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2009年3月24日 (火)

「ソナタ形式」って何?:聴き手のための楽典006

心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。



齋藤友美賀ヴァイオリンリサイタル(2009年4月28日、市ヶ谷にて)、是非お出掛け下さい。

書籍「金沢城のヒキガエル」、記事をお読みになってお気が向くようでしたら、どうぞご一読下さい。

大井浩明さんのベートーヴェン演奏(フォルテピアノによる)、新鮮です!

ブラームスの「交響曲第4番 ホ短調 作品98」を素材に
001-拍子
002-速度(テンポ)
003-表情
004-調
005-作品番号
について、素人考えをまとめていましたが、中断しておりました。

同交響曲の、表記上のもので、まだ話題にしていないのは「形式」のことです。次の、色をつけた部分です。

第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ ソナタ形式 ホ短調 2/2拍子
第2楽章 アンダンテ・>モデラート 二部形式 ホ長調 6/8拍子
第3楽章 アレグロ・ジョコーソ ソナタ形式 ハ長調 2/4拍子
第4楽章 アレグロ・エネルジーコ・エ・パッショナート パッサカリア ホ短調 3/4拍子

・・・で、最後の「パッサカリア」というのは、ちょっと性質が違うかと思いますので(もともと舞曲の一つでした)、まず、これは分けておきます。
「二部形式」というのは、文字通りふたつの部分から出来た音楽で、上例では出て来ませんが「三部形式」なら
みっつの部分から出来た形式、ということになります。で、この先の「四部形式」とか「五部形式」ってのがあるのかな、と思ってワクワクしながら音楽の教科書を見ても、これは出て来ません・・・つまんねーの!
さらに、三部形式の前には「複合」の二文字がついたものがありますが、これを考え出すと頭の中が「複雑」になります。
「え? 複合ってなにー?」
「わっかりましぇーん!」
はい、避けて通りましょう。
「その前にさあ、二部形式のふたつの部分、三部形式のみっつの部分、ってどうやって見つけるのー?」
は、これも避けて通りましょう。
「なんで三より大きいのはないのー?」
・・・「形式」なんてものを考えた人に聞いて下さい。

「ソナタ形式」という言葉を考えた人は、ちょっとははっきり特定できるようです。
言葉としては見かけが一番分かりにくい、この「ソナタ形式」から取りかかるのは、そんな事情からです。
「その前にさあ」
「・・・はあ、また、その前に、ですか?」
「うん。あのね、ソナタって、なに? あっ、そっか、江戸時代の人がつかってた<あなた>に当たる言葉だよね!」
「・・・」
今日は、やけに風が冷たいようです。



「ソナタ」は、「シンフォニア」・「オーバチュアー」と並んで、もともとは現代的な意味での「特定の音楽や形式」をさす言葉ではなかったことを、もっともきちんと教えてくれるのは、日本の著作物では
佐藤望「ドイツ・バロック器楽論」慶応義塾出版会 2005
だと思っております。なかでも、後年共に長い期間(19世紀いっぱいに至るまで)オペラの序曲の呼び名でもあった「シンフォニア」と「オーバチュアー」がどのような変遷をたどって混同されたまま使用されることになったのか、などについても、ストレートな記述があるわけではありませんが、関連項目を拾い出して整理していけば、日本語の本としては、他の音楽理論史の資料と比べ、飛び抜けて透き通った見通しを与えてくれます。
とくに、「シンフォニア」から変形していった言葉である「シンフォニー」を「(大規模な器楽=管弦楽による)交響曲」と翻訳してしまったことからにっちもさっちもいかなくなってしまっている、ちまたの「交響曲」解説に対しては、佐藤著は時代をバロックに、地域をドイツに限定することから敢て深入りはしていないのですが、きちんと読むと、極めて冷静な目から警鐘を鳴らしています。「ソナタ」についても、佐藤著の態度は同様です。
ただし、今回は楽曲の種類についての記述ではありませんので、楽曲としての「ソナタ」を考えることはしないでおきます。

「ソナタ形式」とは、世間ではどんなふうに説明されている「形式」なのか、だけ、見ておきましょう。
短いサンプルを作りましたので、それを補助的に用います。

(サンプル)

この例で、「汽車ポッポ」に当たる部分が、以下の記号の「A」にあたり、「ブランコ(形をかえてありますのでお聴き取りになれるかどうか・・・)」に当たる部分が「B」に当たります。途中、短調に変わる部分が「C」に当たります。



田村和紀夫「名曲が語る音楽史」(音楽之友社、2000・・・もともと1,800円でしたのに、中古は異様に高値です!)

に記載されているところを参照しますと、もともとこの「形式」はアドルフ・ベルンハルト・マルクス(1795-1866)なる人物がベートーヴェンを中心とする音楽作品の解明のために導入した概念だそうで、簡単に言えば、それは「呈示部、展開部、再現部」の三つの部分をもつ、すなわち三部形式的なものだと説明されています。そして、この用語はハイドンやモーツァルトの楽曲を「形式分析」するときにも用いられています。
ところが、これに対して20世紀前半に活躍したフランスの大作曲家ミヨーが、「ソナタ形式」なる言葉をモーツァルトに当てはめるのは奇妙だ、といった意味のことを述べているのが、上記の説明の後に続いて述べられています。そしてさらに、18世紀には、「ソナタ形式」のもっと初期の例として18世紀中になされたものがある、ということで、リーベルなる人物の『音秩序の原理』(1755年のものの由)に以下のように示されていると記しています。
「主調から属調へ転調し、最終的には属調の平行調(もしくは主調の平行調)から主調に復帰する」(田村著p.88)
のが、18世紀の、「ソナタ形式」というものに対する認識だった、ということです。そして、この記述は、ソナタ形式を二部形式として述べたものだ、としています。主調=A、属調=B、平行調=C、とすると、

