モーツァルト:「新たなる作品1」ヴァイオリンソナタ7曲(マンハイム-パリ)
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ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。
マンハイムでのアロイジアへの入れ込みに母が戸惑い、父やナンネルが失望した顛末は、彼の伝記にはあまねく記されているところですから、作品中心に観察しているこの場では特に触れません。(日本語で入手できる伝記類は、西川尚生『作曲家○人と作品:モーツァルト』音楽之友社、海老澤敏『モーツァルトの生涯』白水社 があります。)
1778年3月14日にマンハイムを出発したパリへの旅(到着は3月23日)は、彼の青春の最も惨めな<記念碑群>を残すことになるものとなりました。
その前後、すなわちマンハイムで滞在の最後の時期からパリ滞在の最後の時期近くにまで書かれた一群のヴァイオリンソナタ・・・より正確には「ヴァイオリン伴奏付きのクラヴィアソナタ」であり、作曲中のモーツァルトはこれらはクラヴィアのためのソナタだ、述べています・・・は、しかし、ホ短調という調性を持つ1曲を除き、伸びやかな明るさを持っています。
幼少時代に既に作品番号3までの出版を成し遂げていたモーツァルトは、そのことを記憶していなかったわけではないでしょうに、また、自分が世の中から忘れられたとは思えないほど自負に満ちた発言を当時も繰り返していますのに、1778年に作った7曲のうちの6曲を「作品1」として出版し、プファルツ選帝候の妃、マリーア・エリザベートに献呈し、作曲日付のはっきりしているK.296は「作品2」としてマンハイムの宿の娘、テレーゼ・ピエロンに捧げています。
曲それぞれの性格についてはアルフレート・アインシュタインが述べているところに別段違和感がありませんので、そのまま引用します。これはアインシュタインがより具体的にモーツァルト自身の言葉を引いて紹介していますが(アインシュタイン「モーツァルト その人間と作品」346-347頁、白水社)、これらのソナタがヴァイオリン独奏の比重を高めていることについては、ドレスデンの教会作曲家であったヨーゼフ・シュースター(1748-1812)の先例を参照したものだと考えている旨、西川著に明記されています(255-256頁)。
以下、アインシュタインの記述。
「これらの曲はモーツァルトの作品としてははじめての、実際に<協奏>するピアノ=ヴァイオリン・ソナタである。ヴァイオリンはもはや、ときおり間投詞を発したり、偶然的な模倣的楽句を受け持つだけという憂き目を見てはおらず、ピアノと交替したり、美しく荘重なK.302のロンドのように、しばしばオクターヴで力強く公然と旋律を重奏している。しかしこのことは、ピアノが旋律的な進行を取るたびに、ヴァイオリンには適しない伴奏音型がヴァイオリンに要求されるのを、まださまたげていない。」(前掲書348頁)
ピアノ曲、および一部のセレナードを除けば、これらのヴァイオリンソナタが、彼の作品としてはこんにちの私たちにも親しまれてる割合が高い、もっとも初期の作品群に属するでしょう。というのも、・・・ここでお聞かせしないのが申し訳ないくらいなのですが・・・これ以前の器楽曲に比べてはるかに、ここには「モーツァルトらしい、年齢を感じさせない伸びやかさ」が、はっきり刻印されているからです。
どれでも実際にお聴きになれば、
「あ、このメロディ、知ってるよ!」
と思って頂けるはずです。是非、実際にCDをお探しになるなどして頂ければと思います。
K.304、K.306は、「何度もアマデウス」というブログでお聴き頂けます。
K.301はYouTubeのこちらのURLでご覧頂けます。(ヒラリー・ハーンの演奏ですが、私の手持ちのアカルドの演奏よりも仕上がりが上品且つ作品の解釈として適切だと思います。)
http://www.youtube.com/watch?v=AaQHBoqXb9A
各曲の構成を、ざっと見ておきましょう。 それぞれの第1楽章はK.303を除きソナタ形式なのですが、第2主題が長い(5つ程度の要素を持っている)ものが圧倒的に多いのは、以下の構成表の呈示部での、第2主題の小節数を数えて頂ければ分かります。また、展開部も、第1主題の冒頭部ではなく、2番めないし3番目の要素を用いて作曲されているのが興味深いところです。その他特徴的なところは、各曲に即して綴ります。
ト長調 K.301(マンハイム、2月)
第1楽章--Allegro con spirito 4/4、ソナタ形式
呈示部 第1主題:1-43、第2主題:44-84
展開部 85-120
再現部 121-190
コーダ 191-194
※ 第1主題の第2要素が第2主題のコーダ部にも、楽章全体のコーダにも用いられています
第2楽章--Allegro 3/8、舞曲の構成ですがワルツ化していないレントラーと見なせます。
ただし、短調部はシチリアーナのリズムになっています。
A部1-74、B部(短調)75-114、A’部115-231
変ホ長調 K.302(マンハイム、2月)
第1楽章--Allegro 3/4、ソナタ形式。
主題の主和音下行型は3つの弦楽器のためのディヴェルティメントK.563と同じ。調も同じ。
呈示部 第1主題:1-40、第2主題:41-68
展開部 69-106(第1主題の第4要素【33-40】を中心に展開)
展開部 107-180(呈示部より6小節長いうち、5小節は第2主題の第4要素の拡大による)
第2楽章--RONDEAU Andante grazioso ※最後までテンポを変えないのは珍しいことです。
A:1-45、B:46-80、A':81-117、B’:118-143、A'':144-163、コーダ:164-175
ハ長調 K.303(マンハイム、2月)
第1楽章 2/2 ※これも珍しい造りで、テンポのロンド、とでも呼んだらいいのでしょうか?
