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2009年11月23日 (月)

モーツァルト:交響曲第32番・33番(1779年)

増井一友さんクラシックギターリサイタル、東京公演終了しました。大阪公演11/28、おススメです。
下記の2記事を是非ご参照下さい。

http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/11211128-e6af.html
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-7de4.html



ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。

ずっと開いてしまいました。
英語版でザスロウの著作を入手したにもかかわらず、片付けが悪くてどこかに見当たらなくしてしまいました。。。(^^;
したがって、相変わらず、勘だけで綴ります。

32番とされるK.318は、作曲日付が1779年4月26日、と自筆譜に明記されています。単体の作品として残されたものとしては、実質上、最後の「イタリア風シンフォニア」と見なしてよいのでしょうね。同年に未完のジングシュピール<ツァイーデ>が書かれていることから、そのシンフォニア(序曲)として作られたとの見解もありましたが、<ツァイーデ>は春先にはまだ着手されていなかったと思われ、この見解は現在では否定されています。また、劇音楽<エジプトの王タモス>と関係するのではないか、という見方もあった由、ベーレンライターのモーツァルト交響曲集成(2005年、ISMN M-006-20466-3)には併記されており、これも否認されていることを述べています(Veronika Giblberger筆)。<タモス>の方だとすると、このシンフォニーは創作時期が遅過ぎる、という理由からの否定です。
なんでわざわざイタリア風シンフォニアを4月にモーツァルトが書いたのか、の意図については、従って、明確になっていません。
後年(1785)になって、モーツァルトはウィーンでビアンキという人のブッファ"La villanella rapita"を上演する際にこのシンフォニアを序曲としてつかっていることが明らかになっているそうです。となると、作った当初も何らかの劇音楽の序曲にしたかったのかも知れません。そのあたりは、読んだ限りの伝記類では明らかにし得ません。

ト長調ですが、いささか意表をつく開始部を持ちます。ハ長調の属和音に聴こえかねないGの和音をヴァイオリンの和弦でアクセント的に鳴らしただけで、冒頭2小節半はユニゾンでハ長調-ニ長調と錯覚を起こさせるように響きます。すなわち、下属調-属調と響くわけです。(これがそのように聴こえる演奏が、このシンフォニーのよい演奏だと思います。YouTubeからリンクした演奏は誰のものか分かりませんが、この点ではちょっと不満かな?)和声的には副五を使ったものとして説明が可能ですし、アイディアとしてはベートーヴェンの第1交響曲の開始を先取りしていることになる(ただっし、ベートーヴェンの第1は下属調-平行調-属調)のですが、ユニゾンである、というのはまったくユニークです。これは、学説では否定はされているものの、すくなくともモーツァルトの自作の劇音楽では<タモス>のような異国情緒を湛えたものを想起させるか、もしくは後年他者のブッファで用いたごとく、滑稽なものへの予感を湛えているとも見なせ、微妙な味わいを持っています。間に明確にト長調であるカノン風の短い楽句を置き、5小節という不安定なまとまりを経て冒頭部が再び提示され、この二度目はカノン風の楽句は3小節にに拡大されて安定を志向し、その結果として小ト短調交響曲(25番)第1楽章の主要主題のモチーフを2段重ねにし長調化した主題を初めて登場させます。その延長線上にあるシンコペーション、対応する伸びやかなモチーフも、25番と同じ素材を用いているのは興味深く思われます。いわゆる第2主題は34小節から始まりますが、軽やかで伸びやかな明るさは、前年のパリでの挫折の陰をまったく留めていません。これをひっくり返して言えば、32番には、勘ぐれば、どうもわざと、深い情緒を持たせないようにするとの作為が働いたと見なすこともできます。あるいはまた、「パリ」交響曲の延長で当時の最新流行を追いかけてみたものだったのかもしれません。Allegro spiritosoの第1部分は109小節で終わり、主調であるト長調のまま、中間部のAndanteに入ります。3/8拍子のこの部分は構造的にはクリスチャン・バッハの様式と同じであり、音響的にはモーツァルト自身がパリで創作したバレエ音楽「レ・プティ・リアン」と同じです(もしくはグルック風だと言えます)。208小節からまた冒頭部のテンポに戻りますが、Primo Tempoとなった208小節から7小節間はfとpを急速に入れ替える「マンハイム的」・「パリ的」なものであり、ここにもモーツァルトがこのト長調に流行様式を組み入れてシャレたものに仕上げようとしている狙いが明確に見て取れます。全体は274小節で終わりますが、ザルツブルク・シンフォニーとしては例外的に前曲を通じてフルートとオーボエがずっと併存したままの2管編成であるところにも、クラリネットこそ用い得なかったものの、ザルツブルクという場所では可能な限り瀟洒な響きを披露してみせたかったモーツァルトの悲しい意欲が、曲全体の底抜けの明るさの後から透けて見えてくるようです。(トランペットは1782年か翌年に追加されたものとのことで、ティンパニについては自筆譜スコアには含まれていません。)
低音部はファゴットとチェロが独立で動くところも、これまでの作からすれば目新しい、画期的な側面であり、さらにコントラバスはチェロがカノン風の楽句を演奏する際には沈黙する、すなわちチェロとコントラバスが別々になる兆候が見られるところも注目されるべき点である旨、先のスコアで述べられています。



