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2009年1月 1日 (木)

新年はなぜ祝われるのか

心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。



大宮光陵高校管弦楽部がSONYのウォークマン"Play You"のCMに12月13日から出演しています!
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/sony-play-youcm.html

Barenboim_hs2_190日本のクラシックファンの方は、夕べはベートーヴェンの「第9」、今夜はウィーンフィルのニューイヤーコンサート(今年はバレンボイム【もう66歳だそうです】ですね、キュッヘルさんの隣で弾いているのは女性コンサートマスター【といういい方でお許し下さい】のアルベーナ・ダナイローヴァさんですね(来日公演プログラムにお名前が掲載されていました)?(1月2日付記:こちらのブログに、彼女がブルガリア出身の33歳でいらっしゃることが記載されていました。) 休憩の合間にでしょうか、「リンツ」の第2楽章をやったり、キュッヘルさんの四重奏団のメンツでブルックナーの四重奏曲をやったりしていて、また変わった趣向のようです。ハイドンの「告別」シンフォニーもやるのですね。)でお楽しみになったかもしれませんが、私はJ.S.バッハの、本来は「受胎告知の祝日」のためのカンタータであるBWV.1の第1曲を聴いて頂いて、読んで下さる皆様と共に新年を祝いたいと存じます。

・暁の星はいと麗しきかな BWV.1 第1曲(約10分)

アーノンクール/コンツェントゥス・ムジクス・ヴィーン TELDEC 2564 69943-7



毎年、1月1日というのはどうやってきまるんだろうか、というのを何の疑問もなく受け入れていました。

ここまでは、フツウ・・・ですよね?

でも、今年突然、それが気になりました。

きっかけ・・・なんで正月は祝わなくっちゃいけないの? という素朴な疑問。

新年が世界でいろいろな祝われかたをする、というのは、Wikipediaなんかで調べても分かりますし、テレビのニュースにもなります。
ですから、新年を迎えることが祝われるというのは、とりあえず極めて大括りに言ってしまえば、「人間の慣習」なのだ、と片付けることも可能です。まずは「お祝い」のことはここまでで一旦措きます。

では、そもそも、その正月・・・1月というのはどうやって決まるのでしょう?
考えてみれば、「考えたことがありません」でした。

いろいろ調べてみましたが、最終的には結論に窮し、手元にある「暦と時の事典」(内田正男著 雄山閣 昭和61)をめくってみましたけれど、推測でしか理由が見えて来ませんでした。



つらつら思うに、暦は、あらためて言うのも妙ですが、人間の歴史の中で最も早く自然科学となった「天文学」に基づいて出来上がったものです。だから、その成立は大変に古い。子供の頃読んだ科学雑誌に、古代エジプト人はシリウス(冬の夜、真南の空に最も明るく見える星。恒星の中では地球上から最も明るく見える星として有名なのは言うまでもありませんね)が決まった位置に見えるちょうどそのころにナイルの水が溢れる(7月中旬、明方の東空地平にシリウスが見え出す頃)ので、それに基づいて暦を作った、という話が載っていました。この暦・・・シリウス暦・・・の精度が、こんにちの太陽暦にかなり近い。

エジプト文明が最後の光芒を放っていた頃に繁栄の礎が出来上がった古代ローマは、それまで原則10ヶ月しかない暦を使っていて、それは今で言う「3月(マルチウスMartius、軍神マルスに捧げられた月、の意)」から始まるものだったそうです。これは、古代ローマ人が春分の日を「新年の目印」としていたことに由来するようです(推測です)。この暦は元来10ヶ月しかないのですから、(5月から10月までの名称は数詞だった)、春分の日と暦の起点の乖離はどんどんひどくなる一方だったのでしょう。あと二つの月(【ローマ固有の神ヤーヌスに由来する】ヤヌアリウスと【贖罪の祭りを意味する】フェブラリウス・・・以上、研究社『羅和辞典』参照)を加えた、平年が355日の太陰太陽暦(これだけだとイスラム暦の先祖ではないかと思わされますが、イスラム暦は純粋な太陰暦だそうです)で、平年、閏年(387日)、平年、閏年(377日)を繰り返して運用していました。