1-18 Adagio, 19-87 Molt Allegro, 88-108 Adagio(変形), 109-167 Molt Allegro
第2楽章--Tempo di Menueto
A:1-16、B:17-24、C:25-42 以上で反復
A':43-58、B':59-76、C':77-93、A'':94-97、B'':98-105、
コーダ(C後半による)106-117
ホ短調 K.304(パリ、春)唯一の短調作品として有名ですが、母の死はまだ先。青春の憂愁でしょうか?
第1楽章--Allgro 2/2、ソナタ形式
呈示部 第1主題:1-28、第2主題:29-44、45-76、77-84(コデッタ)
展開部 85-112
再現部 113-192
コーダ 193-210
※ 第2主題の複雑さと長さが大変特徴的ですが、
まだ「第3主題」と呼ぶべきほどの自立性はありません。
コーダは明確に服従線で区分されています。彼がいかにこの楽章を綿密に書いたかが偲ばれます。
第2楽章--Tempo di Menueto
A:1-22、B:33-69(最終小節、ピアノにカデンツァ)、A':70-89、接続部:90-93
ホ長調へ転調、C:94-109、D110-126 ※ 実質、トリオ部
ホ短調に回帰、A:128-147、コーダ148-170
イ長調 K.305(パリ、春。以前はマンハイムで作られたと思われていました。)
第1楽章--Allegro di molto 6/8 ソナタ形式
呈示部 第1主題:1-24、第2主題:25-43、44-73
展開部 71-100
再現部 101-173
第2楽章--主題と6つの変奏。第1変奏はピアノのみ。第6変奏だけAllegro, 3/8
ニ長調 K.306(パリ、夏)
第1楽章--Allegro con spirito 4/4 ソナタ形式ですが、再現部は第2主題で始まります。
呈示部 第1主題:1-23、第2主題:24-74(51小節が分節点)
展開部 75-112
再現部 113-158(もっぱら第2主題によるのがユニークです)
コーダ 159-172(第1主題の冒頭動機が、ここで効果的に使用されます。)
第2楽章--Andante cantabile 複合三部形式と見るべきでしょうか?
A:1-18、B:19-34(以上で反復)、C:35-57、A:58-85
第3楽章--これもK.303の第1楽章同様、テンポのロンド、とでも呼ぶべき構造です。
Allegretto(2/4),30-Allegro(6/8), 96- Allegretto(2/4),125-Allegro,
187-Allegro assai(4/4), 230-Andantino(4/4), 233-Allegretto(2/4), 248 Adagio,
249-(261まで)Allegro
以上が、作品1として出版されたものです。
ハ長調 K.269(マンハイム、3月11日)
第1楽章--Allegro vivace 4/4 ソナタ形式
呈示部 第1主題:1-25、第2主題:16-68(43が分節点)
展開部 69-95
再現部 96-153
第2楽章--Andante sostenuto 3/4 ヘ長調、コーダ付きの複合三部形式。
フォルテとピアノの交代、フォルテピアノの使用に、マンハイムの収穫が存分に活かされています。
第3楽章--RONDEAU Allegro 2/2 9部分から成る167小節のロンドです。
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コメント
>1778年に作った7曲のうちの6曲を「作品1」として
やっぱり幼少期の伴奏付きソナタ群は彼としては
「消し去りたい過去」みたいなものなんでしょうか。
だとすると、なんだか良い意味で笑えてしまうのですがw
もしくはレオポルト・プロデュースではない、
自分独自の「作品1」という一種の宣言のようなもの、
という想像も出来るかも。
ウィーン時代最初の出版物に「作品2」
と版刻させたのはその証拠となるでしょうか?
