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2009年2月19日 (木)

曲解音楽史55)多様化するイタリアバロック

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・・・是非、お目通し下さい。


大宮光陵高校管弦楽部がSONYのウォークマン"Play You"のCMに12月13日から出演しています!


前の回:1)音という手段 2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽  5)トランス 6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト 8)古代インド  9)古代中国 10)古代ギリシア
    11)古代ローマ 12)初期キリスト教の聖歌について
    13)ササン朝ペルシャ  14)西暦5,6世紀ユーラシア音楽横断
    15)中世前半の西ユーラシア  16)唐朝と朝鮮・日本 17)「声明」の伝来
    18)モンゴルと中央アジア北方 19)「十字軍時代」の西ユーラシア
    20)日本固有(?)の古歌 21)グレゴリオ聖歌
    22)平曲と能楽:付)発声法について 23)アンブロジアン聖歌・ローマ聖歌
    24)西ヨーロッパ中世 25)ジョングルール 26)十字軍時代前後のイスラーム
    27)ペルシア伝統音楽〜中世からの遺伝子 28)インド中世 29)宋・元時代の「中国」
    30)日本の「オラショ」 31)ヴェトナム伝統音楽 32)インドネシア 33)東アフリカ
    34)イスラムと西欧の融合 35)ルネサンス? 36)フランドル楽派 37)16世紀スペイン
    38)16世紀中南米 39)15-16世紀イタリア 40)英仏戦争の頃 41)15-16世紀中欧
    42)オスマントルコ 43)アフリカ 44)明朝時代の「中国」 45)朝鮮中世
    46)戦国期日本 47)17世紀イタリア1 48)17世紀イタリア2 49)17世紀ドイツ
    50)17世紀イングランド 51)17世紀ラテンアメリカ・フィリピン 52)バロック概説
    53)リュリのフランス 54)オペラのイタリア


・・・立派な「音楽史」の本が多く出揃っているヨーロッパに重点を置くのは、このカテゴリの趣旨ではないので、早めに通り過ぎたいのがホンネです。
ですが、歴史を時間軸の座標へ明確にプロットできるのはヨーロッパだけであり、そうなった背景については前に綴った48節目の内容の通りであり、豊富な書籍を前に貧弱な記事を連ねておくのも後ろめたいのですけれど、他世界との比較上、あるいは通常の「西洋音楽史」に綴られていない視点を少しでも可能にできるようにしておくためには、記事上に「メモしておく」必要は、どうしてもあります。
今回のイタリアの後、ドイツでの音楽カテゴリの発展過程(これはしかし、真実に迫った研究書籍は思ったほど多くはありません)、高級品は輸入に・一般娯楽は大衆的に、という形態で音楽を発展させたイギリスの姿を、きちんと捉えることは出来ません(このことも以外に軽んじられていますが、それは「西洋音楽史」=「大衆音楽を含む西洋音楽史」という発想がまだなされていないからでしょう)。

で、これらのすべてのキーは、今回採り上げる、多様化していくイタリアの音楽作品に淵源を求めておかなければならないという次第です。
浅い内容になるかとは思いますが、ご容赦いただいた上で綴っていきます。


オペラの分野がとりわけイタリアで発展したのは、皮肉なことにマキアベリが「君主論」の末尾で願ったような「国家統一」が成し遂げられなかったことに起因するのではないかと思われます。
前回紹介した、最初期のオペラも、ペーリとカッチーニのものはフィレンツェのメディチ家のために・カヴァリエ-リのものはローマ教皇庁のために・そしてモンテヴェルディは「オルフェオ」についてはマントヴァ公のためにのものでしたが、現存する残り2作は、早くもこの時期に成立していたヴェネツィアの民間運営劇場のためのものでした。多少面白おかしく言ってみれば、各地域の支配層それぞれがそれぞれに「お山の大将」であることを誇示そうとし、「どうだ、おいらの方が立派だぜ!」と競って見せるための贅沢な<芸能>(芸術、というお言葉を愛する人には失礼ですか? 私自身の価値観では、この言葉は芸にこめられた「能力」をも示しているという意味で、芸<術>よりは広範な領域をカヴァーする点から、<芸術>という言葉よりも上位の概念に位置すると思っております。論理的に考えるならこの発想の方が合っている気がしているのですが、いかがでしょう?)・・・そう、各領域を支配するために威をも示し民をも慰める最高の<芸能>がオペラだった、ということになるのではないかと考えております。(話がずれるようですが、これは日本では「勅撰和歌集」の類いの序文に記されている精神と類似しています。)

