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2009年3月17日 (火)

「響き」で大切なこと(オーケストラの場合)

心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。


大宮光陵高校管弦楽部がSONYのウォークマン"Play You"のCMに12月13日から出演しています!


齋藤友美賀ヴァイオリンリサイタル(2009年4月28日、市ヶ谷にて)、是非お出掛け下さい。


まず、一連のアーノンクール講読の中で(第11節)触れた言葉をそのまま再掲しておきます。

「ヨーロッパの<文化人>にとってひとつの誤りとなっているのは、彼らが、本来は同じ程度に重要なはずのさまざまな事柄のうちから、ひとつだけを選び出し、それだけを重大視してしまうことである。」(訳書148頁1〜3行、これがこんにちではヨーロッパ人だけの「誤り」ではないことは明確です。)

「われわれにとって非常に重要なのは、個々の選択・決定を正確に位置づけることである。(中略)われわれが求めるべきは再現の説得性であって、<正解>、<誤り>ではない。それゆえ、われわれは異なった意見に対しても、その根底にあるのが同じ精神ならば、より寛大になる。最も説得力のある演奏がたいがい同時に最も<正しい>演奏かどうかは別の問題である。」(訳書152頁6〜13行)

「まことに多くの規則や演奏上の指示のなかから、唯一、あらゆる音は短く弾かれなければならないという点だけを参考にしている高名なヴァイオリン奏者がいる。彼は長年にわたって交響楽団で活躍した名手であるが、バロック音楽を始めてからは、その唯一の点をほかのすべてに優先するので、とうてい聴くにたえない演奏家となってしまった。」(訳書148頁11〜15行)

・・・いわゆる「ツウ」さんのあいだで流行語になっている、いわゆる「ピリオド奏法」の嚆矢であるはずのアーノンクールが投げかけた、痛烈な「ピリオド奏法」批判です(もともと、まっとうに勉強して来た古楽器・古演奏の再現実践家は、存じ上げる限り、簡略化した話をするとき以外には「ピリオド奏法」なる言葉は用いていません)。


最近の日本の「権威(名前の売れている人)」の人が活字に載せたから、その奏法が絶対だ、という考え方には、私は「本当にそうですか?」と申し上げたいと思っております。と言いつつ、私自身も陥りやすいことではあるのですが、自ら「裏付け」を求める努力をするわけでもなく、無反省にそれを読み、絶対視する読者であってはいけないのでしょう。(私のブログの場合なら、一小人の手になるものであるにも関わらず、モーツァルト記事を熱心に読んで下さるBunchouさんのように、常に「疑わしきは疑い、ご自身で調べることは調べ、指摘すべきは指摘し、ついでに私が未見だと察せられる資料のヒントまで下さる」ような、そういう読まれかたこそ、文にとっては喜ばしいものだと言えます。プライベートなブログだからこそ可能なのかもしれませんが。)

本当に尊敬すべき人は、「決めつけ型」ではなく、「こうであるかも知れない、いや、違うかも知れない」という試行錯誤を一生続けていらっしゃるのだと思っています。

ヴァイリンの場合で言うと、亡くなった江藤俊哉さんなどは、病気をなさる前、伴奏オケの一員として拝見していて、生涯、童心で
「どう弾くべきか」
を求めていらっしゃる典型的なかただとお見受けしておりました。
学生のひとり(私の好きな先輩でした)が、あるとき、コンチェルトの伴奏で、ヴィオラをわざと弓の真ん中近くを持って弾いていました。江藤さんはソロを弾く手を休めて、しげしげとその学生を眺め続けました。学生のほうも、肝の太い人でしたので、そのまま続けていました。
「面白い!」
なんと、江藤さん、さっそくマネをしたのでした。曰く、
「これは、いい練習になる!」

指揮者では、前にも綴ったことがありますが、山田一雄さんには度肝を抜かれました。
指揮台の上では女性的な言葉を使ってばかりの「変なオヤジ」でしたが、学生を集めてお茶を飲ませてくれたときには、うってかわってべらんめえ調でした。
「俺たちゃ所詮楽隊屋で、他のことは知らねえ。君たちゃまっとうな学校で勉強してんだ、いろんな勉強をしなくちゃいけねえよ」
そう仰って下さったときの優しい顔もまた、一生の思い出です。
その他、ここに述べ切れない、「あ、この人は本物だ!」と思わせて下さった音楽家の方たちは、共通して
「これしかないのだ!」
などという限定的な演奏もしなかったし、練習の最中、私たちを指導しながらでも、ご自身が演奏しながらでも、まだ迷っている。一生懸命に考えている。・・・著書らしい著書を残さなかった人が圧倒的に多いのですが、どなたもそうだった。