A-B|C-A

という二部からなっている、という意味であろうと思われます。

ふーむ。難しいですぅ。

引用文からは、ミヨーの言い分は「ソナタ形式」というものの乱用に対する嫌悪を示したものであるように読めるのですが、田村さんは、それを「モーツァルト以前とベートーヴェン以後」の分岐点を示す言葉として捉えていらっしゃるようです。(本書を初めとする田村さんのご著書は、素人にとっては大変親切な、楽曲分析の本ではあります。)
たしかに、ベートーヴェン以後の「ソナタ形式」とされているものは、

・A部分を「第1主題」、B部分を「第二主題」と呼び、以上をひっくるめて<呈示部>と称します。
・C部分はAかBのいずれか、または両方から素材を拾って来て、自由に展開されるので<展開部>と称します。
・ふたたび現れるA部分にはB部分も「主調」で付加されて一体化しており、<再現部>と称します。

一方で、モーツァルトより一世代前にあたるクリスチャン・バッハの『シンフォニア』でソナタ形式とされるものは、二分構造の後半に当たるはずの、まずCの部分については、AともBとも全く関係のない素材で作られていることのほうが多く、18世紀の「ソナタ形式」説明に合致しますが、のこるAの部分は単純に主調に回帰するのではなく、前半部で「属調」であったB部分はAにくっついて「主調で」現れます・・・

このことは、ミヨーの批判よりも、後で出てくる、田村さんご自身による「ソナタ形式」とアリストテレースの『詩学』との対比のほうが、正鵠を得ているように感じられます。・・・田村さんは、わざわざミヨーの言葉なんか引く必要はなかったんじゃないかな、という気がするのです。

「悲劇が描く行為とは、一定の大きさをもって完結している。ということは、そこには『始め』と『真中』と『終わり』があることを意味する。そして、それが統一された全体であるということは、本来的にそうでしかありえない『始め』と真に真中らしい『真中』、それに必然的な帰結としての『終わり』をもつことである。」(同書p.90)
こういう、劇の原理の音楽化こそが「ソナタ形式」なのではないか、ということを、田村さんは、このあとモーツァルト『フィガロの結婚』第3幕5場の六重唱を例に検証していくのですが、これは見事に図に当たっていることになります。

すると、やはり、とくに「C」部がA、Bと直接的な主題の繋がりがあろうが無かろうが、「ソナタ形式」というのは、三つの部分

1)主題を明らかにする部分で、基本的に2つのものが、最初(A)のは主調で、次(B)のは属調で示される
2)自由なドラマ展開部分で、基本的に属調または主調の平行調で示される
3)主題に戻ってくる部分で、A、B共に主調で示される

言い換えれば

1)ドラマが幕を開けるが、そこにはまだ少なくとも二つの対立がある
2)ふたつの対立の中の幾つかの要素を用いるか、または全く用いないで、ドラマを盛り上げる
3)最初の二つの対立が、(同じ主調で示されることで)歩み寄って解決する

という、小規模ならば三場の、大規模ならば三幕の劇をしめすようなものが、基本的な「ソナタ形式」であると見なせるのではないか、と思います。

ただし、ミヨーの反発に戻れば、それにはもっともなことがあるのでして、ミヨーが言う通り、
「モーツァルトのソナタのなかには、導入部のアダージョだけでも、10にものぼる主題のみつかるようなやつがある。しかも、どの音もみんなしかるべきところにおさまっていて、弱いところなど一箇所もない!」(同書P.88に引用)
・・・こんなこともありますから、上の「A」を「第1主題」、「B」を「第2主題」と呼び変えることは、必ずしもふさわしくはありません。

このあたりの機微を知るには、ブラームスのこの交響曲は少し複雑すぎるのですが、第1楽章をお聴き頂き、そのドラマの大きな「三つの部分」がどうなっているか、にじっくり耳を傾けて頂ければと存じます。(調の関係は上述の模式的なものよりずっと複雑ですので、あえて触れません。構造は、耳でもよく把握できる曲です。)

・第1楽章(カルロス・クライバー/ウィーンフィル、ドイツグラモフォン国内盤から。モノラル化)
第1楽章
Deutshe Gramophone UCCG-70020



「三つの部分で出来ているんだったら、三部形式なんじゃないの?」
・・・うーん、このことについては、実は、たしかにビミョーなのではないか、と、私は思っております。
余分なひとことを付け加えるならば、「ソナタ形式」と呼ばれるものになったもののおおもとは、イタリアオペラで発達した「ダ・カーポアリア」という歌唱曲の書法(書き方、作り方)に由来するんじゃないのかな、という思いが、私の胸の内にあるからです。
ですが、いまのところ検証をしたわけではありませんので、これは折りをみて勉強してみたいと思います。

いきなりまとめますと、
「ソナタ形式」というのは、おそらく、たぶん、「幕開け」と「錯綜」と「大団円」という劇構造を持った「三部形式」の特殊形・・・などという「まとめ」は、どうでしょう、まだちょっと根拠が薄いかなー???


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