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2009年12月15日 (火)

Adios Nonino

Image30コンサートへの足が遠のいていた私も、今年はオーケストラを聴きに出向くことは出来なかったものの、バロクヴァイオリンとテオルボ(阿部千春さん・蓮見岳人さん)、それより時代が下る様式で調整されたヴァイオリン・・・クラシカルヴァイオリンと称していました・・・とフォルテピアノ(阿部千春さん・大井浩明さん)、モダンヴァイオリンの吉田美里さん、ギターの増井一友さん、と、収容人数が小さいながら良い会場でリサイタルなさった素晴らしい演奏家さんたちを至近距離で味わう幸福に恵まれ、狭かった視野に大きな刺激を与えて頂けたことが非常な心の支えとなりました。

家内の急死からもうすぐ丸三年。私自身がへし折れないか、あるいは子供たちがショックにめげずに明るく過ごしてくれるか、が最大の心配事でもありましたが、上記の全ての演奏会(残念ながら増井さんの演奏会だけ、上の子は学校関係の用事で伺えなかったのですが)を家族で耳にすることで、これらの皆さんのリサイタルから、これからも生きるのだという意志を回復させて頂いただけでなく、一時は親子ともなるべく口にすることを避けていた母親の思い出話も、笑って母親をからかいながら交わすことが出来るようになりました。

音楽は、かように、へし折れかけた私たち一家のようなものにも、大きな支えとなってくれる不思議な力を持っているのだな、と実感しております。別に音楽に限らないでしょうが、こういう「心の財産」を軽視するようなお国に成り下がるような日本ではあって欲しくない、と、昨日綴ったことと併せて、強く願っております。

なかでも撥弦楽器(リュート・ギター)の世界は私は何故かこれまで縁が薄かったものですから、「クラシック」と総括されているジャンルの中にこんなに広がりがあるのか、というくらいに新鮮な印象を与えてくれました。
残念ながらドイツ在住の蓮見さんだけはソロでの録音が手に入りません。
ギターの増井さんのものは手にすることができましたので、ご紹介したいと思っております。

ギターとの出会いの中で、南米(あるいはその出身者の)音楽の魅惑には、とりわけ抵抗し得ませんでした。

魅き込まれついでに、とうとうピアソラの映像まで見てしまい、有名なこの曲には、とうとう取り憑かれてしまいました。・・・ピアソラは、ご存知でしょうが、ギターではなく、バンドネオンの奏者です。

ピアソラ自身がいろいろな機会に演奏しているのですが、私がDVDで見たのと同じ1984年のモントリオール・ジャズフェスティヴァルで収録されたものをご覧頂き、お聴き頂こうと存じます。

・アディオス・ノニーノ
(ノニーノはピアソラのお父さんの愛称ですから、ピアソラがこの曲に託した意味はお察しになれるかと存じます。)

バンドネオン:アストル・ピアソラ
ピアノ:パブロ・シーグレル
ヴァイオリン:フェルナンド・スアレス・パス
ギター:オスカル・ロペス・ルイス
コントラバス:エクトル・コンソーレ

この曲の、最も初期のシンプルでせつないヴァージョンは、先日書籍を紹介した小松亮太さんがレコーディングしています。
また、小松さんのデビューアルバム(ピアソラとかつて共演した猛者たちと録音しており、ヴァイオリンのパス、コントラバスのコンソーレも加わっています)に収録された同曲の演奏も非常に魅力的です。



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