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2010年3月22日 (月)

書籍紹介:「トン・コープマンのバロック音楽講義」

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2台のピアノによる「モーツァルトピアノ協奏曲全曲演奏会」(東京3月18日、終了:小倉貴久子さんと大井浩明さん、京都4月3日・4日:河野美砂子さんと大井浩明さん、各々30名様限定です)詳しくは記事中のリンク先をご覧下さい。バナーをクリックすると大井浩明氏のブログ記事を閲覧出来ます。
なお、大井さんの新譜(ベートーヴェン:ヴァルトシュタイン・アパッショナータ)が発売予定日より遅れましたが入手容易になりました。HMVにリンクを貼ってあります。Amazonではまだ入手できないようです。



Ton今年に入って、日本語訳で読めるバロック演奏論の貴重な2冊が出版されました。

ひとつは
ヤープ・シュレーダー『バッハ 無伴奏ヴァイオリン作品を弾く』(寺西肇 訳、春秋社 1月30日)
です。原著は2007年の著作です。
ただ、こちらをお勧めするには、ちょっと条件があります。
シュレーダーはホグウッドのモーツァルト・シンフォニア全集(ニール・ザスロウの所見に基づく)の録音プロジェクトにも大きな役割を果たし、自身もインマゼールが演奏するフォルテピアノとともに18世紀のシュタインを用いてのモーツァルトのソナタを弾いた優秀な録音を残しています。
詳しい経歴は存じ上げなかったのですが、1960年にはレオンハルト、ブリュッヘン、アンナー・ビルスマと共にクアドロ・アムステルダムというグループを結成していたとのことですから、こんにちのいわゆる「古楽」復興に大きく寄与したかたなのでした。1925年生まれですからすでに80歳を超えるご高齢にも関わらず(本書著述時は82歳)、バッハについて新鮮にお話し下さることには深く敬意を表さなければなりません。
ただし、シュレーダーの記述は、ヴァイオリンを演奏する読者との1対1の対話として読まなければならない性質を持っている、と、私には思われます。(かつ、難を言えば、下訳をして貰っての翻訳だそうで、そのおかげでとても分かりやすい訳文になっているのですけれど、そのことで、読者は原著にあったかもしれない客観性にまで思い及ぶことなく、ついスイスイと読み進めてしまうのではないか、との危惧の念を抱かせます。)
記述はバッハの無伴奏ヴァイオリン作品の現代におけるの受容のされかたがどのように誤っているかについては信頼のおけるものとなっていますが、ではバッハの時代はどうだったのか、ということについては、あくまでシュレーダーその人の見解の表明に終わっており、若干の他作曲家の譜例以外に傍証を上げておらず、読む際にはそれを何の疑いも無しに受容していいのかどうかは一旦留保しなければなりません。・・・しかも、シュレーダーが本当に望んでいるのは、読者がそういう留保をきちんと行なった上でレッスンを進めて欲しいということでもあるようです。
各曲の各論より前の第1部だけでも必読の箇所は少なからずありまして、とくに29頁の調弦の問題は、古楽でなくても有益かつ重要なトピックです。にもかかわらず、この本は、
「自分がシュレーダー先生の講義を受けるのだ」
というスタンスで、曲に取り組み、先生の言うことに首を縦に振ってよいのか横に振るべきなのか、それはそれぞれどのような理由に基づくのか、を考えながら、じっくり、実践的に取り組むためのテキストです。そこを誤って斜め読みすると、結果として読者は痛い目にあう場合もあり得るでしょう。そういう意味では、こちらは「万人向け」の学習指導書ではない、というのが私の印象です。
・・・悪い本ではありません。むしろ、とてもいい「レッスンのための本」だと思っております。
・・・ですが、「広範な目的を持つためには単独で読まれるべき本ではない」と思います。

