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2009年2月27日 (金)

モーツァルト:イ短調ピアノソナタ冒頭の響き(平均率でも中全律でも)

※2月28日、3月1日は、所用のため新規記事は綴りません。



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・・・是非、お目通し下さい。

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ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。

Amollsonata1autoピアノソナタとしては最も有名なもののひとつであるこの作品(K.310)については、エピソードや構成について長々と綴ることはやめにします。
ただ、モーツァルトの伝記をお読みでない方のために、このソナタにまつわる可能性が高いとされることどもについて、月日順に箇条書きだけしておきます。・・・それは、パリでの母の客死をめぐる、切ない物語です。この事実とイ短調ピアノソナタの関係は明確ではありませんが、本当に関係がないかどうか、は、ここに挿入するモーツァルトの自筆譜(画像が不鮮明で恐縮です)の書き方が・・・間違いなく清書稿ですのに、心無しか符尾(音符から伸びている線)に、過去並びにこの先の彼の清書稿には見られない歪みらしいものが見られることから想像して頂くしかなかろうと思います。・・・画像はクリックすると拡大します(不具合があるブラウザもありますが)。

また、36小節まで記されたこの稿の3段目(1段は2行)から6段目にかけては五線があらかじめ引かれたものより引き延ばされていますけれど、これが果たして用紙を購入出来ないという経済的な理由からなのか、用紙を調達するいとまを待たずに書き上げなければならないというモーツァルトの内的な理由から行なわれたものなのかは分かりません。・・・ただ、お金の有無にかかわらず、パリ滞在中の彼は仕事でモノを書く限りは五線譜は注文主等から調達出来ていたはずですから、前者の経済的理由というのは考えにくいのではないか、と、私は思っております。

伝記的事実
・5月11日、レオポルト、書簡で、パリで宿に籠り切りの生活の妻マリア・アンナに瀉血を勧める
・6月11日、レオポルトの妻にしてヴォルフガングの母マリア・アンナ、瀉血治療を受ける
・6月12日、マリア・アンナ、生涯最後となる夫宛の手紙を(そうなるとは予想せず)書く
・6月18日、(ヴォルフガングのパリ交響曲が好評のうちに上演される)
・6月19日頃以降、マリア・アンナ、不調となる
・7月1日(?)、マリア・アンナ、聖体拝領を受け、終油の秘蹟を受ける
・7月3日、マリア・アンナ、5時21分危篤に陥り、10時21分に死去(57歳)
・同日、モーツァルト、ザルツブルクのブリンガー神父宛に母の死を知らせると共に父に心の準備をさせておいてくれるよう依頼する手紙をしたためる。同時に、父宛にはまだ母の死を伏せ、その不調だけを伝える手紙を書く。
・7月9日、モーツァルト、母の死の事実を記した手紙をレオポルト宛に書く
・7月13日、レオポルト、3日付の最初の息子からの手紙に返事をしたためる。妻の死は悟っていた。
 「私はこれを泣きはらした眼をして書いているが、神様の御意志にはすべて忍従するのだ」
 (海老澤敏 訳)



音楽の構成について、先に簡単に記します。

第1楽章 Allegro maestoso 4/4, 134小節、ソナタ形式
 呈示部:1-49小節、展開部:50-79小節(対位法を駆使)、再現部:80-134小節

第2楽章 Andante cantabile (con sepressione) 3/4, 二部形式
 途中でしばしば激しい短調に転ずる作風は、これまでの中間楽章には見られなかったもの

第3楽章 Presto, 2/4, 252小節、ロンド形式(もしくは三部形式)
 中間の143-174小節はイ長調だが、ディナミークはpで貫かれている

第2楽章の激情、第3楽章の中間部の「幻影」も是非お聴き頂きたいのですが、ここでご紹介しておきたいのは第1楽章の冒頭部です。
ご存知のように、現代のピアノは平均率で、モーツァルト当時のピアノフォルテは中全音律で調律されています。
それぞれの楽器の特性を理解した演奏家ならば、しかし、調律がどのようであろうとも、美しく響くということに耳を傾けて頂きたいと思います。

