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2009年2月11日 (水)

曲解音楽史54)オペラのイタリア

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・・・是非、お目通し下さい。



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前の回:1)音という手段 2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽  5)トランス 6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト 8)古代インド  9)古代中国 10)古代ギリシア
    11)古代ローマ 12)初期キリスト教の聖歌について
    13)ササン朝ペルシャ  14)西暦5,6世紀ユーラシア音楽横断
    15)中世前半の西ユーラシア  16)唐朝と朝鮮・日本 17)「声明」の伝来
    18)モンゴルと中央アジア北方 19)「十字軍時代」の西ユーラシア
    20)日本固有(?)の古歌 21)グレゴリオ聖歌
    22)平曲と能楽:付)発声法について 23)アンブロジアン聖歌・ローマ聖歌
    24)西ヨーロッパ中世 25)ジョングルール 26)十字軍時代前後のイスラーム
    27)ペルシア伝統音楽〜中世からの遺伝子 28)インド中世 29)宋・元時代の「中国」
    30)日本の「オラショ」 31)ヴェトナム伝統音楽 32)インドネシア 33)東アフリカ
    34)イスラムと西欧の融合 35)ルネサンス? 36)フランドル楽派 37)16世紀スペイン
    38)16世紀中南米 39)15-16世紀イタリア 40)英仏戦争の頃 41)15-16世紀中欧
    42)オスマントルコ 43)アフリカ 44)明朝時代の「中国」 45)朝鮮中世
    46)戦国期日本 47)17世紀イタリア1 48)17世紀イタリア2 49)17世紀ドイツ
    50)17世紀イングランド 51)17世紀ラテンアメリカ・フィリピン 52)バロック概説
    53)リュリのフランス



前回の、とくにリュリの音楽の響きを聴くと、彼はモンテヴェルディの創作の方向を正統に受け継ぎ、フランスに持ち込んだことが伺われます。そのリュリがずっと重んじられた(ただし彼の作品自体は半世紀後には殆ど演奏されなくなっています)フランスでは、リュリのスタイルが、フランス革命直前までわりと固定して守られていたことが、作風としてはずっと斬新になるラモーの響きにすら感じ取れます。
で、モンテヴェルディに至るイタリアについては一度既に触れているのですが、<バロック>・・・というよりは音楽に遅れてやって来た「ルネサンス」・・・の意味を眺めるためには、もういちど、1600年に戻らなければなりません。
この1600年というのは、単に年の切りがいいだけでなく、音楽の印刷譜の出版において記念すべき年でもありました。

オペラにとって貴重な作品3つが、1600年の出版です。これは、偶然、ではないのかもしれません。・・・当時、世紀末特有の思想があったかどうかは確認出来ていませんが、16世紀の最終年ですから、何かあるかも知れない。・・・いや、下衆の勘ぐりに過ぎないかもしれません。

・ヤコポ・ペーリ「エウリディーチェによる音楽 Le musiche sopra L'Euridice 」(序文日付1600年2月6日)
・ジュリオ・カッチーニ「エウリディーチェ:スティーレ・ラップレゼンターティヴォによる音楽Musica in stile rappresenrtativo 」(序文日付1600年12月20日)
・エミリーオ・カヴァリエーリ「魂と肉体の劇 Rappresentatione di anima et di corpo 」(1600年2月出版)

(カッチーニのタイトルにあるスティーレ・ラップレゼンターティヴォとは、こんにちモノディと呼ばれている様式のことを指します。)

上記のうち、最も早く出版されたのは「魂と肉体の劇」ですが、原語で確認できなかったものの、その表紙にあったのは
「エミーリオ・カヴァリエーレ[sic]氏により、歌われ且つ語られるべくこのたび音楽化された<魂と肉体の劇> アゴスティーノ・マンニ神父の台本による全3幕の寓意劇」とあるそうです(CD挟み込みの日本語解説による。Alpha 065)。なお、本作は「通奏低音」が初めて記譜された作品として有名である、と、関係書籍にはもれなく紹介があります。
この楽譜がローマで出版されたのとほぼおなじころ、社会的事件としては、ローマでは2月17日にジョルダーノ・ブルーノが異端の罪で焚刑に処せられています。ブルーノは「地動説」を、ガリレイのように科学としてではなく、神学として強固に支持しました。その点ではガリレイを弁護した文書を残したことで有名なカンパネッラと相違はないのですが、ブルーノにとって刑を受ける上で決定的だったのは、「地球こそ中心」であることへのこだわりにとどまらず(地動説は元来、太陽から地球に中心を移して考えれば天体の運動がより明解に説明できる、との発見に基づいたのですが、発見者であるコペルニクスですら、自らの発見の重大性に恐れをなし、出版は死の直後になるように取りはからったほどでした)、地球をケガしているのがカトリックの本山であるローマ教会である、と正面から糾弾してやまず、さらにはカンパネッラのような政治力もないまま生一本だった面も災いしたのではなかろうか、と思いますが、詳しくはあらためて見直します。



