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2010年3月 4日 (木)

おさらい〜バッハの創作対象となった舞曲(1)

日本で本場のカンツォーネを聴かせて下さることにかけてこれ以上の方はいらっしゃらない、青木純さんの「おすし de イタリア」は、3月12日です。
oguraooi.jpgご予約はお早めに!



F9120周年記念 ナーシャムジカマンドリンコンサート(川口雅行氏を迎えて)は、3月13日(土)静岡市「静岡音楽館AOI」にて。
幅広いレパートリーの音楽をいっときに楽しめるのはマンドリンアンサンブルならではです!

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2台のピアノによる「モーツァルトピアノ協奏曲全曲演奏会」(東京3月18日:小倉貴久子さんと大井浩明さん、京都4月3日・4日:河野美砂子さんと大井浩明さん)詳しくは記事中のリンク先をご覧下さい。バナーをクリックすると大井浩明氏のブログ記事を閲覧出来ます。2月27日の「松下眞一追悼個展」は大好評終了、「暗いとこでダイヤモンドが光ってるみたいにきれい」等の感想が寄せられています。音楽評論家、白石知雄さんが「はてな」でまとめていらっしゃる当日までの経緯、当日の充実ぶりが手に取るような文章で拝読できるのは嬉しいかぎりです。



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・・・いろいろ聴き始める前に、自分のためにもおさらいをしておきます。

参考過去記事。
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/53-da3c.html

バッハがチェンバロ(ハープシコード)作品で「組曲」(とみなせるもの)として作曲した作品群から、いわゆるプレリュードを除いたものの構成を、まずいくつか並べて見てみましょう。・・・楽器のことについてはまた別途とします。

まず、日本語で序曲と訳される"Overture"(ドイツ語ではuはウムラオト)と題されたものから。
ちなみに、Overtureのもととなったであろうフランス語語彙ouvertureは「開始・開場」の意味を原義としていますね。

フランス風序曲BWV831(第1曲を省く):
クーラント〜ガヴォット(1、2)〜パスピエ(1、2)〜サラバンド〜ブーレー(1、2)〜ジーグ〜【エコー】

参考までに、管弦楽組曲(やはりOverture)BWV1066〜1069は(第1曲を省く)
1番:クーラント〜ガヴォット(1、2)~フォルラーヌ〜メヌエット(1、2)〜ブーレー(1、2)〜パスピエ
2番:ロンドー〜サラバンド〜ブーレー〜ポロネーズ&ドゥーブル〜メヌエット〜バディネレ
3番:【アリア】〜ガヴォット(1、2)〜ブーレー〜ジーグ
4番:ブーレー(1、2)〜ガヴォット(1、2)〜メヌエット(1、2)〜【レジュイサンス】


じゃあ、パルティータPartitaのほうはどうでしょう?
こちらの原語はイタリア語で、音楽用語以外では「試合・ゲーム」だとか、商品のロットの単位をあらわし、転じて貴重の意味も持ちます。

パルティータ(BWV825〜830、第1曲を省く)
1番:アルマンド〜コレンテ〜サラバンド〜メヌエット(1、2)〜ジーグ
2番:アルマンド〜クーラント〜サラバンド〜ロンドー〜【カプリッチョ】
3番:アルマンド〜コレンテ〜サラバンド〜ブルレスカ〜【スケルツォ】〜ジーグ
4番:アルマンド〜クーラント〜【エア】〜サラバンド〜メヌエット〜ジーグ
5番:アルマンド~コレンテ~サラバンド〜テンポ・ディ・ミヌエッタ〜パスピエ〜ジーグ
6番:アルマンド〜コレンテ〜【エール】〜サラバンド〜テンポ・ディ・ガヴォッタ〜ジーグ

これは無伴奏ヴァイオリンパルティータを比較してみましょう(BWV1002、1004、1006)。
1番:アルマンダ〜コレンタ〜サラバンド〜テンポ・ディ・ボレア(ブーレー)
2番:アルマンダ〜コレンテ〜サラバンダ〜ジーガ〜チャコーナ(シャコンヌ)
3番:【プレリューディオ】〜ルール〜ガヴォット・エン・ロンドー〜メヌエット(1、2)〜ブーレー〜ジーグ

「なあんだ、同じようなもんじゃねーか!」
って・・・そう私も思いますが、OvertureとPartitaで明確にちがうのは、後者の第1曲にはアルマンドがほぼ絶対というほどに用いられている点です。

念のため無伴奏チェロ組曲(BWV1007〜1012、第1曲を除く)を見てみましょうか?
これは4つ目の舞曲以外は必ずアルマンド〜クーラント〜サラバンド〜(ここは入れ替わる)〜ジーグとなっていて、4つ目は
1番:メヌエット、2番:メヌエット、3番:ブーレー、4番:ブーレー、5番:ガヴォット、6番:ガヴォット
という構成です。これはクラヴィアのためのパルティータと全く同じであり、無伴奏ヴァイオリンは第3番だけが異なっているのが分かります。

これによって、OvertureとPartitaは「曲種」が明確にちがうことが明らかになるかと思います。

だからどうした、それが演奏と何か関わりがあるのか、となると、推測しか出来ないのですが、クラヴィア作品では比較できるものがないものの、管弦楽のそれと併せて考えると、Overtureは配列の自由度の高さと"Overture"の語の持つ意味からして・・・また、管弦楽では4作(ないし5作?)あるにもかかわらず、他にはヘ長調のパルティータがハープシコード作品としてあるだけで(すみませんが構成未把握)、おそらく「儀典」向けなのに対し、Partitaの方は(作品の雰囲気は措くとして)私的な空間を前提とした作品群なのではないでしょうか?

