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2009年2月 4日 (水)

クヴァンツの言葉から

心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。


大宮光陵高校管弦楽部がSONYのウォークマン"Play You"のCMに12月13日から出演しています!


今日は、精神的に支えて下さったかたのお一人がご栄達されるとの報を受け、大変喜ばしく思った反面、それに伴ってそのかたが遠方に行かれることにもなりましたので、寂しさもひとしおとなりました。

そこで、メインのMacさえ故障していなければ、せめてお祝いにふさわしい音楽をアップ、もしくはYouTubeの映像をリンクしたかったところなのですが、いま仮にメインとして使っているマシンは6年前のものでもあり、ブラウザの機能に制限もあり、現状配付されているFTPソフトは非対応のOSで動いてもおりますので、別のことを企画しました(・・・企画、というのは大げさですが)。

そのかたは、音楽畑で、ではありませんが、ある分野の作品群とその創作者について、私が一読して尊敬してしまったほどの冷静な分析を、おそらく、対象とした創作者に対して初めてなさったかたでもあり、お年もこれからますますのご活躍が期待できる若さです。

およそオリジナリティとか新鮮な視点など持ち合わせない私にできることは、この場では「音楽」を離れないことを鉄則として考えるならば、音楽の古典から、この機会にふさわしい言葉を拾い出すことくらいです。

ふさわしい言葉に溢れた本、というのが、実は、あまりない。
以前ならベートーヴェンの言葉のようなものが珍重されたかもしれませんが、それはどちらかといえば「一般的に求められる人間性」の類いをそこから類推するにふさわしいだけです。
シューマンが残した演奏家心得(「ユーゲントアルバム」に収録)もすばらしいのですが、こちらは視野が音楽に限られる(前にご紹介したことがあります)。


Flute いい素材は、むしろ、もっと前の時代の著作物にありました。
クヴァンツ『フルート奏法』(1752)です。(リンク先では「現在お取り扱いできません」となっていますが、2007年に印刷された物は楽器店の店頭に置いてあります。)
この本、フルートのことしか書いていない、というわけではなく、弦楽器もオーボエもファゴットも、通奏低音奏法もマスターしていた彼の体験からくる、音楽全般についての知見が幅広く記されています。
そこには、しかも、「音楽」という事象を通して彼が本質を見極めてきた人間社会について、現在でも通用する<相手に対して向けるべき視線・・・読み取るべき価値観>を透かし見させてもくれるのです。
第18章「音楽家と音楽論」がその中心になっていますので、そこから幾つかを拾って、私の大切な恩人のかたに、併せて今日まで私を支えて下さってきたかたたち、これからも支えて下さるかたたちに捧げたいと思います。(荒川恒子訳 全音楽譜出版社から引用させて頂きます。ただ、推測で、「本来こっちの意味ではないのかな」と思った部分については大幅に変更を加えました。ですので、書籍の訳文とお比べになったらビックリなさってしまうでしょう。それはご容赦頂くこととします。ただし、クヴァンツさんの原文から意味がそれてしまっているようでしたら、クヴァンツさん、夢の中で叱って下さいね。直します。)・・・音楽という語彙は、適宜読み替え可能であろうかと思います。


§1:音楽ほどすべての人に批評される芸術はない。音楽にたいして断定を下すことなど、何にもまして簡単なことなのだろう。【専門の、あるいはそれに準じる】音楽家ばかりでなく、愛好家に過ぎない者さえ、自分の聴いたものに対する裁判官だと人に見てもらいたがる(kenのひとりごと・・・耳が痛い!)

§3:聴衆は自身の根源的で素直な感覚をもとに判断するのではなく、歌い手・奏者で最も有能な【と世間で評判になっている】者だけに耳を傾けようとする。・・・その【評判の】人が演奏するならば、演奏が粗雑であっても、曲が粗悪であっても、「素晴らしかった」と【無意識的な偽りの】好評価を広め、そうでない、世に知られてもいない人ができるかぎり一生懸命演奏したとして、それがいかに優れていたとしても、殆どだれも注目などしない。

等々の前提があり、クヴァンツによる、そうしたことへの音楽家の対処法がちょっと長めに記され、その後にこのセクションが来ます。

§7:音楽は気まぐれに評価されるべきものではなく、他の芸術と同様に、規則に従い多くの経験と練習によって到達した、浄化されたよい趣味【があるかどうかによって評価されなければならない。・・・音楽が好きな限り、批評を控え、もっと注意深く聴くことにつとめる方が、はるかに良いはずだ。・・・変な時に批評する者(kenのひとりごと・・・この「変な」とはどういう「変な」なのかは、原文を参照しないと分かりませんので、そのままにします)は、その者自身と意見が異なり、たぶんより多くのことを理解している者に自分の無知さ加減を暴露することになりかねず、そんな批評からは【音楽家は】何も期待できない。以上から、音楽の裁判官の役割を引き受け、その責務を【音楽そのものに対する】敬意を保って遂行することが、いかに難しいかが分かる。


・・・この3つにとどめましょう。(引用したはずの訳文とは、だいぶかけ離れました。原文を完全に推測できるわけではありませんが、推測した原文のイメージに、日本語に直した場合に付加すべきものを付加してみました。前述の通り、誤りがありましたらご容赦頂くとともに、ご指摘・ご教示を頂ければ幸いに存じます。)

以上は、これらをを既に実行なさっている、私の尊敬する(仮名)Sさんへの賛辞の代わりであり、同じ意味で、とくに私の精神の立ち直りを遠くから見守り続けて下さっている(仮名)Yさんにも捧げたいと思います。・・・自分で思い付けないので、先人からお借りした次第で、お恥ずかしい限りですが!


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