話はずれましたが、3作とも、「語り」は朗読調あるいはお芝居調ではなされず、すべて音楽が付けられています。これは従来の「音楽劇」にはなかったことで、それ故に3作が同時に、以後盛んになる「オペラ」の嚆矢とされているわけです。
ですが、上に見ます通り、3作とも、「オペラ」とは称していません。これは、彼らの後輩であり、彼らをはるかに凌ぐ作品をわずか7年後に残したモンテヴェルディについても同様です。
既にご承知の通り「オペラ」とは「作品」を意味するイタリア語であって、本来「音楽劇」に特定して用いられるような語彙ではありませんでした。水谷彰良氏『イタリア・オペラ史』(音楽之友社 2006)によれば、「オペラ」の呼称を音楽劇に用いたのは、モンテヴェルディの弟子であると伝えられるフランチェスコ・カヴァッリが1639年に『テーティとペレーオの結婚』で用いたのが最も早い例だそうで、その後もこのジャンルはメロドランマmelodorammaもしくはメロドラマmelodramaと呼ばれることが通例だった、とのことです。

他の2作はフィレンツェで出版されていますが、じつは3作とも同地のカメラータの「古代復興」に大いに影響を受けて作られたものです。カヴァリエーリの作品だけがローマで出版された理由は、彼はカッチーニや、同時期の音楽家バルディの陰謀でメディチ家の大公フェルディナンド(有名なコージモの後継者であり、大公の地位については兄フランチェスコと対抗関係にありましたが、兄は政治をあまりかえりみなかったので、フィレンツェを首都とするトスカーナ大公国の実質的な中心人物でした。その死1609年をもって、この大公国は衰退します)から遠ざけられたことに嫌気がさし、カヴァリエーリが故郷のローマに帰ってしまったためです。

・『魂と肉体の劇』から(第3幕第4場 劫罰の苦しみ)
カヴァリエーリ
L'Arpeggiata 前掲レーベル、品番



フィレンツェのカメラータの活動はメディチ家の神話を確立するという役割を担っていたため、メディチ家の強力なバックアップ無しには考えられないものでした。中でも理論的に古代ギリシアへの回帰を強く打ち出したのはメーイという人物で、彼は古代ギリシアの音楽が和声を伴わずに歌われた、ということを正しく把握していましたが、実作面での趨勢は、カメラータで重要な役割を果たした父ガリレイ(ヴィンツェンツィオ)にしても、和声を伴わない作曲へと向かうことにはもはや乗り気になることは無く、しかも・・・まだ言及していませんが・・・プラトーン的な、音楽に対する単純な要求には共感を覚えず、先に少し触れたアリストテレースの『詩学』に見られるような、文字通り「劇的な」ものへの共感が強まっていく傾向が強まり、その結実が2作の『エウリディーチェ』や『魂と肉体の劇』だったわけです。

では、ギリシアの音楽理論にはどの程度傾斜したのか、というと、当時はすでにギリシアとは異なる旋法が、こんにち「教会旋法」として知られているものに整理されていましたから、恐らくはそのこともあるでしょうし、音律や旋法についての理論の読解の困難さも手伝ったこともあるでしょう(いずれ私なりに読み解いて触れたいとは思っていますが、結局は事典に頼るだけになるかもしれません!)、ギリシア的旋法にたちもどることはありませんでした。

ただ、面白いのは、古代ギリシアの、残されている数少ない歌で確認できる「テトラコード(4度)」もしくは「ヘクサコ−ド(6度、これは中世音楽の体系的整理に大きな功績のあったグイードがこだわっていたものでもありまして、このこと自体は古代の流れを忠実に汲んではいるものの、その後になっても1600年当時には実作としての古代ギリシアの歌は知られていなかったはずです)については、ペーリが後者を、カッチーニが前者を、同じ台本に基づくそれぞれの『エウリディーチェ』の第1曲で「悲劇(キャラクターとしての)」が歌う "Io, che d'alti sospir vaga e di piatti"(深い溜息と涙をむさぼる私が)では遵守しようとしているように「聞こえる」ことです。ただし、節回しは転調を含むという工夫を見せています・・・このことで、教会旋法では補えない古代ギリシア的な音程の再現の代わりとしようとでも考えたのでしょうか? 二人の作者に共通して聴き取れる、興味深い特徴です。
(付け加えておくと、古代ギリシアの理論云々をしなくても、これまで聴いて来てみたたくさんの国々の音楽が、上に五度、下に4度、という音程幅を共通して持っていたこと、高揚する場合には上下それぞれあとひとつ分の音程の広がりがみられたことを思い出しておいて下されば嬉しく思います。)