925ae9d45ab511f2これを改めたのが、こんにち世界的に用いられることになった太陽暦のおおもとを築いたユリウス・カエサルでした。彼が、宿敵ポンペイウスとの決戦に際してエジプト文明に触れ、アレキサンドリアの天文学者ソシゲネスの助言を容れて採用したのがユリウス暦で(通説であり、異説があるようです)、この暦法ではじめて、ヤヌアリウスとフェブラリウスがマルチウスより前に持って来られ、こんにちのヨーロッパ諸語の各月の名称のおおもとが出来上がりました。前に持って来られた理由は明確になっていません。・・・また、ローマ人が実際に新年をどのように祝ったのかは、私には把握できておりません。ただ、元来のフェブラリウスが「贖罪の祭」を意味することを素人なりに考えますと、元来はローマ人は年末をのちのキリスト教のイースター前のように過ごしていたのではないかと思いますし、それはユダヤ教が過越祭を過ごしていたのと文化的に共通点があったのではないかとも思われます。過越祭はリンクしたWikipediaの記事によれば太陰太陽暦であったバビロニア暦(のヴァリエーションであるユダヤ暦)に従って日程が組まれており、バビロニア暦では春分の頃の新月が元日とされていたそうです。

これは、ローマにキリスト教が公的に導入されると、新約聖書の記述と併せて、イースターを<「春分の日」の次の満月後の最初の日曜日>とすることでちょっと複雑化しましたが、春分の日を重点に置いた暦作りには変化はなかったと言っていいでしょう。
そこで、「春分の日」はユリウス暦によって第3番目の月に当てはめられるようになったことまでは明らかになりました。
これで、1月がいつ頃になるかは必然的に「おおよそ」決まって来ます。

次に、では、こうしておおよそ決まった1月の、最初の日がどう決まるのか、というと、古代からもうひとつ重視されて来た「冬至」の祭りが12月25日、すなわちこんにちのクリスマスであることが大きな意味を持って来るようです。
古代の戸籍法は分かりませんが、八木沢涼子『キリスト教歳時記』(平凡社新書 2003)から推測するに(キリスト教そのものでは1月1日はクリスマスから8日目、すなわちユダヤの慣習に従うと男子が割礼を受けるべきその日数と一致する、イエスの命名祝日だから、クリスマスを祝う最終の日だ、ということになっています)、おそらく誕生から出生届をするまでの期間が8日に定められていたのではないか、であるので、人の子としてのキリストがイエスという「人」として認知された最初の日、であるという理由から年頭の日に定められたのではないか、と推し量って見ている次第です。でないと、キリスト教がローマに定着した4世紀までとそれ以前の暦がすんなり整合性をもてた理由が説明できない気がします。
1月10日付記:12月25日は、古代ローマの重要な祭典「サトゥルヌス祭」が始まる日、1月1日はその最終日、だったそうです。従って、戸籍法云々からキリスト教が帳尻合わせをしたのではなさそうです。リンク先のウィキペディア記事では12月17日から7日間、となっていますが・・・この辺が資料によって食い違う理由は分かりません。また、サトゥルヌスという神自体、古代ローマ人にとって非常に重要な神だったらしく、法文を司ったようですが、神話はギリシャ化されてしまったため、本来どのようなものであったかは分かりません。ギリシャ化された際にクロノスと同一視されたため、ゴヤの絵「我が子を食らうサトゥルヌス」によって残忍なイメージが形成されるに至ってしまっていますが、おそらくは本来は残忍な神ではなくても規律に厳しいかみだったのかも知れません。

以上が、西欧の事情です。(当然、今も生きているイスラム暦の新年は、ユリウス暦の後継であるグレゴリオ暦とは異なったまま現在に至っていますし、キリスト教の中でも東方正教会は9月1日を新年としているそうです。)



東洋の方は、イスラム教地域はイスラム暦に従っているでしょうからまた事情が違うでしょう。イランやアフガニスタンでは、太陽暦であるイラン暦がもちいられているそうです。
ヒンドゥー教については、詳しく触れることが出来ずにおりますが、少なくともバビロニア暦の延長線上にある、でなければ次に述べる中国と類似した、いずれかの太陰太陽暦を用いていたのではないか、と思われます。

中国は古代には冬至基準とし、その翌々月を年始とした暦を作ったようです。こうすると、年始の日がほぼ立春を含むことになり、暦が季節感と合ったものになるからです。
ただし、こちらもローマの暦同様、様々な調整が必要で(日本は中国から暦を輸入しましたから、当初は中国同様の、のちには日本独自の調整を行なうようになりますので、古歌に「としのうちにはるはきにけり(新年にならないのに立春が来てしまった)」なんて歌われるような状況がしばしば起こったのでした)、そのことは上の中国暦へのリンクを参照して頂ければよろしいかと思います。

で、日本の旧暦は2月のころ、新暦は明治政府の方針で西欧と同じ日を「1月1日」にするようになったのは、どなたもご存知の通りです。



暦法そのものを調べる中では現れませんでしたが、暦を決める基準とされる日が「春分の日」もしくは「冬至」であるところが、歴史以前からの人間の、自然への敬虔な気持ちを表しているように、私には思われてなりません。

