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2009年1月28日 (水)

曲解音楽史52)「バロック」では括れない・・・バロック音楽概観

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・・・是非、お目通し下さい。



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・リュリ『カドモスとヘルミオーネ』第2幕第6場

(フランスバロックダンスや演技には所作に決まり事があり、それを忠実に再現した演出のものです。バロックオペラのDVDが増えたのは喜ばしい限りですが、舞台まで「当時をできるだけ復元する」試みをしたものは希少で、私は残念ながらこの映像例以外に知りません。・・・この件、今回は本文には綴りません。2008年1月のライヴです。DVDはアルファレーベルで輸入盤が入手できます。Alpha701 なお、この映像、舞台は蝋燭によってのみ照らされています。)



前の回:1)音という手段 2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽  5)トランス 6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト 8)古代インド  9)古代中国 10)古代ギリシア
    11)古代ローマ 12)初期キリスト教の聖歌について
    13)ササン朝ペルシャ  14)西暦5,6世紀ユーラシア音楽横断
    15)中世前半の西ユーラシア  16)唐朝と朝鮮・日本 17)「声明」の伝来
    18)モンゴルと中央アジア北方 19)「十字軍時代」の西ユーラシア
    20)日本固有(?)の古歌 21)グレゴリオ聖歌
    22)平曲と能楽:付)発声法について 23)アンブロジアン聖歌・ローマ聖歌
    24)西ヨーロッパ中世 25)ジョングルール 26)十字軍時代前後のイスラーム
    27)ペルシア伝統音楽〜中世からの遺伝子 28)インド中世 29)宋・元時代の「中国」
    30)日本の「オラショ」 31)ヴェトナム伝統音楽 32)インドネシア 33)東アフリカ
    34)イスラムと西欧の融合 35)ルネサンス? 36)フランドル楽派 37)16世紀スペイン
    38)16世紀中南米 39)15-16世紀イタリア 40)英仏戦争の頃 41)15-16世紀中欧
    42)オスマントルコ 43)アフリカ 44)明朝時代の「中国」 45)朝鮮中世
    46)戦国期日本 47)17世紀イタリア1 48)17世紀イタリア2 49)17世紀ドイツ
    50)17世紀イングランド 51)17世紀ラテンアメリカ・フィリピン



ヨーロッパ、とくに西欧地域の「音楽史」には、きちんとした書籍もいっぱいありますし、いちシロウトがたくさん述べる余地も必要もないと思っておりますが、「バロック」について、さらりとは触れておく必要があるかな、と考えましたので、以下、概観的「曲解」を綴ります。


ポルトガル語で「歪んだ真珠」を意味する言葉が「バロック」という美術用語の由来であり、それが音楽にも援用された、ということについては、多くのかたがご存知の通りです。
ただ、「バロック」が音楽の一時代もしくは一群の作曲者を取りまとめるために用いられるようになったのは1940年代の後半だったようです。日本ではどうだったのか、はっきりとは分かりませんでしたが、私たちが17世紀から18世紀前半の西欧音楽に対して「バロック音楽」という名称で認識することに大きく貢献したのは、皆川達夫『バロック音楽』(当初は講談社現代新書、現在の改版は講談社学術文庫)でしょう。氏は、その広範な知識と経験から、1960年代頃まで日本には未だ殆ど知られていなかったJ.S.バッハ及びヘンデル以前の音楽を同書及び姉妹書の『中世・ルネサンスの音楽』(講談社現代新書)で紹介し、日本人がより深く西欧音楽に対する知識を深めるのに大きな役割を果たしたのでした。

ただ、先に述べましたように、「バロック音楽」という呼称自体が本家のヨーロッパでもごく近年まで用いられていなかったのは何故か、ということには、そろそろ私たちも自覚的に観察と思考を及ばせていかなければならないでしょう。なおかつ、フランスに関しては、もっと後の時期まで「バロックなる音楽の時代・様式区分は存在しなかった」という事実もあります。・・・ところが、まさにこの時期、具体的には17世紀後半のフランス音楽が、主に私たちによって「バロック音楽の作者」とされているほかの国の人物達に大きな影響を及ぼしているのです。有名な名前を具体的に挙げれば、テレマンしかり、J.S.バッハもヘンデルも、フランス、特にリュリの影響を明確に受けています。

そもそも、「バロック」は「ルネサンス」とは違って、社会史上の時代区分を表す言葉ではありません。
ルネサンス期に開花した、躍動感をもった美術(ボッティチェリやミケランジェリ)の様式が、その直後からさまざまな個性によってデフォルメされた(マニエリスムの諸作家やスペインのグレコなどによる)過程を指して用いられた用語です。
それが思想上に援用されると、たとえば文庫クセジュ(白水社)『バロックの精神』によれば、通常は「ルネサンス思想」の一環と捉えられているマキアベリやデカルトの考え方が、既に「バロック的」である、ということになっていたりします。すると、「バロック」というものが一つの発想様式だと仮定するなら、用語そのものは、音楽におけるよりも百年は遡って捉えなければならないことになります。