幸せだったのは、お二人とも、他の方たちも、アマチュアを見くびらなかった。
それは、アマチュアというものの意味を、本当にご存知だったからです。
・・・アマチュア自身のほうが、知らなかったりします。で、もっと知らないと思われる「プロ」は、ちょっと気短かに言うことを許していただけるのであれば、「くそくらえ」です。
(そんな本職さんは実際には非常に稀だ、ということは、誤解のないように申し添えておきます。レッスン、身近な、肩書きもなく平凡なお知り合いなどを通じて、本職にならない、なれない、なりたくない人たちの実態とも密接にコンタクトをとっていらっしゃるからでしょう。アマチュアオーケストラでピアノコンチェルトの代弾きをどんな作品でも【ガーシュウィンでもグリークでも、おそらくはラフマニノフでも何でもこい、という人でしたでしょう】こなしていながら、絶対プロにはなりたくないんだ、と言っていた人物もいます。・・・であれば、ちょっと「くそくらえ」は言葉が過ぎるのでして、プライヴェートで「アマチュアのホンネの感覚に触れられない」おそらくほんの少数のかたは、本当はおかわいそうなのかもしれません。)
活字にのっかっている「プロの常識」=「権威」ですか? それを信奉するのは、経済上でこの不況をもたらしたくせに、いざとなったら知らん顔をする経済学者に賛同するのと変わりない「連帯無責任」に似たことなのかもしれません。世の中、金融市場ならば実務家ばかりが厳しい社会的制裁にあうし、他の業界も同じです。でも、音楽でしたら実害がないから、つい平気でいてしまう。自分の反省もこめつつ、そうであってはならない、と考えたく存じます。

「そうなのか・・・日本では、書物の世界では、もしかしたら二度と、本物の音楽家たちには出会えないのか」
最近は、ふと、そんな寂しさを覚えます。最初だけ、魅力的に見える・・・でも、よくよく拝読すると、根本的なところで、心に触れるものがないのです。
それでもいいのかも知れません。いいコンサートは、絶えずあるわけですし、それに接する機会は、地方でも私らの10代から20代の頃に比べれば、随分増えました。これはひとえに、良心的な若手演奏家も増えているからだ、と、むしろ明るく考えるべきなのでしょう。


演奏が一定の様式、あるいは一定の「方針」で貫かれていることは、必ずしもその結果聞こえてくる音が美しくなることを意味しません。
そのときは演奏者の方はご満足なのかも知れない、いや、そういう人も「一部には」いらっしゃるのかもしれない。
でも、プロ・アマを問わず、よくよくご自身たちの演奏を、多くの先人たちが積み重ねて来た音とお聴き比べになって見て下さい。
残念ながら、それは「録音」という形でしか出会えないものです。ライヴであっても、その場で人々を魅了したすべての「響き」が拾われているわけではありません。スタジオ録音は、エンジニアによっては必要以上の残響を加えて、本来の響きを損なっているものもあります。
しかしながら、そういう制約の中でも、オーケストラのベテランOBがご著書のタイトルになさった「音の終わりを大切に」を実践しているかどうか、は、曲の最後の部分だけではない、音楽が流れる途中途中でもキチンと聴き取れる。丁寧なものとそうでないものの差は、集中して聴けば聴くほど歴然とするのですが、私たちは往々にして、そのことに「目をつぶる」のではなく、「耳を閉じ」ます。

音の処理法を先人から聴き取っていない演奏は、「アンチ先人」でさえありません。アーノンクールはだいぶ丸くなりましたが、ノリントンはなぜ先鋭を貫いているのか、アニマ・エテルナは「シュポア式の奏法(彼の著書"Violinschule"を基準にしている、と明言しています)」を実施し続けられるだけの方針を貫いているのか・・・おそらくは、それぞれが、

