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2009年2月 8日 (日)

アリストテレース『詩学』:(古代ギリシアの音楽観1)曲解音楽史番外

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・・・是非、お目通し下さい。



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ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。

イタリアのいわゆる「バロック音楽」は、オペラ無しには語れません。
その「オペラ」は、ルネサンス末期にようやく、思想、文学に遅れて音楽にまでやっと及んだ「古代ギリシア・ローマへの回帰」指向無しには、また、語れません。
理論家メーイが先鞭をつけ、高名な自然科学者ガリレオ・ガリレイの父であるヴィンツェンツィオ・ガリレイがその論を深め、ヤコボ・ペーリ(あるいは嫉妬深いカッチーニ)がそれを1600年の「エウリディーチェ」で実践にうつした過程(実際にはさらに2年前にペーリ作「ダフネ」がありましたが、楽譜は大部分散逸しています)の意義をあらためて考える他に、なぜ「オペラ」が誕生しなければならなかったか、それをもとにさらなる音楽の発展がなぜヨーロッパにおいてなされることになったか、を本質から理解することは不可能であろうと思われます。

同じ台本による「エウリディーチェ」を、最初は共作の形で仕上げたはずのカッチーニが、自らの全曲作曲版をペーリに先行して出版し、しかもペーリ作品の出版を妨害しようとした事実がこんにちでは明らかになっていますが、これはカッチーニの方がどうやら『古代の音楽と現代の音楽についての対話』を著したガリレイらのカメラータと深く接近しており、ペーリよりも自らの方が「古代に対する知見については先輩であった」との強い自負があったのかも知れず、彼を上記の事実で単純に嫉妬深いと見なしてはいけないのかもしれません。カメラータの運動は途中で挫折し、そこで台頭して来たのがペーリでしたから、カッチーニの思いはなおさら切々たるものがあったのかもしれません。
しかしながら、ペーリ自体が「語りをも音楽にするべきである」というレシタティーヴォ論を現実に初めて体系的に語った人物であることは見逃せず、ペーリの方がやはり、「古代復興」に当たっては理論も製作も統一的な見地から行なった、という点では分があるようです。

1600年頃のイタリア人の古代ギリシア音楽観は、
「ギリシア悲劇の劇全体が歌われるものであった」
という認識から出発しており、ペーリにしてもカッチーニにしても、それぞれの「エウリディーチェ」ではそうした価値観から通作を行なっています。これらの作品は、幸いにして、最近やっと私たちも容易に耳にすることが出来るようになりました。
実際に耳にしてみると、ペーリの「レシタティーヴォ」も、すぐ半世紀後には後輩たちの手によってもっと「語り」の要素を強めていく(モンテヴェルディの後継者と言われるカヴァッリの作品には既に顕著にその傾向が聴き取れます)のですが、まだまだ「歌謡的」であるものの、とにかく、劇全体が通して「歌われる」、従って
「素の<語り>はない」
点で画期的だったことが充分に伺われます。

ですが、さて、古代ギリシア、あるいはその延長線上にあった古代ローマの悲劇や叙事詩などは、本当に全編歌われたものであったのか、というと、とくに言語が高低アクセントであったローマ(ラテン語)については、そうとは言えないようです。これは、ギリシアのアリストテレースの『詩学』と後代のローマのホラーティウスによる『詩論』を読み比べてみても、なんとなく分かることです。ギリシアの方は、言語自体が長短アクセントであったため、劇詩のような韻文には必然的に定型的なリズムが存在し、ローマは度外視してギリシアのみに着目すれば、「叙事詩」や「詩劇」は全体が「歌われるように聴こえる」ということはあったと思われますので、これがカメラータの運動を経てペーリのレシタティーヴォ理論に結びついていったことは自然であると見なしてもいいかもしれません。その点では、結果的に形体は古代ギリシアの再現とはならなかったかもしれませんが、1600年のオペラ群(カヴァレッリの素晴らしい『魂と肉体の劇』も含めておかなければなりません)は、音楽の世界がやっと到達した<古代復興>であったと評価することは正当なことだと思われます。