状況証拠は詳しく分かってはいないのですけれど、出版のされかたを見ると、パルティータ群はまず最初に1726年秋、1つずつ出されています。クラヴィア練習曲集第1巻としてまとめられたのは1731年です。最初の出版(1726〜29)に際しては「バッハは自腹を切る覚悟でこの出版計画に投資した」(クリストフ・ヴォルフ、春秋社刊『ヨハン・ゼバスティアン・バッハ』訳書p.581、原著2000年、訳書2004年)のでして、彼の作品1であるクラヴィア練習曲集第1集(第1部)としてまとめるまで計画的に書き続けられたもののようです。6曲という伝統的な組み合わせにも強い意図が感じられますが、それは当時の発想の通例として「愛好家のコレクションに加えてもらう」ところに主眼があったはずでしょう。で、この「普及版作品集」が成功して初めて、バッハの出版向け作品アイディアは拡大を保証されたはずではないかと思うのです。
クラヴィア練習曲集第2集(第2部)となるのが、他ならぬ「イタリア協奏曲」と「フランス風序曲」の組み合わせで、もちろん楽譜は純粋に鍵盤楽器を媒体とした音楽として完成されていますが、それは管弦楽を1台の楽器で実現するという壮大な試みでもあったわけです。
第1部と第2部のこの対比を見ると、後者が「華やかさをもった」音楽として意図されているのが明確であるのと第1部の作りの行儀の良さとが両極端をなしているのがはっきり浮かび上がる気がします。

・・・おもっていたことと話がズレてしまいました。

で、イギリス組曲とフランス組曲の問題になるわけですが、これらはその構成から言って「パルティータ」に属すると見ていいこともまた明らかでしょう、と申し上げるにとどめます。

本来は中身の舞曲について触れて行くつもりだったのですが、こんなになってしまいましたので次回以降と致します。

ついでながら、佐藤望『ドイツ・バロック器楽論』(春秋社 2005)には以下のような記述がありますので、参考までに引用しておきます。

「例えば『パルティータ』の語について言えば、ほとんどの音楽事典では変奏曲(Variationen、Verraenderungen)や舞曲組曲(Suiten、Taenze)、あるいは形式的なツィクルスを表す用語と誤認している。用語法の歴史から見ると、これは(中略)曲集ないし一連の作品といった程度の中立的な意味で用いられ、一定の音楽形式や一定の機能・特質を備えた音楽を表す用語ではなかった。パルティータという語は、かなり普遍性の高い上位概念であり、この用語が使われた音楽がツィクルス的な構成をとることや、変奏技法で書かれることはあっても、その語自体が一定の特徴や技法を表したわけではない。」(p.9)

この記述は、上の事象から見るかぎり、J.S.Bachについては当てはまらない、と断言してもよろしいのではなかろうかと思います。・・・もちろん、当時一般にもバッハと同じことが言えたかどうか、ということとは別問題ですが。

同書が挙げるマッテゾンによる分類(p.50)には世俗的音楽の上位にOuvertureが見られますが、Partitaは下位に至っても見いだすことが出来ません。かつ、パルティータの(かつオーヴァチュアの)構成要素となる舞曲の数々は個別にその曲種が登場するのです。バロック期の曲種分類の総合的研究とマッテゾンのこの分類などがヒントとなって佐藤氏の記述が形成されたのではありましょう。私の手持ちにはOverutureの作例(リュリやテレマン)しかなく、構成には前奏とでも言うべき壮麗な、いわゆる「序曲」ないし「前奏曲」が置かれていて、その後の節については組み合わせが自在である、というところにバッハの"Overture"と同じ傾向があること以上には判明することがありません。・・・少し、諸作家のパルティータ作例を当たってみるべきでしょうか?

大井さんのこの記事のほうがたしかなので、ご参照下さい。
http://ooipiano.exblog.jp/13835793/

この記事に関連して補足しておきましょう。

アルマンド・クーラント・サラバンド・ジーグの曲順は17世紀末に主としてドイツで固定化されたものだとのことで、これを「確立した」とされるフローベルガーは生前にはクーラントとサラバンドの位置が逆だったのを、1693年(フローベルガーの没後ほぼ30年)にアムステルダムから出版される際、「もっと良い順序で」と、おそらくは教会ソナタの緩・急・緩・急を意識した改変がなされたのだ、ちと、橋本英二『バロックから初期古典派までの音楽の奏法』(音楽之友社、2005、p.187)に記述されています。なお、組曲として節を設けてあるこの箇所の記述ではバッハ自身が用いたかどうかを私が未だ確認していないSuiteと、Partita等を区分せずに扱っているのではないかと思われ、フランスの組曲が順序立てられたものではなかった、との説明が続いていますが、フランスでの曲種名には基本的に組曲にあたる名称が見当たらない上に、かろうじてそれにあたるものとしてフランソワ・クープランが用いたordreの名称が挙げられています。イギリスの例も多様なようで、まず日本語の「組曲」で括ってしまっていいのかどうか、というところから、もしかしたら再検討が必要なのかも知れないとの印象を受けております。

脱線が長くなりました。


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sergejOさんの記事の便利なインデックスも是非ご活用下さい。

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