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2010年5月22日 (土)

リスト考(4)寄り道1:ソナタとは何だったのか?

上田美佐子さん(中世フィドル・ヴァイオリン)コンサート
・5月30日(日)西荻窪のサンジャック
・6月16日(水)日本福音ルーテル東京教会
・7月11日(日)絵本塾(四谷)
です。ユニークです。是非足を運んでみて下さい。詳細は上記お名前のところにリンクしてあります。



oguraooi.jpg 2台のピアノによる「モーツァルトピアノ協奏曲全曲演奏会」第2回決定しました(京都7月3-4日、東京7月27日)。とりあえずバナーに大井さんのブログ記事をリンクしました。なお、門仲天井ホールで9月23日に「松下眞一《スペクトラ》全6曲(歿後20周年)+野村誠」演奏会が行われます(確定)。大井さんの新譜(ベートーヴェン:ヴァルトシュタイン・アパッショナータ)、HMVにリンクを貼ってあります。

リスト考 (1)(2)(3)・(4)


リストを通じた観察からまた別の方向に進むためには、とりあえずなお2つの事象を見ておかなければならないようです。
ひとつは、リスト当時の演奏会(オペラではなく)の形態やプログラムがどんなものであったかを前後の時代と比較してみるべきことであり、もうひとつは、リストやショパンが必ずしも創作ジャンルとして執着しなかったソナタとは何であったのか、の観察です。

とりあえず、「ソナタ」のほうについて、少し見ておきたいと思います。ただ、具体的に作例を対象にせずに済むようにすすめられればと思います。

アンドレ・オデールのコンパクトな『音楽の形式』(原著1951、訳書文庫クセジュ、吉田秀和訳)は、歴史的に見た「ソナタ」をよくまとめられていると思います。それを省略しながら引用しておきましょう(訳を僅かに数ヶ所改変)。

十七世紀初頭にイタリアに現れたソナタは、カンツォーネと組曲(【同書の】それらの項参照)との融合から生まれたものであるが、この融合は、敢えていうならば、長いあいだ混乱を意味するにすぎなかった。十六世紀の終わりごろ、イタリア人たちは、オルガン、金管楽器、弦楽器などによって奏される(ソネされる)べきあらゆる曲を「カンツォーネ・ダ・ソナール」と呼んでいた。(中略)十七世紀の初めには、ソナタは小規模な形式であって、最も共通した役割はカンタータ・オペラなどの声楽作品の導入部ないし間奏を務めることだった。1650年頃、ドイツ人たちはソナタを組曲や「パルティータ」の冒頭に置き、少しあとには、舞踊の概念がまったく取り除かれた多楽章の作品を一般にソナタという名で示している。(中略)十七世紀の末、クープランはイタリアのソナタをフランスに導き入れ、少し遅れてドイツ人たちがこの形式の幅を広げる。(中略)ついで十八世紀の中頃に(略)古典ソナタが出現することになる。そうでなくても消滅の一途をたどっていた組曲との親近性は、いまやまったく断たれる。フィリープ・エマヌエル・バッハ、ボッケリーニ、シュターミッツとともに、ソナタの二主題三部構造は確立し(綴り手注:この文脈は楽曲としてのソナタとソナタ形式を混同していると思われます)、一方では「展開部」という概念が生じて、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンにおいてまったく重要なものとなるに至る。ここに《ソナタ形式》が生まれた。(訳書p.137-138)

オデールの記述にもかかわらず、「ソナタ形式」という言葉は、たしか創作家たちの側から生まれたものではなく、学者がとくにベートーヴェンのソナタを説明する際に産み出した用語だったと記憶しています(以前、文献を明示したかとも思います)。「呈示部」・「展開部」・「再現部」なる用語も、したがって同様ということになります。「ソナタ」最盛期の作曲家たちは、少なくとも、「呈示部」・「展開部」・「再現部」を作り込んで行くのだ、なるものとは異なる発想で創作したのではないでしょうか?
オデールの「ソナタ形式」の説明の歯切れの悪さも、この辺りに起因するのではないかと感じます。詳しくお知りになりたい場合は同書訳書の143頁以降をお読み頂くこととして、そうした箇所を2つだけ、重ねて引用しておきます。

・・・中央の部分は、今日では「展開部」という名が与えられているが、その名にふさわしいものになるのは十八世紀の中頃であったということが出来る。(訳書p.144)

オデールは明記していないものの、この箇所が既に、「展開部」なる用語が後年の所産であることを示しています。

たとえば主題Bが再呈示部で主題Aより先に現れることもあり(モーツァルト『ピアノソナタ、ハ短調』[以下もすべて同じ作曲家のもの])、展開部が新しい要素を導入していることもあり(『ソナタ、ト長調』)、Aの復帰が下属調で行なわれていることもある(『優しいソナタ、ハ長調』【綴り手注:これは今度は「再現部」なる用語についての後年所産を裏付けます】)。(訳書p.144)

