« 曲解音楽史61):近世日本2 | トップページ | 再案内:増井 一友さんリサイタル(東京11/21、大阪11/28) »

2009年11月 2日 (月)

貴重な作品、貴重な演奏:森田茂さん「デ・ポンセ」

森田茂さん(クラシックギター)「デ・ポンセ」は、大好評終了致しました。



紳士的名ギタリスト増井 一友さんのリサイタル(クラシックギター)は、11/21(土)東京:近江楽堂 5時開演 、11/28(土)大阪:ザ・フェニックスホール 5時開演です。素晴らしい音色をお楽しみ下さい!

赤津眞言さん他「フランス ヴァイオリン音楽の流れ」については、複数日程につき記事にリンクを貼りましたのでそちらをご覧下さい。

ギターに留まらず、日本の一般的なクラシックファンのあいだでは、リュート、マンドリンなどの撥弦楽器の「古典音楽」は、その楽器を専門に、あるいは愛好して弾く人以外には馴染みが薄いのが現状ではないかと思います。

ギターについて言うならば、楽器店でも取扱量が多く、ポップ系でも多様に使われる、間口の広いものであるため、楽器自体を手にしたことのある人はかなりの数はいらっしゃることと思います。
その中でもクラシックギターは棹が最も太いため市販の自習本ではマスターしにくい面があるにはあるのですが、やはりいちばんスタンダードな上に、どんなジャンルの音楽にも使えてしまうメリットがあり、年齢層を問わず、お持ちの方は多いのではなかろうかと思います。
ところが、極めようと思うと、こんなにまた奥深い楽器もありません。
私も認識していなかったのですが、ちょっと教えて頂くと、ヴァイオリン属のような音が出せたり、スネアとミドルとシンバルを組み合わせたようなドラムの効果も出せる。硬い音色はピアノだけでなく金管楽器の輝きを表わすことも可能ですし、柔らかい音色は木管楽器のコラールのようだったり、ハープより幻想的だったりします。
いつでも持ち運べるたった1丁の楽器で、それら全てを表現できる・・・ただし、それはその技術を習得したひとにしか出来ないことではある。
そこに、クラシックギターの、突っ込んでいくと高まっていくハードルもありますけれど、一方でそのハードルを越える喜びを無限に味合わせてくれることを保証もしてくれる。
そうしたギターの側面が、ギター音楽の愛好者を弾き手さんたちのあいだに留めてしまっていることもあるかと思いますし、もう一点は、この
「ポータブルオーケストラ」
を本当にオーケストラとして理解し使いこなす弾き手がプロでもそう多くはいらっしゃらないのでしょうか、もっぱら定番の有名曲のみを録音しているところにも・・・それはプロモートするメーカーさんがそうさせているのでしょうか、分かりませんが・・・ギター音楽の特長、魅力を私たちが知らずにいてしまう遠因があるのではないかと考えられます。

10月31日、さいたま市大宮のバッハホールで標題のリサイタルを開かれた森田茂さんは、上海音楽院客員教授。中国を根城になさっていたのが、6年前に拠点を日本に戻されたばかりです。
お話をうかがうと、
「ですが、中国のギター普及度は日本とは比べ物にならないほど高い」
ということで、そんな環境の中でご自身をも鍛え上げていらした方です。上に述べたようなギターという楽器の性能を、よくよくご存知で、また極めていらっしゃる方のおひとりでもあります。

採り上げたプログラムがまた、興味深いものでした。

すべて、マヌエル・ポンセというメキシコの作曲家(1882-1948)の作品なのです。

ポンセの作品はハイフェッツがヴァイオリン独奏用に編曲したものなどがありますし、ほかの種類の器楽曲も少なからず手がけているのですが、日本国内で彼の作品を耳にしようと思っても、CDコーナーに彼の名前がちゃんとあるような大型店でも、そこの棚だけいつもカラッポ、というありさまで、私たちの多くにとっては彼は「知られざる名作曲家」のひとりです。
彼の書いたギター曲は難曲中の難曲なんだ、ということは、何人かのかたに前もって教えて頂いてはおりました。実際、せめてギタリストのどなたかが録音していないか、と、いちにち必死で探しまわりましたが、店頭には無く、ネットで探しても入手に時間がかかるものばかりで、断念したのでした。
ですから、「難曲」ということだけを念頭において、ヴィルトゥオーゾ的な作品なんだろうな、と、中身の充実度についてはあまりイメージせずに聴きに伺いました。

ところがどっこい、なのです。
ヴァイオリンのパガニーニ作品、ピアノのリスト作品が「ヴィルトゥオーゾ的」というのとは全く違った意味合いでの、むしろ、バッハの無伴奏曲が難曲だという類いの難曲なのでして、ひとつひとつのパッセージの難しさはもちろん、それを統合した音楽の流れが視野に入っていないと話にならない演奏になってしまう、非常にリスキーな作品群なのでした。

森田さんご自身のお言葉を借りれば
「カメレオン・ポンセ」
なのですが、後期ロマン派から新古典主義までをカヴァーした作風は、1曲1曲が作曲者という人格を超えて個性を主張する「クセモノ」ばかりです。

全部で4曲(アンコール別途)が、それぞれに「違う」・・・これは旋律構造や和声構造が違う、というレベルでの話ではなくて、作品が作曲者を飛び越えて自己主張する「違い」なのですから、一筋縄では行きません。
「ソナタ・メヒカーナ」はあくまで私たち一般人が描く中米的イメージで一環していますが、「ソナタ・クラシカ」になると、ヨーロピアン・バロックを彷彿とさせますし、「南のソナチネ Sonatina Meridional」は(森田さんのパンフレットには「宗主国スペインを意識した曲」とありますが)アラブ的な要素がさりげなく漂い、「ソナタ第3番」は、もはや国籍を超えた、かつ<新古典主義>なる枠をも超えた独自な純音楽・・・国籍を持たない音楽・・・であるように、私には感じられました。

それぞれが、ギターの音色や奏法を多様に取り入れて活かすことをかなりの集中度で念頭に置かれ、組み上げられていますので、演奏する側はさらに、それをこまやかに読みとりつつ大胆に繋いでいく技量を要求される・・・ほんとうに酷な作曲家さんだなあ、と思います。
それを、
「いかにも技術で弾いています」
というそぶりはまったく見せずに、真摯に音楽全体を見つめながら弾き切った森田さんには、非常なさわやかさを感じさせて頂けました。

会場の関係で35名までしか収容出来ず、残念でした。

ポンセは、ギターファンに限定されずもっともっと聴かれるべき作品の作り手です。

森田さんは、もっともっと、日本でも広く聴かれていくべき演奏家さんでいらっしゃいます。

そのような確信を抱いて帰宅して参った次第です。

森田さんのサイト。フロント頁の更新はされていないようですが・・・(^^;
http://www.shigeru-m.com/


L4WBanner20080616a.jpg


クラシックCD・書籍検索に便利!バナーをクリックして下さい!


sergejOさんの記事の便利なインデックスも是非ご活用下さい。

|

« 曲解音楽史61):近世日本2 | トップページ | 再案内:増井 一友さんリサイタル(東京11/21、大阪11/28) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/208675/46651878

この記事へのトラックバック一覧です: 貴重な作品、貴重な演奏:森田茂さん「デ・ポンセ」:

« 曲解音楽史61):近世日本2 | トップページ | 再案内:増井 一友さんリサイタル(東京11/21、大阪11/28) »