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2009年3月21日 (土)

大井浩明 "Beethoven Sonatas for Fortepiano V"


心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。


齋藤友美賀ヴァイオリンリサイタル(2009年4月28日、市ヶ谷にて)、是非お出掛け下さい。


書籍「金沢城のヒキガエル」、記事をお読みになってお気が向くようでしたら、どうぞご一読下さい。


おすすめで注目したピアニストさんですが、今度新CDを出される(出された)ので、それから聞き始めようと思っていましたら、
「まずベートーヴェンを聴いてみて下さい」
ということでしたので、それに従いました。

Ooibtv大井さんはすでにベートーヴェンのピアノソナタを、それぞれのソナタの作曲時期の状況を勘案し、ふさわしいオリジナル楽器(CDでは8台を弾き分けていらっしゃるとのことでした)によって演奏会をなさり、CDも(番号から行くと)6枚目まではリリースなさっているはずですが、私はこの第5集を初めて拝聴しました。(販売:(株)キングインターナショナル、MOCP-10005
なぜこの集を選んだか、といいますと、たまたま縁で作品27-2(第14番、いわゆる「月光」)の自筆譜と初版譜のファクシミリセットを持ち合わせていたからです。

ベートーヴェンを聴かせていただいた素人感想を述べる前に、大井さんの幅の広いレパートリーに驚愕したことを申し上げておきます。
録音をお出しになっているだけでも、古くはバッハ、新しくはクセナキスや現代の多様な作曲家にわたっています。
すなわち、ベートーヴェンのソナタはフォルテピアノで弾いていらっしゃるのですが、彼が弾きこなすのはフォルテピアノだけではない、ということで、ピアノという楽器のメカニズムの歴史的変容とその多様さを考えますと、レパートリーからお察しするに、ある時代に特化された楽器だけでなく、幅広い時代の鍵盤楽器を自在に操ることが出来る柔軟さを身につけていらっしゃる。・・・これは、たとえばヴァイオリン弾きがモダンとバロック両方を弾き分けるだけでも大変だったり(チェロのほうがもっと大変)、ホルニストがバルブホルンとピストン式の系統のものとナチュラルホルンを吹き分けるなどということが実に珍しいことなどを参考にしていただければ、いかに驚愕すべきことであるかが分かります。

でも、それだけのことで、単にメカニック的な弾き分けが出来るだけの演奏家なのだったら、「音楽家」とは言えないでしょう。演奏に際して、どれだけ音楽に魂を吹き込めるか、が、やはり勝負どころである、という点では、モダンピアノしか弾けないピアニストと、実は土俵は同じなのです。

で、自筆譜・初版譜をあらかじめ頭に入れて(と言っても、私は演奏能力はないので、イメージとして脳ミソに描くことも充分に出来ていないことはきちんとお断りしておかなければなりません)、ある大好きな、もう亡くなったモダンピアノの演奏家の演奏とも聴き比べ、重ねて何度も「月光」ソナタばかりしつこく繰り返し聴かせていただきました。

結果を先に申し上げますと・・・こんな繰り返しをした私は愚か者でした。

尊敬していたピアニストの演奏は、ベートーヴェン自身が関与したであろう楽譜からのイメージとして描き得る音楽とはまったく違う、しかも、特にピアニスト自身の統一した設計を持って弾いているというわけでもない、随時変わるペダルの使い方、フレージング、アーティキュレーションで弾いているのだ、ということを、まず強く思い知らされました。

対する大井さんの演奏は、メカニズム的により不便な、しかしベートーヴェンが年代的にこの作品の創作に用いたであろうモデル(ワルターの、想像しますに後期のモデル・・・ベートーヴェンが用いた「ピアノフォルテ」については児島新『ベートーヴェン研究』1985、春秋社 の7ページに一覧表が掲載されており、本文のほぼ100ページ【本書の主要部のほぼ半分】が、それらの楽器の演奏法を考慮しながらの作品検討に当てられています)を用いていることが表面の、とはいえ重要な<売り>でもあります。しかし、それは、もしひとりでは幾種ものフォルテピアノを弾き分けられない、というのでしたら、信頼し合える複数の仲間で分担して録音なり演奏なりを行なってしまえばすむことです。

大井さんの核心となる<売り>は、大井さんがどの程度意識なさったかは、ずっと低レベルの私には想像もつきませんし、かつ他の時期の作品も聴かせていただいた上でないと断言は許されないのかもしれませんが、少なくとも、ベートーヴェンの自筆譜から感じられる「筆の勢い、音楽の勢い」を、ベートーヴェンの指示を逸脱はしない、という自己規制の枠の中で、ベートーヴェンの指示をすっかり自家薬籠中のものとし、あわよくばベートーヴェン自身に成り済ましてしまおう、という野心が明確に聴き取れる、演奏の一貫性と質の高さです。・・・これは普通に言われる「原典主義」などという甘い言葉で括るべきものではないでしょう。大井さんにおいては、楽器の選択も音楽の操作も、そこに込める魂の観察も、少し無遠慮に申し上げれば、もっと無邪気なところからなされているように感じられます。「主義」などという言葉はいらない。いまこの音楽の自分なりの表現にこの道具が必要だから、そしてそれはまず、音楽の創り主の意図から逸脱していない限り許されるものだから、と、むしろ「原典主義」と呼ばれるものとは逆順に、タイムマシンに乗ってそこまで遊びに行っている感覚です。ただし、それは、ホモ・ルーデンスとしての真摯な遊びです。

