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2010年2月 1日 (月)

モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲K.364

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コンサート「麿と素敵で愉快な音楽家さん」は2月7日、新宿オペラシティ内の近江楽堂で。顔ぶれも本格派、曲目も魅力的です。是非お出かけ下さい。画像クリックでご案内記事をご覧頂けます。



日本で本場のカンツォーネを聴かせて下さることにかけてこれ以上の方はいらっしゃらない、青木純さんの「おすし de イタリア」は、3月12日です。
oguraooi.jpgご予約はお早めに!

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2台のピアノによる「モーツァルトピアノ協奏曲全曲演奏会」(東京3月18日:小倉貴久子さんと大井浩明さん、京都4月3日・4日:河野美砂子さんと大井浩明さん)詳しくは記事中のリンク先をご覧下さい。バナーをクリックすると大井浩明氏のブログ記事を閲覧出来ます。
2月27日の「松下眞一追悼個展」(於:京都)他、今年も瞠目の企画が豊富におありのようです。



ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。

モーツァルトのヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲K.364。(NMA第14分冊収録)

スコア見て、聴き直して・・・うーむむむ、と考え込んで。
何度か綴りかけてはやめました。正直言って驚愕が大きかったからです。
・・・まあ、でもなんぼ考えても、元来賢くない私ですので、この辺で限界ですから記しておきます。

作曲の経緯も不明、独自エピソードもないながら、彼の作品の中でも指折りの認知度を誇るこの曲、真作と認められているものとしては唯一、Symphony Concertanteとされています。
このジャンルはモーツァルトの先輩たちが多くの名作を残しており、とりわけ彼が尊敬したクリスチャン・バッハは、シンフォニアは歌劇に付随するものとして創作し続けながら、独立した管弦楽作品としてはSymphony Concertanteを多数残しています。で、モーツァルトの協奏交響曲には、失意のときに再会したこの先輩に対する敬意をも込められているのではなかろうか・・・とは、私のまるきりいい加減な想像です。
ただし、クリスチャン・バッハに倣ったのではないか、と思われるムードは、間違いなく持っているように感じております。それが証拠に、この作品はのびやかなオーストリア風を基調としながらイタリア趣味も多分に持っていますし、それでいてドイツ風の堅実な構成観も併せ持っている。イタリア趣味の中に堅実な構成観を持ち込んでいるのは、クリスチャン・バッハ的特性です。
加えて、この時期のモーツァルトらしさは、仕上げの音響は、彼が仕入れて来たばかりのマンハイム風ディナミークとパリ風の鮮烈な強弱対比によって実現されています。

よく「マンハイム~パリ旅行での苦しみや悲しみの結晶」のように語られる第2楽章ですが、切々とした旋律は仮に情感から生み出すことがあり、かつそんな思い付きが可能だったとしても、感情で音楽の構成を整えることは絶対に不可能です。
そんなことに気がついた人たちが、世間一般の作品解説からは「人間的な」エピソードを取り去り、譜例を幾つか並べて「形式がどうの」という解説方法を確立してきたのでしょうが、それはそれで、むしろかえって音楽そのものが何であるかから、聴き手をいっそう遠ざける方向にしか働かない作文になってしまうでしょう。

