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2010年4月17日 (土)

破壊者か継承者か? グスタフ・マーラー(1)

Mahlerundwienさて、ヴェーベルンが(ずっと慕い続けた師であるシェーンベルクと良い関係だったとは到底思えない)グスタフ・マーラーを尊敬していたことから、「音楽を読む」作業の続きにマーラーを持って来よう、と考えたまでは、まだ良かったのかも知れません。

ところが、以後はたと困ってしまいました。

いちおう、いまのところ、とりあえずは日本近代の「伝統」のありかたをざっと眺めてきて、さて、資料が豊富で追いかけやすいだろう、と思った西欧に視点を変えてきてみた次第ですが、最新の情勢ではなく、いちおうその嚆矢をかたちづくったヴェーベルンを持ってくる分には何の躊躇も支障もありませんでした。
で、そのヴェーベルンがマーラー崇拝者だった、でもってマーラーはヴァーグナー崇拝者だった、と、単純にすうっと遡って行けるではないか・・・でもって、ヴァーグナーによって「肥大化」されたものが何であるかを見つめられれば、少なくともロマン派前期と後期の差異の発生理由については突き止められるのではないか、という、甘い読みがありました。

・・・案に相違して、マーラーで1週間、考え込まされる羽目に陥りました。

話がヴァーグナーにまで遡ってしまえば、考えなければならない「問題」はいくらかしぼられるとは思っているのです。

そもそも、「西欧音楽における伝統なるものがどう継承され、どう断絶してきたのか、を考えてみたいと思ったきっかけは、いちど引いたことのある渡邊順生氏「チェンバロ・フォルテピアノ」(東京書籍)の最後部の記述にありました。
そのときは、受ける印象が歪むことを覚悟して、
「演奏解釈という思考と実践の伝統もまた、無形の文化財として、有形のそれに勝るとも劣らぬ貴重なものである。それが、たかだかここ数十年の間に、ほとんど完膚無きまでに破壊されてしまった」(753頁)
の部分だけを引用したのでした。

渡邊氏のこの記述は、とくに鍵盤楽器奏者の系譜〜パデレフスキーやシュナーベルがチェルニーの孫弟子であった(すなわちベートーヴェンの曾孫弟子であった)、等々の点に着目し、その演奏が「伝統を(極端に言えば変化なく)引き継いでいる」ことを前提にしての情感であり、それだけで単純にものごとを語ってはいけないことは渡邊氏も充分にご承知の上で仰っていることではあります。
では、はたしてパデレフスキーやシュナーベルが「時代」というものの洗礼を何も受けずに、ある種固定的・定型的な「伝統」を受け継いだ演奏を成していた、それ故に正統なヨーロッパを伝えていた、ということが真になるのか、というと、そうはならないことは渡邊氏の記述ではやはり不明確でして、これについてはまた別の資料の参照が必要です。

鍵盤楽器に限定されることなく、管弦楽作品においてもまた、同様の話が成立します。しかも、もっとダイレクトに。

で、その代表例が、じつはマーラーだったりする。

マーラー作品の演奏については、作曲家自身がメンゲルベルクを大変信頼していたことが明らかになっていますが、一方で長い間、直弟子だったワルターの演奏が最高の権威を認めて来られたという経緯もあります。
メンゲルベルクによる録音が全曲のものとしては交響曲第4番しか耳に出来ないこと、しかもその演奏は今日の私たちの耳にはテンポの緩急が極端すぎることなどから、マーラーの時代の実情を反映したものとしての権威もあまり認められずに来たように思います。このことはまた、メンゲルベルクが親ナチだったがために第二次大戦ですべての「権威」を失ったこととも何らかの関係があると思われます。
メンゲルベルクの演奏がどうであれ、マーラーにはなんといっても死後その作品の普及に大きな役割を果たしたワルターの存在がまた、それとは全くかかわりなく大きかったのも実情です。