問題は、では、こうした考え方に繋がったと容易に確認できる読物はアリストテレースの『詩学』なのですけれど、通常は文学論と見なされるこの書物が、実は音楽論の書物である、と見なしてしまっては間違いなのかどうか、ということです。



仮にアリストテレースの『詩学』も音楽論の中の一書なのだと見なすことが許されるなら、現存する古代ギリシア音楽論で私たちアマチュアでも容易に手にする出来る文献は以下のように区分できます。

1)総合的な理論(作劇法=作曲法までをまとめたもの)=アリストテレース『詩学』
2)楽典的知識の整理を眼前にさせてくれるもの=プラトーン『国家』(第3巻第10巻
3)純粋な音程・音階理論=アリストクセノス『ハルモニア原論』、プトレマイオス『ハルモニア論』

最初の二つは文庫本で読めます(岩波文庫)が、3番目のものは若干入手しにくいかも知れず、しかも内容が最も読み取りにくいもので、予備知識が必要です。
古代ギリシアの音律について記した現代の本には
藤枝守『響きの考古学 音律の世界史からの冒険』平凡社ライブラリー2007
U.ミュルス編、角倉一朗監修『図解音楽事典』白水社
があり、後者の方が幾分細部まで説明がありますが、上記の3を読み解くためには以上では断片的な知識しかえられず、いまのところ(目にした限りで)最も懇切丁寧な説明がされているのは、日本語の出版物では『平凡社 音楽大事典』のギリシアの項目です。

で、アリストテレースの『詩学』を、果たして上のように古代ギリシア時代の作曲法までをまとめたものだ、と見なしてよいかどうか、が、今日の焦点です。



『詩学』のギリシア語での原題は "Peri Poietikes" であり、訳としてはたしかに『詩学』としか言いようがないのですが、この「詩」とは古代ギリシアではどんなものを意味していたか、が、キーポイントとなります。(以下、引用文は、岩波文庫本によります。松本仁助・岡道男訳。中央公論社からも抄訳が出ていますが、岩波文庫の訳文の方が私にとっては読みやすく感じられましたし、現在入手しやすいのもこちらです。)

アリストテレース自身の表現も間接的なのですが、次の記述はたいへん示唆的です。

「ホメーロス(伝説上、『イーリアス』および『オデュッセイア』の作者として有名)とエムペドクレース(哲学者)のあいだには韻律以外になんの共通点もない。したがってホメーロスを詩人と呼ぶのは正しいが、エムペドクレースは詩人と呼ぶよりも自然科学者と呼ぶ方が正しい。」(第1章、岩波文庫本23頁)

・・・ここまでで、古代ギリシアにとっての「詩」は韻文であり、かつ、少なくとも他の分野と差別性が認めうるものを指していることが分かります。

より具体的には、詩作については第4章で次のように述べています。

「一般に二つの原因が思索を生み、しかもその原因のいずれもが人間の本性に根差しているように思われる。
(1)まず、再現(模倣)することは、(中略)再現を好み再現によってものを学ぶという点で、(人間にとって)他の動物と異なる。
(2)・・・すべての者が再現されたことをよろこぶことも、人間にそなわった自然な傾向である(中略)その理由は、学ぶことが哲学者にとってのみならず、他の人々にとっても同じように最大のたのしみであるということにある。(後略)」
「再現することは、音曲とリズム----韻律がリズムの一部であることは明らかである----とともに、わたしたちの本性にそなわっているものであるから、最初は、これらのことがらに生まれつきもっとも向いてる人たちが、即興の作品からはじめて、それをすこしずつ発展させ、詩作を生み出した。」
(28頁)