「ソナタ形式」についてはあとで触れるとして、そもそもソナタはその創作の最盛期にどう捉えられていたか、となると、邦文献で読めるのは、せいぜいテュルクによる次の記述くらいです。

文学において頌歌といわれるものにほぼ匹敵するのが、音楽での正真正銘のソナタである。(中略)ソナタではいかなる感情、いかなる情熱も表現出来るからである。(後略)
この種の器楽曲は普通、3楽章からなるが、それほど一般的ではないにせよ、2つ、4つ、またはそれ以上の数の楽章からなることもある。そして、こうした楽章は普通、それぞれに異なった性格を持つのであるが、曲全体としては当然、ひとつの主要感情が支配していなければならない。(東川清一訳「テュルク クラヴィーア教本」p.457)

なお、テュルクは舞曲については曲種類ごとに述べていますが、「組曲」については言及していません。

クヴァンツはシンフォニー、組曲とも言及しておらず、第18章の§30から§41にかけ、「コンチェルト」の各楽章ののありかたに迫っています。こちらは作品が3楽章からなる場合に各楽章の性格付けがどうあるべきかがかなり具体的に述べられていて、非常に興味深いものです。訳書(荒川恒子訳 全音楽譜出版社)をお手に取る場合にはp.290〜295を御覧下さい。舞曲についてはテュルク同様の個別記述法をとっています。・・・こちらは、これがエッセンス、という部分だけ抜いてもかなり長くなりますし、「ソナタ」の性格とは何か、という部分からは逸れるきらいもありますので、引用しません。

最も注目したいのは、トージ/アグリコラ注釈の『歌唱芸術の手引き』(東川清一訳、春秋社)にある、アリアについての記述です。
これは、最初に引いたオデールの記述からして、「ソナタ」の役割もさることながら、後年この楽曲の目玉であるが故に「ソナタ形式」と名付けられることになった、とくに冒頭楽章に用いられる三部構造が、声楽曲である「アリア」に由来する、とみなすのが自然ではないか、と考えるからです。

トージ(1654-1732)は、アリアについて、それが三つの主要部分からなるものが主流であることを暗黙の了解のごとく述べており(第7章§4)、
「三つの主要部分に分かれているアリアは・・・第1部では、まったく単純な装飾しか要求されない。(中略)第2部では、高貴な単純性に留まりながらも、第1部よりはいくらか多めの装飾を聞くことが期待される。(中略)最後に冒頭部を繰り返すにあたって、自分がその前に歌ったものをみな変奏することによって、楽譜に記譜されているよりもいっそう美しく、いっそう素晴らしくするのでなければ、それはけっして偉大な英雄ではない。」(p.223)
としています。

あまり多くを聞いて来たわけではありませんので断言しきれないのですが、オペラにおいて「アリア」と呼んでもよいものが確立して以降、アリアはたしかにこのような三部構成をとってきていたのではないでしょうか? そしてこの構成は時代を超えて、ヘンデル〜モーツァルト〜ロッシーニらのオペラにも明確に受けつがれて行くものとなっています。ただし、注目すべきは、成人後のモーツァルト、早熟したロッシーニは、一方でこうした定型的なものとは異なる構成のアリアをも産み出している点、および、ロッシーニに至っては従来のアリアにとって見せ場であった最後の部分の装飾を自らの手で音符化してしまって歌手の恣意を許していないことは、了解しておかなければなりません。とはいえ、トージ以降の定型的な構成をとらないアリアについては、今は「そのような事象は古典派<ソナタ>が豊富に作られた時期と重なって起こり始めている」点にのみ留意して置けばよいかと思います。

で、この三部構成のうち第1部が、「ソナタ形式」なる用語の確立とともに「呈示部」と呼ばれ、以下、第2部が「展開部」、第3部が「再現部」と呼ばれるようになったとしても、再現部は呈示部の単純な繰り返しであるよりは、とりわけベートーヴェン以降は「変奏」を重視したものとなっていることを視野に入れる時、声楽アリアと器楽ソナタ冒頭楽章の汎用形式との間に何の相違もないと言ってしまっても構わない気がします。
ただ、器楽のソナタの方は、だんだんに複数の主題を第1部(いわゆる呈示部)の中に包含するようになり、第2部(いわゆる展開部)は第1部の中の素材を用いた、文字通り「展開」を行なう傾向が強まり(クリスチャン・バッハのソナタですと、まだ第1部との関連が決して強くはありません)、第3部は、モーツァルトの世代あたりまでは記譜上は第1部をあまり大きく変形しないものも少なくはなく(演奏の上で装飾を豊富にするなどの慣例があったのかどうかは明らかではありません・・・それゆえに再現部と呼ばれるようになったのでしょう。が、上のオデールが挙げている作品のように、第1部の再現ではないものもあったりします)、構造としてはアリア(トージの言うような構成のアリアはふつう「ダ・カーポアリア」と呼ばれます)に比べると複合的な要素を大きく持つようになって行ったのは間違いない事実です。