音楽の「バロック」はモンテヴェルディの頃(1600年以降)を指すのが一般的ですが、それは社会史は当時既に「ルネサンス期」を通過してしまったが故の、やや苦しげな適用法に見えます。
実際に響く音楽は、

※モンテヴェルディの頃(第2の書法・・・とくにモノディの重視とルネサンス期の対位法的書法の混在、自由形式的な音楽、17世紀前半)

※リュリの手法(明らかにモンテヴェルディを継承していますが、こんにちで言う「形式」の萌芽が見られ、緩−急−緩のフランス風序曲が確立され、ルイ14世によって強められた舞踏への傾倒から、フランス由来の多様な舞曲が生まれます、17世紀後半)

※ガブリエリを経てコレルリに至るイタリアの多声音楽の進展(17世紀末期)

※イタリアの多声音楽とフランスの序曲や舞曲を吸収したドイツ諸邦(17世紀末期から18世紀前半)

という、大雑把に見ても4つの画期があり、とくに最初のモンテヴェルディの時代は、前に見てきたとおり、人間中心主義を打ち出した点では、社会事象との関り合いでは音楽が初めて「ルネサンス」に追いついた、といえる時期に相当するかと思います。いわば、創作面ではイタリア・フランスを主要な軸として展開が始まり、ドイツ諸邦においては(必ずしも正確ではありませんが)イタリア国境に近い側ではイタリアの影響、フランス国境に近い側ではフランスの影響を色濃く受け、やがてそれらが融合する、という経過をたどっているのです。

これだけ多様な音楽を、「バロック」という一語に統合することには、本来少々無理が伴うのではないかと思うのですが、反面、多様なものをいっしょくたに扱うには都合がいい面もあり、扱いが非常に難しいところです。

西欧音楽における同様の問題は、バロック晩期とされるヘンデル、なお著しくはバッハ・ファミリーの作品群と「前古典派・古典派」と称される作曲家たちの作品群との対比の上でも存在します。



あえて社会史の区分と音楽史の区分を一致させるのであれば、「バロック」も「古典派」も、音楽には存在しないとさえ言ってよいかと思います。
西欧音楽の「響き」の画期は、おおまかには1600年ごろと、あまりに間隔が狭いのですが既に1650年ごろ、ついで1750年ごろ(J.S.バッハの没年)、1800年前後にあります。
この間の社会に主要な動きは、最初が植民地の増大、ついでスペイン以外にもフランスやイギリスに安定した王権が確立されること(イギリスの「ピューリタン革命」や、その当時の自由思想【とくにロック】の萌芽には特異性はありますけれど、自由思想が社会に大きな振動をもたらすのは18世紀最末期のフランス革命によります)、さらにそれがオーストリア・ドイツ(プロイセン)・スウェーデン・ロシアにも及ぶこと、といった具合で、いずれも未だ「集権的な社会体制下にある」という前提で全体を括ることが出来、ちょうど日本で言うならば、この間の文化を「江戸時代の文化」と一括し、前期のものを「元禄文化」、中期のものを「文化・文政期の文化」、後期のものを「天保文化」に対応させてもおかしくないくらいです・・・って、ちょっと奇抜すぎるでしょうか?


イギリスだけは、独自の「大音楽家」として名前が挙げられるのはパーセルくらいのものですが、ドイツのマッテゾンがパーセルのことをフランス人と思い込んでいた、ということなどもあり、創作面での独自性を音楽史上見出されない時期が(19世紀に至ってもなお)認められずにいますけれど、ヘンデル、さらには「前古典派」クリスチャン・バッハ、晩年のハイドンの進出に象徴されるように、自らが生み出すよりは、着々と強まる国力を元に「輸入音楽」を享受するという道を選択したのだとみなすのが妥当ではなかろうかと考えております。国産音楽がいちおうあるように見える現代日本の中にいると、この状況が本来はよく分かるのでして、現実の日本の国産音楽は、もはやその旋法さえもが欧米化していて、決して独自性を持っているとはいえないのです。大英帝国確立前までのイギリスも、似たような形で、むしろ「音楽消費市場」として、当時の音楽の振興に経済的に大きく貢献していることは、視野から落としてはならないと思います。


あまり「ざっと」ではいけませんので、これを初回とし、いちおう「バロック」を時代用語として是認することとして、少なくとも、文献等をご紹介しながら
・フランス
・イタリアとドイツ
について別建てで変遷を聴いて頂き、なおかつ、「バロック時代」に変遷を遂げ、少なくともモーツァルトの時期まで引き継がれることになる音楽の諸様式について記していきたいと思っておりますが、本日はここまでと致します。

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