ここで、「詩」と音楽は切り離せないことが表明され、かつ「再現(模倣)」を通じて人間になにものかを学ばせる性質を持つものだ、と規定されています。
アリストテレースの『詩学』は、後年見なされているような「少なくとも単純に文学の内容について語った論」ではないことは、この規定で「詩」と「リズム」が切り離せないとされていることから明確になります。もっとも、ここまででは、たとえば、まだ中国の「詩」のルールとの差異は明確ではありません。

決定的なのは、第6章以下が、具体的に「悲劇」、「叙事詩」の作劇法・筋書の取り方についての方法論となっていることです。・・・このことで、まず、アリストテレースにより、古代ギリシアの詩は中国などの韻文詩と差別化されることになります。
かつ、この作劇法の中で、音楽的要素が欠かせないものとして捉えられていることから、アリストテレースによる「作劇法」は、文学としての戯曲作法とは根本的に異なるものだと行っても差支えないかと思います。
悲劇の「筋(すなわち、ストーリー)」について、第8章で設けている方法論は重要性も高く、文学作法としてのみ読むことも可能ですが、総体的に見れば、あくまでも「悲劇」の一要素としての取扱いを受けているだけです。
前もって第6章で「悲劇の定義と悲劇の構成要素について」で表明しているのは、

「すべての悲劇は必ず六つの構成要素をもつのであり、これらの要素によって悲劇の性質が決まることになる。これらの要素とは、筋、性格、語法、思想、視覚的装飾、歌曲、である。」(35頁)

この中で、語法と歌曲が「再現の媒体となるもの」として規定されており、これがルネサンス期のペーリによってレシタティーヴォ理論が組織される根拠となった考え方(ペーリ自身がアリストテレースのこの記述に接したかどうかは別として、少なくともそれを引き継いだ記述によっては影響を受けたでしょうから)であると見なしてよいのではないでしょうか?

もちろん、だからといってアリストテレースの『詩学』全体が音楽論であると見なすのは度を過ぎたことではあるでしょう。彼は、

「これら六つの要素のうち、もっとも重要なものは出来事の組み立てである。」(36頁)

と述べているからです。
それでも、ここには、遠い二千年以上前の時期に、既に「総合芸術論」が展開されていると見なすことも可能でして、「出来事の組み立て」は、振り返って読めば分かる通り、六つの要素として採り上げられた言葉ではないことから、彼の「綜合」の意図を汲み取っておくべきでしょう。
ここで先取りされた「総合芸術論」の実践は、19世紀後半のワーグナーに帰されることが一般的ですが、ペーリらの直後、1604年には、モンテヴェルディが『オルフェオ』によって既に最初の実践を見せていることは再認識されてよいことです。・・・ただし、これはモンテヴェルディという天才が存在して初めてなし得たことであり、その死後には「総合芸術」と見なしうるような作品は、音楽分野は勿論、他の舞台芸術にも見出すことは出来なくなります。ワーグナーの楽劇も、せいぜいそれに続いた天才リヒャルト・シュトラウスまでで潰えてしまい、いまや映画にその片鱗が見られる程度であることは、ある意味ではこれからのアーティストにとっては希望的材料でもあるかと思いますが・・・これは話が飛躍し過ぎか。

具体的に、ではアリストテレースは作劇とはどうあるべきだと述べているか、までをご紹介したかったのですが、冗長になりましたので、今回はこれでやめます。これは機会があれば覗いておきたいことです。
さらにプラトーンの『国家』をヒントに、古代ギリシアでの音楽の受容のされかたを観察し、その後アリストクセノスやプトレマイオスの韻律論も見ていきたいと思っております。

最後にもうひとつだけ、アリストテレースからの引用をしておきます。

「悲劇は叙事詩がもっているものをすべてもっている。じじつ、悲劇は叙事詩の韻律を使うこともできる。さらに、悲劇はその少なからぬ要素として音楽(歌曲)と視覚的装飾をもっているのであり、それによって、悲劇がもたらすよろこびはきわめて生き生きとしたものになる。」(第26章、107頁)


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