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2009年1月22日 (木)

千五百番歌合4:判者の価値観(2)専門歌人—六条家

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直近の「クラシック音楽」関係記事は、「ねこは猫の夢を見る」です。
心づもりでは、数日後から「バロック」・「モーツァルト」関連、または記念年作曲家等について綴りたいとは思っております。


<過去の定家関係記事>
千載和歌集:123456789
後白河法皇:1234
松浦宮物語:1234
六百番歌合:123
仁和寺宮五十首:123
(空白期):123
正治二年後鳥羽院初度百首:123
千五百番歌合:


前回は、『千五百番歌合』の中で「為政者」たちが判者となったケースを見てみました。

残る七人の判者は、いちおう専門歌人たちとみなして良いかと思います。
六条家と御子左家の代表選手が名を連ねています。
今回と次回(の『千五百番歌合』関連記事)で、
・彼らが下した判は、為政者たちとはどのように異なっているか
・六条家と御子左家の判に、果たしてそれぞれの個性が表れているか
・その中にあって、さらに新世代(といっても定家しかいませんが)は別の特徴をもっているか
を観察してみたいと思います。

専門歌人の判は、どちらの家の流れを汲んでいるかに関わらず、基本的に散文であり、まずそこに、為政者たちとの違いが現れています。
為政者たちが「精神的な判」を重んじたのに対し、歌の詠み方を、専門家として具体的に分析する、という立場を固守しています。
それでも判者ごとに違った特徴が見られることは、関連記事1で簡単にまとめた通りです。

では、それがなおかつ「流派」的なものによって相違点を見出しうるものなのかどうか、を問題にして、この『歌合』についてのまとめに備えたいと思います。

今回は六条家側の例を採り上げます。まだ御子左家との対比はご覧頂けませんが、為政者との違いは、字面を見ただけでも明々白々になることでしょう。

採り上げる判者は二人、ほとんど同年輩のベテランです。それぞれ、御子左家とは犬猿の仲だった、と伝えられる人物ですが、その「犬猿の仲」ぶりが、果たして判に反映されているかどうかについても探っておきましょう。



まずは、定家と(三十歳の年の差があるにもかかわらず)激しく対立した、と伝えられている、藤原季経です。・・・彼が本当に定家と対立していたのなら、「対立」という言葉から連想されるのは定家に対する、あるいは御子左に対する、感情むき出しの「低評価」をしているのではないかと想像されます。
そこで、季経が判を担当した「冬二」・「冬三」について、定家の歌をどのように判じているかを数えてみました。
その結果は・・・該当10首中、勝3、持4(うち千八番は慈円との番え)、負3(うち千二十二番の相手は良経、千三十六番の相手は上皇)で、為政者以外との番えで負けとなったものは一首に留まっています。
これは、季経にはなにも媚びるべき理由はないのですから、たとえ「対立」が本当にあったのだとしても、定家の歌について「対立」感情をもってではなく、客観的な目で、きちんと評価してやっているのではなかろうか、と想像させられる数字です。為政者を除いて見直せば、のこり7首の勝負の内訳は、「勝3、持3、負1」ですから、むしろ高く評価していると言ってもいい。
この結果から、では同じ六条家側の顕昭についてはどんな判を下しているのだろう、というところに、俄然興味がわきましたので、同じように数えてみると、該当10首中、勝は1のみ、持が6(うち千五番は釈阿=定家の父、俊成)、負3、と、さすがに負は3に留めて彼の顔を潰さぬようにはしているものの、あまり高く評価していないさまが見て取れ、ちょっと驚きました。かつ、為政者を相手方として負と判じられたのは九百四十五番の良経と番えられたもののみであり、持となったものには為政者に準じる三宮との番えはあるものの、直接的な為政者と番えられたのは良経とのものだけです。

そういう次第で、季経が定家を勝としたものの中から、ひとつを選んで載せておきましょう。
九百二十四番はあっさりしすぎ、九百八十番は顕昭や御子左家的な理屈っぽさがありますので、いちばん自然に読めるものを挙げます。

九百五十二番
   左                      宮内卿
花にとひしあとを尋てまつ人もこずゑの雪に嵐吹也
   右 勝                     定家朝臣
これやさはあきのかたみのうらならんかはらぬ色をおきの月影
(これや、さは、秋の形見の占【浦】ならん変はらぬ色を置き【沖、隠岐】の月影)

(判辞)左歌 花の折は訪ひし人も今は来ずとよめるにや 心きこえて侍れども
    右歌 これやさは秋のかたみのうらならむ などいへる、宜しく侍り。
    おきの月影ぞ、いかにぞ侍れども勝と申すべし。