ところが、メンゲルベルクの演奏のテンポ起伏の激しさに比べると、ワルターの演奏にはそうしたものが殆どと言っていいほどみられない。
これが、ワルターの生きた時代に台頭した(そしてそれは「古楽復興運動」の初期段階にも大きな影響を及ぼすことになる)「新即物主義」にもとづく「平板化」によるものではないか、との論があることは、渡辺裕氏が「マーラーと世紀末ウィーン」(岩波現代文庫 2004、原著は別標題で1990年に筑摩書房から出版)で紹介している通りであり、渡辺氏が本書を出した頃には新世代の指揮者たちによって別の解釈が現れてきていたこともまた同書の記述の通りです。

鍵盤楽器作品に於ける「テンポの取り扱いの変化」については昨年訳書の出たセイモア・バーンスタイン『ショパンの音楽記号』(音楽之友社)に・・・歴史を取り扱うことが本義ではないため時系列にではありませんが・・・豊富な考察がなされています。それについては、また後日みて行きたいと思っております。

いまここでは、マーラー作品に於けるテンポの取り扱いについても、鍵盤作品音楽同様の「断絶」もしくは「変容」を経ている、という演奏史上の事実がある、ということを念頭に置くにとどめましょう。

ヴェーベルンの場合、テンポ問題について「断絶」を考慮する必要がなかったのは、ヴェーベルン作品が(現在ミニマルミュージックと呼ばれているものとは違った意味で)ミニマルなものであったためであり、音色感が少なくともマーラーの獲得していたものに近似していることのみあっさりみておけば良かったからでしょう。
マーラーがそれでは済まないのは、マーラーの作品は歌曲を除き長大であり、それ自体が「テンポの変容」を受けても当然だといえるものであることに加え、作品に内在する「構造」の問題もあります。
交響曲について、彼は19世紀の価値観が定式化していた「ソナタ形式」に合致するものを創作していません。そのことがまた、十二音技法を標榜したシェーンベルクと、ある意味で似たり寄ったりの反発を当時の聴衆から受けた事実が、彼の伝記類から浮き彫りにされてきます。
たとえば第1交響曲の冒頭部は
「(聴衆には)音楽がどうなっているかさっぱり分からなかった」(渡辺裕氏前掲書に引用されたもの、195頁)
なる不名誉な反響を受けたのでした。
マーラーの意図はずっと後年になって、たとえばリゲティによってようやく明確に認識されるに至っています。その最初の部分だけ引きますと、
「楽章のはじめで一つの音が非常な低音から高音まで何オクターヴにもわたって分割されて出てきます。このとどまった音は空間を想起させます。(以下略・・・ただし、略した部分が面白い)」渡辺氏前掲書198頁)
・・・これはクセナキスのような「理論的裏打ち」こそ持たないものの、クセナキス音楽の目指し続けたものと似通っています。
いつも名誉と実利を求めてやまなかった大の俗物マーラーはこの点一貫性がなかっただけです。
かつ、マーラーの交響曲の数々は、創作の背骨がショーペンハウエルだのニーチェだのの哲学に依拠していたとはいえ、それでは話が済むはずのない、マーラーが俗物であったが故の「魅力」に満ちており、典型的な例は交響曲第3番に見て取ることが出来るのではないかと思いますが、第3番でなくても、彼の交響曲には随所に遠くから聞こえる軍隊の陣営のラッパだの、かと思うと街の通りのどんちゃん騒ぎだのが突拍子もなく現れます。

この、形式破壊とも思える音楽内容は、それだけみると伝統を大きく破壊したものなのではないか、との疑念を私達に抱かせるに充分です。

ここにまた、マーラーという人格の矛盾があります。

上記のような創作をしながら、マーラーは一方で、現在にも引き継がれる演奏習慣・・・コンサートホールには楽曲または楽章の合間でお客は入場することが出来ない、ホール内での飲食は出来ない、等々・・・を形成し定着させた張本人でもあることは、周知の事実です。

創作家としては音楽の形式を破壊し、演奏家としては今日の鑑賞習慣を押し付けたこの人物は、さて、伝統の継承者であるよりは破壊者だったのでしょうか?

このあたりは、ヴァーグナー崇拝者としての彼の特徴を観察しなければ結論めいた仮定を打ち立てることが出来ません。

ですので、次にはこのあたりをまた少し考えてみなければならないと思ております。

・・・考えられるのかなあ。。。(> <)


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