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2009年3月18日 (水)

モーツァルト:レ・プティ・リアンK.Anh.10(299b)

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・・・是非、お目通し下さい。


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齋藤友美賀ヴァイオリンリサイタル(2009年4月28日、市ヶ谷にて)、是非お出掛け下さい。



書籍「金沢城のヒキガエル」、記事をお読みになってお気が向くようでしたら、どうぞご一読下さい。

ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。

すみません、一度綴ったものの再掲です。

パリで作曲され、上演されたこの曲については、個人的な感慨を交えながら綴ることをお許しください。・・・なお、本来はこれに先立って作られた曲もありますが、それを後回しにすることもご容赦下さい。

先に構造的なことだけ簡単に申し上げれば、序曲は「古典派の規範的な」ソナタ形式であり、そこそこの長さとオーケストラの規模を誇ります。ですが、その他の曲は小さな舞曲(それも、ガヴォットという定型的なもの、パントマイムと題された、おそらくはより自由に振付けられた複合三部形式のもの)であり、編成も少数の管楽器に弦楽合奏がいささか密度の薄い伴奏をする構成であるのがほとんどです。・・・それでも、ひとつひとつが愛くるしく、私個人にとっては(演奏経験は一部についてしかないものの)いとおしいものばかりです。

この作品はピッチーニらのオペラの幕間用に、当時のパリの代表的な舞踏家で振付師であったノヴェーロから依頼を受けて作られたものです。幸いにして、ノヴェーロは12年前にパリを訪ねた「神童」時代のモーツァルトを覚えてくれていたようで、今回の再訪では彼と親しく食事をする機会も豊富にあったようです。

ですが、そんな「恩人」ノヴェーロがこの作品に支払ってくれた対価が「安すぎる」と、モーツァルトは故郷の父に不満を書き送っていたようです。

しかし、ザルツブルクでは有名人でも、過去はいかに神童として人気を取ったとしても、22歳になってしまったモーツァルトが故郷でもなんでもないパリでは普通の人たちには忘却されたか、もしくは過去の「見世物」としての印象でしか記憶していなかった劇場の観客(聴衆というよりはこの方が正確でしょう)には、普通に考えればその作品を注目してもらえるはずはなく、ノヴェーロはおそらく、相応の対価は支払ってくれた、とみなしておく方が妥当だと思われます。

ただし、作品面では、ほぼ同時期に、モーツァルトは、いわゆる「パリ交響曲」を発表してそれなりの反響を得、溜飲を下げています。・・・その溜飲を下げている時期に、同行していた母はすでに死の床についていたのではありますが。

後ろ髪を引かれながら、また、当地の音楽通に惜しまれながらマンハイムを去り、母子だけでミジメな10日間の旅を経てようやく到着したパリも、故郷で期待しているレオポルトのイメージとはかけ離れ、以前の来訪時とは街の様子も変わり(パリはたった十数年前の前回の訪問時に比べ建て込んで、ある意味で都会的な殺風景さで冷ややかなイメージになってしまっていたこと、そこからひしひしと肌に染み入ってくる孤独な感情については、母親の方がレオポルト宛の書簡に綴っています)、息子モーツァルトは仕事探しに毎日朝から晩まで出払ってばかり、しかも殆ど収穫なし、だったことなどについては、海老澤敏著「モーツァルトの生涯」でじっくりお読みいただいたほうが、私が下手に、ろくに読めもしない書簡を紐解いてご紹介するよりも、はるかに客観的な情報を(当時の西ヨーロッパの風景、雰囲気を含めて)与えてくれます。最近また単行本で入手できるようになりましたが、新書版の「白水Uブックス」(マンハイムからパリ、さらにザルツブルクへの帰郷と訣別、についてはこちらでは第2巻に述べられています)を中古で入手なさった方が、安価に読むことが可能です。・・・海老澤先生(顔なんか覚えてもらっているはずもない、講義も半分も受けなかった学生でしたが、いちおうお教えは受けましたので先生と呼ばせていただきます)の綴られた伝記を超えるものは、新発見が続いているこんにちでも、少なくとも内容上は新たには出てきていません。


