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2009年2月20日 (金)

「正しい」という言葉への、ふとした思い

心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。



大宮光陵高校管弦楽部がSONYのウォークマン"Play You"のCMに12月13日から出演しています!

ふりかえってみれば、「うつ」になった自分が、「何かを見つけなおそう」と思ってブログを始めてから、早3年半が経ちました。
思いがけないことに・・・それは本当に、未だに残酷な夢のようで、私に追い討ちをかけ、いちばん信じられずにいつづけていることなのですが、
「お医者さんの話だと、ようやく、薬がやめられそうだよ」
「そう、よかったね!」
と、いちばん喜んでくれた家内が、ブログを始めてたった7ヶ月後、こんな会話をしたホンの数日後に、急死してしまいました。

それが、私をブログなんぞを綴ることにのめりこませた最大のきっかけです。
で、様々ありまして、最初綴っていた私的なことは、ブログのサーバの業者さんの仕様変更に伴ってこちらを新設しなければならないという事情が発生してから、こちらでは殆ど綴らなくなっていました。
またちらちらと綴り始めたのは、「好きな曲」として分けたカテゴリの中でであることが殆どで、併せて旧ブログには、週1回、オーケストラ仲間の皆さんへお出ししているメール(みんなさぞ迷惑していることでしょうね!)を少しだけ手直しして載せるようになりました。

家事もあるのですが、それでも殆ど休まず続けてこれたのは、まだまだ学業半ばの子供たちがだんだんに家事分担も手際よくこなせるようになってきてくれたこともありますけれど(感謝)、何よりも、心のどこかに
「そうだ、綴りつづけることを、やめてはいけないんだよ!」
という、誰からでもない言葉が聞こえてくる気がするからです。
「なぜなら、お前には、学ばなければならないことがまだまだあるから」
・・・そして、学ぶということは、一生続くものだから、という声です。



初めは粗々でしたし、いまでもパッと飛びついた本や音楽や映像には動物的に
「あ、これはいい! これはいかん!」
と思うとまず何も顧みないで所感を述べてしまったりする軽率さは・・・生来の性格なのでしょう・・・やっぱり抜けずにおります。

が、それでも、とくに家内を亡くしてからは、「意味を<読む>」大切さを、つくづくと感じながら、一度飛びついたものを見直してみる精神も、ちょっとは自分の中に芽生えてきたような気がしています。

これはひとえに、まだ家内の生前からブログ上でお付き合いを始めさせていただいたガメラさん(改めイワンさん)JIROさん仙丈さんをはじめとする皆さんが都度ヒントを下さったおかげですし、直接ご本名を挙げて恐縮ですが、文学にからきし疎い私が、杉山欣也さんのご著書『三島由紀夫の誕生』を拝読して徹底して思い知らされた、「分析的にものを見るプロセスの大変さ、それでもそれを可能な限り<客観的にまとめ上げる>努力の継続の重要さ」が、たかが一介のサラリーマンの趣味であっても、可能な限りはただの娯楽に済ませず、予算と機会に限りはあっても可能な限りの調査は肯定的なもの・否定的なもの両面からなされなければならず、「では、本質のありかはどこか?」を見極めなおさなければならない、との思いを私に強く持たせてくださったおかげです。(ついでに言えば、杉山さんの客観的態度は、「三島由紀夫」と併行して「小林多喜二」も観察できてしまう・・・とくにご年配のかたにはこんな併存は信じられないでしょうが、いずれの作家・作品に対しても、「温かい目」を失わずに客観性も保つ、という目が備わっています。「温かい目」というのも、あまりに軽率に熱に走る著作が、今の日本には分野を問わず新発刊され続けている事実を前にしたとき、非常に重要な、取り戻すべき本質のひとつであると思います。)



きちんと理解できていないので恐縮ですが、杉山さんの「方法」は、およそ<三島由紀夫>と称するようになった一作家が、現在の既成の価値観で「右かどうか」などという結果から見た勝手な主観で判断されることを白紙に戻すことからスタートしている点で、衝撃的でした。