「ひとつの試みとしてこういう音の響き方もあるのではないか? その実践を世に問うこと、批判を受けること、批判に対して耐えられるだけのものであるかどうかを再び自分に問うこと」

をきちんと反復できるだけの、

「研究する心」

が、実践のバックボーンにしっかりとあるからではないかと思いますし、こうした有名な人たちだけではない、もっと様々な試行錯誤が、現実には行なわれていて(ありがたいことに、日本人にもそういう方は皆無というわけではなく・・・いや、潜在的には少ないわけでもないらしく)、もっと多様な「演奏のあり方」を耳にすることも出来るのです。しかも、丁寧な音処理、という面は、決してないがしろにしていません。不揃いなピチカートで曲を終えるなどという、(私たちのような)素人レベルの演奏は(プロだからこそなおさら)絶対にしない。・・・また、それを美しい、と感じるかどうかは、聴衆に委ねている。奏者には強制はしますが、聴き手にはそんなふうには振る舞わない。
かつ、それらはたとえば「ノンヴィブラート」一本槍でもありませんし、だからといって陪音が聞こえない、などという類いのものでもありません。
アーノンクールが「丸くなって来た」ように感じるのは、彼の蓄積がまた違った方法を見つけ出した結果だ、と言える面もあるのでして、それは冒頭に再引用した彼自身の言葉で既に予言されていた、彼の実践方法の転換を示してさえいるのではないかと思います。


最近うるさく騒がれているヴィブラートの有無に、果たしてどれほどの正当性が認め得るのか、20世紀前半の混乱の時代を例にとって耳を傾けてみましょう。

この時期の代表的存在であるフルトヴェングラーによるベートーヴェンの第5交響曲演奏は、幸いにして幅広い年代の録音が容易に入手できます。年代の違う3例を、第1楽章の再現部についてお聴き頂きましょう。

・1926年(ベルリンフィル)NAXOS 8.11 1003

・1937年(ベルリンフィル)DOCUMENTS ISBN: 978-3-86562-602-8

・1955年(ウィーンフィル)EMI CLASSICS 7243 574176 2 4

1926年演奏では、ヴィブラートの使用が第1楽章ではまだかなり抑制されているのが分かります。ヴィブラートの使用が頻度としては少ないながら部分的に認められる演奏はほぼ同時期のジークフリート・ワーグナー(リヒャルトの長男)/バイロイト祝祭管の録音などでも確認出来ますから、それと同傾向であるわけです。26年にはリヒャルト・シュトラウスの自作録音もありますが、これもノンヴィブラートに限りなく近いものの、ときどき(非意図的に)ヴィブラートが聞こえますが、原則はノンヴィブラートです。この時期の録音で完全にノンヴィブラートではないか、と思われた事例は、私の耳にした限りではカール・ムック(当時のワーグナー家の実権を握っていたヴィニフレッドによって、トスカニーニと入れ替えられ、バイロイトから追い出された名指揮者です。近衛秀麿がベルリン滞在時に彼の指揮した演奏に感銘を受けています)のものだけです。
いずれにせよ、この頃はまだノンヴィブラートでの演奏がオーケストラでは常識であり、フルトヴェングラーがタクトをとっても例外ではなかったことが判明します。

1937年になると、これはもう誰の耳にも明らかなほどしっかりとヴィブラート多用に転じています。1955年には、ヴィブラートのかかり具合が(今回のサンプルからだけでは分かりにくいかも知れませんが)より激しくなっています。

ふたつ、検討しなければならないことがあります。
1)この変貌は、なぜ、たった10年の間に起きてしまったのでしょう?
2)それは、楽譜の指示する「演奏上の重要な要素のかなりの部分を無視」する自由の獲得を意味するのでしょうか?