音の例を先にあげます。

・モダン・ピアノによる第1楽章・・・ピリス(DENON COCQ-84116)
ピリス

・中全音律のフォルテピアノによる演奏・・・オールト(BRILIANT 93025/7)
オールト

自筆譜では分かりにくいので、NMAにある印刷譜で第1楽章の冒頭部を見て頂きましょう。

Amollsonata1print

たとえば最初の1段目で、音譜から音そのものが想像出来ないとしても、視覚的イメージとして、2小節目、4小節目が「音の激しいぶつかり合い」であることは理解出来ると思います。
(以下、ちょっと理屈になるので、括弧で括っておきます。これをコードネームで決めつけると、実は間違いなのでして、機能的には前の小節の主和音(トニカ)を受けるドミナントだけが純粋に残るべきところを、モーツァルトとしては心情を引きずっているイメージを示すために、わざと、ドミナントの上にトニカをかぶせているだけなのです。そこを誤解すると解釈を間違います。類似の、しかしまた性格を異にする鮮烈な不協和音は、10・12小節にも現れます。・・・また、この冒頭部の、21小節までに示される極めて激しい転調にも注目しておかなければなりません。イ短調に始まってほぼ半分の10小節目まではその主調の上に執拗に留まっていたかと思うと、11小節から14小節はニ短調、14-15小節はハ長調、残りはハ短調、と、切迫感のある展開を示しています。)
で、このぶつかり合いを、中全音律ならば、強烈なまま響かせることが可能であることが、オールトの方の演奏で分かります。
平均率では、激しい不協和音のままで演奏すると、濁ってしまいます。ですので、和音のドミナントの方にウェイトをおいてタッチバランスを調整することで、響きを美しいものに聴かせ得ることが、ピリスの演奏の方で分かります。
では、平均率では「ぶつかり合い」を表現することを犠牲にしなければ美しく響かないのか、というと、それはタッチバランスとは全く別のはなしなのでして、平均率でありながらピリスよりもくっきり「ぶつかり合い」を浮き上がらせた演奏もあることは・・・手元にある材料でご紹介出来ないのは残念ですが、念のため申し上げておきます。


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コメント

こんばんは。
ついにこのソナタにたどり着きましたね。
この辺りの作品から後は考察するのも厄介な領域に
なってくるかとは思いますが、楽しんでくださいね(笑)
(いや、悪気はないのですよ!)

さて。
この曲が母マリア・アンナの死とどの程度関係があるのか、
については想像の域を出ませんが、そういう説の存在に
かなりの説得力を与えるくらいK310は異様な曲だと感じます。
しかもその異様さは(当時の)短調の物珍しさではなく、
全楽章にわたる作り込み具合によっているのが凄まじいところですね。
第一楽章はもちろんのこと、緩徐楽章、終楽章に至るまで
情報量がそれまでのソナタとは段違いで、驚かされます。
(特に後半の2つの楽章。)
その後のソナタでもこの曲くらいのレベルで語れるものは
多くはないのではないでしょうか。

このソナタはレオポルトには不評だったようで、
いろいろ文句を言われたらしいのですが、
やはりヴォルフガングにはそうせざるを得ない事情が
あったのではないかと思われてなりません。

余談ですが、第一楽章の第二主題以下(提示部、再現部共に)
に何のデュナーミク記号も付けられていないのはナゾですね。
Allegro maestosoという発想記号の希少性共々、
かなり意味深な感じです。

投稿: Bunchou | 2009年3月 3日 (火) 19時48分

>第一楽章の第二主題以下(提示部、再現部共に)
>に何のデュナーミク記号も付けられていないのはナゾですね。
>Allegro maestosoという発想記号の希少性共々、
>かなり意味深な感じです。

ディナミークを記す心のゆとりもない・・・それだけ一気に書かざるを得なかった「思い」があるのではないでしょうか?
私に考えつくのはそれだけですけれど。

Allegroにmaestosoがくっつくのは、初めてみた時、やっぱりビックリしましたけれどね。この「意味の破綻」も、作曲時の精神状態を物語っていると素直に受け止めてよいのではないかと思います。
如何でしょう?