ギリシャ神話には有名な「ハデスによるペルセポネーの誘拐」の神話がありますね。春の女神デーメーテールの娘が地獄の神の略奪婚にあったことで、その娘が地上に帰ることを許された春分の日以降は暖かくて草木も実り、また地下へ戻っていく秋分の日以降はデーメーテールの悲しみによって草木が枯れる・・・古代ギリシャ人はそのような神話を通じて「季節」と「いのち」の不思議さをうやまってきたのですが、デーメーテール神の前身と思われる神像は地中海沿岸から西アジア内部と広く分布していますし、神話の起源も相当に古いものだと思われます。(呉茂一「ギリシア神話」等参照)

一方で、中国の神話の中に冬至を重視したものがあるかどうかは私には分かりませんし、暦を決める上で併せて考慮した立春についても同様です。ただ、日本には古来中国から輸入された「子(ね)の日(正月第一の子の日)」を祝う行事が1870年まで宮中に続いており、国史にも行事の様子が記された(『類聚国史』私は未見)ほか、この日を祝う様子が平安時代までの歌に多く詠まれておるのを目にすることができます。



1月1日がどうして決まるのか、を詮索していくと、決まり方は思いのほか複雑ではありますが、この日が単に機械的に決められたのではないことが分かって来ました。

かつ、それは、おそらくまだ文字を発明する以前の人類が、個々人という「小さな」存在を超えて、「いのち」の経巡りに神秘を強く感じたところに由来するのだ、ということも、以上から感じ取れるのではないかと思います。

ひとりひとりの生活で見れば、病む人あり、大切な存在を失う人あり、体はなんとかなっていても明日が見えない苦悩や悲哀をかかえる人あり、戦火の絶えることのない土地で過ごす人あり・・・さまざまではあります。

ですけれど、天はそれらひとつひとつを
「まだまだ小さい」
と言っている。

論理的には証明できないことではあるかもしれませんが、私たちをものやこころとして生み出し、滅ぼす、それをどのように呼んだらよいか分からない、この宇宙の、あるいは宇宙をこえたなにものかが、
「形としてまとまるいのちは有限かも知れない。けれど、私が永遠である以上、いのちとはそんな小さなところに留まっているのではない。へめぐって、へめぐって、また新たになっていくものなのだ」
と高らかに歌っているように思えてなりません。

音楽を再掲しておきましょう。お気に召したようでしたら、ここであと10分ほど、たたずんで、ご自身なりの思いにふけって頂ければ幸いに存じます。

・暁の星はいと麗しきかな BWV.1 第1曲


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コメント

あけましておめでたうございます。
新年を祝ふお氣持ちにはまだなれないかもしれませんが・・・

年の始めをどうやつて決めるのか、どうしてそれを祝ふのか。
確かに面白い(興味深い)ですね。
太陽暦なら冬至の日新年にしても良ささうなものですが。。。

あ、今年もまたよろしくお願ひします。

投稿: 仙丈 | 2009年1月 1日 (木) 23時56分

仙丈さん、あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。

お見破りの通りで、この2年は「新年」が嬉しいという思いは全くありませんで、だからこんなバカなことも気になり出したのかもしれません。

厳密に冬至始まりだと、毎年元旦をずらさなければならなくなる、立春始まりや春分の日始まりにしても、おてんとさまのいうとおりにすると「人工的な」暦はできないんですよね。(歴史以前は、たぶん、おてんとさんの言うがママだったので、冬至始まりの「観察式カレンダー」だったのではないか、と思われているようですし、実際そうだったみたいです。1年の長さが変わったところで大勢に影響はない。)

・・・みんな自然まかせのまんまの暦だと、今の人間は暮らしづらいかも知れないけれど、今の暦が出来たことで、私たちは、自分たちをどんどんがんじがらめにしてきた、という気がしないでもないんです。
その一方で、今の暦じゃなかったら、パソコンだの通信も今のような発達はしていなかったこともたしかなんだろうな、とも思いました。

何ともいえないところですねぇ・・・

投稿: ken | 2009年1月 2日 (金) 09時32分

Kenさん、あけましておめでとうございます。

日本の正月は、餅にも象徴されるように、
「みたまのふゆ」としての時間、
自らに「魂」を自然よりもらい、増幅させる時間と考えられていたところもあったようです。
(もちろん日本広域の発想でないことは
お断りしておきますが・・・。)

自分が「満ちていく」という感覚を冬に持つ、
というのは、不思議な感じがします。
それが1年の始まりとは・・・。
感慨深いです。


古代人は時間の流れを直線ではなく円環の中に
とらえていたんでしょうね。

我々より安らかだったと考えるのは
ノスタルジーでしょうか。


私も去年なくしたもの、
自分をいつわって二度と手にはいらなくなったものなどなど、様々なものがありましたが、
この1年の始まりに、もう一度新しい自分に
なればいいなと思っています。


今年もkenさんのブログ拝読させていただきます。
さまざまなところで楽しみのスイッチをもつことは
恐らく幸せなことなんだと思います。

またたくさん話を聞かせてください。

定家の話、待ってます!


