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2009年3月 5日 (木)

プラトーン『国家』:(古代ギリシアの音楽観2)曲解音楽史番外

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以前、現存する古代ギリシア音楽論で私たちアマチュアでも容易に手にする出来る文献として

1)総合的な理論(作劇法=作曲法までをまとめたもの)=アリストテレース『詩学』
2)楽典的知識の整理を眼前にさせてくれるもの=プラトーン『国家』(第3巻、第10巻)
3)純粋な音程・音階理論=アリストクセノス『ハルモニア原論』、プトレマイオス『ハルモニア論』

をあげ、そのうちのアリストテレース『詩学』の内容を見てみました。
そこでアリストテレースがもっとも包括的に述べていたのは、次のようなものでした。

「すべての悲劇は必ず六つの構成要素をもつのであり、これらの要素によって悲劇の性質が決まることになる。これらの要素とは、筋、性格、語法、思想、視覚的装飾、歌曲、である。」(岩波文庫版 35頁)

ルネサンス期において
「ギリシア悲劇ではすべて歌われていた」
と認識されていたことから、この記述が、オペラの創始者のひとりであるペーリの「レシタティーヴォ理論」に繋がっていくのではないか、という推測をしておきました。

では、歌われる節回しの性格については、どうだったのでしょうか?

中世・ルネサンス期においては、各旋法がどのような性格付けをされていたかについて、おそらくティンクトリスの「音楽用語定義集」(シンフォニア社で訳が出ています)あたりを読めば載っているのかもしれませんが、私は手元に持っておりませんので、この時代に関連する書籍を総動員して当たってみましたけれど、はっきり分かりません。

ただ、ヨーロッパの旋法の名前は古代ギリシアから受け継いだものであり、古代ギリシアではどの旋法にどういう性格を見ていたか、については、プラトーン『国家』の第3章で断片的に分かります。

困ったことに、中世以降のヨーロッパの旋法と古代ギリシアの旋法は、名前は同じでも構成音が違います。
かつ、古代ギリシアのほうは上の音から下の音へ、ヨーロッパ中世の旋法は下の音から上の音へ、と並べて音階を構成していますし、同じ名前でも構成音が違います。

今、便宜的に(比べやすくするために)、古代ギリシアの音階のほうは下から上へと構成音を並べたことにして、旋法名の対比をしておきます。読みは基本的に揃えます。(希:古代ギリシア、欧:中世ヨーロッパ)

レミファソラシドレ:希=フリュギア、欧=ドリア(終止音をソとした場合にはヒポミクソリディア)
ラシドレミファソラ:希=ヒポドリス、欧=ヒポドリア
ミファソラシドレミ:希=ドリス、欧=フリギア
シドレミファソラシ:希=ミクソリディア、欧=ヒポフリギア
ファソラシドレミファ:希=ヒポリュディア、欧=リディア
ドレミファソラシド:希=リュディア、欧=(イオニア:16世紀まで無し)
ソラシドレミファソ:希=ヒポフリュギア、欧=ミクソリディア

一致するのは「ラシドレミファソラ」だけです。
これは、中世ヨーロッパの旋法では開始音が4度下がるものに「ヒポ」を冠しているのに対し、古代ギリシアでは開始音が4度上がるものに「ヒポ(ヒュポ)」を冠していることから生じているズレです。・・・ですので、上の音の並べ方で見た時には、中世ヨーロッパ側に規則性があるように見えてしまっていますが、これを古代ギリシアの規則で並べ替えて見ましょう。音も、上からしたに読む古代ギリシア式にしてみます。

ミレドシラソファミ:希=ドリス、欧=フリギア
ラソファミレドシラ:希=ヒポドリス、欧=ヒポドリア
レドシラソファミレ:希=フリュギア、欧=ドリア(終止音をソとした場合にはヒポミクソリディア)
ソファミレドシラソ:希=ヒポフリュギア、欧=ミクソリディア
ドシラソファミレド:希=リュディア、欧=(イオニア:16世紀まで無し)
ファミレドシラソファ:希=ヒポリュディア、欧=リディア
シラソファミレドシ:希=ミクソリディア、欧=ヒポフリギア

古代ギリシアでは、これを固定ドで読む場合を「ハルモニアイ(オクターヴ属)」、E音を基音にフィックスして移動ドで読む場合を「トノイ(移調音階)」と呼んだとのことです。



さて、プラトーンの『国家』は私などには読解の大変難しい書物で、彼の対話編の中でも、内容が非常に意地悪なもののひとつですが、そのままストレートに読むと、「女性は男性の共有物」みたいなことや「詩・音楽・美術は不要」みたいなことがしゃあしゃあと述べられていて、あれまあ、とビックリさせられます。なんでそうなるのか、が、面白いと言えば面白い、けしからんといえばけしからん議論が延々と繰り広げられているのですが、脇道にそれますので、それ自体の話は避けます。
ただ、こと音楽に関して言えば、最後には「天上の音楽」なるものが存在を認められて(といっても、それは理想型としての音楽なのですが)、めでたしめでたし、ということになるので、安心しておきましょう。・・・『国家』という著作の中で語られるそれぞれの事象は、プラトーンがソークラテースに託して突き詰めさせる「イデア」を最終的に導くための方便にしか過ぎず、この本自体は結論部分が大事です。そこで語られる「イデア」も、結局は寓話のかたちで現れますので、一見するとすべてのものごとにそれぞれの理想型があるように錯覚されてしまいます(「天上の音楽」にしてからが、そうです)けれど、プラトーンが繰り広げているのはあくまで言葉のゲームである、ということを了解しておきますと、「イデア」とはそうした雛形を指すのではなく、「思考の起点・帰着点」・・・ものを考え、突き詰めるときに原点をいかに求めるか、の方法・・・を指していることが分かります。それを、どうしても事物を用いて表現しなければならないために、寓話を最後まで駆使するかたちをとっていき、それは後半になるほど、より「寓意」である度合いを高めていくのですけれど(それはまるで、旧約聖書のダニエル書や、新約聖書の黙示録と同じ種類のものであるかのようです)、最終章が具象的な結論ではなく、次のように述べられているところをみて、ようやく得心させられることです。
「・・・魂は不死なるものであり、ありとあらゆる悪をも善をも堪えうるものであることを信じるならば、われわれはつねに向上の道をはずれることなく、あらゆる努力をつくして正義と思慮にいそしむようになるだろう。(後略)」(岩波文庫、下巻p.373)
対話の目的の中心が「国家のあるべき構成要員・政治体制のあり方」であることから、普通にはプラトーンが理想の国家像をのみ本書で追い求めているかのように紹介されていますし、そのあまりに理想主義的な見かけから危惧を抱いたアリストテレースが、より現実に即した政治学や倫理学を打ち立てようと努力することになるのですが、果たしてプラトーンの真の狙いがそこにあったのかどうか、については、前述の通り、ここでは突っ込まないことにしておきます。