「オラトリオ」は、いろいろな意味付けがなされていますけれど、やはり「オペラ」の延長線上にあり、たまたまテーマがキリスト教的なものに限定され、何時からそうなったのかは分かりませんが、演技を伴うことが不適切、とみなされるようになった作品群を指すのだ、と理解をしております。後からは触れませんのでここで名前を出しておきますが、最も早く素晴らしい「オラトリオ」を作ったのは、カリッシミ(1605-1674、ローマの音楽家)です。ナクソスや輸入版で名作「イェフタ」・「ヨナ」を含む彼の作品が1枚物で聴けます。1作1作の長さが俗界の話題を取り扱ったオペラよりも短いのでCD1枚に収まるわけです。・・・いずれにせよ、美しい作品ばかりですし、お手にしやすいので、ご一聴をお勧めいたします。彼の作風は、フランスでリュリよりやや遅く活躍したシャルパンティエに多大な影響を及ぼしたことで知られています。


オペラの分野では、従来のオルフェオものとは違ってハッピーエンドではない『オルフェオの死』を作曲したランディが最初期の直接の音楽的後継者であり、技法はモンテヴェルディ的な立体感と重厚感を持っていますが、その後はオペラそのものの性質が、何らかの、おそらくは・・・推測に過ぎないので当たっているかどうかは心もとないのですけれど・・・上述したような理由から急激に、なるべく多くの人々へと気軽にアピールしやすいものへと変化を迫られたかのように感じられ、具体的には「レシタティーヴォ」がペーリの発案時よりもいっそう「節のついた語り」に近づき(これはモーツァルトも継承しています)、聴かせどころは「技巧的なアリア」になって、前後と明確に分離されて作りこまれる傾向が強まります。
ヴェネツィアでモンテヴェルディの若い同僚(おそらく弟子)だったカヴァレッリ(1602-1672)のオペラは、モンテヴェルディのそれに比べると器楽伴奏も弦楽と通奏低音だけで、それがなおいっそう、このようなオペラの変貌を強く印象付けます。
同時期のオペラ作曲家で最も有力だったとされるチェスティについては、私は音楽を楽譜でも目にしておらず、音声資料も聴いたことがありませんので、言及できません。
・・・ここまでの音楽は、こんにちの楽式にあてはめられないか、当てはめられても「二部形式」という具合でした。

オペラを通じ、以後こんにちまで通用する「三部形式」を作り上げたのは、ナポリのアレッサンドロ・スカルラッティ(1660-1725)でした。彼の作品が、したがって、その後のオペラの直接的なご先祖様になります。とくに、最初の部分への反復(ダ・カーポ)を用いたアリアは「ダ・カーポアリア」というオペラアリアの定石となり、ヘンデルに継承されます。

さらに、最近までは日本では(若干の宗教的声楽曲を除き)もっぱら器楽作曲家として有名だったヴィヴァルディも、実はオペラ作曲家として非常に重要であり、大量に作られた彼のオペラ(現存52作)には既に古典派に繋がる響きが聴き取れます。ただし、日本人にとっては彼のオペラのCDはまだまだ高価なものが多く、映像資料も私が探した限りでは見つかっておらず(あったら教えて下さい)、今後、器楽曲と同レベルで身近に感じられることがあるとしても、まだまだ先になるだろうと思われます。


その、器楽曲の方の発展が、オペラの隆盛と併行して急激に進みだします。
ルネサンス期に入っても、器楽が独立の作品として作られるのは珍しいことであり、その価値も独立性も認められていませんでした。ガブリエーリの有名なソナタ群も、教会の儀礼の中で演奏されることが前提だったはずです。
それを「器楽による歌」として初めて確立したといえるのは、おそらくフレスコバルディ(1583-1643)でしょう。

そのほかにも、イタリアでは器楽による「ソナタ」、あるいは鍵盤楽器による「トッカータ」などが豊富に発展しており、これは音楽の学者さんではないかたですが田中武夫さんというかたが書籍『バロックソナタの音楽史』(文芸社 2001)でまとめていらっしゃるので、イタリアに限らずバロック期の西欧で生まれた器楽「ソナタ」について詳しくお知りになりたい場合は同書をご覧になることをお勧めします。(再初期のフォンターナのソナタなどは音符の長さだけで曲の部分分けをしていて、実際に弾いてみると現代の私たちにはむしろ斬新で面白かったりしますし、それを含めソナタのことを話し始めると<バロック>の作曲家たちの話は止め処もなくなりますので・・・こう綴っているあいだにも、イタリア人ならヴェラチーニなどという名作曲家が浮かんできてしまったりするありさまです・・・この件は、辛抱して、ここで打ち切って、いきなりまとめてしまいます。