この「作品1」、ヨーゼフ・シュースターの影響だけでなく、
クラヴィーア三重奏曲変ロ長調K254の続編的な意味合いも
含んでいると推測します。
K254はヴァイオリンに独立的なパートを割り振っている一方、
チェロがほぼクラヴィーアの左手をなぞるだけですので、
実質的に「作品1」と同じ方法論によっているわけです。
(この三重奏曲はモーツァルトの当時の自信作だったらしく
マンハイム・パリ旅行にも携えていたようです。)
そういう指向を持っていた彼だからこそ、
シュースターの二重奏曲に惹かれたのかもしれませんね。
ちなみに、ハ長調K303の第1楽章はいわゆる
「展開部のないソナタ形式」
ではないでしょうか。
和声面で見るとAdagioが主調域、
Allegroが属調域を形成していますから、
それで理にかなっていると思います。
(後半はどちらも主調ですね。)
そしてニ長調K306の第3楽章もそれとよく似ていて、
1~ 95 提示部
96~186 再現部(終結は省略)
187~233 長大なカデンツァ
233~248 フェイントで三度目のAllegretto部分
249~261 今度こそ終結!
てな感じになりまする。
投稿: Bunchou | 2009年6月27日 (土) 02時14分
Bunchouさん、この作品群、7月25日に友人がバロックヴァイオリンで弾きますので、今度、創りに関しては聞けるだけ聞いてみますね!
>レオポルト・プロデュースではない、自分独自の「作品1」
は、その通りでしょうね。
「展開部のないソナタ形式」と見なされるものはシューベルトが大量に作っていますけれど、テンポを動かしつつのソナタ形式としてなら、同様の作品は知らないものの、クリスチャン・バッハなんかのソナタ形式には該当するものがあるので、捉え方としてはあるかも知れない、という気がして来ました。・・・そうだとすると、かなり大胆なことをした、ということにもなりますね。
この辺も含め、演奏者としての感覚はどうなんだろうか、ということは、なんとかチャンスを見つけて確認を取ってみます。
ちなみに、演奏する友人はケルン在住で、コンチェルト・ケルン(ご存知ですか?)のゲストメンバーですが、常駐メンバーと行ってもいい人です。別の団体とですが、5年前(だっけかなあ、もう少し前だったかなあ)にはサブコンマスでで来日(別の海外公演でもサブコンマスを勤めました)、その折の指揮者ミシェル・コルボの信頼絶大だったという人物。それがただ演奏するだけでなくて、楽団の要請で図書館で古譜を読解しては現代譜になおしたり、という研究者的なこともやっていたりします。が、驕りのない、何年経っても素直な、無欲な人です。ダンナさんはまた、ステキなリュートを弾きます。
すみません、話が逸れてしまった!
>フェイントで三度目のAllegretto部分
・・・面白くて、笑ってしまいました!
・・・そうなんだよな、こういう捉え方で楽しく見て行かないと、ホントのところはうまく突き詰められないんだろうな、と思っております。はい。
ありがとうございます!
投稿: ken | 2009年6月27日 (土) 08時36分
>かなり大胆なことをした、ということにもなりますね。
ホントにそうかも。
思えばあの大胆なイ短調ソナタもこの時期の作曲なのですよね。
レオポルトの監視の目の届かない所で彼は、
自分のやりたいようにやっていたのかもしれません。
それにしても、この時期のソナタ形式の展開部は
かなり充実していて聴き応えがありますね。
モーツァルトの場合、手間暇かけた展開部というのは
(ハイドンとは違い)常設のものではないので
これは注目に値することだと思います。
>コンチェルト・ケルン(ご存知ですか?)
コンチェルト・ケルン!!
ピリオド楽器演奏(特に古典派)の好きな人間が
知らないはずのない、最強オケですね!
(僕はロゼッティの交響曲集が特に大好きです。)
ってこのオケ、東洋人もメンバーにいたのですね。
クイケンやブリュッヘンと違って、
あまりそういう印象は無かったので少し驚いています。
西洋だけで固めてしまっている団体なのかと
今まで穿った見方をしていました。
>こういう捉え方で楽しく見て行かないと
そうですね。
ハイドンなんかはもっと分かりやすい形で
引っ掛けとかフェイントを入れてきますが、
モーツァルトはそこまで露骨ではないので、
演奏者がしっかりしていないとつまらないパフォーマンスに
なりかねないのです。
スコアを見ていてよく思うのですが、
作曲者が「楽しみ」として投入した仕掛けの数々が
「芸術的表現」として解釈され、
その結果逆にそれらの面白みが台無しになっているケースが
かなり有るのではないでしょうか。
特にバロック、古典には多そうです。
投稿: Bunchou | 2009年6月27日 (土) 20時16分
コメントお返し、すっごく遅くなってすみません。
でもって、あまり細かく入れるゆとりがないのですが・・・
まさにこのK.301-306の演奏会を、コンチェルトケルンで活躍している阿部さんが、これまた国内でフォルテピアノの響きを広く認識してもらうべく奮闘中の大井浩明さんが共演して、7月25日に護国寺で6曲全曲(作品1)演奏会をするのです。
いらして頂けたら幸いです。(私はたぶん用務員やってます。)
投稿: ken | 2009年7月11日 (土) 02時20分