1)については、Clive Brown "CLASSICAL & ROMANTIC PERFORMING PRACTICE 1750-1900"(OXFORD)の555-556頁の記述から、19世紀末以降の音楽教育が従来のものから学校形式に変わり、ソリストになるためには必ず身に付けなければならなかったヴィブラートを体得した人物がにわかに大量生産され出したところに起因するらしい様子が伺われます(第1次大戦後の不景気が、第1次の波を引き起こしたのでしょうが、ただし上例から推測する限りは、1920年代まではまだオーケストに属さなければ食えない、という「ソリスト」は少なかったのでしょう)。また、このバックボーンにあったと見なされているのはシュポアの記述だというのが今のところの研究者の見解のようですが、シュポアが"Violinschule"で「リピエーノはヴィブラートをかけずに」と要求している縁源らしき記述は18世紀のレオポルト・モーツァルトの「ヴァイオリン奏法」にも若干は見受けるものの、同じ頃または少し前の時期にイギリスで活躍したイタリア人ヴァイオリニスト、ジェミニアーニの主張では正反対だったりして、「ヴィブラートをかけない合奏が少なくともバロック期以降当然だった」などという根拠は、結局のところ見出せないのです。
なお、前にも引用しましたが、16世紀に日本に滞在したフロイスの記述も、「ヨーロッパの唱法(およびその背後にある奏法)」は「声をふるわせる」ものだ、と、日本人との対比で記していることは、音楽界の人はおそらく注目していないところですから、この点もよくよく考慮して頂くべきではないか、他史料を発掘するのも専門家のお仕事ではないのか、と思うのですが、いかがでしょうか?

2)については、ここでは変貌の立役者に見えるフルトヴェングラーが、むしろこのような「変貌の必然性」を否定するという、(ヴィブラート多用を否定的に評価する立場から見れば、多用を許したはずの彼らしくない・・・現実に、フルトヴェングラーにとってはどうやらヴィブラートがどうのこうのというのはあまり問題ではなかったようで、1944年の録音にもヴィブラートをあまりかけないオーケストラを指揮している録音例があります。そのオーケストラは、なんと、ベルリンフィルです)目を疑うような記述を、「ベートーヴェンの音楽」という小文の中でしています(芳賀檀訳『音と言葉』新潮文庫 昭和56年、入手可。単行本版の方が寄り多くのエッセイが収録されているはずです)。分量も多く、それぞれ長くもなりますが、幾つか引用します。

「私がここで申し上げておきたいと思うのは、あの高名な、もう私たちは誰でもみな知り過ぎるくらい知っているベートーヴェン(中略)ではありません。----むしろ、それとは違った別の人について、今日においてすら、あまりにも無理解にさらされ、あまりにも不当なあしらいを受けている一人の作曲家について言いたいのです。それでなくてほかにベートーヴェンについて何を言うべきことがありましょう!」(p.38)

「・・・今日はある音楽家が、いっそう近代的でいっそう生気にあふれ、情熱的に感覚する人であればあるほど、彼はベートーヴェンの音楽に対して無関心な態度を取っているように思われます。」(同頁)

「----人は彼の作品と生涯の間の『相関関係』を何とか因縁づけようとしました。----(中略)彼らにとってはベートーヴェンと同時代の人々、またいわゆるドイツ『理想主義』なるものとの上への精神的な血縁関係、などが合言葉のように取り上げられ、ものを言うことになります。『シラー』とか『カント』とか、『革命』とか『自由』とか。----およそ有機的な創造的な芸術家であるベートーヴェンにとって、まるで何一つ関係のないそういったすべてのことが。」(p.40)

「すべてこれらに対決して、解釈する人のなさねばならぬことは、ただ一つしかありません。----これこそまた最も重大なことなのです。----全作品をその構成ぐるみ、生きた有機体として身を打ち込んで、そこに生きることです。作品の構成は、純粋音楽家であるベートーヴェンの場合、内心の経過そのものと同一です。ここにベートーヴェン解釈のどんな方法にも通じる鍵があります。」(p.46)

「そこにはまた解釈するほうの側から言えば、透明度を求める仮借のない意志、鉄のような自己陶冶がなければなりません。しかもそれが無辺無量の温かみと献身とに結び合わねばならぬとき、いっそう豊かでなければなりません。今日ひどくもてはやされているあの個人的な『気質』など、ここではまるで役に立たず、気でも抜けたような腰砕けになってしまうでしょう。」(同頁)

以上は、1918年に書かれたものです。

・・・最後の一文は、これだけ読むと「楽譜は軽んじてもいい、精神さえ優先されれば」と言っているように読み誤ってしまいます。ですがフルトヴェングラーは後年「ベートーヴェンと私たち(副題:『運命』第1楽章のための注意)」(1951年執筆、これも『音と言葉』に収録)でベートーヴェンの第5について譜例を挙げながら細かく言及していることから、「楽譜が源泉」であるとの認識から綴ったものであることが裏付け得ます。


