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2009年10月30日 (金)

曲解音楽史61):近世日本2

過激なまでの名ギタリスト、森田茂さん(クラシックギター)「デ・ポンセ」は明日10月31日、さいたま市大宮区のバッハアカデミーホールです。ポンセは難曲ですが名曲揃い。お聴き逃しなく!・・・と申し上げたいところ、予約でほぼ満席だそうです。お問い合わせには最後のチャンスです。



紳士的名ギタリスト増井 一友さんのリサイタル(クラシックギター)は、11/21(土)東京:近江楽堂 5時開演 、11/28(土)大阪:ザ・フェニックスホール 5時開演です。素晴らしい音色をお楽しみ下さい!

赤津眞言さん他「フランス ヴァイオリン音楽の流れ」については、複数日程につき記事にリンクを貼りましたのでそちらをご覧下さい。

過去の音楽史関連記事はこちらの「曲解音楽史:総合リスト」からご覧頂けましたら幸いです。

先に採り上げた祭囃子は、基本的に、従来の日本の音楽に比べ、江戸囃子系は笛の上下幅の広さと鼓・鉦のリズムの細かさ・速さを特徴としているかと思われます。念仏踊りの系統でもひいているのでしょうか?
ですが、江戸系以外の囃子は、北は青森県のねぶた・ねぷた、西は京の祇園囃子を代表例として、笛の旋律線はおそらくは室町期までの静的なものを踏襲していて、節回しにも今様の名残を見せていますし、太鼓の刻むリズムにも、熱狂よりは厳粛さを重んじる姿勢が窺えます。もちろん、江戸囃子にも「昇殿」や「鎌倉」(それぞれ、別の字を充てている場合もあります)と呼ばれる部分は神妙な雰囲気をかもし出すのですが、囃子の始まりと終わりには、近世ならではの「民力」の活気を感じます。
そういう意味では、祭囃子は近世の、地域による民衆の精神構造の差を、今なお明確に保っている、これからよくよく再考されるべき要素を多様に持った音楽だといえる気がします。

天保期に脱稿され、弘化年間に発刊された齋藤月岑の「声曲類纂」(岩波文庫収録)という書物があります。これは邦楽の特徴そのものではなく、近世における系譜の集大成とも言うべきものです。
この書物が採り上げているのは浄瑠璃・長唄・小唄に属するもの、とくに三味線音楽(常盤津【1747年成立、歌舞伎舞踊音楽】・清元【1814年成立、歌舞伎舞踊音楽】・新内【江戸の遊郭音楽】)の弾き手や歌い手の流れと評価ですが、小唄に分類されているもの以外はあくまで上方と江戸を中心地として栄えたものです。

上方の江戸期の世情については西鶴の文学作品を参考にでき(西鶴は江戸を含む上方以外の地域からも題材を拾っています)、江戸については荻生徂徠の「政談」が、その語るガチガチの封建思想にとらわれず、あるいはそれを裏返して読めば、元禄期から享保期には少なくとも江戸については、教科書的な「士農工商」の身分差が有名無実になっていること、戦国期の大名が確立してきた米穀中心の経済が崩れ、既に完全といえるほど貨幣経済への移行、都会への人口流出が進んでいるいるのを知ることが出来、これは西鶴の作中の風景とも一致するところですから、少なくとも京・大阪・江戸の三都では間違いなく浸透していたことと思われ、大変興味深く感じられます。

人の居住地の流動化については適当な引用箇所を見つけにくいのですが、かなりの頻度で述べられていますし、端的には次のような記述が代表的なものかと思われます。

「近年は出替り奉公が盛んになって、譜代の奉公人は武家にはまったくいなくなってしまった。」(尾藤正英訳、ソフトカバー版「日本の名著:荻生徂徠」397頁、中央公論社 1983)

「・・・武家の奉公人に貨幣で給金を与えるというのも、あるまじきことである。」(尾藤正英訳、ソフトカバー版「日本の名著:荻生徂徠」402頁)

「いつもご城下にいて見慣れているものだから、幕府といっても頭から呑んでかかって、上(かみ)を恐れる心もうすくなっている。」(同403頁)

徂徠の著述と対照しながら先の「声曲類纂」を目にしますと、まさにこうした身分の実質的崩壊・経済の貨幣化が進むと同時に、浄瑠璃(これのみは最初の語り物的な性質から演技を伴うものに変貌し、文楽や歌舞伎に直結していくのですが)をはじめとする音曲が発展して行ったのだという事が、手に取るように分かります。

「声曲類纂」で最も面白いのは、ひとつは三味線の由来について詳しく述べていることですが、これは現在常識化したものと大きく差がなく、そこから逆に察しますに、恐らくは琉球経由のこと、楽器そのものには(この言い方は本当はよろしくないのですが)本州に合うようあれこれ改造が行なわれてこんにち見る三味線になったことにつき、極めて事実に近いことが記述されていると考えてよいかと思います。

もうひとつには、浄瑠璃や一節切(尺八の一種)、木遣といった音曲や楽器の由来に織田信長が大きな役割を果たしたとの伝説が載せられていることで、事実は証明しがたいものであるとは言え、これが日本の江戸期の音楽にとってどのような意味を持つかについては、なお材料を探しだして調べていく価値があるのではないかと感じます。と言いますのも、信長は渡来したキリスト教(イエズス会)の宣教師を通じて間違いなく西洋音楽を耳にしていた人物ですし、江戸期の都市音楽(江戸囃子を含みます)にはもしかしたら西洋音楽が幾許かの影響を与えた可能性もあるのではないか・・・即興的な細かい動き、旋律線の複雑化など・・・との思いを、私などは捨て切れないからです。

「声曲類纂」に多く記載された曲種については、残念ながら、それが伝わっている土地で生演奏などに接する他には現在ほとんど耳にするてだてがないかと思われます。小唄などを列挙したところには、大部分省略しますが、およそ次のようなものが記載されています。

・長唄 ・投節 ・継節 ・土手節 ・籬節 ・加賀節 ・滑(なめ)り
・丹前 ・歌念仏 ・歌祭文 ・小室節 ・伊勢音頭 ・一節切(ひとよぎり)の小唄
・上方唄 ・潮来節 ・めりやす ・門(かど)説教 ・讀賣 ・木遣

録音が手に入るのは文楽、歌舞伎と都市的な三味線音楽が圧倒的多数を占めますけれども、そうは言っても国内の音楽とは思えないほど、その数は現在の歌謡に比べても、あるいは西欧系の音楽に比べても極端なほどに少ないのは、遺憾です。

10分ほどの長さですが、常磐津を一曲お聴き下さい。

・夕月船頭

常盤津千東太夫他 KING RECORD 「日本の伝統音楽」〜三味線 KICH収録

鳴り物が風景を、三味線が川の流れをあらす描写音楽になっている点は注目に値します。
時期的には江戸最末期の1847年に初演された「四季写土佐絵咄」、演じ手は大阪から江戸に帰って来た四世市川左団次、作曲者は五世岸沢式左です。


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