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2009年4月27日 (月)

曲解音楽史58:清代の豊かさ

齋藤友美賀ヴァイオリンリサイタル(2009年4月28日、市ヶ谷にて)、是非お出掛け下さい。



過去の音楽史関連記事はこちらの「曲解音楽史:総合リスト」からご覧頂けましたら幸いです。

アジア全般、あるいはオセアニアなどの他世界を含めて、音楽が時間の流れの上に明確な足跡を残すのは、19世紀に入ってからです。
これは、比喩としてはだいぶスケールが違いますが、日本という一つの島の集合体の中でも、京都を除く各地域について、歴史がようやくかなり明らかになるのは中世以降でありながら、文化活動についてまでとなると近世と呼ばれる時期になって初めて少し分かり始め、細かいことになるとやっぱり19世紀以降でなければ判然としない、そうしたあたりと機を一にした事情があるのかもしれません。

中国は「歴史の国」でもありますので、幾分かは例外に属します。さらには、中国の王朝が支配下に置いた地域の昔の様子まで知らせてくれる貴重な情報を提供さえしてくれます。
残念な事に、それらの大半は他の国の分かりやすい現代語に翻訳されてもおらず、一般人が原典のまま読もうと思っても、いまは入手がしやすいとは言い難い状況にあり、惜しいことだと思います。

また、音楽の復元においても、現代中国が熱心に行なってはいるものの、これは中国の過去を考慮すると大変不思議に見えるのですが、復元方法が考証的とは言えず、復元したものの中には現代の創作が必ず含まれており、当時の音を「再現」あるいは「復活」させようという素直な試みにはなっていません。これは、以前採り上げてきた中国古代・中世の音楽の演奏例をお聴きいただければ判然とすることでもあります。



政治を中心とした歴史を見ると、女真族と言われた人々を支配階級に置いた清朝支配の時代は、草創期も衰退期も悲劇的な波乱に満ちています。
草創期においては、明の遺臣たちが従属しないとなるとこれを徹底的に迫害し、末期においては欧米の恰好の餌食となり、宮廷内部の権力争いは、西大后に象徴される血なまぐさいものとなりました。
安定期と言われる乾隆帝の時代にも白蓮教徒の乱が起きたり、その後アヘン戦争、アロー号戦争で西欧諸外国に惨めな敗北を喫し、太平天国の乱では10年以上にわたって王朝内に瘤を抱えるなど、変動の激しい時代だったかに見えます。

ところが、一方では、私達が現在「中国の伝統文化」だとして享受しているものは、その確立を清朝期に求めえるものが殆どです。
『康煕字典』の普及による漢字文化の昇華をはじめ、書道・絵画にも優れたものが多く愛玩者が絶えず、『聊斎志異』や『紅楼夢』に代表される文学然り(明代の『水滸伝』や『西遊記』なども清朝期にいっそう普及します)、景徳鎮などの器物然り、音楽も「京劇」は近世の響きをこんにちに伝える貴重な存在であることに思い及べば、・・・現実は民衆にとっては大変厳しいものではあったのですが、それでもなお・・・この時代の民力の豊かさを感じずにはいられません。

時代を王朝で括る中国史の伝統で見ると、清朝期は起こりも衰退も中原域外からの影響でなされたゆえか、他の時期にも増して起伏が大きいように感じられますが、実際には清朝期は、極めて図式的に歴史を規定してしまうなら、近世と近代の両方を包含してしまうため、本来ならば、その規定に則った適切な分岐点を別に探し出さなければならないのかもしれません。
しかしながら、いくら清朝の歴史の本をひっくり返しても、そんな分岐点は、明確には見出し難い、というのがホンネです。
アヘン戦争の敗北の衝撃がアジア世界にもたらした影響は非常に大きかったとはいえ、この戦争そのものは清王朝に変革をもたらしたものでもなく、すぐに王朝の屋台骨を切り崩したわけでもありません。太平天国の乱にしても、王朝に力がなくなっていることを露呈はしたものの、乱そのものが自然崩壊してしまったのですから、近代への起爆剤になったとは、とても言えません。

ですが、だいたいこのあたりを境目にして近世と近代を分けて捉えるならば、その間に、音の響きは、文学の「妖艶化」と歩調を確実に合わせて複雑な動きへと変化を遂げていくのであり、おそらくは、清朝期から伝来すると言われてこんにち演奏されるものは、「近代」のものではないかと感じております。

それよりまえの、幾分素朴な響きは、「京劇」の中で聴くことが出来ます。

「京劇」自体は、元曲(元の時代の戯曲)から連綿と続いた歌舞劇の流れを汲んでおり、近世初期には「昆曲」が流行しました(これは現在でも見ることが出来ますけれども、簡単に入手できる資料はあまりありません、DVDが一種類出ていましたが私自身だいぶ前にてにいれたものです)が、それが更に洗練されて結晶したものです。
衣装の多様さから華やかな印象を持ちがちですが、装置の中で大道具に当たるものは殆どテーブル一台と言ってもいいほど簡素な舞台のしつらえで、役者さんの表情豊かな歌と芝居、それを場面にふさわしく盛り立てる器楽がいのちです。

中国近世の響きを代表する(といいつつ、これも近代化された音なのかもしれませんが、他の演奏に比べシンプルでしたので採り上げました)京劇から、『西遊記』の一節をお聴き下さい。面白みを味わって頂くために、第1幕第3場の前半を掲載しておきますので、適宜お耳にして頂ければと存じます。
(恥ずかしながら原盤を行方不明にし、私には内容が分かりません。ゴメンナサイ。また、残念ですがモノラル化して掲載してありますので、立体感までお伝えできません。日本公演時の録音です。)

この場面は、慢板(マンバン)と呼ばれるゆっくりめの4/4拍子で始まり、続く長い器楽の部分は、原板(ユアンバン)という2拍子リズムとなります。原板そのものは京劇における中庸の基本リズムとされていますが、西洋音楽で言うところの八分音符の同音程の連続によって、疾駆する感じを表わしていています。語り劇をはさんだあとはリズムが複雑に変化しますが、それらは基本的に原板なのかな、と思います。ただし、語り劇が終わった瞬間の音楽は3/8拍子的な1拍子が瞬間現れ、これは流水(リュウシュエイ)と呼ばれるゆっくりめの1拍子ではないかと思います。
主人公、孫悟空の声は、恐らくは小生(シャオション)と呼ばれる裏声を使う男性役の歌唱法を採っています。京劇で最も有名な、張りのある裏声の女性役は青衣(チンイー)とか花旦(ホアダン)という唱法で、中国式の発声に馴染んでいないと耳を刺すように聞こえるかもしれませんが、中国の発音を知った上で聴くと、美しさが分かってくるのではないかと思います。録音よりは舞台での方が、このことはよく実感できるはずです(と言いながら、憧れつつ、ナマの舞台を私は見たことがありません)。


語り劇の部分の、日本の歌舞伎の見栄の部分に似た節付けもお気に留めてみて下さい。この場面では、韻白(ユンパイ)と呼ばれる、リズミカルな語りが主となっています。

ここでは楽器も総登場といってよく(華やかな場面でなければ、総登場する音を聴くことができません)、スオナーというリード楽器、笛、おそらくは月琴に類する撥弦楽器(はじいて弾く弦楽器)、二胡と思われる擦弦楽器(弓で弾く弦楽器)、銅鑼の仲間数種、木魚のような打楽器の音などが聴き取れるようです。

・・・いかがでしょうか?


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