツァルト:「魔笛」序曲、ブラームス:交響曲痔3番、サン=サーンス:「アルジェリア組曲」です。



上田美佐子さん(中世フィドル・ヴァイオリン)コンサート
・5月30日(日)西荻窪のサンジャック〜終了
・6月16日(水)日本福音ルーテル東京教会
・7月11日(日)絵本塾(四谷)
です。ユニークです。是非足を運んでみて下さい。詳細は上記お名前のところにリンクしてあります。

oguraooi.jpg 2台のピアノによる「モーツァルトピアノ協奏曲全曲演奏会」第2回決定しました(京都7月3-4日、東京7月27日)。とりあえずバナーに大井さんのブログ記事をリンクしました。なお、門仲天井ホールで9月23日に「松下眞一《スペクトラ》全6曲(歿後20周年)+野村誠」演奏会が行われます(確定)。大井さんの新譜(ベートーヴェン:ヴァルトシュタイン・アパッショナータ)、HMVにリンクを貼ってあります。

パガニーニは別の文脈で話題にしたいのですが、若手日本人男性ヴァイオリニストの演奏に素敵な録音がありますのでご紹介したいと存じます。

Satoupaganini佐藤 俊介 パガニーニ:24のカプリース
ユニバーサル ミュージック UCCY1006

2009年1月、相模湖交流センターでの録音。

佐藤さんは1984年生まれ。ライナーノートによれば千葉県松戸市出身でお父さまの米国留学で渡米、ジュリアード音楽院プレ・カレッジを経てカーティス音楽院で勉強、2003年からはパリ在住。古典・現代作品ともにレパートリーとし、古楽経験も豊富です。
この録音で使用しているのは2007年製のシュテファン・フォン・ベア(パリ)にすべてガット弦を張ったもの、弓は18世紀のもののレプリカのようです。
使用楽譜はヘンレ版で、従来の録音で多用されているフレッシュ版と異なり、オリジナルにはないフラジオレット奏法部はありません。

パガニーニは生前その従来にない高すぎる技術力と異様な風貌から悪魔呼ばわりされたりして、それがまた彼の異常な人気を煽ったのですが、カプリースはそんな彼の特徴が豊富に盛り込まれた曲集です。基礎力が完璧に備わっていないと手が出ません。ところが、ヴァイオリンの基礎力は案外難しいものばかりですから、パガニーニの音符を追いかけられるヴァイオリニスト=超絶技巧の持ち主、という具合に見られやすい。これは9割は正しいでしょう。しかしながら、あと1割の最も重要なことが落ちた演奏が圧倒的に多いと思われます。。
「パガニーニだって歌いたかった!」
という、その一点。
これがないから、ほとんどの録音で、技術をひけらかすほうに重点が置かれた演奏になっています。

この点を見事にクリアした佐藤さんの演奏の特長は、24曲のひとつひとつを切り離された曲・・・単品の並列・・・としてではなく、連続する流れの上で捉えたストーリー性を持っているところにあります。
ためしに最初の3曲をお聴きになっただけでも分かることですが、ホ長調の華やかな冒頭曲に続くロ短調の第2曲は対照的に輪郭をぼかし(ただし、線は明確)、第3曲はそこから厳しい現実に戻るかのような峻厳なオクターヴを奏で始めたかと思うと、中間部ではまた夢幻に逃避するかのような仕草を見せる・・・ここに一連の物語を当てはめてみるのはたやすいことかと思われます。
第3曲で示された「許されない逃避」は、続くハ短調で切々とした悲しみに変じますが、とにかくずっと続くこのストーリーは、聴き手にとってはロマンティシズムを持ちはしても、実は佐藤さんの巧妙な、確かな技術に基づいた演出なのだということに気付く時、私達はただ絶句する以外にないのです。

パガニーニは、見せ物になっている自分を、ステージではいつももうひとりの自分の目で冷ややかに見ていたのではないか・・・演奏が終わってひとりきりになるたび、この人は自分自身に嫌悪を抱いたんじゃあなかろうか、と、佐藤さんの演奏を聴いていると、切々と感じられてきます。

以下、余談です。

ベルリオーズの回想の中に現れる、ベルリオーズに宛てたパガニーニのメモ(清水脩 訳)。

「あのベートーヴェンを再生するものは、ベルリオーズを措いて外にありません。・・・尊敬のしるしとして何卒2万フランお受け取り下さい」

ベートーヴェンは、彼らの時代の、理想的ヨーロッパ音楽の象徴です。
それを理解して読むなら、パガニーニの真意は明瞭過ぎるほどでしょう。

彼は、自分が再現したい通りの音楽は出来ていない、と感じ続けていた。
それを実現している音楽家を必死で探し求めていた。
ついに、それをベルリオーズに見いだした、というわけです。

「イタリアのハロルド」の原案になるヴィオラ協奏曲の創作を、パガニーニはベルリオーズに依頼しました。が、ベルリオーズが作りかけた音楽は、パガニーニには向かなかった。

「これじゃいけない、こんなに長い間私が黙っていなきゃならないなんて!私は二六時中弾いていなきゃならないんです」

パガニーニは自分では「ハロルド」を弾きませんでした。

が、ベルリオーズに2万フラン贈ったのは、その「ハロルド」を聴いて、しんから感動したからなのでした。


oguraooi.jpg 日本で本場のカンツォーネを聴かせて下さることにかけてこれ以上の方はいらっしゃらない、青木純さんの今後のスケジュールは、こちらをクリックしてご確認下さい。

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コメント

お久しぶりです。以前よくインド関係のコメントを残させていただきました、フネです。
素敵な記事だなあ、と思いコメントさせていただくことにしました。
芸術家の(他人には理解されないかもしれない)真摯さってそれだけで胸を打つものがありますね。
佐藤俊介さんの演奏、今ホームページで視聴していますが、いずれぜひじっくりと全体を聴きたいです。

投稿: フネ | 2010年6月22日 (火) 11時06分

フネさん、お久しぶりです、ありがとうございます。
お変わりなくお過ごしですか?

どこで作られた音楽にせよ、どこで奏でられても、ふと心にささった瞬間に、パノラマのように胸に広がる世界があるのには、ときどきたいへんな驚きを覚えます。幾つになっても、そういう瞬間の訪れが自分にある、というのは喜ぶべき幸せなのだと思っております。
佐藤さんの演奏にも、パガニーニの音楽にも・・・私はどちらのかたも直接には存じ上げませんが(^-^;・・・、そのような幸せな思いで触れられる幸せをお持ち頂けるようでしたら有り難く存じます。

またよろしくお願いします!!!

投稿: ken | 2010年6月22日 (火) 19時56分

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