一般書みたいな普及力にはとうてい及ばないマイナーブログながら、そこに屋上屋を重ねるこんな文を綴るのはお恥ずかしい限りではあります。

参考にしたい作品を併せて検討するゆとりがなかったので、その点もご容赦下さい。

驚いた点は2つに集約しても良いかと思います。

分かりやすいほうの第1点目ですが、新モーツァルト全集のスコアでは(他は見ていないのですが)、変ホ長調のこの協奏曲の、ソロヴィオラパートだけがニ長調で書かれています。これがソロヴィオラを半音上げて調弦させる意図を反映しているのは一目瞭然です。弦楽四重奏曲の中では、記憶する限りこうしたことはしていませんから、モーツァルトとしては、オーケストラをバックにしたときにソロヴィオラがソロヴァイオリンと対等に聞こえることを狙った、すなわち、設計の都合から銅の大きさがその音域を響かせるには充分とはいえない容積しか保てないヴィオラという楽器が、オーケストラをバックとしたとき、ソロとして充分引き立つように考えている。さらに勘ぐるならば、通常はヴァイオリンと組む場合伴奏に回るヴィオラは、この作品では決して伴奏役ではないのだ、との意思表明を、この調弦指示によって明らかにしたかった精神を反映している。
同様な処理を彼の先人たちがしたことがあるのかどうか、興味深いところです。
・・・非常に残念なことに、このことが分かってみてから手持ちのわずかばかりの録音を確認したところ、ソロヴィオラは通常の調弦で、変ホ長調に戻された楽譜を使って演奏しているようです。・・・私が学生時代に先輩から勉強させられた楽譜でも、ヴィオラは変ホ長調でした。ペータースの楽譜だった気がします。

第2点目は、とくに第1楽章の構造です。
古典派の協奏曲で採用されるソナタ形式は、オーケストラトゥッティによる導入提示部は第1主題・第2主題の概略を演奏し、その後入ってくるソロは前奏部の第1主題を、ほぼ前奏で提示されたかたちのまま踏襲して演奏を始めます。
この作品は、そうはなっていません。
オーケストラによる前奏の後で入ってくるソロのヴァイオリンとヴィオラは、いつまでたっても、オーケストラだけの前奏と同じ主題を(耳に聞こえるかたちとしては)歌うことはありません。オーケストラが間の手を打つときは前奏部にあったモチーフをもって
「で、これからどうすんの?」
とソロに向かって話しかけるのですけれど、ソロは
「だからね、あんたたちとは違う天国を見つけるの!」
って調子で、あいかわらずオーケストラ側と一致するモチーフを用いることはありません。
オーケストラとソロのこの「対立」構図は、展開部に当たる部分でも相変わらず貫かれるばかりでなく、魅力的な短調主題まで新たに登場するという徹底ぶりです。・・・このやりくちがやはり、クリスチャン・バッハの「完成していないソナタ形式」とみなされているもので頻繁にとられている手法です。それが、私にはこの作品を「クリスチャンへの敬意表明」と感じさせる最大の要因になっています。因みに、クリスチャン・バッハにとっては、独立した管弦楽作品としては協奏交響曲は最重要位置を占めていたかと記憶しております。
オーケストラ主題とソロ主題の相互関係・・・本当は全くの無関係ではないのだよ、ということ・・・は、再現部に当たる部分でオーケストラトゥッティ部が縮小されることにより初めて明らかになります。

で、この「オーケストラとは別個のテーマで始める」方法は、モーツァルトの先行する協奏曲作品ではイ長調のヴァイオリンコンチェルト(第5番)が唯一の例かと思われ、クラヴィア協奏曲にはまだ現れていません。ヴァイオリン協奏曲第5番にしても、トゥッティとの関係はわりと早いうちに明らかになります。ベートーヴェン以降チャイコフスキーまでのヴァイオリン協奏曲はモーツァルトの第5番の考え方を超えることはありません。したがって、モーツァルトを乗り越えたのはモーツァルトだけだった、ということが言えるかと思います。

最も有名な、中央の短調楽章も、起伏の激しさはプライヴェートなものであるよりはオペラ・セリアの二重唱を思わせる主張の外的な強さを孕んでいはしないでしょうか? まず、主題の輪郭が非常に声楽的に思われます。非常に優秀な歌手なら、この楽章はすべて歌うことが出来るはずです。

終楽章のロンドは特記すべきことはないながら、前2楽章のもたらす緊張感を、このロンドの底抜けのイタリア風な陽気さで埋め合わせ、聴き手を興奮させることで聴き手の精神的バランスを回復させる働きをしているように思われます。

うまく言葉が尽くせないのですが、こんなところで。

さて、この年の作品で触れなければならないものはまだ残っています。難関は、未完作品である「ツァイーデ」でしょうかね。。。

新モーツァルト全集オンラインへのリンクは、密かに(でもなくなっちゃってるか!)尊敬するピアニスト、大井浩明さんのブログに貼ってあることに、先日たまたま気づきました。そちらからご参照なさってみて下さい。

http://ooipiano.exblog.jp/


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