「おきの月影」という表現が季経としては【沖】が【隠岐】まで飛んで行ってしまっているような大袈裟な印象があってしっくりきてはいないのですが、それでも確かに、この二つを比べると、定家のウィットのほうがはるかに面白い。六条家関係者は情から歌を判じているケースが多いのですが、季経のこの判辞は、その点、客観的な視線をはっきり感じます。



さて、もうひとり採り上げたいのが、身内の季経もそんなに高く評価している気配のない顕昭です。
この人が、俊成の『六百番歌合』での判に不満たらたらで、対抗して陳状を書き残したことについては、幾つか綴った『六百番歌合』記事の前半に集中して綴りましたので、その面白さを思い出して味わって頂ければと思います。
御子左家への「対抗意識」丸出しだった顕昭、『千五百番歌合』では相変わらずなのでしょうか? それとも少しは変わったところを見せてくれるのでしょうか?

季経と似たように、ただし、身内関係者ではなく、彼がライヴァル御子左家の俊成・定家親子に下した判の数を、担当した「恋二」・「恋三」で数えてみました。

※俊成(釈阿)への判=勝6(うち千二百三十番は顕昭自身と番えたもの)・持2・負2(うち一つは上皇との番え)

※定家への判=勝2(慈円・顕昭が相手方)、持0、負7

・・・どうやら俊成のことは持ち上げているようですが、定家に対してはケチョンケチョンと言えます。
慈円との番えで「勝」としたものの判辞は長ったらしいしので(他人の歌への判も長くて理屈っぽいところは、『六百番陳状』を彷彿とさせ、このひとの性格も考え方も本質的には全く変化していないことを知らせてくれます)、定家を負けにしたものから、ちょっとでも読み易いものを挙げておきましょう。ただし、いちばん短い判辞では顕昭の特徴が見えて来ませんので、辛抱して「少しだけ長いけどこんなもんか」という例を載せます。

千二百五番
   左 勝                    公経卿
かくしつつうき身消なばありしよの夢をはかなみあはれともみよ
   右                     定家朝臣
夢なれやをののすが原かりそめに露わけしそではいまもしほれて

(判辞)左歌は伊勢物語のねぬるよの夢をはかなみまとろめばと侍歌
    のこと葉をおもはれたるにや あはれにきこえ侍。右歌はお
    もはれたる筋侍歌にこそおぼつかなく侍。但もし源氏の物語
    に北山のたびねにむらさきの上のむば(乳母)の尼君にあひ
    て はつ草のわかばのうへをみつるよりたびねの袖は露もか
    はかず と侍歌のやがて詞乃侍。そのことの有様などをおも
    はれたるにや 小野のすが原なども北山のたびねにたよりあ
    りてや この事雲をばかりのことに侍 歌合の歌はたしかな
    るべければ そのことうけたまわるほど 左 可勝歟。
    
せっかく勝たせてもらった公経卿も、これほどまでに蘊蓄づくしの判を読まされては、すこしうんざりだったのではないでしょうか?
顕昭は万葉集に詳しいと自負していたようですが、この判の場合には、別に顕昭ではなくてもよく知っていたと思われる短い『伊勢物語』と、長いとはいえその比較的初めの方に出て来る『源氏物語』の有名な場面をわざわざ判辞に明示しているから、なおさら鬱陶しい感じがします。・・・彼は、こんなふうにおのれの通ぶりを顕示したくてたまらない。

六条家の判はたしかに古典籍を御子左家側より厳密に読んでいたことが、俊恵の残した多くのエピソードから窺われるのですけれど、俊恵当人はあくまで歌を詠むさいにその「心」を求める手段として古典籍を大事にしたことが長明などの残した逸話から明確に伺えますから、歌合の判でしたり顔に転籍そのものに言及するのは、六条家側としても本意ではなかったはずです。
ですから、今日挙げた例では、季経の判は健全ですが、顕昭のものにはやはり異常さを感じます。



六条家側の、歌の評し方を、正常だと思われるものと変なものとの二例上げましたが、やはり為政者とは違って、歌の心そのものよりも、歌を詠む「技術」を評価する姿勢が前面に出ているのが分かります。この点は御子左家側も基本は同じです。
では、なにか相違点があって、それがこの二家を「対立させた」と世の中に見なされることになっていたのでしょうか? そのあたりは、次回、御子左家の判者の判辞を見ることで(ごく上っ面にはなってしまうでしょうが)確認したいと思います。(1、2回、間を置きます。)

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