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2010年5月 9日 (日)

リスト考(1)他者作品編曲と活動の関連

深谷明弘さん、野崎浩孝さん「マンドリンDuoコンサート ~青山忠マンドリンDuo曲集4に寄せて~」は、本日5月9日(日)静岡市みずほ公民館で大好評終了です。



Campanellaどうしても、ピアノ奏者としてショパンとの対比でのみ見られがちなのが、フランツ・リストなのは、ご承知の通りです。
実際に1830年代に活躍の場を共有した彼らは、お互いの最大の理解者同士であったかも知れません。
が、あくまでピアニストに徹したショパンに対し、リストは40年代に入ると指揮活動も行いましたし、さらに管弦楽曲も意義深いものを作っていて、単純にショパンと比べてしまってよいかどうかは難題です。
ピアノ奏法の系譜も、ショパンで試みたような時代的変遷についての「謎」を提示するには困難を覚えます。
「ラ・カンパネラ」を一枚のCDで様々に聴き比べられるものはありますが(リンクをクリックしてみて下さい)、中の最古の録音でも1950年代のもので、基本は既にアルトゥール・ルービンシュタインの奏法と同じものです。
リストには、同時代音楽をピアノ編曲によって普及させたり、新世代の作曲家を支持して奮闘した側面も強くあり、ショパン同様のアプローチが難しいとなると、こちらがわからの観察をしておくほうが、今後の読みを総合的にする上では有益かも知れません。
ちなみに、ベルリオーズの「幻想交響曲」は、フルスコアに10年程度先立ってリストのピアノ編曲が自費出版され、シューマンもそれによって「幻想交響曲」の素晴らしさを知り、評論を行ったことは、有名な話です。

伝記年譜でリストのおおまかな活動履歴を確認すると、ほぼ下記のようになります。

少年期1811-1828
休止 1829-1832
ピアノ独奏期1833-1839
指揮活動も開始1840-1853
管弦楽創作1854-1860
ローマ移住と宗教への没入1861-1869
晩年 1870-1886

先述のとおり、彼は他作曲家作品人気作の膨大なピアノ編曲を残していますが、これはリサイタルでお客受けする目的でなされたものと単純に見なされがちです。モチーフをパラフレーズしたものを、そのように用いたのは、確かなことでもあったかと思います。

ロッシーニ「ソワレミュジカル」からの例

原曲編曲1:La pastorella dell'Alpi

原曲編曲2:Li marinari

上掲2曲によるファンタジー

 以上、Leslie Howard(piano) hyperion CDA66661/2

が、原曲に沿った編曲は、彼の生涯の行動パターンから察するに、やはり、「いまの音楽」を人々に知ってもらうとの謙虚な動機によったのだと信じたく思います。
数の集計は福田著「リスト」の作品表を、ついで作業に追われながら数えましたので、間違いがあるかと存じますけれど、傾向はよく分かるはずですのでご容赦下さい。

少年期9作
オペラ題材4
声楽曲3
器楽2

休止期1作(オペラ題材)

ピアニスト期29作
オペラ題材9
声楽曲11
器楽9

指揮活動並行期48
オペラ題材20
声楽曲14
器楽14

管弦楽創作期13作
オペラ題材8
声楽曲1
器楽4

ローマ期16作
オペラ題材5
声楽曲7
器楽4

晩年39作
オベラ題材9
声楽曲10
器楽20

総合計155作
オベラ題材56
声楽曲題材46
器楽曲題材53


以上から、編曲はリストが少年期後の休止を経て本格的に演奏活動を活発化してから盛んになったのは確かであること、しかしながら、編曲活動のピークは指揮をも並行して行なうようになってからのほうが頻度をあげており、オベラ題材もしくは声楽曲題材がウェイトが高いこと、晩年ふたたび迎えるピークでは、それが器楽(オーケストラ曲なのですが)に注力する傾向を強めたことがうかがえます。

特徴的なことは、ロッシーニ(オペラ界を退いてのちの)歌曲やシューベルトの歌曲は大多数をピアニスト活動期に編曲していること、また同時期にベートーヴェンの第5から第7およびベルリオーズの幻想交響曲は編曲初稿を完成させているものの、いずれもローマ期に改訂していることです。ローマ期はリストが遺書を記した時期でもあり、作品としての遺書、オラトリオ「キリスト」を完成させてもいます。・・・このオラトリオをなかなか耳に出来ないのは非常に残念です。極めて美しい、痛切な味わいさえある名曲なのです。・・・リストは、ショパンと異なり、ピアノ作品で評価されるべき音楽家ではないのではなかろうか、と思います。
晩年の編曲には、当時の新鋭もしくは中堅になんなんとしていたサン=サーンス作品やキュイの作品もあります。
なお、自らが交響詩創作に励んでいた時期、それに続き、宗教世界に身を委ねようと試みたローマ期には、こうした編曲が激減していることも注目ポイントです。

新世代評価に積極的だった彼は、74歳まで生きたこともあって、ヴァーグナー同様に無調世界にもかなり踏み込むのですが、ヴァーグナーと少し角度が違うかな、と思うのは、リストの無調は彼が若い時から味合わされた苦悶の結晶のような印象があると感じさせられるところです。従って、リストの無調は教会旋法による解決を伴います。典型はオラトリオ「キリスト」なのですけれど、そのあたりは機をあらためて観察できればありがたいと思っております。・・・伝統という言葉にこだわるなら、それが19世紀の中でどのように入り混じっていたかの典型をリストに見ることは、もしかしたら面白いなにものかをもたらしてくれるかも知れません。


oguraooi.jpg 2台のピアノによる「モーツァルトピアノ協奏曲全曲演奏会」第2回決定しました。また掲載します。とりあえずバナーに大井さんのブログ記事をリンクしました。なお、門仲天井ホールで年9月に「松下眞一《スペクトラ》全6曲(歿後20周年)+野村誠」演奏会が行われる模様です。大井さんの新譜(ベートーヴェン:ヴァルトシュタイン・アパッショナータ)、HMVにリンクを貼ってあります。
oguraooi.jpg 日本で本場のカンツォーネを聴かせて下さることにかけてこれ以上の方はいらっしゃらない、青木純さんの今後のスケジュールは、こちらをクリックしてご確認下さい。

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