投稿: n.n | 2009年1月 2日 (金) 23時16分

nnさん、あけましておめでとうございます。
身にしみ入るような、素晴らしいコメントを頂け、とても幸せです。
・・・お返しするのにふさわしい言葉が思いつきませんし、無理にそんなことをするのは、まだ足あとのない朝の雪原をしみじみと眺める喜びを味わうことなく、ただはしゃぎ回って、そのまぶしさを台無しにしてしまうに等しいので、やめにします。

定家・・・難関に引っかかったまま、ちと停滞しています。この年始にはなんとかしたかったのですが。千五百番歌合は、素人にとっては本当に難物です! 必ずまた綴りますので(その意志は充分に持っていますので)、しばらくご容赦下さいませ。

>古代人は時間の流れを直線ではなく円環の中に

そう、そのように捉えていたのだろうな、と、同じことを私も感じます。
その円環に気づいた叡智がなければ、暦は生まれなかったでしょう。
皮肉なことに、気付きから生まれた暦が、反面では「いのち」の輪に切れ目を入れてしまう尊大さをも私たちに身につけさせてしまった面もあるかもしれませんが。

失われた「もの」は、どこかに形をかえてまた存在しているのではないか、と、近頃思うようになりました。そう思い込みたい、という面もあるかもしれず、まだ自然に思えている訳ではないのですが。
(とくにお稲荷さんの祭礼で使われる)餅がもともと丸いのも、たしかそんなような「たましい」への思いがこめられていたと、何かに書かれていた気がするのですが、全くの勘違いかもしれません。

投稿: ken | 2009年1月 2日 (金) 23時53分

私も,素人ながら,暦と季節感のずれについては昔から疑問を感じていたこともあって,とても興味深く読ませていただきました.
月の英語名についても,数詞と人名が混在していることに,何となく違和感を感じつつも,深く考えたことがなかったので,tadaさんの記事はとても勉強になりました.
ありがとうございました.

投稿: coollife | 2009年1月 4日 (日) 12時14分

coollifeさん、お恥ずかしい限りで。
暦の問題は、私のような本来の門外漢には非常に難儀をすることでして、東西の歴史読物を読むと必ず引っかかります。それで、ずっと知りたいと思っていたことのひとつが、「1月1日」問題でした。今回は西暦中心で、自分に出来るだけのことを調べてみましたが、この程度しか分からず恐縮です。
ローマの月名について、付記しておきます。
ヤヌアリウス、フェブラリウス(これはFebruariusと綴ります)、マルチウスについては記事本文の通りです。他は数詞の月以外はよく分かりません。アプリリス(おそらくは「日光」を意味するapricusと関係があるのではないかと思いますが、辞典でははっきりしません)、マイウス(卓越を意味し、現在も英語等に残っているMajorと関わりあるかもしれません)、ユニウス(ローマの大神の后ユーノーに由来するのでしょうか)・・・ここまでが現在の1〜6月、ローマ古来を基準にした時には11〜4月に対応するラテン語の月名です。7、8月に相当することになった「5番目(クインチリス)と6番目(セクスチリス)が消え去りまして、前者は紀元前44年にカエサルを記念して「ユリウス」となり、後者は紀元前8年にアウグストゥスを記念した月名に置き換えられました。以下はそのまま生き残っています。従って、第5、第6を表わす月名だけが変更されたのでして、あとは古態が保たれた、ということになるようです。・・・アプリリス、マイウス、ユニウスについての説明は地震がありません。また折りをみて調べたいとは思っております。

投稿: ken | 2009年1月 4日 (日) 14時50分

詳細に教えていただき恐縮です.
世界史は高校時代に赤点の常習犯だったので,○○ニウスとか○○トゥスとか見ると頭痛がする私ですが,tadaさんの説明で,大変よくわかりました.
感謝です.

投稿: coollife | 2009年1月 4日 (日) 18時56分

coollifeさん

勿体ないお言葉です。

>○○ニウスとか○○トゥスとか見ると頭痛がする
のは、じつは私も同じでして(って、coollifeさんは本当はそうではないのかもしれませんが)・・・本記事は頭痛に悩まされながら綴りました! などと。

投稿: ken | 2009年1月 4日 (日) 23時18分

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