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2009年8月15日 (土)

ヴィヴァルディ「調和の霊感」から:好きな曲027

大井浩明さん、BSに登場です!下記リンクをクリック、是非お見逃し無く。
8月5日(BS hi)終了・9月15日(BS2)
大井さんのブログでの情報はこちら。http://ooipiano.exblog.jp/11605999/
・・・「フォルテピアノ」について貴重な知見の得られる番組となることでしょう!!!



吉田美里さんリサイタル・・・キャンセル待ちですよー。

52fdfc6a36389100さて、関東で3年セールスをやりまして、その後、温情で3年ほど、実家方面に赴任しておりました。

勤務条件がゆるくなって時間も出来、ブルッフの伴奏に加わってから、1年近くはヴァイオリンを持つこともありませんでしたから、楽器を再び手にするにはありがたい時間を頂けた、ということになります。
が、しかし、本当は実家から通勤なんかしたくなくて、
「独身寮かなんかに入らせてもらえませんかね」
と頼んだものの、人事に却下されました。

母校のオンボロ練習場に通って、ヴァイオリンを弾き始めてみました。

ホントは鈴木ヴァイオリンメソッドの「きらきら星変奏曲」と行こうかなと思いましたが、やめました・・・これは、好きなんじゃなくて、嫌いだから。

といいますのも、この楽器再開は、最初は思いがけず衝撃の日々になったからであります。

ヴァイオリン習い始めの子供がやらされるこの「きらきら星変奏曲」、1年ぶりくらいに楽器を手にしたとき、弾けなくなっていました。
当然、他のいろんな曲も弾けなくなっていました。
1年の中断で何にも弾けなくなる、って・・・それまでやっていたことが全部デタラメだった、と、こんなにはっきり証明される出来事もありません。
初めて母校の練習場に行った時、何度も何度も弾こうと試してみました。
試せば試すほど、
「ああ、こりゃ、だめだわ」
・・・どんどん、絶望の泥沼に足を引っ張られました。
恥ずかしい話ですが、周りに誰もいませんでしたので、おいおい声を上げて泣きました。
ふと気がつくと、目の前に鏡がありました。
そこに映った自分の顔が、そうでなくても不出来なつくりなのに、いっそう崩れているのを見たら、今度はなんだかおかしくなって、大笑いしてしまいました。

楽器ってどう弾くのかな、なんてことを、本気でちゃんと考えたのは、この時期だけだったかも知れません。

ただし、目新しいことをしたわけではなく、学生時代に教わったことを思い出し思い出し、
「おいら、どうやったら、またオーケストラで弾けるかな」
を試し続けたに過ぎないのですが。
以降、サトに滞在している間は母校のオーケストラにまた加えてもらって、少しずつリハビリしました。

ずっと後の話になりますが、結婚して以降は楽器はほとんど手に取れなくなり、週1回参加するアマチュアオーケストラの練習でしか触らないに等しい状態が続いています。例年8月と年末年始は練習もお休みに入りますから、1ヶ月くらい楽器を手に出来ない、なんてことは毎年2期間繰り返しています。・・・最長で1年半のギャップもありました。
それでも、楽器って、もしある程度きちんと操り方が分かってしまえば、オーケストラで合奏に混じっている分には「ボロがバレバレ」にはなりません。基本的には、有名どころでは、メンデルスゾーンのシンフォニーみたいに小難しいものでなければ、マーラーより前のもの(マーラーは、含みませんからね!)はオーケストラ曲なら初見で7割程度はイケます。・・・これは別に、私限定の話ではありませんで、アマチュアのどなたもが、なんぼサボり名人でも、そんくらいはイケるようになります。

こういうサボり方を身につけさせてもらったのは、この3年の、サトにいた期間でした。

「企業秘密」とか「秘伝」とかいった大それたものではありませんで、要は体のどこにも、演奏に不必要な力はかけないようにすればいいのでした。
恩師と仰ぐかたに、
「ここはこうやれば力が抜けるじゃないか」
と、学生時代にも言われていたことを繰り返し繰り返しまた言われました。
鈍いタチなので理解するまでには人様の何十倍も時間がかかったはずですけれど、おかげさまで、
「ああ、そうなのか、楽器の弾き方も自転車の乗り方とおんなじなのね」
程度は、なんとか教われたのかなあ、としみじみ思っています。

このことから申し上げられるのは、もしこれから何か楽器をなさってみたい場合には、

「無駄な力はいらないヨ。地球の重力があなたの体重を引っ張る力だけで充分」

くらい言い切って下さるお師匠さんに、ぜひ巡り会うようになさって下さい、ということです。

それでもって、毎日楽器を手に出来る環境があるなら、世の中にある作品は全て人間が書いたものなのですから、身体的な制約という事情で演奏できないものはあるにしても、充分なレパートリーは何歳からでもこなすことは可能なのではないかと思われます。

私は、お粗末ながら上のような環境ですので、とくに

「ソロなんかとてもとても!」

です。ときどき陰謀にハマって、ソロを含むオーケストラ曲で「やらされ」ちゃったりするのですが、とにかく練習が出来ませんから、ほんとうに勘弁してほしいです。・・・身内のかた、お読みでしたら、なにとぞ温情を私に!

この話に組み合わせる適当な曲は、本来ないのですが、私がまだ19歳のときに無理やり公衆の面前で独奏させられた、赤面せずには回想出来ない作品をお聴き頂いておきましょう。

もちろん、私の演奏なんかではお耳にしていただけませんから、ホグウッド指揮エンシェント室内管、ソリストはモニカ・ハジェットらのものにします。ソリストはバロックヴァイオリン奏法復元の先駆的な存在ですが、今聴くと、これでもまだやっぱり、それ以前の奏法から解き離れていないんだなあ、と分かります。・・・その分、年齢の高い層のかたには、現在最前線のバロック奏法のものよりは馴染みやすいかもしれません。

ヴィヴァルディの作品3から、バッハが編曲したことで有名なニ短調の、
「2本のヴァイオリンとチェロのためのコンチェルト」
です。最初の楽章では2ndのソロを弾いたヤツに冒頭のカノンで落ちられた上、嵌められて汚名まで着せられたイヤーな印象あります・・・あ、あいつ、このブログなんかみつけてないだろうな!・・・けれど、この楽章は、ヴィヴァルディの作品をあまり聴きもしないで「みんな同工異曲だ」などと思っている人には衝撃的な作りですので、この作品をご存知でないかたには、ぜひヴィヴァルディ観を一新して欲しい、との願いをこめて乗っけます。なお、通奏低音にリュートまで加わっているところにご傾聴下さい。

調和の霊感11番第1楽章
DECCA POCL-4772(モノラル化)

ヴィヴァルディは、こんにち、この作品を含む合奏協奏曲や、彼自身がヴァイオリンのヴィルトォーゾでしたから、ヴァイオリンのソナタばかりで名を知られていますが、チェロソナタもすばらしいものばかりですし、「赤毛の司祭」と呼ばれたということからも分かりますとおり、聖職者でした。ですから、宗教音楽作品にも秀作を数多く残しています。・・・なおかつ、聖職者でありながら、オペラの多作家でもありました・・・当時は普通のことだったのかもしれませんが、その数を私が把握しきれない(調べりゃ分かるんですけどねー、やめときます)、ほど沢山あるのです。

残念ながらオペラを映像化したものは出回っていないようですけれど、チャンスがあったらヴィヴァルディのオペラなんかも、ぜひお耳になさったり、上演されるようでしたらご覧になってみて下さい。・・・捨てたもんじゃありません!


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