投稿: ken | 2009年3月 3日 (火) 23時12分

>ディナミークを記す心のゆとりもない

そう思いたいところなのですが、他の部分では比較的ちゃんと
付けられているようですので、その可能性は薄いかもです。
それだけに第二主題以下の「空白」が謎めいているのですが。


>Allegroにmaestosoがくっつくのは、~

後の作品では、例えばクラヴィーア協奏曲25番ハ長調の
精密な第一楽章が「Allegro maestoso」の指示を、
以前の作品では、
「ミサ・ロンガ」のアニュス・デイが「Adagio maestoso」
の指示を持っています。
これらの作品の「真面目で荘厳」な性格を考慮すると、
K310の方は短調なだけになんとなく「葬送」的なイメージも
含まれているのかもしれませんね。
素人考えではありますが。
(そういえば同じイ短調のロンドK511も
友人の死と結び付けられることが多い作品ですね。)
いずれにしてもこのソナタはモーツァルトの「異常事態」を
間接的に伝えているものと取ってもいいのではないかと
僕も(Kenさん同様)感じます。
それと、後に「後宮」作曲時に本人が語った、
「どれだけ激しい感情を表現するときでも、
それは音楽でなければなりません。」
(うろ覚えですが、こんな感じだったかと。)
を立派に体現した実例と言えるのではないかとも。

投稿: Bunchou | 2009年3月 4日 (水) 01時18分

Bunchouさん

>他の部分では比較的ちゃんと付けられているようですので、その可能性は薄いかも

そうか・・・そう仰られれば、そのとおりだなあ。
これが最初におおやけに演奏されたのが確認できるのって、いつなんでしょうか?
そこまで調べなかったからな。、で、おとうさんの反応がノーだったわけですね。
やっぱり、日本語訳の書簡全集でも手に入れないとダメかな。
持っている本をそこいらに売りにいっても、安値しかつかないから、元手が出来ないなあ。。。(爆)

あとは、Allrgro maestosoのついたものがどれだけあるか、どんな曲か、を調べ上げて、作曲動機なんかも判明するものははっきりさせていかないと、チャンとは分からないかもしれませんね。

ご教示お待ちしております!(・・・と、あてにする!)

投稿: ken | 2009年3月 4日 (水) 18時17分

こんばんは。

>最初におおやけに演奏されたのが…

これは分からないでしょうねえ。
もともとモーツァルトのクラヴィーア・ソナタに関しては
彼自身がほとんど語っていないこともあって、
分からないことの方が多いみたいですし。
ここではっきりしていることは、
K309、K311と合わせて出版されたことくらいでしょうか。


>おとうさんの反応がノーだったわけですね

どの書簡だったか見つけられないのが残念ですが、
あの時期にヴォルフガングがいくつかのソナタを
故郷に送ったときに
「大多数の人にはちんぷんかんぷんな和声進行や、
弾くのも困難な旋律」
を批判されたようなのです。
状況から言っておそらくこのソナタのことだろうと言われています。
(この時期の他の「ソナタ」にはそれに該当しそうな曲は
確かになさそうですので、K310のことかと。)

レオポルトの理想はクリスティアン・バッハの音楽のような
簡潔さにあったようで、息子が意欲的な作曲家であろうと
することに対しては厳しい傾向があったようですね。


>Allrgro maestosoのついたものがどれだけあるか…

これは吟味する必要がありますよね。
意外にもシンフォニー16番ハ長調K128の第一楽章が
この指示を持っていたりして、その意味するところは
なかなかよく分からないので。

投稿: Bunchou | 2009年3月 4日 (水) 22時33分

Bunchouさん

・・・そっかあ。書簡が特定できないかあ。。。
ケチって横文字の買っちゃったからなあ。

子供の学費が払い終わったら探そう。。。

投稿: ken | 2009年3月 5日 (木) 17時17分

訂正です。
「ミサ・ロンガ」のアニュス・デイは
「Adagio maestoso」ではありませんでした!
うーん、どこで見かけたんだろう?

投稿: Bunchou | 2009年3月13日 (金) 12時35分

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