とすると、問題の根本は、フルトヴェングラーが重視していた楽譜がどのようなものであったか、というところにありそうです。
これに関しては、同じ「ベートーヴェンの音楽」の中の発言に重要なヒントがあります。
こういうものです。

「ベートーヴェンを真に体験した最初の、そして永い時代に沿って唯一の人は(中略)リヒャルト・ワグナーでした。」(p.43)

1960年代頃までは、ベートーヴェンの楽譜は自筆譜とはかなり乖離したオーケストレーションのものが用いられていました。このオーケストレーションの改変を最初に試みた人物が、リヒャルト・ワーグナーなのです。彼が9つ全ての交響曲に手をつけたかどうかは私は把握していませんが、第9については武川寛海「『第九』のすべて」(現代芸術社 昭和62年)に改変内容が紹介されています。以後、その流れを汲むマーラー(第九のスコアに書き込みや訂正を施したものを写真版で見たことがあります)やハンス・フォン・ビューロー(武川著によると、彼が実質的に初めて全9交響曲のオーケストレーションの改変を決定づけた人物のように見受けます)もベートーヴェンのオーケストレーションを改変して演奏しており、ワインガルトナーは『ある指揮者の提言』で彼の改変案を公刊して楽譜校訂者や同時代の指揮者に多大な影響を与えています。(この本、以前人にお借りして長く読みふけりましたがお返しし、以来、古書で探してみているのですが、お持ちの方が大切になさっているらしく、市場に出回りません。)
フルトヴェングラーが用いた楽譜がワインガルトナーのものと同じだったかどうかは分かりませんが、近衛秀麿との間に交わした会話の中で(シューマンの交響曲でしたが)こう言った、と記されています。

「シューマンの立派な管弦楽曲は、最も不幸な状態のまま放置されている。・・・・・君はワインガルトナーの改訂の注意書を勿論知っているに違いないが、全然別な傾向のものにマーラーの遺稿もある。」
(近衛の言葉省略)

「併し、我々は各自我々自身の改編を持っているべきだ。」(近衛秀麿『わが音楽三十年』、大野芳『近衛秀麿 日本のオーケストラをつくった男』講談社 2006 198頁による孫引き、現代仮名遣いに訂正)

・・・楽譜に対する常識が、現在と違っていたのです。しかも、それはフルトヴェングラーに始まったことではない。ベートーヴェン作品に限定しなければ、また、ワーグナーに始まったことでもない可能性が大いにありますし、実際そうだったと思われます。
なぜか。
うろ覚えなので間違っていたらご指摘頂きたいのですが、ワインガルトナー著で読んだ言い分は次のようなものだったと思います。

少なくともワーグナーが想定したようなオーケストラがベートーヴェン在世当時に存在していたなら、楽器の性能も上がっているのだから、旋律の分断されたところや不自然なオクターヴ下げなどといった不自然なオーケストレーションはせず、新オーケストラの機能を存分に発揮したオーケストレーションを施していたはずだ、というのが、ワーグナーからワインガルトナーらあたりにまで引き継がれた価値観だった・・・音楽に「忠実である」ということは、「書かれたそのものに」ではなく、「(彼らの考える)あるべき本来の姿に忠実でなければならない」というものだったようなのです。ベートーヴェンの第5の再現部でいえば、第2主題に入る前の、長調に転じた<運命の動機>がファゴットで書かれているのは、楽器の持ち替えを前提としないでオーケストレーションしているために、呈示部でそれを担当したホルンにはこの音を割り当てられなかったからだ、という言い分なのです。