ショパンには3作、リストには1作のピアノソナタがありますが、これらの冒頭楽章は、オデールの言う「ソナタ形式」に沿った構成です。しかし、リストの方は他の楽章も合わせてまた大きなまとまりの「ソナタ形式」を構成するように作ってあります。
ソナタの延長と捉えてもよいかもしれないピアノ協奏曲は、二人とも2作ずつ完成させていますが、ショパンの作風が冒頭楽章に古風とも言える「ソナタ形式」を採用しているのに対し、リストの方は定型性の高い第1番に於いても既にやや既存のソナタ形式を脱したつくりを試み、第2番に至っては協奏曲全体が従来の「ソナタ」の枠組みを完全に無視していると言ってもいいくらいで、このあたりにショパンとリストの指向の違いが垣間見られます。

ちょっとさらなる寄り道しますと、ショパンについては、舞曲を「組曲」構成で様々な種類を交えて作るのではなく、マズルカならマズルカ、ワルツならワルツ、と連作のかたちで発表していることに注目すべきだとも思っているのですが、これはオーストリア圏のシューベルトの傾向を引き継いであると見て良さそうですし、「ドイツ舞曲」をまとめて作ったシューベルトについてもまた、その先例をモーツァルトの「ドイツ舞曲集」や「メヌエット集」をはじめとした前世代の作品に求めることが出来ると思います。
舞曲の方から窺えることは、18世紀末には舞曲の複合による組曲の伝統は少なくともドイツ圏では消えつつあったこと、そのかわりに単独種の舞曲をまとめたものが受容されるようになっていたこと、です。イタリアやフランスやイギリスでも同様だったのかどうかは、私は作例を知らず、断言出来ません。ただし、同様に18世紀末から19世紀前半にかけての組曲の作例はこれらの国々の作例でも見い出しておりません。

舞曲の傾向から単純に類推出来ることではありませんが、ショパンやリストの世代は、すでに19世紀初頭まで隆盛したソナタ・・・これは先に引いたテュルクが「文学において頌歌といわれるものにほぼ匹敵する」と述べていたのを再度思いだして頂きたいと存じます・・・では「いかなる感情、いかなる情熱も表現出来る」とは考えなくなっていたのではないか、と想像することは許されるのではないかと考えます。

リストには「ダンテ交響曲」・「ファウスト交響曲」の2つの「交響曲」があり、これは、リスト自身の意識がどうだったかを問わず、彼自らがピアノ独奏用に編曲したベルリオーズの「幻想交響曲」の発想を引き継いでいると見なし得るかと思いますが、「幻想交響曲」におけるベルリオーズは第1楽章においてはまだ「ソナタ形式」の枠組みを遵守しています。リストの2作にはそれがないことには気をとめるべきでしょう。
すなわち、リストにおいては、「ソナタ」に依存することのない「感情・情熱」表現を模索するという点で既存形式からの脱却を図りはしているのですが、それはあくまで「形式」の克服を主眼としているのであって、編曲活動を併せて考慮しておくなら、彼の中には音楽の根本に何があるかを見直そうという姿勢が強くあり、音楽の「伝統」そのものを打破することを意図していなかったのだと、私は信じたいのです。ここで「伝統」と言うとき、それは決して「保守的な姿勢を貫く」ことをさすのではない、場合によっては様式などの点で直近の前世代を大きく否定するように見えることも辞さない、他者だけでなく自らの内側にも厳しい問いかけをすることから初めて明瞭になってくるものなのであって、端的には(端的になりすぎるかもしれませんが)20世紀におけるクセナキスさえ、そうした意味での「伝統」意識は強烈に存在していたのではないかと感じるのです。

クセナキスまで話が飛んでしまっては、ちょっと逸れ過ぎですか。すみません。
ですが、以前も引いたことのある高橋悠治氏の回想の中のクセナキスが、高橋氏にパルメニデスやピュタゴラス、プラトンらの古代哲学を講義していたことが、あまりに時間の幅が広がり過ぎだとお叱りを受けるかもしれませんけれど、非常に大きな意味を持っていると強く感じられてならないのです。

作例をお聴き頂かないで、ひたすら駄文を綴りましたことをお詫び申し上げます。

リストの話そのものから、ちょっと、いや、だいぶ逸れてしまいました。


oguraooi.jpg 日本で本場のカンツォーネを聴かせて下さることにかけてこれ以上の方はいらっしゃらない、青木純さんの今後のスケジュールは、こちらをクリックしてご確認下さい。

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