変ロ長調の33番(K.319)はザルツブルクの通常の編成であり、フルートを含みません。
7月9日の日付を持っています。
これは、K.318とは異なり、独立した器楽曲を意図したものだったかと思われます。自筆譜はクラカウに避難したものが再発見されており、パート譜はグラーツに残されています。第3楽章のメヌエットは1784年か85年にウィーンで書き足されたものですが、作品全体のバランスはそのことによって崩れることはありませんでした。第2楽章が既にウィーン風とでも言うべき、32番に比べて低音域の響きが充実した音響構造になっているため(とはいえ、この音響構造はパリ出発前のモーツァルトが既に身につけていたものであり、1774年のシンフォニー群で採用されていたものでもあります)、1960-70年代にはオーケストラがその演奏力を演奏旅行先でアピールするために好んでプログラムに採り上げていた逸品です。ヴィオラが2部に分かれていることが、響きに深みを与える大きな要因となっています。ついでながら、弦楽五重奏でモーツァルトはヴィオラをやはり2パートで扱っています。内声を厚くすることへの彼のこだわりの萌芽が、このシンフォニーに見られるというところでしょうか。
やはりマンハイムとパリで身につけたfとpの巧みな交錯で作品全体を覆っていますが、「序曲」を意図したであろう32番とは対照的に、その交錯をゆったりしたスパンで行なっているため、曲調がずっと軟らかになっています。
創作の背景は32番同様記録がないのですが、ザスロウの説では、当時ザルツブルクに腰を落ち着けていたベーム一座のために書かれたのではないかとされているそうです。

第1楽章はAllegro assaiで3/4拍子、370小節の規模を持ちますが、まったく冗長さを感じさせない音楽です。3つの部分を持つ第1主題の二つ目の部分は一瞬変ホ長調に見える副五の和声を背景に持った第1ヴァイオリンが、b-a-b-as-gの愛らしい進行をすることで、ほんのりとした色香を曲に与えています。第2主題はより長大で5つの部分を持ちますが、最初の部分(55-62小節)はやはり愛らしさを演出する上行指向の半音音程(「半音上げ」手法とでも言っておきましょうか)、を用いていて第1主題との親和性を保たせる役割を果たしており、軽やかな第2の部分を経て、再び同じニュアンスで作られた第3部分がやって来て花を添えます(72-83小節)。この第3部分は以前最初の交響曲やミサ曲で用い、ずっとあとには「ジュピター」シンフォニーのフーガ主題として用いた「ド-レ-ファ-ミ」の動機と関連性が深く、この動機は曲の中間(展開部、139-207小節)で輪郭をはっきり表わすことになります。4、5番目の部分は連続し一体化したものですが108小節の第1拍目にいちおうの区切りを持つと見るのが妥当かと思います。117小節からのクレッシェンドは、いわゆる「マンハイム・ロケット」の拡大形であり、モーツァルトにとっては新語法だったでしょう。なお、この楽章は「ソナタ形式」と分析されるかたちで書かれていますが、当時の通例であったはずの「呈示部の反復」を持ちません。「ソナタ形式とはなにか」を見直す上で、材料のひとつと見なしておかなければならない作例でしょう。

第2楽章(96小節)は下属調の変ホ長調をとりますが、これが2/4拍子であることが、5年前の25番同様にウィーン的な特徴を摂取したものと見なし得るのではないかと思います。旋律が大変に歌謡的であり、第1楽章で利用した色香のある「半音上げ」をさらに巧妙に用い、短調に転じると見せかけておきながら短調には絶対にならない、という気の持たせかたは、上品な見せかけで男心をころっとくすぐる、恋愛上手な女性のようです。失恋のあとに、こんな女性的な性格を客観的に描けたとは!