漁り続けた日本の、とくに音楽の「演奏法」とか「解釈」を建前とする書物などは、きちんとした定義を全く明示しないままに、筆者の中には出来上がっているだろう「定義」が独走しているケースばかりでして、それを振り返ってみると、本当の意味の「良書」には、なかなか巡り会えない。読み返すと「あれ? これ、分かんねえや」というものが多いのです。日本人として、寂しいかぎりです。(訳書でしか読んでおりませんが、これは、クヴァンツやレオポルト・モーツァルトの時代のヨーロッパの著作では初歩から入って彼らの考える本質までを順序立てて述べているという点で、遥かに優れています。)
それでも生涯で今でも「これはいい」と思っている本は2つあります。ただし、そのひとつである諸井三郎さんが書いた音楽理論の入門書はもう手に入りません。
もうひとつは、近衛秀麿著『オーケストラを聞く人へ』で、これはこんにちでも入手可能です。本当に初めてオーケストラというものを聴く読者に向けて、これ以上懇切丁寧に、分かりやすく、しかも極力筆者像を前面に出さないで述べた書籍は、以後全く発行されていません。音楽なんて誰が作ったものでも、心を捉えてしまえばそれは神様からの贈り物だ、とでもいった趣旨の、とあるささやかなエピソードに始まり、楽器の紹介、管弦楽法(オーケストレーション)の基礎にまで言及し、(ここ以降はもはや歴史的記録になってしまいましたが)欧米の名ホールの音響がどうしていいかの説明があり、名指揮者の紹介があり・・・近衛さん自身の音楽に対する「価値観」などは、表面上、みじんも現れない書籍です。・・・たとえ近衛さんがNHK交響楽団の自立の上では障害となった面もあった、という伝記的事実があるにしても、この「記述の客観性」は、完全にそんな「俗な」近衛さんの人格を超越しています。
「なぜ、このような記述方法に倣う書籍が、音楽には現れないのだろう」
日本の近衛氏やヨーロッパ18世紀の音楽家たちの著作と対比しつつ、つくづく顧みるに、それだけ音楽というものは人の主観・感情に直接訴えかけるから主観性が強くなりがちなのかもしれません。

客観的であろうとするべきところを、とかく「作品はこうあるべきだ」・「演奏はこうあるべきだ」・「聴かれ方はこうあるべきだ」という<主義>がどうしても先行し、そんなだから音楽関係の書籍はご著者にとっての<主観的音楽>から脱しないままになされがちだから、こんなふうなのではないかと思います。・・・たとえ、記述の前提が楽譜への回帰を訴える「原典主義」、その校訂の是非を問う「作曲の原点主義」であっても、残念ながらそれだけでは、音楽全体を「客観的に」捉えたことにはならない。なぜなら、そこには「批判される素材ありき」での話の進行があるからです。・・・「白紙」に戻っていない(論文にはそうではない良質なものは「稀に」あります。高価で思うようには入手できないのですが、読み切ったときの感動はよい小説に優るとも劣らない気がします)。
資料を提示しているから「白紙」の証拠、というふうには、ならないのですが、そこのところが著述をなさるにあたって、ご著者は理解なさっていないのではないでしょうか? 振り返って見ると。最近読んだ日本人の著述は、話の順番が「論が先、証拠は中出し、締めは論の再強調」であるものばかりでした。

これがいかに「こんにちの一般的な日本の出版物」に見られる偏った傾向であるかは、人類の「理性的な著述」の出発点であるプラトンの対話編(短いものでいいのです)や・・・このような「読み」をするのはご信仰のある方には切ない面もあるかも知れませんが・・・旧約聖書の『創世記』、あるいはまるきり文学作品であり、より新しく、一見筋が通っているのかどうか分からないカフカの諸編などを読み込んでみても、それらに共通する著述態度から日本の最近の書物が大きくずれていることをよくよくお読み取り頂ければ、その異常事態ぶりには気づいていただけるものと思います。



およそ最近の私の方針からはずれたことを述べてしまいました。それでも、本当は話題を書物に限らないところまで拡げたかったのですが、本日も長くなりましたので、他を省略して、今回の文を綴るにあたって考えたことを、いきなり、まとめてしまいます。

「<正しいのはこれだ>という言葉が自分の心を支配したら、そのことはいったん白紙に戻さなければならない・・・その上で、自分をもう一度、自分に出来るだけのいろいろな角度から眺め直さなければならない。それがひとりでは出来ないことだったら、聞きにくいことを言う人の言葉にも耳を傾け、その言葉に嫌悪を感じるのなら、その嫌悪の正体はなんなのかをも見極めなければならない。好意ある言葉の中にも、有頂天にならずに、その好意がなぜ寄せられたかを、やはりもう一度自分に戻して見直してみなければならない。・・・<まだ見落としていること、誤解していること>が、必ず残っている・・・私が人間であるならば、必ず。」



でもって、ここで本来の自分に戻って、音楽の話で締めましょう。

本来は「歌詞」のない器楽に、ベートーヴェンは最後の弦楽四重奏曲の最後の楽章で、言葉を与えました。
"Muss es sein?"(しかあらねばならぬのか?)
"Es muss sein!" (しかあらねばならぬのだ!)

