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2009年4月30日 (木)

「J.S.バッハ」は現代浪漫派である(1)

・・・などという標題は、誤解を招くかもしれませんし、それでいて、こんな謳い文句から伝わるイメージは、あながち、受け止める方にとっては間違いではないのかもしれません。誤りがあるとすれば、こんな標題にした私の方が誤っております。

小林義武さん著『バッハ 伝承の謎を追う』(春秋社 1995)第3章に、ドイツロマン派でのバッハ受容についての素晴らしい要約がありますし、いま、ほんとうにごく簡単に述べたいことの縁源には、J.S.バッハという作曲家の作品が19世紀前半になって大々的に評価し直されて(同氏著『バッハ復活』)今日に至ったことがかなり関係はしているのかもしれません。

J.S.バッハについては、既にベートーヴェンが
「Bachは小川なく、海である」
と述べたことが有名ですけれど、本当にこのひとの作品が「海」であると認められるに至ったのは、メンデルスゾーンによる「マタイ受難曲」蘇演以降である、ということもまた、よく知られた事実です。
それ以後の演奏が、バッハ当時はどうだったのか、ということに全く関わりなく、ロマン派の演奏習慣に基づいている、と見なされているのが今日の状況でもあります。
ところが、この定説は、19世紀の演奏習慣そのものへの見直しを試みているいくつかの演奏・・・まさにドイツロマン派誕生期の演奏習慣と考えられるものであり、1950年代までに確立された演奏様式とは異なっています・・・とは切り離されたままでいる、という事実も一方であることには、いまのところ、注目されているとは思えません。
ブリュッヘン・インマゼール(オリジナルまたはレプリカ楽器による)、ノリントン(モダン楽器による)の試行は、バロックにおける奏法の追求とは連続的なものとなるに至っておらず、アーノンクールやガーディナーのように時代をまたいだ作品にアプローチしている人の試行も、19世紀音楽とそれ以前のあいだに明確な線引きがなされているわけでもなく、だからといって有機的な連続をなしているようにも聞こえて来ません。
ホグウッドがやや特異で、18世紀から20世紀までを手がけながら、それぞれの時期の音楽について、それぞれの時代がどうだったのか、ということに心を砕いた録音を残しているのではないかと感じるのですが、ホグウッドにしても、モーツァルトについでザスロウと共同作業で進めるはずだったハイドンの交響曲全集を中断したままであり、疑うらくは、ハイドンという貴重なブリッジを前にして研究と実演の間の齟齬に悩んでしまったのではないのでしょうか? ハイドンの前半期についてはチェンバロ等の通奏低音は無しで、後半は通奏低音はピアノフォルテ・・・
「いや、本当にそれでいいのだろうか? たしかにハイドンは、エステルハージではヴァイオリンを弾きながら、ロンドンではピアノを弾きながら、自作の管弦楽のリードをとった、と、あきらかに記録はあるのだが・・・それを敷衍させた演奏が、ほんとうに<正しい>あるいは<当時を反映した>演奏だ、と言い切れるのかどうか」
そのようなツボに、ホグウッドはハマってしまったのでしょうか? 併せて言うならば、ザスロウの見解、あるいはその流れを汲む古典派期の音楽家のテキストに対する系統論等が、それほど絶対的な位置を占めるものとして見られることが、どんな「歴史的正確さ」を保証してくれるというのでしょうか?

以上は、悪口でそう言いたいのではなく、19世紀というのは、20世紀というフィルターを通してみたとき、18世紀以前よりも遥かに、その本質が見えて来ない難物なのかも知れない、そのことのたいへんさを感じているということを申し上げたいのです。

J.S.バッハの「マタイ受難曲」が、オーボエ・ダモーレをクラリネットで、通奏低音楽器をチェンバロではなくフォルテピアノで蘇演されたことはよく知られていますが、すくなくとも上に挙げたような人たちの試行を耳にする限り、蘇演当時のJ.S.バッハ演奏が、メンゲルベルク以降の録音で耳にすることの出来る重々しいものには、まだ変化していなかったのではないかと想像されます。
かつまた、ヘンデルの「メサイア」等はモーツァルトによって編曲されたものが演奏されていた時期があり(これらは現在、とくに「メサイア」は数種の演奏をCDで耳にすることができます)、これはモーツァルト当時の演奏習慣をかえりみて演奏されているものがあるのかと思えば、モーツァルト自身の作品に比べると、そこまで徹底しているわけではなく、むしろ20世紀前半に培われたと思われる演奏習慣が染み付いているかのようです。そしてそれらの演奏は、演奏法の変遷よりも、
「モーツァルトの時代には既にバロックの楽器が使われることが無くなって来てしまっていた」
ことのほうへ私たちの目を向けさせ、目を逸らさせるはたらきをしていたりします。

何が正しい演奏か、などというのは、バーンスタインの残した映像のタイトルではありませんが、「答えのない問い」に過ぎません。
ですから、演奏の方法が、どのようなスタンスをとってなされているか、ということを了解することによって、私たちは演奏というものの多様性を享受できる世の中にいることを、むしろ幸せに感じ、混在するさまざまな演奏様式の違いを、違いのままに受け入れられる柔軟性、その一方では「では、それは受け入れても構わない様式なのか」ということについての判断力を身につけて行くべきなのではないでしょうか?
西欧音楽に向かい合うことを通じてそのような柔軟性を身につけて行くことは・・・ここは音楽のことに限定してのブログにしてしまってはいますけれども・・・、他のさまざまな社会事象(アジアにおいても、こんにちの社会を築いている要素に西欧的なものの影響がプラスにもマイナスにも大きく働いていることは周知の事実なのですから)を客観的に捉え得る視野の獲得に、大きな意義を有するのではないか、とさえ、私には思われます。

以上について、小林氏の次のような記述は、たいへん傾聴に値します。

「当然のことながら、バッハの時代と完全に同じ演奏様式などというものは再現不可能である。しかしだからと言って、演奏家が恣意的な解釈をしても良いということにはならない。少なくとも(中略)つねに、現代と歴史の関係を意識する必要があろう。また(中略)記譜法に関する事項のいくつかは、解釈の余地を許さない絶対必要条件であり、(私注:装飾音の演奏習慣については、古典派作品では非常にないがしろにされている現状がありますし、J.S.バッハの装飾音が息子のエマヌエル・バッハ当時には既に父の時代とは異なった奏法をとられるようになったことも明らかになっているにも関わらず、現在なお、さらにフィルターのかかったチェルニーらの装飾法で演奏され続けているのは、非常に奇妙なことです)「これを無視することは、作曲家の意図するところを誤解し歪曲することとなる。また、さらに注意すべきことは、たとえある演奏習慣が歴史的事実であったとしても、作曲家にとっては、諸々の制約のためにやむをえず行なった窮余策に過ぎず、その作曲家が真に意図し、理想としていたものとは必ずしも一致しない場合もあることだ。(小林『バッハ 伝承の謎を追う』92頁)

小林氏の述べている最後の点について、歴史分析の方法が未確立だったがために、ある意味では極端に走ってしまったのが、リヒャルト・ワグナーに始まるベートーヴェン解釈を嚆矢とする「オーケストレーションの<(独善的)改善>」だったりするのですが(ただ私にはそのすべてが「誤り」だったとは、いまもって思えませんから、べートーヴェンのオリジンルに還ったと謳っているスコアや演奏が絶対にいいとも思っておりません)、話をそこまで拡げる目的ではありませんので、今回の話題についてはもう一回、J.S.バッハの無伴奏ヴァイオリンのための作品を演奏した実例で考えてみたいと思います。


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