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2010年5月16日 (日)

リスト考(2)編作の性質から見える顔

ひゆうことはさんの個展は5月16日最終日。12:30からリューティスト橋口淳一さんが生演奏します!



上田美佐子さん(中世フィドル・ヴァイオリン)コンサート
・5月20日(木)船橋市民文化創造館
・5月22日(土)旧安田楠雄邸(千駄木)
・5月30日(日)西荻窪のサンジャック
・6月16日(水)日本福音ルーテル東京教会
・7月11日(日)絵本塾(四谷)
です。ユニークです。是非足を運んでみて下さい。詳細は上記お名前のところにリンクしてあります。

大崎滋生さんのご著作に、ヨーロッパ近代における音楽受容について面白い側面からアプローチしたものが二つあります。
ひとつは演奏面からのもの、ひとつは楽譜他のメディアからのものです。
この2著作は大崎氏も後継のものをお出しではなく、また、ここから話を深めていくような類書もまだありません。
大崎氏はこの2著作で充分に優れた記述をなし終えているのであって、これからの研究者さんがさらに新たなお仕事をなさるべきなのでしょう。そういうものを、切に望みます。

さて、その大崎氏の、「音楽史の形成とメディア」のほうからは、19世紀楽譜出版をめぐるまとめ的ご発言に、注目すべき数点が読み取れます。端的になり過ぎでしたら恐縮ですが、楽譜についてのみ19世紀の事象限定で集約すると

1)19世紀初頭の出版楽譜は、「(いわゆる)クラシック音楽のポピュラー的受容」向け・・・すなわち「アマチュアでも弾けまっせ!」みたいなもの・・・と、作曲家のオリジナリティを重視したもの(編曲が主)の二分化がみられること

2)出版される楽譜はピアノ作品が大多数だった、すなわち、ピアノのある家庭への販売をもくろんでいたこと

3)19世紀後半に向かうにつれ、楽譜は作曲家オリジナルの音符(オリジナル作品がピアノ作品でなければピアノ楽譜としてではなく)で、しかも全集志向での出版と変容していくこと・・・これは近代ナショナリズムと強く関わっていること

・・・のようになるかと思います。

時代の中でリストが、以上の流れの上に興味深い位置を占めていることは、彼の生涯を知っていれば容易に連想されるのではないでしょうか?

編作の概要については、リスト考(1)でまとめた通りですが(ここではベートーヴェンの9交響曲の編曲をまとめて1で数えていたりしますし、他編曲についても同様のものがあります)、生涯にわたってみると、オペラ・歌曲・器楽(主として管弦楽)の編作数が極めてバランス良く成し遂げられていたことに気付きます。

で、これらの編作の性質が、上の3項目に照らし合わせると、

1)リストは作曲家のオリジナリティを重視していた

2)リストの「編作」の際の道具はピアノであり、時代に即していた

3)概要だけでは見えないことだが、19世紀前半から後半への橋渡しをした音楽家としてのリストは、ベートーヴェンの交響曲・シューベルトの歌曲については特に網羅的な編作を成し遂げていることが、その作品表から分かる

という具合になり、彼が意識したとしないとにかかわらず、18世紀から引き継がれた音楽の「娯楽性」を19世紀の100年間をかけて音楽業界関係者自身が否認して行き、やがて各国にナショナリズムを産み出して行くことになる事象の先駆的役割を、まさにリストが果たしていたと見なしてもよいのではないか、と考えたい欲求にかられます。
伝記的事実として、リストは・・・染まりきった、とは言いきってはならないものの・・・フランスの社会主義思想に共鳴し、音楽家の地位向上に尽力したことはよく知られています。
それと同時に、彼自身が若い時期に感嘆したパガニーニについて、その死の報に接した時、このように述べているとのことです。

「未来の芸術家が、自己中心的でうぬぼれた役を喜んで放棄すべきことを願ってやみません。パガニーニは、そのような役まわりをした、最後の輝かしい代表的存在であったと思います。・・・芸術家にとって、ヴィルトゥオージティは手段であって、目的とならないことを望みます。」福田弥 訳 音楽之友社『リスト』36頁)

皮肉なことに、リストに向けられている今日の評価は、この彼の発言中のパガニーニを彼自身の名前に置き換えたものになってしまっていますが、リスト自身はそれを望まなかったはずである、というのは、編作に限らず、彼の作品を見直してその本質を理解しようとする際に大きな鍵になるかと思います。

ピアノのための作品(編作も含む)に限り、それを<演奏技術>面からのみ評価した場合には、その高度さから、リストが生涯目指し続けたのがパガニーニ的な名人芸であった、とみなされやすいのですけれど、果たしてリストの脳裏に描かれた音楽は「ピアノ」という楽器に拘束されていたのか、となると、音響から判断するかぎり、
「そうではない」
とかばいたい気持ちになります。(同様のことはブラームスをピアノ作品からだけ見たときにも言えるはずですが、ブラームスは「ピアノ音楽の作曲家」というレッテルから解き放たれています。)

むしろ、リストは「芸」に拘泥することを上記のように否定していたのであって、リストが自分のルバートとショパンのルバートの違いを述べた言葉(前に記載)も、穿ってみれば、このリストの否定を裏打ちしさえするものだとの敷衍さえ行なえる気がします。なによりも、「芸への拘泥」の否定は、リストが目指した「音楽家の地位向上」と表裏一体をますものだったはずだ、とは、是非強調しておかなければならないことかと考えます。

リストの「音楽家地位向上=音楽至上主義」的な創作については別に改めて見てみたいと思っておりますが、今回はリストが「音楽の価値」を世に知らしめる上でもっとも貢献した例である、ベルリオーズ『幻想交響曲』のピアノ編曲版からお聴き頂いておこうと思います。
この編曲があってはじめて有名なシューマンの評論も生まれたことは周知の通りですが、自作のアピールではなく他者の作品を普及させることに心血を注いだリスト、という側面から、この音楽家の性格と歴史上の位置を見直して頂く入口になれば、と願っております。

・ベルリオーズ「幻想交響曲」第2楽章リスト編曲

(イディル・ビレット NAXOS 8.550725)

リストのこうした発想には功罪半ばするものがあるのですが・・・百年後には「クラシック」レパートリーの固着化と停滞をもたらす結果になったのは「罪」のほうでしょう・・・、「罪」をリストに帰すことはリストの生きた時代を見つめれば酷でも不当でもあるのでして、編曲こそしていないものの、音楽家として不動の名声を築いて後のリストは新々の作曲家たちを積極的に支援し、すくなくとも19世紀末までは「クラシック音楽」界に新しい風が吹き込む動きの方に大きな力を発揮したことは、よくよく評価され直されなければならないのではないかとも感じます。

リストが「新しい風」にも繋がって行く「伝統」(ここでこの言葉にまだこだわることは危うい面も多分にあるにせよ)をどのように築いたのか、は、また次に申し述べて見たいと存じます。


oguraooi.jpg 2台のピアノによる「モーツァルトピアノ協奏曲全曲演奏会」第2回決定しました。また掲載します。とりあえずバナーに大井さんのブログ記事をリンクしました。なお、門仲天井ホールで年9月に「松下眞一《スペクトラ》全6曲(歿後20周年)+野村誠」演奏会が行われる模様です。大井さんの新譜(ベートーヴェン:ヴァルトシュタイン・アパッショナータ)、HMVにリンクを貼ってあります。
oguraooi.jpg 日本で本場のカンツォーネを聴かせて下さることにかけてこれ以上の方はいらっしゃらない、青木純さんの今後のスケジュールは、こちらをクリックしてご確認下さい。

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