譜面との対比で申し上げるのは愚の骨頂ですのでやめますが、「月光」ソナタに関して申し上げれば、とくに終楽章での妥協のないダンパー効果の指示の遵守をした上で、自筆譜の後半が(これは印刷にまわすための浄書譜ではなかったようですけれども、それだからこそなお、なのでしょうか、作曲者が書くうちに音楽への没入度が増して行く様子が見て取れるものです)熱を帯びて行くことをまで汲み取り、そうした台本を見事に「演じ切る」・・・聴き手を熱中させるべくご自身も「熱中して」見せながら、そこには周到な計算があり、この周到な計算がありながら、絶対に嫌味にはならない「音楽」を聴かせてくれることには、ただ頭を下げるしかありませんでした。

・ベートーヴェン自筆稿第3楽章冒頭
Btop27231

・同、第3楽章162-167小節
Btop27232

後者では音符が右方向に倒れ、ベートーヴェンが勢い込んで書いた様子が目に浮かぶようです。

なお、最初の図の2小節目の最後の八分音符二つ、2番目の図の該当する八分音符にSenza Sord.の指示がありますが、この指示を、前の音符群との兼ね合いでどう演奏すべきか、という取り組みをしている演奏はなかなかなく(記憶では思い出せず)、恐らく私にとっては、この点に配慮したものは大井さんの演奏で初めて経験したのではないかと思います。

音のサンプルを掲載したいところですが、あえて我慢します!
是非、実際にお耳になさってみて下さい。

大井さんの演奏で、他の曲をじっくり味わうことをも、また楽しみにしていきたいと存じます。


・大井さんのプロフィールページ
 http://www.tvumd.com/artists/artistprofile/ooiprof.htm

・大井さんのブログ
 http://ooipiano.exblog.jp/

・sergejOさんによる大井さん関連記事----CD情報もこちらから!
 http://sergejo.seesaa.net/article/107229003.html#enooihiroaki 
 


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コメント

本文に直接関係無くて申し訳ないのですが、
ベートーヴェン・ピアノ・ソナタに関して、
諸井誠氏と故・園田高弘さんが議論している、
「ベートーヴェンのピアノ・ソナタ 分析と演奏 往復書簡」
http://search.newgenji.co.jp/sgenji/D1/?000106280553/

は、御存知ですよね?
いや、もしもご参考になれば、と思いまして。

投稿: JIRO | 2009年3月22日 (日) 18時09分

JIROさん

・・・これ、知りませんでした!

貴重な情報をありがとうございます。
もともと、諸井三郎さんの「ベートーヴェン」を読んだのが、ある意味でクラシック好きになった大きなきっかけを作ってくれましたから。
しかも、その諸井さんのご子息(いまや大変なご活躍ですが)と園田さんがお話をなさっているのだったら、なおさらじゃないか!

投稿: ken | 2009年3月22日 (日) 18時39分

Kenさん、

>・・・これ、知りませんでした!

あ、そうでしたか。
不勉強な私ですので、恥を忍んで書きましたが、ご参考になって、嬉しいです。

投稿: JIRO | 2009年3月22日 (日) 19時23分

JIROさん

昨日届いて、夢中で読みました。
ただ、今日記事に綴ったようなていたらくで、ちゃんと理解するのには時間がかかりそうです。
それでも、私のレベルなりに大きな感銘を受けました。

いい本を教えて頂き、いま、とても幸せです。

ありがとうございました。

投稿: ken | 2009年3月26日 (木) 21時34分

Kenさん。

色々な所に同じレスを書いて申し訳ありません。

如何にもKenさんが興味をお持ちになりそうな本だな、と思ってご紹介したのですが、

そんなに気に入っていただけて良かった。

ご丁寧に恐れ入ります。

投稿: JIRO | 2009年3月26日 (木) 21時49分

JIROさん

どっちかというと、園田さんの言葉の方が好きな感じです。
諸井さんは、オヤジさんと比べてしまうからいけないのかな。
でも、ある意味、
「さすが三郎さんのご子息」
って解析眼が、楽しいです。

投稿: ken | 2009年3月26日 (木) 22時58分

Kenさん、

園田さんって、物言いが一見乱暴でちょっとべらんめえの江戸っ子みたいなところがあって面白いですよね。

Kenさんの感覚、分かります。諸井さんのエッセイ集で「コンサートの楽しみ方」という本があります。

http://mooo.jp/baha

か、

http://qrl.jp/?292296

どっちも駄目だったらGoogleで「コンサートの楽しみ方」を検索すると一発。150円で売ってますね。古本しかないみたい。

これ読むと、ちょっと諸井さんの印象が変わるかも。

この本にも園田さんのことが書いてあります。

ある時二人で(両夫妻で、だったかな)ウィーンだか何処かで食事をしたんですが、園田さんって食道楽だったんですね。

で、何か美味い物を食べた後、園田さんが諸井さんに、

「君、食う楽しみに比べたら、音楽なんてどうだっていいようなもんだな」と楽しそうにおっしゃったとのこと。

園田さんらしい、と思います。

投稿: JIRO | 2009年3月27日 (金) 19時38分

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