アルフレート・アインシュタインは、この作品について

「モーツァルトが瞬く間にパリの空気を吸収したことを示している」

とあっさり述べています。

音楽は、序曲以外は確かに軽やかで、それに比べてガッチリした感じに聞こえる序曲も、「パリ交響曲」より単純ではあるものの、強弱の対比をハッキリさせた(モーツァルトによれば、それが当時のパリの聴衆の好みに合っていたのでした)つくりになってはいます。

ですが、少なくとも序曲に関して言えば、(当時のパリのほかの作品を知らない私が言うのはあまりにもおこがましくはあるものの)、この響きは、むしろモーツァルトが

「自分は決してパリに染まっていない!」

と主張しているように感じられてなりません。

なぜなら、「パリ交響曲」と主観的に比較して聞いたとき、あるいは・・・これが私の私情なのですが・・・私自身がこの作品をDTMの練習のために全曲パソコンに打ち込みしたとき、この序曲にこめられた、何処か頑固な強さ、ともすると意地を張っているような硬質な音の進行(「パリ交響曲」のような跳躍は、「レ・プティ・リアン」の序曲には全くありません)には、むしろウィーン時代以降に前面に出てくる、それまでのモーツァルトらしからぬ、まさに19世紀末へ向けてのがっちりしたつくりを、より明確に示しているように鼓膜に響いてくるのを強烈に印象付けられたせいでもあるでしょう。

可愛らしい舞曲の数々は、それでも確かに当時のパリの流行を反映して入るのかもしれません。

それらの、どちらかというと流線型の旋律や、ダンス音楽のわりには人が踊る体重の重さを感じさせない、薄いヴェールのような和声付けは、モーツァルトが晩年に大量生産することになるコントルダンスやドイツ舞曲とは似ても似つかないからです。

それでもなお、このバレエ音楽の中で最も有名な、弦楽合奏による「パントマイム」は、どこかに後年のモーツァルトの緩徐楽章に通じる、心の悲しみを隠したピエロの表情を連想させずにはいません。

この作品、とくに「パントマイム」は、何を隠そう、モーツァルト作品としては私が中学生の初め頃に初めて本気で好きになり、繰返し聴きつづけた曲でもあり、家内の死の直前にシンセサイザー向けに途中まで打ち込んでいた曲でもあるのです。


パントマイム

マリナー/アカデミー室内管(1989) エリック・スミス補筆

PHILIPS "Complete Mozart Edition 17" CD5

そうしたことから、最初のようなお断りをした上で綴らせて頂きました。


モーツァルトの作曲によらない部分も含め、全曲の構成は以下のとおりです。

・Ouveture(トロンボーン無しの、典型的な古典派の完全二管編成、クラリネットあり)

 Allegro, 4/4 C, 105小節

・第1曲〜第8曲はモーツァルト作ではない(4、5、7、8曲はモーツァルトの可能性あり)

・第9曲:Andantino 2Fl. & 2Vn. , 2/4, C, 17小節-->第10曲に連続する。

・第10曲:Allegro 弦五部, 6/8, 6小節

・第11曲:Larghetto(hは印刷の通り), 1Ob, 2Hr, 弦五部, 2/2, F, 24小節(実質)

・第12曲:Gavotte(Allegro) 2Ob, 2Cl, 2Fg, 2Hr, 弦五部, 2/4, F, 71小節

・第13・14曲=疑作

・第15曲:Gavotte gracieuce, 2Ob, 弦五部, A, 26小節

・第16曲:Pantomime, 2/2, 弦五部, A, 44小節(実質)

・第17曲=疑作

・第18曲:Gavitte, 2/2, 弦五部, B, 57小節(実質)

・第19・20曲はモーツァルト作ではない。


楽譜はNMAでは第9分冊所載です。同分冊の1138-1145頁に、モーツァルトが本作のために準備し、採用しなかった、とされる(異説あり)スケッチの写真4葉とその翻訳譜が収録されています。


※ CD化されているものには真作は必ず含まれているのはもちろんですが、第7曲、第8曲、第13曲、第14曲、第19曲も含まれるのが(もし最新の録音が出ていなければ)通例でした。これらはオイレンブルク版のスコアに含まれているからです。


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