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2010年3月26日 (金)

「魔笛」序曲理解の上での注意喚起事項1(素材)

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2台のピアノによる「モーツァルトピアノ協奏曲全曲演奏会」(東京3月18日、終了:小倉貴久子さんと大井浩明さん、京都4月3日・4日:河野美砂子さんと大井浩明さん、各々30名様限定です)詳しくは記事中のリンク先をご覧下さい。バナーをクリックすると大井浩明氏のブログ記事を閲覧出来ます。
なお、大井さんの新譜(ベートーヴェン:ヴァルトシュタイン・アパッショナータ)が発売予定日より遅れましたが入手容易になりました。HMVにリンクを貼ってあります。Amazonではまだ入手できないようです。



『魔笛』序曲のことを。

演奏なさるアマチュアオーケストラ向けの、いくつかの留意事項を述べたいと思います。

ジングシュピール『魔笛』については
・序曲のみの音楽構成における、「形式分析」に関わらない留意事項
・自筆譜にはこうある、という、普段手に取る楽譜では見えない留意事項
の、おおきく二つのトピックがあるのですが、今回はそのうちの最初のものについて申し上げておきます。
構造の枠組みについても、フランス風序曲とはもう違っていること、古典派や初期ロマン派の交響曲の冒頭楽章と類似しているが、なによりドイツ系の「序曲」(歌劇のものもそうでないものも・・・例:ベートーヴェン「レオノーレ」第2番・第3番、「フィデリオ」、「コリオラン」、シューベルト「ロザムンデ」序曲、シューマン「ゲノヴェーヴァ」序曲 等々)に直結して行くことを見ておきたい気持ちはあり、とくに「フィデリオ」や「コリオラン」における冒頭和音が「魔笛」の冒頭部のかなりな縮約形態であることなど申し上げたいのですが、脇道にそれすぎますので、各々イメージして頂ければ良しとしましょう。

で、歌劇史上(あえてオペラ史上、とは申しません・・・『魔笛』の音楽作りは明らかに他者のイタリア風のオペラとも、彼自身のイタリア語歌劇----これはオペラでいいでしょう----とも違っています)、初かどうか、また、モーツァルトにとって初めてのことかどうか、の検証はしておりませんが、

「この序曲は、素材はすべて、劇中の特定の部分からとられている」

事実を強調しておきたいと存じます。

具体的には、第1幕のフィナーレ中盤以降の「ザラストロ万歳」とまとめられるセクション、および第2幕「おおイシス、オシリスの神よ」に先行する音楽、「夜の女王のアリア」の部分です。
あとですべてお聞きいただけるように致します。

歌劇そのものの素材をもちいた序曲創作は、モーツァルトは『ドン・ジョヴァンニ』でもしていることですが、こちらは序曲の構成要素がすべて劇中にあるかどうかの確認はまだとっておりません。

『魔笛』については、フーガとなるテンポの速い部分には、フーガとして仕上げるための変形はしていますけれど、この動機についても劇中に、すなわち第1幕第18場「ザラストロ万歳」以降に始まるフィナーレの部分の後半最初、そしてもっと完全な形としては有名な「夜の女王のアリア」に使われていることは、お聴き頂ければ明白になります。(なお、序奏後の主部がフーガであることで、『魔笛』序曲を「フランス的」とみなしている解説を目にすることがあります。それについてはとりあえず云々しません。)

中間部のファンファーレは、引用例をお聴き頂ければ判然としますように、冒頭部の和音とは「出所」を異にしています。

すなわち、冒頭部の和音は前述の通り「ザラストロ万歳」からのものであり、中間部の和音は第2幕最初の神官の行進の後に続く「おおイシス、オシリスの神よ」のものです。
このことについてとくに誤解がないようにしておいて頂ければ、ありがたく存じます。

可能でしたら、ジングシュピールとしての『魔笛』全曲を、少なくとも録音なり映像なりで、何度か繰り返し確認をとっておくべきでしょう。
台本は、暗記とは言わないまでも(私には出来ませんし!!!)、一通り対訳をお読みになり、お時間を設けて、ジングシュピールには集中して耳を傾けておいて頂くのがよろしいかと思います。

数回確かめますと、モーツァルトが調性を巧みに変換することでジングシュピールの場面転換が「ここにある」ということをいかに明確にしているか、したがって、ジングシュピール全体が(ほんとうは台本も含めて)決して荒唐無稽に、あるいは音楽が「心を流れるまま」に作られたものではなく、非常な計画性を持っていることも判明してきます。

そのうえで、あらためて序曲に取り組みますと、意外や意外、この序曲、ロッシーニの先駆けをなすような、劇の内容を暗示した上でお客に
「どうぞ、期待と不安で開幕を迎えて下さい」
との具体的なメッセージを秘めていることにもお気付き頂けるはずです。
かつ、『魔笛』の物語そのものはフリーメーソン的なシンボライズがあるのでは、ということばかりがとかく言われます。しかしながら、その影響が濃厚であることは彼のフリーメーソン関連作品からみて否定しませんけれども、ザラストロのとりまきが一様にエジプトの神を仰いでいること自体はとりたててフリーメーソン的ではありませんし、欠落のない台本をたどれば筋立て自体も決して「でたらめ」なものではなく、私達にもその一貫性が理解し得る、ということについては、音楽之友社 オペラ対訳ライブラリーの『魔笛』の巻の訳者あとがき(荒井秀直氏)をご一読下さい。この件で台本上重要な部分は、「夜の女王のアリア」に先立つ第2幕第8場(前掲書ですと81頁〜85頁)のダイアログです。この部分、CDや録画は、かなり短縮されて肝心の部分が省略されているものしか、私は知りません。可能でしたら、カットされていない台本を、いちどお目通し下さい。
なお、フリーメーソンについて豊富なイラストで分かりやすく述べているのは、創元社 知の発見双書61『フリーメーソン』(リュック・ヌフォンテーヌ著)で、他に手軽なものは講談社現代新書にもあります(吉村正和 著〜『魔笛』関連の文章が86頁以下にあります)ので、ご興味がおありでしたらどうぞ。

お話はこれくらいにして。

どうぞ、お聴き下さい。
音源は、手元に唯一ある、カール・ベーム指揮ベルリンフィルの1964年のもので恐縮です(ドイツ・グラモフォン日本盤POCG-3846/7(449 749-2)。

ザラストロ〜フランツ・クラス
夜の女王〜ロバータ・ピータース
RIAS室内合唱団

・第1幕第18場「ザラストロ万歳(ザラストロを讃えよう)」
ザラストロを讃えよう

・第2幕第8場(第14番)「夜の女王のアリア(地獄の復讐にこの心は燃える)」
地獄の復讐にこの心は燃える

・第2幕第1場(第10番「おおイシス、オシリスの神よ」の前)
ザラストロを讃えよう



日本で本場のカンツォーネを聴かせて下さることにかけてこれ以上の方はいらっしゃらない、青木純さんの「おすし de イタリア」は満員御礼、しかも定員オーバーでの終了でした。
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青木さんの今後のスケジュールは、こちらをクリックしてご確認下さい。

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