もうひとつが、
「トン・コープマンの音楽講義」(風間芳之 訳、音楽之友社、2月28日)
です。
こちらの原著は、1985年です。
なんで25年も前のものが今頃、しかもこんなに重要な内容なのに翻訳されていなかったのだろう、という思いで手にしました。
ですが、年数がこれだけ経ってしまったところに、訳者の良心があるのではないか、と、印象は次第に変わって行きました。
もしコープマンが本書の中でシュレーダーと同じような記述方法をとっていたのでしたら、ヨーロッパで活躍なさっている演奏家さんにとっては旧聞に属するトピックだけになったでしょうし・・・じっさい、コープマンが上げている資料についてはヨーロッパでは充分に知られている可能性が高いかとも思うのですが・・・、いまさら手にしても仕方がない本になっていたかもしれません。
コープマンの方法は、しかし、ユニークです。
日本でこれまで訳されてきたり、あるいは綴られてきた演奏様式の本では、必ずしも論の典拠が明らかではありませんでした。この点で、コープマンのこの講義は私達にとって全く新鮮です。
彼は、原典資料からの徹底的な引用に終始して話を進めており、翻訳に当たった風間氏も、コープマンのこの姿勢を大切にして、原典資料をあえて原文のまま訳さずに掲載していて、それを読み解くことがそもそも演奏や鑑賞の前(または過去の音楽を実態として感じ取るにはどうしたらいいかということ)に私達がしておくべきことは何なのか、を「厳しく」体感させることを意図しています。
とはいえ、最初の1回を、分からないところは「分からない」と自覚しながら読み進めても、本書は充分に私達の「なぜ?」にまず気軽に答えてくれる、優れた面を持っています。
こうした記述の二重性が、本書を二読三読、また熟読、と繰り返し読むべき良書に仕立て上げているのです。
たんに資料の羅列ではなく、資料が呈示される前には、資料を読む上での注意点について簡潔な示唆があります。
その細かいそれぞれについては、実際にお手に取って感じてみて頂ければ良いのではないかと思います。
資料第一主義で綴られた講義の合間にある、コープマンの機知に富んだコメントは、じつに味わい深いものがあります。数多い中から、ひとつだけ上げるとすれば、楽譜を読むときに私達が気をつけなければならないことを・・・これは本文の繋がりを見て頂かなければ正確な意味が伝わらないのですけれど・・・このように述べているあたりなどは、どうでしょうか? 臨時記号は、バロックの作品では1音上でだけ有効であるのが原則です。しかしながらそれが当てはまらない場合もあり、どちらか迷ってしまうような記符もあるのですが、そういう問題に面したときに取るべき態度の話です。

「同じ曲の別の場所で、あるいは異なった作品の似たような場所で、作曲家がどのように書いているか、まず最初に調べることが肝心です。・・・記譜通りに演奏可能なら、そのように演奏すべきであって、早急に間違いだと決めつけてはなりません。」(訳書35頁)

これはバロックより新しい音楽でも言える話ですから、コープマンのテキストはバロック音楽の演奏家や愛好者だけに読者を限ってしまうのは勿体ない気がします。

記事中、2つの書籍をご紹介しましたが、標題をコープマンの方にしたのは何故か、につきましては、ここまでで充分ご理解頂けるものと存じます。



日本で本場のカンツォーネを聴かせて下さることにかけてこれ以上の方はいらっしゃらない、青木純さんの「おすし de イタリア」は満員御礼、しかも定員オーバーでの終了でした。
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青木さんの今後のスケジュールは、こちらをクリックしてご確認下さい。

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コメント

Kenさん、すばらしい邦訳本のご紹介、ありがとうございます! いちおうサイン会にて握手してもらったほうとしては、つべこべ言わずにa must buyです、これは。

日本語版が出たばっかなのですね! ぜんぜん知らなかったです。訳者の方はときおりお名前を見かけるような…Amazonの書評とかも見ましたが、「オルガン」の章だけ、邦訳版のみの追加みたいですね。四半世紀前の原本にはないということは、最新の書下ろしということでしょうか? だとしたらますます読みたいです!! 

引用文献のたぐいがすべて原語のまま…というのはかなり思い切った判断ですが、「原典資料の読み方」という内容がメインでは、それしかやりようがなかったのだろうと察します。それでもコープマンの本ですから、かつてのケラー本(『バッハのオルガン作品』)みたいに、「かぎられた対象読者」向け、みたいなことはないとは思いますが。

とにかく買います。情報と書評、ありがとうございました。m(_ _)m

投稿: Curragh | 2010年3月22日 (月) 22時57分

Curraghさん、さっそくにありがとうございます。

オルガン通でオルガン大好きのCurraghさんには外せないお買い物になると思います・・・って、僕はアフィリはってないんですけど。(T_T)

オルガンの部分はこの訳書のための「補講」となっております。そんなに長い節ではないながら彼ならでは、の所見が無駄なく滔々と語られている点で、前の講義までとはまた一線を画していますから、是非お目通しになってみて下さいね!

投稿: ken | 2010年3月22日 (月) 23時59分

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