この書に現れる音楽の特徴は、古代ギリシアの「楽典」とでも言うべきものを断片的に垣間見せてくれますので、それを拾い出していってみます。音楽といっても、歌唱を主として述べられています。

第3章が中心です。頁番号は、岩波文庫版上巻の該当頁です。

「歌というものは三つの要素、すなわち言葉(歌詞)と、調べ(音階)と、リズム(拍子と韻律)から成り立っている」(p.209)

「悲しみをおびた調べ・・・混合リュディア(ミクソリディア)調や、高音リュディア調」(p.210)
「柔弱な調べや酒宴用の調べ・・・イオニア調やリュディア調のある種類のもの」(p.211)
「戦士たちのために・・・ドリア調とプリュギア調」(p.211)

厳密にはむずかしいのですが、
・・・悲しみをおびた調とされているものが「ドシラソファミレド」など(長調系)に関連しており、
・・・柔弱だったり酒宴用だったりするのがやはり同様のものらしいこと(古代ギリシアのイオニア調については、私には把握できていません。『国家』の取り上げている音階は、先の、『平凡社 音楽大事典』によって私が把握したものとはズレがあります)
・・・道義的であると見なされているのがこんにちの短調系もしくはイギリスの古音階に似たもの(ケルト系?)であるところ
が、興味深い点でしょうか。かつ、次に述べるリズムのところに、音階が4つずつの音で構成されたもの(テトラコード)の複合体であることが述べられています(これについての岩波文庫版の注釈【p.445】は誤っていると思われます)。このテトラコード(テトラコルド)は、後年、アリストクセノスやプトレマイオスによって細かに論じられていくことになります。

リズムは、ギリシア語が長短アクセントであることから、それと結びつけられて整理されています。本文中では単に「脚韻には基本的に三種類の型がある」(p.214)とのみ述べられていますが、注釈によると、

1)組合わせが2:2のもの=ダクテュロス(長・短・短)/スポンダイオス(長・長)/アナパイストス(短・短・長)
2)組合わせが3:2のもの=パイアーン(長・短・短・短)/クレーティコス(長・短・長)
3)組合わせが2:1のもの=トロカイオス(長・短)/イアンボス(短・長)

という種類があるとされています。これを短1つを1拍と見なせば、4拍子、5拍子、3拍子が古代ギリシアの基本的リズムだということになります。(5拍子の例や複合した拍子の例は、皆川達夫『合唱音楽の歴史』全音音楽出版社に掲載されており、CDも出ていて再現歌唱を聴くことができます。)

・五拍子、ドリア調の例(アポロン第1讃歌から:部分)

・6拍子、フリギア(プリュギア)旋法の例(セイキロスのスコリオン:語りの部分を除く)

以上、Gregorio Paniagua "Musique de la Grece Antique" harmonia mundi HMA 1951015

リズムに対しても、通俗的なものと高雅なものの区別があったようですが、『国家』の中では特定できません。

楽器についても道義的性質を持つとの考えが見られ、弦の多い外来の撥弦楽器系(三角琴【おそらく、トリノゴン、11弦くらい】とリュディア琴の訳語で出て来ます)は非道徳的だけれども、笛(アウロス)は都市用ではなく田舎用である限りふさわしく、ギリシア本来の撥弦楽器で弦の少ないリュラとキタラは(弦が7本でやたらと多様な調を演奏できないためにかえって)道徳的である、と述べられています。(p.212-213)

プラトーンの語る「天上の音楽」は、寓話の中に現れます。(第10巻)
それは、天界の星々の運行が紡錘の中を8つの同心円としてなされ、それぞれが一つの声、一つの高さの音を発しており、
「全部で八つのこれらの声は、互いに協和し合って、単一の音階を構成している」(p.364)
と表現されています。
これが、中世ヨーロッパの音楽観に強い影響を及ぼし、なんと、ケプラーの法則で有名な、かの学者さんの音楽と天体の相関関係への思考へと繋がるのですが、プラトーンが述べているのは、あくまで「音階は8つの音からなるのだ」ということに限られており、具体的な特定の音階と結びつくことは無く、様々な音階の「イデア」として単純に述べられているだけ(すなわち、音階というものはオクターヴ音を両端に持つ8音からなるというのが音階の原点である、程度の意味)です。その背後にはピュタゴラス派による音の比の美しい並び(最も注目されているのは、オクターヴの振動数が1:2であるという点)の発見以上のものはありません。


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