オーケストラの響きが「ピュア」でなくなっていたとしたら、その要因は、上記のような改変や「ヴィブラートの有無」に由来するのではないことは、フルトヴェングラーの時代の違う演奏を通じて聴き取れる「あまりの相違のなさ」からも明確です。また、改変の要素を取り除いたスコアでモダンオーケストラが演奏した場合でも、逆に(最後の例でお聞きいただく演奏の延長線で)音楽の要求がどうあるかを考えて、特定パートにのみヴィブラートをかけさせたり、全体をノンヴィブラートにすることは、現在でも普通に行なわれています。・・・むしろ、「ピュア」でなくなった正体は、(1970年代から90年代前半までとくに耳についたことでして、最近は改善してきていると思っておりますが)「固定された音程でしか演奏されていないこと」によって陪音の発生が妨げられるところにあったと思われますし、実際に演奏の現場にいらしたかたから、そのように伺ってもおります。それは、たかだかヴィブラートで音程が揺れたくらいで影響を受ける類いのものではなく、もっと根元の、芯となる音の所在がどうであるかが決定因となっていたはずです。

現代は、ワーグナー以来の改編を是とせず、作曲家が書いたそのままに近づこう、という動きが盛んになって来ています。それは、「音楽史家」に対する評価眼の変化にも由来していまして、フルトヴェングラーは、実は上の引用で省略した40頁の記述の中で、音楽史家への不信を露骨に表明しています。それは当時の音楽史の研究がまだ充分に科学的ではなかったことに由来する面もありますが、本当に重要なことは、そうではない。「価値観」の求め方、その「意味論」が変わっただけの話であって、演奏する側には重要な選択であっても、聴き手には・・・私のように素人度が高ければ、なのかも知れませんが・・・音楽家さんたちが考えるほど重要性は無い。

最近、やたらと「純正律」云々しているのを見かけます。が、元来、良いオーケストラの中では、響き合うためには音程が固定されず、必要に応じて可変であることが聴き取れるはずです。オーケストラの演奏で難しければ、最も分かりやすいのは弦楽四重奏曲です。これらの場合は、高揚していくと音程も上がっていく例なども耳にできたと記憶しています。録音では、イタリア弦楽四重奏団のものなどにその手の記録がありまして、しかも、それが決して「狂って」聞こえないところがミソなのです。

「純正律」・「中全律」・「平均率」は、すべて、音程が固定された楽器のための用語です。鍵盤楽器などがより美しく響くにはどうしたら良いか、が、これらの音律を考える際の主眼だったことは、キルンベルガーらの記述によっても、あるいは現代の「音律と音階の科学」(小方 厚、講談社ブルーバックス)などを読んでも明確であるはずですのに、そこのところが大きく誤解されたままなのではないか、ということにも、あるいは(管楽器・弦楽器を問わず)ヴィブラートは音程が揺り動いて不安定になったり、音の響きを損ねたりするものだ、という認識を固定的に持った音楽の演奏のされ方、聴かれ方がされることにも、私は「非教条主義的な万年ド素人の聴き手として」非常な危惧を覚えます。

ヴィブラートとノンヴィブラートが混在して美しい響きを醸し出している演奏は、録音という制約はありながらも、いくつも存在します。

そうした例の一つをお聴き頂いて、本日の記事をおしまいに致します。

・ベートーヴェン:交響曲第7番第2楽章第1部(クリュイタンス/ベルリンフィル、1967)

EMI CC25-3743
この演奏では、四分音符と八分音符からなる主要主題、および伴奏部を担当するパートは、全く、もしくは抑制した状態でしかヴィブラートをかけておらず、それぞれ、歌謡的な対旋律を担当するときだけ明確なヴィブラートをかけているのが、お分かり頂けるでしょうか?


こんなことを山ほど綴ると、「オタクだ」といわれます。
ですが、私も、弾き手の一人として、アマチュア本来の役割だと思って続けて来たことです。
「オタクだ」と仰られるのは別に構いません。でも、ただもの好きで調べて来たのではないことだけは、申し添えておきます。私には、私が「一緒に考えなければならない」大切な仲間がいます。仲間がいる限りは、私も勉強しなければなりません。・・・そして、それは「固定化」した考えだけを押し付ける書物によるべきではない、可能な限り「事実」だけを述べた記述であっても、「述べられている」からにはその背後の眼をきちんと感じ取りながらなされるべきものである、と思っております。
このことについては、音楽に全然関係のない本を引き合いに、別途綴ります。

こんなブログでも、今日まで、ヤモメで子持ちで家事に追われながら、ですが、子供たちの協力で続けてこられたことです。子供たちに感謝しつつ、本日はここまでで終えておきます。


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