あとから書き加えられたメヌエットは、ウィーン時代の交響曲のどのメヌエットよりもコンパクトな印象の愛らしい音響であり、モーツァルトが作品全体のバランスへの配慮を充分に行なったことを示しています。

Allegro assaiのフィナーレ(374小節)は2/4拍子でありながら三連符を主体とした曲であり、急速なテンポのジグ舞曲を思わせる躍動感に満ちています。ただし、確かに音楽は2拍子なのであって、それまで3連符主体で進んでいた音楽がまるで時計のリズムのようにカチコチと刻みはじめるときにも、聴き手はあまりに自然にリズムの変化にいざなわれるので、それとは気づかずじまいになりそうです。八分音符で「タンタタ」と恰幅良くなったあとの朗々としたメロディは、酔っぱらったファルスタッフの足取りと、その上機嫌な歌のようです。ベートーヴェンのスケルツォ風の土俗的な感じとも、ハイドンのジプシーを模倣した音楽風のあっけらかんさとも、モーツァルトのこの音楽は性質は異なってはいますけれど、やはりこの終楽章は、アポロンのものであるよりはバッコスの音楽だと言ってよいでしょう。


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コメント

kenさんは指摘されていませんが、32番K318は
提示部(~69)─展開部(70~109)─アンダンテ(110~207)─再現部(208~)
という構成になっていますね。
しかも第一主題が再現部冒頭には再現されず、最後に再現される鏡像形式です。
また、49~56小節のマンハイム・クレッシェンドの後の部分では
第一主題と第二主題の要素が同時に奏でられています。
これはモーツァルトのイタリア序曲形式のシンフォニーの最後作にして、
最も創意ある作品だと言えるのではないでしょうか?

>どうもわざと、深い情緒を持たせないようにするとの作為が…

それ故に「オペラ序曲として作ったのでは?」との推測を生んだという側面もあるでしょうね。
ト長調という調性ゆえに初めはトランペットとティンパニを持っていませんでしたが、
その内容はこれらの楽器を伴ったニ長調やハ長調のそれまでの曲と同様、
外向的で公的な性格を有しているのは確かだと思えます。

「創意ある構成」と「外向的性格」の2点から考えて、
この作品はパリ交響曲のザルツブルク版といっても過言ではないと感じています。
パリ交響曲も情緒という点ではあまり深みを指向していない作品でした。
(例えば29番K201との比較。)
アインシュタインは34番K338の方をパリ交響曲の縮小版と考えているようですが、
むしろこちらの方が色々な面で近いものがあると僕は思います。

投稿: Bunchou | 2009年11月27日 (金) 23時33分

ご指摘ありがとうございます。
異論ありません!

34番との対比の件は、私もBunchouさんの仰る通りだと思います!

投稿: ken | 2009年11月27日 (金) 23時42分

>b-a-b-as-gの愛らしい進行

この音形はあとから加えられたメヌエットを除けば全楽章に出現する重要なものですね。
(アンダンテの低弦にはひっそりと、またフィナーレでは66小節から現れます。)
kenさんが第二主題の「4、5番目の部分」と分類されている部分もこの音形に基づいています。

さらに、
フィナーレの114小節2拍目からの低弦は例のジュピター音形の反転形のように見えますし、
41小節からのヴァイオリンの音形は第一楽章の2小節からの音形と同根のものでしょうね。
また、第一楽章の冒頭の低弦の動きは55─56小節の音形を導いているようにも感じられます。

やや煩雑ではありますが、思いついたことを書き連ねてみました。
作品そのものはかなり多彩な印象で、このジャンルの同種曲であるイ長調K201よりも
オーケストラの扱いがさらに精巧になっており、響きの妖艶な瞬間さえあるように感じます。


>あとから書き加えられたメヌエット

1784~85年に加えられたこのメヌエットの存在は、
1786年末に完成したプラハ交響曲になぜメヌエットが存在しないのかを
考える上である意味、重要な気がしています。

久々のモーツァルト記事、楽しませていただきましたよー!

投稿: Bunchou | 2009年11月28日 (土) 00時23分

Bunchouさん

重ね重ね重要な視点をありがとうございました。
またまた宜しくお願いしますー!

投稿: ken | 2009年11月28日 (土) 02時32分

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