・弦楽四重奏曲第16番へ長調作品135、終楽章

スメタナ弦楽四重奏団(1968) 日本コロンビア 25CO-2547

この厳しい言葉が愉快な音調で「語られている」ことから、ベートーヴェンが思考を「愉しんだ」ことが伺われます。
では、これは彼の人生の総決算の言葉として、日本流に言えば「悟りの境地」に達したからこそ発し得た音楽の言葉なのでしょうか?
・・・そうであるとも言えるでしょう?
・・・でも、ほんとうに、そんな一面的なものに過ぎないのでしょうか?

この四重奏曲は、甥カルルの自殺未遂事件が一段落したあとのベートーヴェンが作ったものです(カールの自殺未遂は1826年7月30日。ベートーヴェンの本四重奏曲への着手は7月中、完成は10月13日)。
傷からの回復過程で、カルルはベートーヴェンに「軍人になりたい」と・・・ホンネだったかどうかは伺う由はありませんが、とにかく、音楽家以外のものになりたいと・・・打ち明けており、議論の末だとベートーヴェンは記していますが、結局のところカルルの意志を認め、そのために骨を折ったり、今までの反省を踏まえてカルルの心を傷つけないよう配慮しているさまが、この頃残した書簡の言葉の端々から伺えます。
その間、私は目に出来ないのですが手帳の方にはあるのかもしれず、本作についてなにも語っていないかどうかは断言できないのですが、書簡上では10月13日付けのもので触れられているのが本作かどうか明確ではありませんが、そうだとしても、それまでの創作過程についてはなにも綴り残されていません。
ただ、先立つ9月22日頃の書簡の末尾(追伸の前)には、果たして戯れからだったのでしょうか、死を象徴する十字マークを記したりしています。

いろいろなことが考えられます。

"Muss es sein?"(しかあらねばならぬのか?)
"Es muss sein!" (しかあらねばならぬのだ!)

は、ひとつには、「我が子」カルルが父ベートーヴェンの意志にも関わらず「自分なりの道」を見出そうとしていることを認めなければならないのだ、という心情かも知れませんし、作曲中に綴った書簡の中で死を象徴したマークを記したりしているからには、「この現実は私の<願い>の死滅を意味するけれど、それは従容と受け入れなければならないのだ」という決心のようでもありますし、とにかく複合した心理から発せられた言葉ではないのか、というような、推測。
でも、とにかくベートーヴェン自身が、この言葉に自分のどんな心情を込めたのかについては、なにも述べていませんから、「ベートーヴェンの実人生上の」真実はベートーヴェンと共に墓に葬り去られたのです。
ロマン・ロランあたりなら、これを人道的に解釈した文章を残しているかも知れませんが、私は読んでいないか、あったのが目に入ったことがあったとしても、全く記憶していません。

ですが、記憶していたところで、何の意味があるでしょう?

私たちはただ、ベートーヴェンがこの言葉を付して書き残した動機を、なぜ今聴けるようなかたちの音楽に仕上げたかを、私たち個々の経験に照らし合わせながら、しかし、個人のうちに留まらない、人間の生き方としての何かに、静かに耳を傾けなければならないのです。

肖像画でイメージされる彼の顔も、忘れておくことが必要です。

この作品でのベートーヴェンは、心底、澄んだ「笑み」をを響かせています。・・・その「笑み」が、私たちの「笑み」と一体になったとき、それがたとえベートーヴェン自身の生前の「ほんとうの」意図と一致はしていないとしても、<心の真理>としては、幾何学模様として必ず「合同」なのです。つまりは、作曲者と聴き手にとって、音楽が心で一体になったときには、その「合同」図形を描いた筆記用具は、ベートーヴェンが実際に彼が使った筆記用具なのではありませんし、私たちがそれを心に描く時に用いる筆記用具なのでもないのです。


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