イタリアにおいては、一般に、鍵盤楽器(チェンバロ系)のほうではアレッサンドロの子息、ドメニコ・スカルラッティが同時代の他国の作曲家たちにも多くの影響を与えています。彼の当時にはすでに現在のピアノのご先祖様が出来上がっており、ドメニコの作品はそれを用いて演奏された可能性も高いとされています。

新しい分野として主要なものは、(本来オペラ作曲家として活躍した)ストラデッラが創設したと考えられており、コレルリによって完成された、弦楽を主体とした「コンチェルト・グロッソ(合奏協奏曲)」です。コレルリの老年期にはヘンデルが一時期いっしょに仕事をしており、ヘンデルのコンチェルト・グロッソにはコレルリの影響が明らかに認められます。
コレルリと共にこのジャンルに貢献した作曲家には、ジェミニアーニトレッリなどもいます。

コレルリ風のコンチェルト・グロッソは「コンチェルティーノ(単独ではないソロ楽器群)」と「リピエーノ(弦楽合奏と通奏低音)」からなる編成を取っていますが、これがヴィヴァルディになると「コンチェルティーノ」が1本のヴァイオリンだけになったり、木管楽器(フルート、ファゴット)になったりするものが豊富に混じってきます。
これが、こんにち、例えば「ヴァイオリン協奏曲」と称される、単独楽器のソロがオーケストラと対峙する、「協奏」というよりは「競争」曲と称した方がふさわしい音楽の形態へと発展していきます。
ソロは既にヴィヴァルディにおいても、コレルリに比べると高い技術を要する書法で作曲されるようになっていますけれども、それを後年のヴィオッティ、パガニーニやヴィニャエフスキといった名人ヴァイオリニストが自己の華々しい技能を発揮するために自作するようになる、いわゆる「ヴィルトォーゾ協奏曲」にまで発展させた先駆者は、これも高技術なヴァイオリンソナタ『悪魔のトリル』で有名なタルティーニです。


今回名前を挙げた、とくに器楽方面の作曲家たちは、これも単独国家をなしていなかったドイツ圏の諸公国の音楽家達に多大な影響を与え、「器楽のドイツ」の下地を築くことになります。

オペラについては、作曲家そのものよりは、祖国には求めにくかったパトロンを求め歩いた、能力の高い声楽家達により、ドイツ・フランス・イギリスの別なく、
「うーん、さすが、オペラはイタリアだ!」
といわしめることとなり、したがって、作曲者の出生地はどこであり、活動の場がどこであっても、作られるオペラは「イタリア・オペラ」でなければならない、という状態が、古典派の時代まで続くことになります。
ドイツ生まれのヘンデルやクリスチャン・バッハはいずれもイタリアで勉強しましたがイギリスで活躍したのはご承知の通りです。で、彼らがイギリスで書いたオペラは、台本は英語ではなくイタリア語でした。
また、古典派の時代になってからの変わったケースはサリエーリでして、彼はイタリア生まれですが勉強した地はウィーンですけれど、彼の書いたオペラはやはり、イタリアオペラ、ということになっています(当然、台本はイタリア語です)。イタリアでは勉強したことがないはずのハイドンが、エステルハージ家で書きつづけたオペラの数も決して少なくはないのですが、やはり「イタリア・オペラ」だった、というのも、面白いような、奇妙なような気がします。勉強の地は、サリエーリと同じくウィーンだったのでしょう。


かように多様化してしまったイタリアの状況を音の面からもご紹介すべきところですが、多様であるがゆえに、引用に適切と思われる選曲もし難く、今回は音楽そのもののサンプルをあえて載せませんでしたので、平にご容赦下さい。
ただ、敢えて音楽サンプルを上げなかったのは、次のような理由によります。
すなわち、「ルネサンス」から、半世紀ほどしか時間は経ていなくても時代区分としてはっきり用いてもよかろうと思われる「バロック」の名に値する音楽は、以上のような展開で複雑多岐な音楽をイタリアに生み出したのでして、ここからは西欧についてはお好みに沿った選曲を各々の方がなさってお聞きになるなり演奏なさるなりすることが容易、かつ接する上でより好ましい、と思っている次第です。

楽譜も音声資料も、この時期(1650年前後)のものになると、かなり入手しやすくなりますので、楽譜店なりCDショップを覗いて・・・CDはお店に見当たらなかったらwebショップで簡単に見つかりますから・・・いいものを見つけてみて下さい。

経験上、ただし、安い高いに関係なく、とてもいいものに当たることもあれば、最悪の録音をつかまされることもあるのが、この時期の曲の演奏録音の面白いところですので、念のため申し添えておきます。


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