それぞれ、お聴き頂きましょう。

・ペーリ(1561-1633)の例
ペーリ
Ensemble Arpeggio ARTS 47276-2

・カッチーニ(1551-1618)の例
カッチーニ
Scherzi Musicali DEXIA RIC269

余談ですが、カッチーニの娘も次世代の作曲家の一人でして、実在が確認できるなかでは最も古い女性作曲家の一人なのではなかろうかと思います。



テトラコードもヘクサコードも、しかし、この2例のどちらかといえば静的なイメージのものからは、7年後にはマントヴァのモンテヴェルディによって、しかも同じ題材でタイトルと台本が異なる『オルフェオ』の冒頭で「音楽(これもキャラクターとしての)」が歌う印象的な歌唱により、非常に動的なものへと変貌します。

・モンテヴェルディ『オルフェオ』第1曲
モンテヴェルディ
ガーディナー/イングリッシュ・ソロイスツ

・・・有名なトッカータが終わって幕が開いた後の序奏は落ち着いたヘクサコードにおさまりきる(五度の範囲)の音楽です。が、歌に入ると技巧的になります。冒頭部ではテトラコードに留まるのかな、と思わせておきながら(Dal mio permessonamato a voi ne vegnoまで)、すぐ続いてヘクサコードまでに拡大する技法は、ペーリにもカッチーニにも見られないもので、理屈だけで見てしまうと単純なことなのですが、テトラコードとヘクサコードを併用することは、音楽に表情をもたらす上でいかに深い意味を持つか、が、この部分で既に明確に聴き分けられるのですから、聴覚というのも不思議なものです。
作品全体の起伏も、モンテヴェルディはペーリ、カッチーニを先に耳にしていれば衝撃を受けるほどに大きな振幅を持つ者に仕上げており、これが彼の『オルフェオ』を、今でも劇場で上演して当たりを取れる最古の作品たらしめています。

モンテヴェルディの現存する残り二つのオペラも型破りなもので、『ウリッセの帰還』・『ポッペーアの戴冠』ともに音楽の起伏はいっそう激しくなっている、というだけでなく、後者は特にスキャンダラスな内容で当時の西欧に大受けした模様です。この頃は先輩たちとは違って宮廷の束縛から開放され、民間劇場が既に出来上がっていたヴェネツィアに、モンテヴィルディは拠点を移しています。



時期がまた戻ってしまいましたが、長くなりましたので、彼らの後継者たちと、多様化していくイタリア音楽のジャンルについては、また次に綴ることに致します。

ただここで、最後に、先々日採り上げたアリストテレース『詩学』にある、作劇法に関する幾つかのことばを追加引用しておき、もし本日掲げた作品を前曲お聴きになる機会がおありでしたら、誰が最も早くにアリストテレース的な発想での作劇の原点に戻り、かつそれを発展させたかの判定をなさって頂けるようにしておきたいと思います。・・・合唱を最初に重視したのはカヴァリエーリであることを、念のため付け加えてはおきますが。。。

「詩人(作者:注=悲劇の作者)の仕事は、既に起こったことを語ることではなく、起こりうることを、すなわち、ありそうな仕方で、あるいは必然的な仕方で起こる可能性のあることを、語ることである。(中略)詩作は歴史にくらべてより哲学的であり、より深い意義を持つものである。というのは、詩作はむしろ普遍的なことを語り、歴史は個別的なことを語るからである。」(松本・岡 訳、岩波文庫版、43頁)

「コロスもまた、俳優の一人とみなされなければならない。それは、全体の一部分として上演に加わらなければならない。」(同、71頁)

以上の主要な参考書籍:
・水谷彰良「イタリア・オペラ史」 音楽之友社 2006
・戸口幸策「オペラの誕生」 東京書籍 1995(現在は講談社学術文庫で補筆されたものが入手できます)
・プライス編「西洋の音楽と社会 3. オペラの誕生と教会音楽」 音楽之友社 1996
・コーノルト「モンテヴェルディ」 音楽之友社 1998(現在は入手困難)


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